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2016/3/11   右のカテゴリーより 「2012年5月モモと行った東北のお見舞い」 を見てください

2016年03月11日 | 旅の話

東日本大震災から

5年経ちました

 

今から4年前

震災の翌年2012年に

私は10才11ヶ月の犬のモモを連れて

東北に行きました

 

「自分の目で見ておきたい」

その一念で出かけました

 

17日間3000Kmの旅日記

 

今日はあれから5年目の3.11 

その時の旅日記を再編集しています

明日もやります

 

今夜はここまで出来ましたので

一部コピーしてご紹介します

 

関心を持っていただけましたら 

右のカテゴリーより

「2012年5月モモと行った東北のお見舞い」

をご覧ください

 

 

* 

 

 

 

昼まで休んで出発




実は

今日が一番悲しいお見舞いになるのです




「100日ボランティアの坂下さん」から

3つのアドバイスをいただいていた


1つは

「ボランティアセンターを訪ねること」


2つめは

「力仕事だけがボランティアではない

人の心を助けるボランティアもあるんですよ」

 

3つめは

「気仙沼に行ってください 5万人の町です

海沿いに走ってかさ上げした道路の青みどろの町を見てきてください」

 


 
蔵が残っていた

ここは宮城県気仙沼の町中
 
夕べ車中泊をしたローソンに車を置いて
 
モモと歩いている


 
テレビで
 
「何もかも無くなった」と被災者の方が言っていた



ここは港だった・・・と思う
 
 
 
 
 
車でかさ上げした道路に移動



上の写真は海だが
 
下の写真は
 
陸側を撮っている
 
青海泥(青みどろ)の町とはこのことだ
 

 
左の赤い車で車中泊をしながら広島からやって来ました
 

 
水が腐っているのだろうか・・・すごく臭い

そういえば
 
ガスマスクのようなのをしている人が立っていたなあ

目が合ったのだから
 
「これは体に悪い臭いですか?」と聞けばよかった
 
車から何度も降りて歩いたので喉と頭が痛い
 
すごく気分が悪い
 


さばの缶詰
 
 
気仙沼は冷凍さんまの倉庫が流れて
 
沢山のさんまが腐った

その臭いがひどかったと聞いていたが
 
 
あれから14ヶ月経っているのに 
 
この臭いも魚が腐ったせいかしら
 
 
もしかしたらガスだったかもしれない
 
今思い出してもきつい
 

 
東北へ行くと言ったら
 
友人がこの放射能マップを持って行けと言った

「本当は行かない方がいいと思うが
 
どうしても行くのなら
 
放射能のある濃い色の所ではマスクをしなさい」という
 
 
臭いのお蔭で思い出した
 
そうだった!
 
忘れていた!
 
すでに気分は悪く
 
ずい分歩き回ってもしていたが
 
マスクをした


この放射能マップでは
 
気仙沼と陸前高田に色がついている
 
 
次は陸前高田へ行く予定




 
宮城県気仙沼市から
 
岩手県陸前高田市に向かって
 
走り始めたら
 
道路の

前方左側に赤い大きな船が見えた
 
後でタンカーだと教えてもらう
 
 

 
この場所から360度見渡しても
 
海は見えない

広大な砂漠のような風景の
 
真ん中を走る道路沿いに
 
ただひとつの存在
 
 
このタンカーがあまりに大きすぎて
 
 
 
状況がのみこめない
 
 口が開いたまま声が出ない
 
 現実だろうか・・・
 
 自分が幽霊にでもなったみたいに
 
 静かにゆっくりそして用心深く近づいた
 

 

「ここでは沢山の方が亡くなったことを ふまえてみてください」
 
という内容の立て看板があった

献花台もある
 
 
手を合わせ
 
「安らかに眠ってください」
 
と祈った
 
 


 
 出発前に
 
広島の本屋に1冊残っている この地図を見つけた
 
 被災地だけが載っている

2011年・・・去年の3月に東日本大震災が起きたが
 
この地図は翌月の4月に作られている
 
 
 
 
旅の出発(5月)前

あれから1周忌を迎えたので
 
テレビで被災地の様子を伝えていた
 
 私はその度にこの地図に情報を書き込んでいたから
 
初めて行くところでもイメージがつかめた
 
 

「被災地の方やボランティアの方の役に立ち復興の一助となりたい」
 
と書いてある

発刊1年後に出合ったこの地図が
 
最も役立つ旅支度となった
 
 
広島に帰って

回想文を書いている今も
 
この地図をめくりながら記憶を辿っている
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
岩手県に入る


 

陸前高田市の高田松原公園にある
 
「奇跡の一本松」
 
に会いに行きたかったが
 
その辺りはもの凄い勢いで工事をしていて
 
全く近付けなかった






陸前高田市役所と市民会館を探した

気温は12℃寒い
 
5月なのにセーターを着ている
 



途中で見た建物
 
5階建てのアパートの4階まで窓ガラスが壊れていた

津波が4階の高さまで来たということ
 


 
右の陸前高田市役所は
 
3階建てだった

左の市民会館は2階建て・・・
 
避難していた沢山の方が亡くなった



 
 
(途中略)
 
 

 
高田高校も3階建てだった
 








後ろに山があるから津波はここで終わった
 
下の写真は
 
高校の正門前から撮っている
 
津波は正面からやって来た
 
遠くに目をこらしても海は見えない
 
誰もが
 
ここまで津波が来るとは思わなかっただろう

左上に

小さく2台の赤い車が見えるだろうか

私の後ろの車は福岡ナンバーだった

陸前高田にボランティアに来たという

60才代の男性二人と出会う

これからボランティアセンターへ行くという

ついて行きたかったが時間が無い

 私もこの旅の後半に

ボランティアを予定しているので

寄り道できないのだ

 残念!

 

 

 

 
 
 
 
2012年に書いたブログです
 
伝えることが私のボランティアだと思い
 
改めて
 
東北の記事の再編集を始めました
 
 
 
この記事が終わりましたら
 
東北の帰りに寄った滋賀県
 
「2012年犬猫ボランティアのブログ」も
 
と考えています
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その他
 
2013年犬のモモと行った北海道の旅も
 
再編集してみたいという気持ち
 
こちらは46日間6200Kmですから
 
完成には年内かかります
 
 
北海道は地図の形に沿って右回りに一周
 
アイヌの祈りを学ぶ旅は縄文文化にも通じていました
 
 
完成したらお知らせしますね
 
 
 
 
 
 
本日も読んでいただきありがとうございます
 
(*^。^*)
 
感謝 
 
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