2010/11/13upわかる目次 |
おしょう油の天使 |
毎日のように行く弁当屋さんにとても美しい女性がいる。
淡雪のような色白の顔に、すっとした目がキラキラ輝いている。
鈴を鳴らすような声は若いのにかかわらずわずかに艶を含んでいる。
機敏な動作と正しい日本語が知性の高さを感じさせる。
他のお客さんから正月用のお節弁当の注文を受けるとき彼女は、
「二十五日まで承っております。」
と流れるように言った。
今どきの若い女性で、
「ウケタマワッテオリマス」
などという言葉を自然に使える若い女性はそうそういるものではない。
振り向くと彼女の背中には小さな白い羽根が生えている。
よく見ないと分からないがきちんとたばねた髪の上に薄い光の輪が浮かんでいる。
僕は牡蠣フライにも鯵フライにもしょう油をつけてもらう。
そういう人はめったにいない。
お店の決まり文句は、
「ソースかおしょう油、おつけしますか」
である。
僕は毎回のように牡蠣フライか鯵フライを買う。
だから毎回、おしょう油を下さい、と言い続ける。
ところが、背中に羽の生えたその女性は三回目くらいの接客のとき、
決まり文句は言わずに、
「あ、おしょう油ですね」
と言ったのだ。
……好きになってしまった。
好きになるとつい見てしまう。
お弁当を受けとるとき、ちらりと目を見てしまう。
おつりを受けとるときだいたい人は手元のつり銭を見る。
でも、今日もこれでお別れだと思わず目を見てしまう。
そんなことは失礼だから、たった一、二度。
たった一、二度のことである。
だが、好き好き光線が強すぎたのか。
避けられるようになった。
以来僕がレジの前に立つと彼女は、
代わります、
と調理台の女性に言うと小走りにレジから去る。
行く度レジ前で、
お願いします、
と小さく言っても彼女は動かない。
頭のいい機敏な人だ。
気づかぬわけはない。
彼女は別のスタッフが気づく二、三秒のあいだ、知らぬ振りをして作業を続ける。
二、三秒が数分に思える。
天使の彼女には申し訳なかった。
彼女も週に何度も変な人が来るたびいやな思いをしただろう。
僕は食わなくてはならないので弁当屋に行く。
そして、少し辛い気持ちで帰る。
二か月ほど彼女は一度も僕の弁当のためにレジに立つことはなかった。
二、三秒が数分になるちょっと複雑な時間を彼女も感じていたかもしれない。
そう思う根拠はない。
数日前から、その女性は僕のレジの接客に立つようなった。
機敏な動作。滑舌のよい通る声。
前のように、
「おしょう油ですね」
と彼女は言う。
はい、と小さく僕は答える。
僕は顔を上げない。
僕は彼女の目を見ない。
お勘定でお釣りをもらう。
ありがとう、と小さく僕は言う。
天使は毅然と美しく、うつむいたままの僕を見送る。
2010-01-26 18:33
hyokoさん 読んでいて切なくなりました。。。
好きには重さがあって likeだったりloveだったりするんですよね。
それに そんな気持ちってハートだったり
四角になったりするんですよね・・・by nimoの辞書より
でもきっとhyokoさんの勘違いです!
偶然が重なって hyokoさんの前に立たなかっただけですよ。よくありますもん!
いいな~って気持ちがあるからこそ
ちょっとした行動が イコール避けてるって思ってしまうんです。
もっとドンと構えて見たらいいじゃないですか!
ただ思いが伝えられないのは、苦しいですね…
頑張ってください(^Q^)/^