(承前)
(5)NHKのガバナンス体制の問題点
NHKのガバナンスは、2007年放送法改正により現在の制度の基本が確立した。
経営委員会制度を中心とするNHKのガバナンス体制は、会社法の委員会設置会社(2014年改正会社法の下では指名委員会等設置会社)にならって構想されたとも言われている。
NHKのガバナンス・システムの特徴を簡単にいうと【注1】、
(a)重要なNHK業務の決定権限は、経営委員会にある。
(b)12名の経営委員は、専門を異にし、地域に配慮して選任された一種の完全独立取締役的な存在であるため、そうした重要事項の決定権限を有していても、審議事項がどのような考え方でどのような議論を経て提案されているのかを十分に把握できる立場にない。企業の社外取締役が取締役会という経営事項を審議決定する機関内に存在するのと大きく異なる。
(c)業務執行を審議するのが理事会だ。理事会は取締役会類似かというと、そうではない。理事会には業務執行の決定権限はなく、執行権限もない(一定の執行権限が会長から委譲されることはある)。
(d)業務の執行権限は一切会長にある。会長には理事会の審議結果に対する尊重義務があるかというと、その定めはなく、会長は究極的に理事会の審議結果を無視しても違法ではないとされる【立法担当者】。
つまり、次のような組織だから、その長(会長)は、そこに人を得なければ中世の専制国家なみの強力な権限を集中的に有してしまう。
①NHK会長は理事会の審議結果に拘束されない。
②決定権限を有する経営委員会には経営情報が集まりにくく、経営委員に元経営者はいるものの、一般企業の取締役のように当該事業に係る業務経験を経ている者は全くいない。
③NHKは株式会社ではなく特殊法人だから、
・株主総会がなく、会長は公衆の面前で質疑に曝されることもない。
・証券市場を有しないから、資本市場による評価に日々曝されることもない。
・株主訴訟の対象にもならない。
④かくも公的性格が強いにもかかわらず、監督官庁(総務省)は基本的に日常業務に介入しない。金融機関や電力会社などとは比べものにならない。
こうした仕組みの脆弱さをどのように直していくか、という立法論について本格的な議論が必要だ。
大規模公開株式会社波の規律を性質の許すかぎり強制するとともに、次のようなことは検討に値する。
・経営委員会の国会同意の決議条件の見直す。
・理事会内に独立役員を置く。
・理事会に定足数や決議要件の定めを置く。
・会長が経営委員会の同意人事によって構成される理事会の審議結果を無視した場合の経営委員会への会長、理事による通告義務を定める。
・重要な業務事項ないし理事の同意人事名簿の経営委員会へ事前通告義務を定める(理事選任の同意人事についても同じ)。
他方、現行制度の枠内で何ができるかというと、監査委員会こそ決定的な役割を担わねばならない。
監査委員会・監査委員は、日本放送協会内の業務の状況について日常的に情報に接している(内部監査室、会計監査法人)。定期的に会長・理事等に対するヒアリングも行っている。監査委員会事務局も部局長クラスへのヒアリングを実施している。
これら監査委員会の業務は、どこまでも経営委員会への情報提供による、経営委員会機能の強化のためであることを十分に確認する必要がある。
従来は、放送法の役員の定義に経営委員が入っているという形式論(実は誤り)により、経営委員会機能強化のための監査委員会ではなく、経営委員の職務執行を監査することからくる独立性ばかりが強調されてきた。今までこうした発想でやってきたのは確かだから、たった今の対応を批判することは避けるべきだが、今後は、監査委員会自身がその役割の見直しに大胆に取り組むべきだ【注2】。
監査委員会には、NHKの各現場で混乱が生じてないか、外部や上司からの圧力に悩むような事象が蔓延していないか、といった事柄を確認するためにこそ、強い調査権限が付与されている。
放送法が監査委員会に来たいしているのは、そうした現場の状況に対する調査・検討であり、そこから得られた知見の経営委員会への速やかな報告だ。
経営委員会は、経営委員の中から選任された監査委員会の機能如何によって、その権限行使のあり方が左右される。会長が調査委員会を設置するなぞ、通常はないのだ。必要な場合、鑑査委員会ないし経営委員会が設置するのが正道だ。
国会で問題になった会長のタクシー代金「立替」問題は、監査委員会は秘書室の対応に不備があった、としたようだ。しかし、監査委員会として、
・過去において、会長・理事の私用によるハイヤー利用の事実があったか。
・あったとすれば、その場合の代金処理はどのようになされたか。
という事実を究明することが最優先とされねばならなかった。
過去にそうした事例があったならば、今回の処理に問題があった、ということになりやすい。なかったならば、それを「ノー」と言えない状況にこそ問題がある。秘書室の責任を問うこと自体、おかしなことになる。
監査委員会自身による監査委員会機能の思い切った見直しが求められている。
【注1】詳しくは、上村達男「NHKのガバナンスと監査委員会の機能について」。
【注2】詳しくは、前掲論文。
□上村達男(早稲田大学法学部教授)「NHKの再生はどうすれば可能か」(「世界」2015年6月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【NHK】の再生はどうすれば可能か ~会長の暴走~」
「【NHK】受信料私物化でついに更迭か ~籾井会長~」
「【NHK】が危ない! ~組織に漂う負の雰囲気~」
「【NHK】受信料をしゃぶり尽くす「電波貴族」の優雅な生活」
「【NHK】の偏向、政権べったりの報道 ~特定秘密保護法~」
「【NHK】波乱の「籾井新体制」スタート ~「世界」のメディア批評~」
「【NHK】誤報の隠蔽 ~タガのはずれた安部政権~」
「NHK】呆れた新会長会見、幼稚で傲慢な偏向報道」
「【NHK】籾井会長の就任会見発言 ~どこが「間違いだらけ」か~」
「【NHK】支配計画 ~安倍晋三政権の計算がずれはじめた~」
「【NHK】権力と癒着し続けた歴史 ~NHK会長~」
(5)NHKのガバナンス体制の問題点
NHKのガバナンスは、2007年放送法改正により現在の制度の基本が確立した。
経営委員会制度を中心とするNHKのガバナンス体制は、会社法の委員会設置会社(2014年改正会社法の下では指名委員会等設置会社)にならって構想されたとも言われている。
NHKのガバナンス・システムの特徴を簡単にいうと【注1】、
(a)重要なNHK業務の決定権限は、経営委員会にある。
(b)12名の経営委員は、専門を異にし、地域に配慮して選任された一種の完全独立取締役的な存在であるため、そうした重要事項の決定権限を有していても、審議事項がどのような考え方でどのような議論を経て提案されているのかを十分に把握できる立場にない。企業の社外取締役が取締役会という経営事項を審議決定する機関内に存在するのと大きく異なる。
(c)業務執行を審議するのが理事会だ。理事会は取締役会類似かというと、そうではない。理事会には業務執行の決定権限はなく、執行権限もない(一定の執行権限が会長から委譲されることはある)。
(d)業務の執行権限は一切会長にある。会長には理事会の審議結果に対する尊重義務があるかというと、その定めはなく、会長は究極的に理事会の審議結果を無視しても違法ではないとされる【立法担当者】。
つまり、次のような組織だから、その長(会長)は、そこに人を得なければ中世の専制国家なみの強力な権限を集中的に有してしまう。
①NHK会長は理事会の審議結果に拘束されない。
②決定権限を有する経営委員会には経営情報が集まりにくく、経営委員に元経営者はいるものの、一般企業の取締役のように当該事業に係る業務経験を経ている者は全くいない。
③NHKは株式会社ではなく特殊法人だから、
・株主総会がなく、会長は公衆の面前で質疑に曝されることもない。
・証券市場を有しないから、資本市場による評価に日々曝されることもない。
・株主訴訟の対象にもならない。
④かくも公的性格が強いにもかかわらず、監督官庁(総務省)は基本的に日常業務に介入しない。金融機関や電力会社などとは比べものにならない。
こうした仕組みの脆弱さをどのように直していくか、という立法論について本格的な議論が必要だ。
大規模公開株式会社波の規律を性質の許すかぎり強制するとともに、次のようなことは検討に値する。
・経営委員会の国会同意の決議条件の見直す。
・理事会内に独立役員を置く。
・理事会に定足数や決議要件の定めを置く。
・会長が経営委員会の同意人事によって構成される理事会の審議結果を無視した場合の経営委員会への会長、理事による通告義務を定める。
・重要な業務事項ないし理事の同意人事名簿の経営委員会へ事前通告義務を定める(理事選任の同意人事についても同じ)。
他方、現行制度の枠内で何ができるかというと、監査委員会こそ決定的な役割を担わねばならない。
監査委員会・監査委員は、日本放送協会内の業務の状況について日常的に情報に接している(内部監査室、会計監査法人)。定期的に会長・理事等に対するヒアリングも行っている。監査委員会事務局も部局長クラスへのヒアリングを実施している。
これら監査委員会の業務は、どこまでも経営委員会への情報提供による、経営委員会機能の強化のためであることを十分に確認する必要がある。
従来は、放送法の役員の定義に経営委員が入っているという形式論(実は誤り)により、経営委員会機能強化のための監査委員会ではなく、経営委員の職務執行を監査することからくる独立性ばかりが強調されてきた。今までこうした発想でやってきたのは確かだから、たった今の対応を批判することは避けるべきだが、今後は、監査委員会自身がその役割の見直しに大胆に取り組むべきだ【注2】。
監査委員会には、NHKの各現場で混乱が生じてないか、外部や上司からの圧力に悩むような事象が蔓延していないか、といった事柄を確認するためにこそ、強い調査権限が付与されている。
放送法が監査委員会に来たいしているのは、そうした現場の状況に対する調査・検討であり、そこから得られた知見の経営委員会への速やかな報告だ。
経営委員会は、経営委員の中から選任された監査委員会の機能如何によって、その権限行使のあり方が左右される。会長が調査委員会を設置するなぞ、通常はないのだ。必要な場合、鑑査委員会ないし経営委員会が設置するのが正道だ。
国会で問題になった会長のタクシー代金「立替」問題は、監査委員会は秘書室の対応に不備があった、としたようだ。しかし、監査委員会として、
・過去において、会長・理事の私用によるハイヤー利用の事実があったか。
・あったとすれば、その場合の代金処理はどのようになされたか。
という事実を究明することが最優先とされねばならなかった。
過去にそうした事例があったならば、今回の処理に問題があった、ということになりやすい。なかったならば、それを「ノー」と言えない状況にこそ問題がある。秘書室の責任を問うこと自体、おかしなことになる。
監査委員会自身による監査委員会機能の思い切った見直しが求められている。
【注1】詳しくは、上村達男「NHKのガバナンスと監査委員会の機能について」。
【注2】詳しくは、前掲論文。
□上村達男(早稲田大学法学部教授)「NHKの再生はどうすれば可能か」(「世界」2015年6月号)
↓クリック、プリーズ。↓
【参考】
「【NHK】の再生はどうすれば可能か ~会長の暴走~」
「【NHK】受信料私物化でついに更迭か ~籾井会長~」
「【NHK】が危ない! ~組織に漂う負の雰囲気~」
「【NHK】受信料をしゃぶり尽くす「電波貴族」の優雅な生活」
「【NHK】の偏向、政権べったりの報道 ~特定秘密保護法~」
「【NHK】波乱の「籾井新体制」スタート ~「世界」のメディア批評~」
「【NHK】誤報の隠蔽 ~タガのはずれた安部政権~」
「NHK】呆れた新会長会見、幼稚で傲慢な偏向報道」
「【NHK】籾井会長の就任会見発言 ~どこが「間違いだらけ」か~」
「【NHK】支配計画 ~安倍晋三政権の計算がずれはじめた~」
「【NHK】権力と癒着し続けた歴史 ~NHK会長~」