「もうええやろう。みんな、そのくらいにしとき」
奥からおっちゃんが出てきた。僕たちのやり取りを耳にしながら、顔を出すタイミングを計っていたようだ。
玄関の引き戸が開き、カズさんが入ってくる。カズさんもまた、入るタイミングを待っていたようだ。とっちゃんからは、玄関の擦りガラスに映るカズさんの姿が見えていたのかもしれない。
「もうええか?みんな。夕刊、頼むで」
カズさんのいつもの大人の笑顔が、 . . . 本文を読む
翌朝、とっちゃんに掛ける言葉を考えながら、いつものように新聞を配り終えた。
そっと販売所の引き戸を開けると、とっちゃんの顔が真正面にあった。とっちゃんは、いつものようにいつもの場所に腰掛け、いつものようにタバコを咥えていた。
「グリグリ~~。お疲れさん~~」
その声もまたいつものように明るく、大きかった。
階段下には、珍しくみんなが揃っている。
何かを考えている顔の大沢さんの横に桑原君。 . . . 本文を読む
翌朝。しかし、とっちゃんは思いの外元気だった。
「おお、グリグリ~~。お帰り~~。宵山よかったの~~」
配達が終わって帰ってきた僕に、いつもの場所から大きく手を振ってくる。
「宵山、何かええことあったんか~~?」
カウンターから首を出したおっちゃんの顔がにやついている。どう応えていいかわからず黙って微笑む。
「きれいなネエチャンいっぱいおったもんなあ。なあ、グリグリ~~」
その快活さを . . . 本文を読む
彼らの視線をなぞると、そこに見えてきたのは意外な人物だった。
“白髪”だった。“白髪”は京都からいなくなったわけではなかった。
「“おっさん”やないか。宵山に来はったんやなあ、“おっさん”も」
これはいいチャンスと、とっちゃんの腕を取る。“白髪”だったら、声を掛けて合流すれ . . . 本文を読む
宵山の山鉾巡行は、四条烏丸から四条通り、河原町通り、御池通りと曲がって行き、烏丸通りを下る一周コース。前日の夕方にはコースにある市電の架線は外されている。
「市電は動いてへんからな」
前もってカズさんから忠告を受けていた僕たちは、鴨川の堤防を三条大橋まで下っていくことにしていた。
「よろしゅうな~~」
大きな声に振り向くと、販売所前でおばちゃんが手を振っている。
北山橋の向こう、正面から . . . 本文を読む