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「予言」された医師不足

2006-07-15 11:08:19 | 新聞記事

<週刊朝日 7月7日号掲載記事より引用>



「危険」と隣り合わせの産科医 無責任な官庁



日本全国で出産のできる産婦人科が減り、妊娠したらすぐに分娩の予約をしなくてはいけない現状を取り上げた第1弾。今回は、過酷な産科医の勤務実態が見過ごされてきた無責任さと、さまざまな立場から現状を打開しようとする試みを紹介したい。


ここに興味深い本がある。1979年に出版された『お産革命』(朝日新聞社)。日本の「お産」の歴史や実情についてまとめたルポルタージュだ。中に「医師の犠牲で支える病院分娩」という項目がある。
78年正月、東京の日赤医療センター産科部長は、この年も元旦出勤する。
<午前10時から病棟を回ったあと、帝王切開手術をひとつすませ、翌朝までに8人のお産を徹夜で世話した>
扱うのは出産だけではない。外来診療患者が200人もある日には、朝9時半から午後2時過ぎまでぶっ通しの診察になる。ようやく、職員食堂でセルフサービスの定職にひとはしつけた途端、館内放送で呼び出しがかかる。家にいても呼び出し電話があれば病院に駆けつける。昼夜の区別も休日も関係ない。
<それでいて給料は、普通の国家公務員なのである>

著者の藤田真一氏は、当時、朝日新聞記者。
<あまりにも医師個々人の犠牲的労働におんぶしすぎていないか。こんなことは長続きするはずがない>

と指摘している。

それから30年近くたち、一記者の「予言」は、「産む場所がない」という最悪の形で現実になった。
日本産科婦人科学会の調べでは、昨年12月現在、全国で実際に出産ができる病院・診療所は3063カ所しかなかった。厚生労働省の最近の調査では、産科・産婦人科の看板を掲げる医療機関は約6400カ所とされていたのだが、産める場所は半分以下だった。
また、学会の調査では、出産を扱う医師は7985人。医師数の多い大学病院を除けば、1医療施設あたりの常勤医師数はわずかに1.74人。これでは休む暇はないだろう。

都内のある大学の医学部に通うA君は、産婦人科医を目指している。A君の同級生は約100人いるが、産婦人科を希望しているのは「たった3人」だ。
かなり前からのこの傾向はあった。都内の病院に勤めるB医師は、25年ほど前に医学部を卒業して産婦人科の医局に入った。実感は父親が開業する産婦人科医院。同級生90人の中にはBさんと同じ産婦人科病院の「2代目」が15人いたが、卒業時に産婦人科医局を選んだのは、当時でもBさんを含めてわずか3人。
「教授からは、『君たちは金の卵だ!』と励まされたものです」
だが、今ではBさんも、分娩を扱わない病院の婦人科医をして勤務している。

産婦人科が敬遠される大きな理由は、医師の世界のなかでも、いわゆる「3K職場」だから。
お産はいつ始まるかわからず、労働時間が長い。長いのに診療報酬はそれに見合っておらず、給与は高くない。血液などが付着しやすく、感染症の危険と常に隣り合わせなのだ。
もうひとつ、訴えられる危険性も極めて高い。医療訴訟のうち、産婦人科関係が実に3割を占めるという。
昭和30年頃までは年間約3000人もの母親が出産時に命を落としていたというが、医療技術の進歩によって極めて少なくなった。しかし、「ゼロ」になったわけではない。
ある開業医は、長年分娩を取り扱ってきた中で「赤ちゃんや母胎の死はどうしてもゼロにすることができない」と悟ったという。医師らが手を尽くしても、どうにもならないこともあるというのだ。
しかし、今、産む側にそんな危機意識はない。雑誌や本を読んでも、「母親学級」に参加しても、これから臨むお産に「死」の危険性があると教えられることはまずない。

一方で高齢出産、不妊治療による妊娠など、リスクの高い妊婦も増えている。出産数は減り、一人の赤ちゃんがより貴重な存在になる。訴訟が増えるのは必然的だ。団塊世代の一斉退職、いわゆる「2007年問題」にも医師不足の一因がある。
出産サイト「REBORN(リボーン)」代表で、出産医療ライターの河合蘭さんによれば、70年代の第2次ベビーブームを支えていた医師たちが、続々と「定年」を迎えつつあるという。一方で新たに産婦人科医を目指すひとは少ない。今後もさらに産科医不足が進むと予測されるのだ。


【医師不足許した責任はどこに?】


数十年前から「予言」されていたのに、こんな状態になるまで見過ごした「犯人」は一体誰なのか?
厚生労働省にこの問題の責任部署を問い合わせると、「現在、いろいろな部署で少しずつ担当しているもので・・・。一概にお答えするのは難しい」(医政局)と、歯切れが悪い。
問題解決のため、関係省庁とも連携しているという。医師の養成については文部科学省が担当。病院や医師、母子保健を扱うのは厚労省医政局と雇用均等・児童家庭局。結局、いちばんの責任の所在は不明。縦割り行政の弊害そのものだ。

現在、厚生労働省などが緊急避難的に進めている対策が、地域の病院施設や医師の「センター化」だ。地域の中核病院に産科の医師を集約し、NICU(新生児集中治療室)など24時間救急対応の設備を置く。医師や施設が広く薄く散らばることを防ぎ、少ない医師で産科医療を回していこうというものだ。健診は地域の診療所で行い、センター病院で出産する「セミオープンシステム」も取り入れられている。
産科医不足が特に顕著な東北地方などではすでに導入されているが、必ずしも上からのお達しどおりに進んでいない。センター化で集まる予定だった医師たちが、別の地域に移ってしまう例もある。センター化された病院には、ハイリスクの出産も集中する。より過酷な状況が予想される。避けたいと思うのも当然ではないか。
センター化によって、同一医師が見続けるのではなく、健診と出産とで担当する医師が別になる場合が増えることについても、懸念する意見が出ている。
「別の病院から『異常ありません』といわれて28~30週でやってきた妊婦さんを診てみたら、大出血しやすい全治胎盤気味だわ、大きな筋腫はあるわ、これで『異常なし』というのはどういうことなのかと思ったこともあります」(関東地方の中核病院に勤める産科医師)

産科医不足のなか、注目されているのが、助産師と助産院の存在だ。
かつて「産婆さん」と呼ばれ、地域に必ずいる、出産の介助者だった助産師。現在は国家資格で、病院に勤務する人が多いが、個人で助産院を開業することもできる。
実は医師なしに助産師の介助だけでも出産はできる。ただ助産師には「医療行為」はできないので、何か異常があった場合には、病院への転送が必要となる。
そのため、「異常が起きてから搬送されても大変なのはこちらだ」と、助産師を敵対視する医師も多い。
「もともと、待つお産をしてきた助産師とでは、立場も考え方も違うので、意見が合わないことが多いんです。でも異常のないお産なら助産師だけでも出産できるもの。助産師さんといい関係をつくって上手に助産師さんに任せれば、医師たちも、産む側の妊婦さんも楽になるはずなんですが」(河合さん)


【母親らの運動で覆した産院廃止】


最近では、病院と助産院の特徴を組み合わせた「院内助産院」をつくる病院も徐々に増えてきている。病院内に助産院のような場をつくり、異常のない妊婦は助産師が出産を介助し、異常が起きた場合はすぐに医師がかかわれる。ただし、「妊婦さんに必要だからやるというのならいいシステムですが、医師が足りないから、助産院では医療行為ができないからといった理由で、上からの指導でつくるのでは広がっていかないのではないでしょうか」
こう話すのは、湘南鎌倉総合病院の副院長で、産婦人科部長の井上裕美医師。この春から同病院は、神奈川県鎌倉市内唯一の分娩取り扱い病院になった。
同病院では自然出産が中心。分娩室の中に4畳半ほどの畳敷きの部屋があり、分娩台を使わないフリースタイルの分娩が中心。行灯(あんどん)の柔らかな明かりの中で赤ちゃんが生まれるのを待つなど、病院としては革新的な取り組みをしてきた。
4月に産婦人科医師2人が辞めたが、4人の医師が新しく入った。現在は9~10人の医師と29人の助産師で、年間900件近い分娩を扱っている。
「自然分娩だけなら、産婦人科もそれほど忙しくならないものです。常にスタッフには余裕ができるように配慮していますが、逆に余裕のあるところに医師が集まる傾向があるのかもしれませんね」(井上医師)

国の対策が後手後手に回る中、地域の病院閉鎖に憤り、署名活動などを始める母親グループも各地に出始めた。長野県上田市では、世界保健機関とユニセフの「赤ちゃんにやさしい病院」にも指定され、黒字経営だった上田市産院が、信州大学の医師引き揚げによって廃止の危機に陥った。母親たちが組織をつくり、9万人以上の署名を集めて運動した結果、なんとか廃止は免れた。
「自分は産めても、娘たちは産めないかもしれない。もう黙っていられない」という女性たちの気持ちが行政を動かした。

5月14日、横浜を振り出しに始まった「どうする?日本のお産」というイベントは、妊婦、産科医、助産師などいろいろな立場の人が、日本の出産の現状をどうやって変えられるかを話し合う場。今後も京都、札幌、上田など各地で開催される予定だ。
日本の「お産」をどうするのか。これこそ少子化問題に悩む日本が国を挙げて考えていくべきことだ。
海外の出産についても詳しい井上医師は、お産はただ「産む」ことだけの問題ではないのだと話す。
「(出生率1.94の)フランスでは、すでに少子化問題をクリアしたといわれています。それは、まず育児の前に『お産』があり、その前に二人がどのように愛し合って、どのように子どもを産むか。それは自分たちにとってどういうことなのかをフランス国民みんなで考えたからなんですね」

お産にはリスクがある。それでもやっぱり産みたい。そんな気持ちが高まらなければ子どもを産む人はますます減るばかり。
日本でも、医師や助産師、産む側といった立場の垣根を超えて国民全体で「お産」をはどういうものなのかを話し合い、コンセンサスを築いていくべきなのだろう。少子化問題解決の鍵は、そんな国民の意識改革にもあるのではないだろうか。
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3 コメント

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Unknown (マスコミに望む)
2006-09-16 21:12:10
まっとうなご意見です。友人の産科医は、現在の産科医の置かれた状況を「塀の上を歩いている」と表現しました。



もはや現場の力ではどうにもならない状況です。



マスコミも増すゴミといわれないような情報を発信してほしい。政治家、官僚も真剣に考えないと、この国の未来はありません。
返信する
一箇所解せない点が (Unknown)
2006-11-09 10:19:29
通して読んでしまうと、もっともだと思います。しかし、敢えてここに書かせていただきたい事があります。

上田市産院存続に関する記述にある「自分達は産めても娘達が…」の部分。

最初はそうではなかったですよね。地元マスコミには「なくなってしまったら次の子を産みたくない」という理由が堂々とあげられていましたよね。どれだけの人がその言葉に不快感を抱き、身勝手さを感じたことでしょう。その言葉に傷ついた人だって。時間が立てば当事者はそんな事は忘れ、中央マスコミには美化されて取り上げられる。情報とはそういうものなのでしょう。
返信する
ブログ担当より (まるsun)
2006-11-10 16:13:27
貴重なコメントありがとうございました。

ご指摘の通り、産院存続のとき私達産院で産んだ母は、
「なくなってしまったら次の子を産みたくない」というわがままな気持ちをそのままぶつけ、身勝手な発言をしました。

しかし、活動をスタートし、「わがままを押し通していいのだろうか」という大きな壁にぶつかりました。それから地域の産科事情の勉強がはじまり、今にいます。

>時間が立てば当事者はそんな事は忘れ、中央マスコミには美化されて取り上げられる。

身勝手な発言を含め、何も知らない私達が産院存続運動をスタートし、「地域の産科医療体制・日本の産科医不足の問題」と恥ずかしながら、そこではじめて知りました。
今も勉強中ですが、母にできること、家族でできること、子供にできることを探りながら、
「よかったと思えるお産を子ども達に伝えるために」
を目標に、微力ながら、つまづきながら活動を続けています。

報道に有頂天になることのないよう、活動を続けていきますので、どうかこれからもよろしくお願いします。

ご意見ありがとうございました。
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