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面白かったのが「関東系土師器」。
一般的な言葉でないので説明しますと、こうです。
今から約1700年前から1000年ほど前、日本列島に住む人が使っていた、弥生土器の系譜をひく軟質の土器を土師器(はじき)といいます。
縄文土器や弥生土器は地域ごとの個性がかなり強かったのですが、土師器になると地域色は後退しています。
とはいっても、やはり全くなくなるというわけではありません。
東北の土器はこう、中部地方の土器はこんな感じといった具合に、(専門家でなくても)並べられれば見分けることは可能です。
そうした土器、特に日常使われるものは、日常生活圏の中で消費されるので、他の地域の土師器が出土することはまれです。
が、今から約1300年前の東北地方では、関東地方から多くの人々が移住してきたこともあり、関東地方で使われていたような形の土師器が出土することがあります。
その多くは、土をよく観察すると地元産の土師器と同じものが使われていることが分かるので、東北産であることが分かります。
そんな東北地方で出土する、関東地方の土師器と同じ形の土師器のことを「関東系土師器」といいます。
以前、kaneurikichiji は前の職場で発掘を担当した、盛岡市の遺跡から地元産の土師器と入れ子になった状態で関東系土師器を掘り当てたことがあります。
そのことを紹介した記事で、当時は最北の関東系土師器でしたが今では八戸でも見つかっています、と書きました。
その八戸の関東系土師器を見に、是川縄文館まで行ってきました。
立派な建物ですなぁ
先日の記事では入れ子になって出土した状態の写真しかアップできませんでしたが・・・・・
是川縄文館さんは、写真撮影OKなので、ありがたく撮らせていただきました。
で、これが関東系土師器です。
といわれても、???ですよね。
もう少し引いてみましょう。
隣にあるのが、東北地方で作られるタイプの土師器。
並べてみると、違いがよく分かると思います。
この土器ひとつだけでも、当時の人々の動きを垣間見ることが可能なんですよ。
たかが土器、されど土器。
1点の土器といえども侮れないのです。
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面白かったのが「関東系土師器」。
一般的な言葉でないので説明しますと、こうです。
今から約1700年前から1000年ほど前、日本列島に住む人が使っていた、弥生土器の系譜をひく軟質の土器を土師器(はじき)といいます。
縄文土器や弥生土器は地域ごとの個性がかなり強かったのですが、土師器になると地域色は後退しています。
とはいっても、やはり全くなくなるというわけではありません。
東北の土器はこう、中部地方の土器はこんな感じといった具合に、(専門家でなくても)並べられれば見分けることは可能です。
そうした土器、特に日常使われるものは、日常生活圏の中で消費されるので、他の地域の土師器が出土することはまれです。
が、今から約1300年前の東北地方では、関東地方から多くの人々が移住してきたこともあり、関東地方で使われていたような形の土師器が出土することがあります。
その多くは、土をよく観察すると地元産の土師器と同じものが使われていることが分かるので、東北産であることが分かります。
そんな東北地方で出土する、関東地方の土師器と同じ形の土師器のことを「関東系土師器」といいます。
以前、kaneurikichiji は前の職場で発掘を担当した、盛岡市の遺跡から地元産の土師器と入れ子になった状態で関東系土師器を掘り当てたことがあります。
そのことを紹介した記事で、当時は最北の関東系土師器でしたが今では八戸でも見つかっています、と書きました。
その八戸の関東系土師器を見に、是川縄文館まで行ってきました。
立派な建物ですなぁ
先日の記事では入れ子になって出土した状態の写真しかアップできませんでしたが・・・・・
是川縄文館さんは、写真撮影OKなので、ありがたく撮らせていただきました。
で、これが関東系土師器です。
といわれても、???ですよね。
もう少し引いてみましょう。
隣にあるのが、東北地方で作られるタイプの土師器。
並べてみると、違いがよく分かると思います。
この土器ひとつだけでも、当時の人々の動きを垣間見ることが可能なんですよ。
たかが土器、されど土器。
1点の土器といえども侮れないのです。