前回 江戸城の石垣には、連日多くの方に読んで頂きありがとうございました |
昨年の4日前(23日)は史上最高の気温を、「暑いぞ熊谷」で記録した、41、1度、新聞では「災害級」と報じていた。 昨年の7月は兎に角暑かった、猛暑日4日 真夏日23日 夏日4日、 晴10日 雨4日 曇13日 晴れのち雨 雨のち晴れ4日、小生の日記帳の記録。 それに引き換え、今年の7月は降雨11日 曇後雨 雨後曇12日 終日曇天は8日、終日晴れた日は0、 5月初旬並みの低温、23日まで日照時間は15,4時間、昨年の7月とは大違い。 昨年と今年の7月は大違い、地球の大気が大きく変化しているのだろうか、大きな災害など起きないように願いたい。 |
暑いぞ熊谷を地で行った、昨年7月23日 国内最高気温を記録した |
当日40度を越した4地点、東京は39,6度だった |
我が家の温度計も41度を指す寸前 |
石垣の組み方色々 |
或るサークルで数年前、防衛省から皇居東御苑に連れて行って貰った、無意識にシャッターを押し100枚くらいになった、その時はそのサークル活動の一環の写真としてファイルした。 |
江戸城北桔梗門を支える石垣、石工が加工して隙間のない整然とした石垣に支えられている、門は人を迎える所、整然とした石積みで人を迎えたか |
お堀に面した石垣は、自然石を積み重ね、隙間に小さい石をはめ込み、強度を保っている、野ずら積みと言うのか? |
角には巨石を交互に積み、石垣の美しい曲線を描き出し、あとは自然石の積み上げ |
左面は自然石を積み上げ、隙間に小石を嵌め込み強度を保ち、それに交差する石垣は、石工の加工された石を積み上げる、こんな石垣の積み方の違いを一か所で見せてくれる |
江戸城天守閣の石垣の一角、堀に面した石垣と違い、石工が加工した巨石を、寸分の隙もなく、傾斜も一直線的なよじ登り防御か |
天守閣の石垣の一面、右半分は加工された石が整然と積まれている、左半分人がいる辺は、石の表面が崩れている。 3代将軍家光が、1638年幕府の威厳を示す、国内最大の5層6階58mの立派な天守閣を建設、19年後1657年、明暦の大火「振袖火事」で天守も焼け落ちてしまった、石垣もその猛火に炙られ、石の表面が焼け爛れ、変化してしまった、その後天守閣が再建されることはなかった |
天守台その他城内建築物が焼失、その猛火に炙られ、焼け爛れた石垣の表面が今も歴然と残っている |
天守台下の礎石にも焼けた石垣がのこっている、天守台辺は加工された巨石が整然と積まれている |
天守台に上がる石段と石垣 |
この様に小さめの石も加工して隙間なく積み上げ、手も足もかける隙間がない、その防御施設によって、石垣も色々変えて積んだのか、 |
こんな石垣もある、信州上田城大手門右側の石垣に、真田石と言われる巨石が組み込まれている。 真田幸村の父 昌幸が築城の時、太郎山から掘り出した巨岩を、大手門の礎石とした、大阪城石垣にも巨岩が組み込まれている |
松の廊下跡、浅野内匠守が重なる恨みを、吉良上野介にぶつけた因縁の廊下跡、此処に佇むと昔の出来事を、想像させてくれる |
昭和天皇の「お印」は若竹、国内 中国などから珍しい竹を収集、庭苑の一角に植えられた、数が多いので2点表示した、小さくて見難いが竹の節が交互に色が変わっている |
なんとも面白い節をした竹だ |
東御苑に植えられている、珍しい竹8種 |
植物の生命力 |
家内が 調理の為にジャガ芋の皮を剥き、芽を包丁の角で取り、生ゴミで庭に埋めた、翌年の春 庭にジャガ芋が3つほど芽を出した、ジャガ芋なんか植えた記憶がないの何故? あの包丁の角でくり抜いた芽が、翌年芽を出したのだ、植物の生命力の強さに敬服。 せっかく芽を出したので大事に育てた、木も順調に生育して、ジャガ芋らしくなった、5月末頃可憐な花も咲かせ、7月初めには木も枯れ始めたので掘ってみた、実は小振りだが20個ばかり収穫、数日影干しにして、来年の種イモとして日の当たらない所へ保管。 今年2月末種芋を10個ばかり植えた、元気に芽を出し、木も順調に大きくなり、5月末には花も咲かせ、(ジャガ芋の花って可憐で奇麗ですよ) 7月初めに収穫したが、もっと大きい実がなっていると期待して、掘り上げてみてがっかりした、実が小さく未成熟、陰干しにしたら青みを帯びて来た、未成熟で青みを帯びたじゃが芋は、ソラニン チャコニン等の毒素を持ち、食べると発熱 腹痛 下痢症状が出る、食べるとえぐみが強く絶対食べてはいけない。 矢張りいい物を作るには、いい種を植えなければ良い物はできない、残飯として捨てた芽から出たのは、それなりの駄物にしかならない、今年収穫した芋は全て廃棄した。 3年間ジャガイモを育てた愉しみを味わった、だが駄物は駄物の教訓も得た。 |
残飯から出たジャガ芋を収穫(2年目)これを今年植えた |
元気に芽を出し、木にも勢いがある |
順調に育っている |
6月には花も咲かせ、ジャガ芋の花は可愛くて意外ときれいだ、順調に育成して花も咲かせ、今年はい良いジャガ芋が収穫できると期待が膨らむ |
7月初め期待を込めて芋を掘ったら、未成熟の子芋ばかり がっかり |
水気を切る為一日干したら、青みが出てきた、前述の如く毒素を含む、すべて廃棄した。 元が悪いと結果も悪いことを実感した、良い勉強になった。 来年は近くのホームセンター島忠でいい種を買ってきて再挑戦してみよう。 |
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我が家の駅周辺の商店街で閉店が相次ぐ、何故だろう今年になってばたばた閉店した、小手指駅から半径50mくらいの所にハンバーガー屋が3軒あった、駅前に「バーガーキング」30m程離れた所に「モスバーガー」その斜め前道を挟んで、マクドナルドがあった、小生も時々ハンバーガーを買いに行き、店内は大勢の客でそれぞれ繁盛していた。 |
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昭和30年代後半の日吉町商店街(現プロぺ通り)人口も少なく、まだひなびた商店街だった。 所沢市史より拝借 | |
当時からあった衣料品店、「いせき」(平成26年1月3日写す)今は3階建てのビルになっている | |
昭和30年代からほとんど変わらぬ島田印房、(平成26年1月3日写す)58年間変わらず営業している2店、半世紀以上店を維持するには大変な努力、 現在のプロぺ通り早朝の為 人通りが少ない |
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昭和56年1月26日所沢に始めて大型店舗開店、当時のダイエーマーク、後にイオンマークに替わる、令和1年9月末閉店見込み、38年の歴史に幕を下ろす | |
昭和61年4月26日所沢駅西口に、西武 ワルツ開店、駅近とネームバリューは大きい | |
平成26年7月8日に盛大に開店、開店から暫くは物珍しさで繁盛する、スーパーの冷えた弁当より、あったかいうちに持って帰れるので、我が家も重宝していた、昼時 近くに仕事に来ていた職人がパラパラと買いに来ていたが、客足は伸びなかったようだ、平成31年3月31日で閉店した | |
平成30年3月2日グランドエミオが、所沢東口に開店した | |
開店当日の人の賑わい、所沢駅周辺の再開発を続行中、駅近くに大型店舗ができると、客足を吸収してしまうか | |