おはようございます。うめです。
いや~寒いですね~。
暑がりの私ですが、さすがに最近は「寒っ」っと感じております。
特に朝方、起きた時に布団から出るのがきつくなってきました。
もう冬といってもいい位になってきましたね。
秋短すぎ。
先日、豊後大野市に行ってきました。
その際、豊後大野市教育委員会の高野さんの御厚意で、いくつかの文化財を案内してもらいました。
高野さん、ありがとうございます。
というわけで、今回はその時に行きました文化財の内、石風呂についてご紹介したいと思います。
まずはじめに行きましたのが、「辻河原石風呂」です。
左下の洞窟のような穴が石風呂(蒸し風呂)になります。
右側上の龕にある2基の宝塔は16世紀に造られたものだそうです。
右下の龕には昔、五右衛門風呂が設置されていたそうです。
写真の中央より少し上のあたりの壁には梵字が刻まれていました。
石風呂ですが、中に石が敷かれており、上と下の2層に分かれております。
使用する際は下で薪を燃やし、中の石の上に石菖(薬草の一種)を敷き、そこに水をかけ、水蒸気を発生させ使用するそうです。
この石風呂は今でも年に1回ほど使用されているそうです。
そのため、石風呂の中の壁はススが付いて真っ黒になっていました。
中に敷いてある石ですが、使用すると割れてしまうらしく、石を交換しても駄目だそうです・・・。
宝塔や梵字があること、また昔この崖の上には「普済寺」という寺院があったことから、この石風呂は仏教と関係があるものと考えられています。
次に「上戸石風呂」に行ってきました。
この石風呂は緒方側の川沿いの崖面にありました。
写真では分からないと思いますが、この石風呂のすぐ前は川になっています。
こちらも使用方法は「辻河原石風呂」と同じで、下で火を焚き、上で蒸し風呂を楽しむというものです。
入口の右側の壁に「明治○年」という文字が刻まれていることから、明治時代に造られたものだと考えられています。
こちらの石風呂は現在は使われていないとのことです。そのため、中の壁面にススは無く、代わりに植物が繁茂していました。
さて、こちらの「上戸石風呂」ですが、現場に行くまでの道が下の写真のようになっていました。
両側に切り立った岩があり、その間を通って行くという何とも趣のある道でした。
この道は元々水路として使用されていたらしく、崖面には年号が彫られていました。
今回は以上の二つの石風呂を見てきました。
豊後大野市にはこの二つの他にもまだまだ石風呂があります。
今度はそちらの方もご紹介できたらと思います。
さて、今回のご紹介は二つの石風呂でしたが、今回の文化財巡りでは他の文化財も廻りましたので、次回ご紹介したいと思います。
追伸:今回案内していただいた高野さん、本当にありがとうございました。
いや~寒いですね~。
暑がりの私ですが、さすがに最近は「寒っ」っと感じております。
特に朝方、起きた時に布団から出るのがきつくなってきました。
もう冬といってもいい位になってきましたね。
秋短すぎ。
先日、豊後大野市に行ってきました。
その際、豊後大野市教育委員会の高野さんの御厚意で、いくつかの文化財を案内してもらいました。
高野さん、ありがとうございます。
というわけで、今回はその時に行きました文化財の内、石風呂についてご紹介したいと思います。
まずはじめに行きましたのが、「辻河原石風呂」です。
左下の洞窟のような穴が石風呂(蒸し風呂)になります。
右側上の龕にある2基の宝塔は16世紀に造られたものだそうです。
右下の龕には昔、五右衛門風呂が設置されていたそうです。
写真の中央より少し上のあたりの壁には梵字が刻まれていました。
石風呂ですが、中に石が敷かれており、上と下の2層に分かれております。
使用する際は下で薪を燃やし、中の石の上に石菖(薬草の一種)を敷き、そこに水をかけ、水蒸気を発生させ使用するそうです。
この石風呂は今でも年に1回ほど使用されているそうです。
そのため、石風呂の中の壁はススが付いて真っ黒になっていました。
中に敷いてある石ですが、使用すると割れてしまうらしく、石を交換しても駄目だそうです・・・。
宝塔や梵字があること、また昔この崖の上には「普済寺」という寺院があったことから、この石風呂は仏教と関係があるものと考えられています。
次に「上戸石風呂」に行ってきました。
この石風呂は緒方側の川沿いの崖面にありました。
写真では分からないと思いますが、この石風呂のすぐ前は川になっています。
こちらも使用方法は「辻河原石風呂」と同じで、下で火を焚き、上で蒸し風呂を楽しむというものです。
入口の右側の壁に「明治○年」という文字が刻まれていることから、明治時代に造られたものだと考えられています。
こちらの石風呂は現在は使われていないとのことです。そのため、中の壁面にススは無く、代わりに植物が繁茂していました。
さて、こちらの「上戸石風呂」ですが、現場に行くまでの道が下の写真のようになっていました。
両側に切り立った岩があり、その間を通って行くという何とも趣のある道でした。
この道は元々水路として使用されていたらしく、崖面には年号が彫られていました。
今回は以上の二つの石風呂を見てきました。
豊後大野市にはこの二つの他にもまだまだ石風呂があります。
今度はそちらの方もご紹介できたらと思います。
さて、今回のご紹介は二つの石風呂でしたが、今回の文化財巡りでは他の文化財も廻りましたので、次回ご紹介したいと思います。
追伸:今回案内していただいた高野さん、本当にありがとうございました。