
残り少ない人生を謳歌する男と、彼を支える家族や友人達の交流が胸を打つ感動作。第76回アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされる。監督は『モントリオールのジーザス』で、第42回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞したカナダの巨匠、ドゥニ・アルカン。ベテラン俳優、レミ・ジラールが偏屈な病人に扮し、シリアスな題材を笑い飛ばす。彼の息子役の人気コメディアン、ステファン・ルソーの熱演も光る。[もっと詳しく]
享楽的社会主義者の、胸に来る最期。
2003年のアカデミー外国映画賞の受賞に関して、「あれは、アメリカの賞でしょ」と、そっけない、ドゥニ監督。
ローマとアメリカを「滅びる運命の帝国」論で並べるこの監督は、9.11事件のさなか、この脚本を書いていた。
女と書物とワインを愛する主人公レミ(レミ・ジラール)は、享楽的社会主義者であり、歴史を大学で教えるが、実生活はうだつの上がらなかった不良親父である。
病気で公立病院に入院しつつ、看護婦らに毒舌を吐く毎日。
離婚した母親に呼ばれた息子(ステファン・ルソー)は、アンチ「親父」のバリバリ金融マン。
いつもの喧嘩をしつつも、老い先短い親父のために、「別荘」で最後の場所を用意する。
親父の友人たちが、最後の時につきそう。
この親父たちは1950年生まれである。
もともとは、ケベックの分離独立派であった。
当然のように、青年時代は、サルトル・カミュを愛する実存主義者、マルクス・レーニン主義の洗礼を受け、トロツキーや毛沢東にいかれた時代もある。
ファノンが出れば、植民地解放闘争にシンパシーを覚え、構造主義、状況主義、脱構造主義と時代と共にうつりかわる。
要は、スノッブなインテリ左翼である。
僕は、1953年生まれだが、主人公と友人たちの「歴史」に対する真摯な想いと、自分たちの「人生」がどこかから回りせざるを得ないことへの「苦い想い」がよくわかる。
息子たちの世代は、本質的には歴史に興味を抱かない。
ただし、死を前にしたレミと仲間たちの「会話」を前にして、親父たちの世代になにかしらの影響を受けていく。
レミは、最後まで、死ぬことの意味を見つけられない。そう、意味などないのだ。あるのは、恐怖だけ。
最後に、子供たちや友人たちとの「愛」を確認し、薬でみんなに見守られながら自殺する。
カトリックであったという監督は、禁止されている「自殺」をこの映画で理想の死に方として提出している。
監督とスタッフ(役者も古い仲間)の、ていねいな想いが全編に貫かれている。
私は「歴史に興味を抱かない世代」に当たります。
映画のなかでオヤジたちがかつて身に付けてきた思想を語り合うさまは、どこか古臭さ(ロートル感)を感じるとともに、うらやましさもまた同時に感じます。
私たちの世代は、語るような思想を身に付けてきませんでしたが、今さらながら身に付けようと目下勉強中のところです。
たまたまこの世代は「かぶれ」ていただけかもしれない。
だけど、なつかしい。
僕たちが知らないことを、君たちの世代はずっと自然に知っている。
だけど、歴史は、どの世代であろうと、把握するべきだと思う。
TBありがとうございました。
こちらのブログを読んでいて、自分はまだまだ青いなと改めて痛感させられました。
漠然とこの映画を観ていたように思います。
歴史にしろ思想にしろ、語れるほどの知識を持ち合わせていないため、上っ面でしか理解できなかったのは当然のことなのですが。
なんとなく、という見方ではなくなったとき、この映画の本当の面白さが私にもわかるのだろうと思います。
「青い」かどうかは別として(笑)、やはりそれぞれの世代のインテリ層は、余計な観念に振り回された自分史を持っているのでしょう。本当は、そんな知識は持たず、たんたんと生きて死んでいくのが理想かもしれませんが、どこかで、人間はそういう生き方から、反れて生きざるを得ないんでしょうね。
僕自身の年齢からか、どうしても「息子の気持ち」に感情移入しちゃった感が大きく、それを素直に受け入れる事ができなかったんですが・・・
この作品を観た時には、恥ずかしながら気付かなかったんですが、知人が9・11絡みで感想を書いていたのを読み、それを踏まえて考えると、「異文化の侵略」というもう一つのテーマが見えてきて、父と息子の世代の差、それは文化の差でもあり、その双方は相容れぬものなのだけれど、その存在を認識する事はできる、といったメッセージもあるのだろうな、と思い至りました。
そう考えると、死も、それを受け入れるというよりは、その存在を認識せざるを得ない、といった事になるのかもしれませんね。
は。すいません、長々と駄文を・・・失礼しました。
僕も、息子が22歳なんですけどね。自分の欠けている何が息子には見えていて、その逆なのか、はなかなかわかりません。生き方や、価値観を、強制だけはすまいと思っているだけですね。
映画の息子たちも、父親の書斎から、なにかを感じ取るわけですよね。あるいは、仲間から。
それぐらいの、ゆるやかな伝播があれば、それでいいんだと思います。
問題は、歴史認識ということなのでしょう。
座布団シネマカテゴリ拝見しました。
まだ、見ていない映画など参考にさせて頂きます。
これからも、気軽にTBやコメントくださいね。
年齢的には同じ目線で観れたかな、と思います。
レミの生き方は私には縁遠い感じでしたが、(私の
周りには死に瀕して、あんなスノッブな話をしてくれる
友達はいませんから)
やはり、息子を持つ身としては考えるところは
ありました。不思議な、でもいい映画でしたね。
同世代ですね。blogでは、圧倒的少数世代かしらね(笑)
映画の、オジオバは本当にスノッブでしたね。まあ、だけど、そういう時代体験をしたわけで、日本の場合、僕の周りにはああいたインテリたちは何人もいるけど、やっぱ、もっと、湿っぽくなっちゃうんだろうなあ。