英語と書評 de 海馬之玄関

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「あしながおじさん」を貫く保守主義の人間観

2009年03月08日 15時03分55秒 | 書評のコーナー


ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』『続あしながおじさん』(“Daddy Long Legs,” 1912:”Dear Enemy, ”1915;以下、前者を「DL」、後者を「DE」と略記)は20世紀初頭のアメリカ社会に対する批判の書であると同時に、アメリカ人が規矩準縄とした当時の世界認識の枠組みを色濃く反映した作品だと思います。後者に関しては科学に寄せる信頼を吐露した主人公達の発言が、前者に関しては婦人参政権ならびに前稿(下記URL参照)で紹介した社会主義を巡る数多の主人公達の発言がそれらを闡明にしていると思います。

・温故知新:「あしながおじさん」を貫くアメリカ保守主義の精神
 https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/dc30651b55d86bc227fc7a651a74dfca


科学に寄せる素朴な信頼。例えば、大学1年生時の主人公ジュディ・アボットの10月10日の発言「【この最初の学期では生理学を履修しています。】おじ様はお酒は召し上がらないでしょうね。アルコールは肝臓にとても悪い影響を及ぼします」(DL, F-Oct.10)、あるいは、サリー・マクブライドの「【ウイコッフ】閣下は再びうなり声をあげ、近ごろ流行している科学的慈善なんていうものには余り興味は持たないとおっしゃるのでした」(DE, Mar.8)、「わが国の刑務所が収容している囚人の三分の一は精神薄弱者なのです。社会で精神薄弱児園を作りそこにそういう子供達を隔離して、そこで平和な召使のような仕事を覚えさせ、それによって生活費を得させ、子供を産ませないようにすべきだと思います」(DE, April 17)等々の発言はスターリン統治下のソヴィエトロシアもかくばかりという「科学主義」からのそれと言えるのではないでしょうか。

而して、科学万能的の世界観は「科学的」を称した「マルクス=レーニン主義」の破綻や知の究極的な相対性を見極めた分析哲学の確立とともに、最早、過去の遺物となり、また、婦人参政権もアメリカではアメリカ合衆国憲法修正19条(1920年)の確定とともに(日本でも1945年の改正衆議院議員選挙法によって)実現された今となっては、DLやDEは過去の風俗資料としての意味しか持っていないのでしょうか。私はそうは考えません。

DLとDEには、特に、婦人参政権と女性の社会的あり方を巡る記述には単なる「女性の投票権獲得」のイシューを超えて、アメリカ以外の社会、例えば、日本の2009年に生きてある我々保守改革派にとっていまだに現在をよりよく生きるための、かつ、我々の社会をよりよく変革するための槓桿たりうるsomethingが凝結している。而して、そのsomethingとは社会的存在としての人間が、所詮、(性同一性障害の事例も含め)男か女かでしかありえない個々の人間が他者とより好ましい社会的関係の紐帯を取り結ぶための「人間存在に対する深い理解=人間観」に他ならない。蓋し、我々、現在の日本の保守改革派も、100年の時を越えてDLとDEになお力強く流れている豊潤な「人間観」を拳々服膺すべきである。そう私は考えるのです。著者は、ジュディとサリーにこう語らせています。尚、翻訳は前稿で述べた理由で松本恵子さんの新潮文庫版を参考にさせていただきました。


「サリーは学年代表に立候補しています。・・・いろいろ作戦をたてているこの雰囲気、私達の政治家ぶりをお目にかけたいくらいでございます! やがて私共女性が参政権を獲得した暁には、おじ様方は男性の権利を守るために、大いに運動なさらなければなりませんでしょうよ」

Sallie is running for class president.・・・Such an atmosphere of intrigue-you should see what politicians we are! Oh, I tell you, Daddy, when we women get our rights, you men will have to look alive in order to keep yours. (DL, S-Sep.25)



「おじ様への唯一のご恩返しは私が非常に有用な公民(女も公民になれるんでしたかしら? そうでない気もしますけれど)になることです。とにかくとても役に立つ人間になるのです。そして、おじ様が私をごらんになるたびに、「あの非常に有用な人物を社会に送り出したのは私である」とおっしゃることがおできになるようにするのです」

The only way I can ever repay you is by turning out a Very Useful Citizen(Are women citizens? I don’t suppose they are). Anyway, a Very Useful Person. And when you look at me you can say, ‘ I gave that Very Useful Person to the world. ’ (DL, J-June 10 ff.)



「今年は経済学を選択しました。・・・これがすんだら慈善事業と感化事業をとるつもりです。そうすると評議員様よ、私は孤児院をいかに経営すべきかを、ちゃんと心得ることになるのです。もし私に投票権があったら、私は優秀な有権者になるとお思いになりませんこと? 私は先週満21歳になりました。私のような正直で学識あり、良心的で聡明な市民に選挙権を与えないなんて、この国はなんというもったいないことをする国なんでしょう」

I’ve elected economics this year.・・・When I finish that I’m going to take Charity and Reform; then, Mr. Trustee, I’ll know just how an orphan asylum ought to be run. Don’t you think I’d make an admirable voter if I had my rights? I was twenty-one last week. This is an awfully wasteful country to throw away such an honest, educated, conscientious, intelligent citizen as I would be. (DL, J-Nov.9)



繰り返しますが、「あらゆる戦争を終らせるための戦争」との位置づけの下、国家間の総力戦として戦われた第一次世界大戦の期間中(1914年-1918年)、女性が果たした社会と国家への貢献を背景にしてアメリカでは1920年に婦人参政権が認められました。而して、現在においてはなおさらこれらの引用箇所は次の諸引用に垣間見えるウェブスター女史の(現実主義的で経験主義的、価値相対主義的で実存主義的な、すなわち、保守主義と通底する)人間観と併せて熟読吟味すべきものと思います。尚、「保守主義」とフェミニズムに対する私の基本的理解については下記拙稿をご一読ください。

・保守主義とは何か(1)~(6)
 http://ameblo.jp/kabu2kaiba/entry-11144611678.html

・完全攻略夫婦別姓論-マルクス主義フェミニズムの構造と射程(上)~(下)
 http://kabu2kaiba.blog119.fc2.com/blog-entry-398.html



「【ここジョン・グリア孤児院の出身者である】あなたは食堂の入り口の上にあった、飾り文字の聖句「神は恵みたもう」を覚えていらっしゃるでしょう、私達はあれを塗りつぶしてしまいました。・・・まともな両親や家庭のある普通の子供達にそういう信仰を教えるのは、たやすい事ですが、困り果てて寝るところは公園のベンチに避難所を求めるよりほかにない者には、もっと戦闘的な信仰を身につけさせなければなりません。

「神は二本の手と一つの頭と、それを使う広い世界をお与えくださった。それを良く使えば報いをいただける。悪く使えば餓えてしまう」これが【サリー・マクブライドがジョン・グリア孤児院の院長に就任して以後の】ここでの信条で、それも【機会の平等を人為や社会制度により完全に整えるのは不可能であり、運命を人間は甘受しなければならないという】条件つきです」

You remember that illuminated text over the dining-room door - “The Lord will provide.” We’ve painted it out.・・・It’s all very well to teach so easy a belief to normal children, who have a proper family and roof behind them; but a person whose only refuge in distress will be a park bench must learn a more militant creed than that.

“The Lord has given you two hands and a brain and a big world to use them in. Use them well, and you will be provided for; use them ill, and you will want,” is our motto, and that with reservations. (DE, Mar. 13ff.)




ここで引用した発言を貫いているものは、自立と自律を尊ぶ自己責任の原則に対するウェブスター女史の揺ぎない信頼であろうと私は思います。畢竟、それは、所謂「派遣切れ」なるものを企業や政府、就中、資本主義の責任と捉える(但し、資本主義の運動法則が所謂「派遣切れ」なるもの原因の一つであることは間違いないでしょうけれども)、自己責任の心性を欠く一部の労働運動圏の住人に蔓延している他力本願的な心性や認識と好対照をなしている。そう言えるのではないでしょうか。

以下、この「人間観」を基底に据えて「社会的存在としての女性の実存」を描くウェブスター女史の筆致を更になぞっていくことにします。而して、“Daddy Long Legs”はLong long time ago や Only yesterday の話ではなく現在の日本の思想状況と地続きの物語であることを紹介したいと思います。






「この度新しい職員、しかも素晴らしい職員を一人迎えましたのよ。1910年度卒業のベッシー・キンドレッドさんを覚えていらっしゃって?・・・あの方はここからたった19キロのところに住んでらっしゃるのよ。私は昨日の朝、村街道で、あの方が自動車を走らせていらっしゃるのに偶然ぶつかったのです。というよりも、むしろあの方の自動車がもう少しで私にぶつかるところだったのです。・・・で私はあの方の自動車のステップに飛び乗って、こう言いましたの。「1910年度のベッシー・キンドレッドさん、ぜひ私の孤児院へいらして、子供達の一覧表を作るお手伝いをして下さいませよ」・・・

子供達があの方になついてしまって、あの方が孤児達から離れがたくなっておしまいになればいいと思っています。高給を支払ったら、ずっといてくださるだろうと思うんですの。この不況時代に、あの方は私達と同じように家庭から独立したがっていらっしゃるんです」

We have a new worker, a gem of a worker. Do you remember Betsy Kindred, 1910? ・・・ She lives only twelve miles from here. I ran across her by chance yesterday morning as she was motoring through the village; or, rather, she just escaped running across me. ・・・ I hopped upon the running-board of her car and said: “Betsy Kindred, 1910, you’ve got to come back to my orphan-asylum and help me catalogue my orphans.”・・・

I am hoping that orphans will become such a habit with her that she won’t be able to give them up. I think she might stay if we pay her a big enough salary. She likes to be independent of her family, as do all of us in these degenerate times. (DE, Mar.6)



「ベッシーさんのサラリーが増加されると伺って、私はどんなに嬉しいかしれません。そうなれば、ベッシーさんにずっとここに居てもらえますもの。でもサイ・ウイコック閣下はこの処置に非を唱えていらっしゃいます。閣下はベッシーさんの身元調査をしていらして、あの方のご両親はベッシーさんがサラリーをいただかなくても立派に暮らせるだけの資力がおありになるのを知っていらっしゃるのです。そこで私はこういってあげました。

「まさか閣下は無報酬で法律上の相談にお乗りにはなりませんでしょうね。それならベッシーさんだって訓練を受けた仕事を無報酬でするという法はございませんでしょう」「これは慈善事業じゃ」「では閣下は利益のある仕事なら報酬を受けていいが、公益のための仕事の場合は、報酬を受けるべきではないとおっしゃるんですの?」「くだらん事を! あの人は女じゃ、親が養うのが当然じゃ」

I can’t tell you how pleased I am that Betsy’s salary is to be raised, and that we are to keep her permanently. But Hon. Cy Wykoff deprecates the step. He has been making inquiries, and he finds that her people are perfectly able to take care of her without any salary.

“You don’t furnish legal advice for nothing,” say I to him. “Why should she furnish her trained services for nothing?” “This is charitable work.” “Then work which is undertaken for you own good should be paid, but work which is undertaken for the public good should not be paid?” “Fiddlesticks!” says he. “She’s a woman, and her family ought to support her.” (DE, June 9ff.)



「ニューヨークへ帰ると、私は買いものかたがた二、三の用をたそうと思って百貨店へ入りました。私が回転ドアをおして入っていこうとすると、反対側から来たのは誰あろう、【大学の同級生の】ヘレン・ブルークスさんではありませんか!・・・私はいつもヘレンが好きでしたわ。あの人は目立ちませんでしたがしっかりしていて、信頼のおける人でした。ミルドレッドが四年生の演劇部をめちゃくちゃにしてしまったときに、あの人が委員達をはげまして具体化させたあの手腕をお忘れにはならないでしょう?・・・

可哀そうにヘレンは、彼女の生涯をめちゃくちゃにしてしまったらしいのです。こんな短期間にこんないろいろな経験をした人はないと思います。大学卒業直後に結婚し、出産し、その赤ちゃんを亡くし、夫と離婚して、両親と喧嘩して自活するためにニューヨークへ出てきたのです。彼女は出版社で原稿読みをしているのです。・・・

ヘレンは女の天職は家庭を作ることだという理論のもとに教育されたのです。それで大学を卒業すると、彼女は自然に定められた自分の道に踏み出そうとあせったのです。そこへヘンリーが現われたのです。・・・彼女は盛大な結婚式をあげ、・・・すべてがさい先よく見えました。ところが二人は互いに知り合ってみると、本でも冗談でも人でも娯楽でも、二人の好みに共通なところがないのでした。ヘンリーは、屈託がなく社交好きで陽気なのに、ヘレンはそうでありません。二人はうんざりしました。それからお互いにいらいらし出しました。・・・

そんなわけである朝の食事中で、夏になったらどうしようかという話が出たときに、ヘレンは西部に行って、相当な理由があれば離婚できる州に居留したいと思うと、全く不用意にいってしまったのでした。するとヘンリーは何ヵ月ぶりかで初めてヘレンと同じ意見だったのだそうです」

Back in New York, I took myself to a department store to accomplish a few trifles in the way of shopping. As I was entering through their revolving-doors, who should be revolving in the other direction but Helen Brooks!・・・ I always liked Helen. She’s not spectacular, but steady and dependable. Will you ever forget the way she took hold of that senior pageant committee and whipped it into shape after Mildred had made such a mess of it?・・・

Poor Helen appears to have made an awful mess of her life. I don’t know any one who has covered so much ground in such a short space of time. Since her graduation, she has been married, has had a baby and lost him, divorced her husband, quarreled with her family, and come to the city to earn her own living. She is reading manuscripts for a publishing house.・・・

She was brought up on the theory that a woman’s only legitimate profession is home-making. When she finished college, she was naturally eager to start on her career, and Henry presented himself.・・・She had a big wedding. ・・・ Everything looked propitious. But as they began to get acquainted, they didn’t like the same books or jokes or people or amusements. He was expansive and social and hilarious, and she wasn’t. First they bored, and then they irritated, each other.・・・

So one morning at breakfast, when the subject of what they should do for the summer came up, she said quite casually that she thought she would go West and get a residence in some State where you could get a divorce for a respectable cause; and for the first time in months he agreed with her.(DE, Dec. 2)


 

読まずにすませたい保守派のための<マルクス>要点便覧-あるいは、マルクスの可能性の残余

https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/385e8454014b1afa814463b1f7ba0448

 



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