語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】原油暴落の謎解き、沖縄を代表する詩人、安倍晋三のリアリズム

2016年07月07日 | ●佐藤優
    
 ①岩瀬昇『原油暴落の謎を解く』(文春新書 800円)
 ②高良勉・編『山之口獏詩集』(岩波文庫 640円)
 ③朝日新聞取材班『この国を揺るがす男 安倍晋三とは何者か』(筑摩書房 1,400円)

 (1)①は、原油価格の動静を中長期視点から冷静に分析している。
 <もし産油国が政治的判断に基づいた減産をしなくても、また世界中で石油供給を阻害する地政学リスクの暴発が起こらなくても、よほどの大不況がこないかぎり、時間の経過とともにリバランスは自然に進んで行く。いつか需要が供給を上回る時期が来る。それはIEAが予測しているように1年半後なのか、あるいはもう少し後ろ倒しとなり3年後なのか、という問題だ。10年後では決してない。それより早くくる。
 その時、石油価格は上昇する。いや、リバランスが視野に入ってくると、価格は上昇を始める。どこまで上昇するかは、神さまだけが知っている>
 この、著者の結論には説得力がある。

 (2)②の刊行によって、全国規模ではあまり知られていない沖縄を代表する詩人・山之口獏(1903~63年)の作品が多くの読者の手元に届くことが可能になった。沖縄人の複雑な心情を表現しているのが、以下に冒頭箇所を飲用する「会話」と題する詩だ。
 <お国は? と女が言った
 さて 僕の国はどこなんだか とにかく僕は煙草に火をつけるんだが 刺青と蛇皮線などの連想を染めて 図案のような風俗をしているあの僕の国か!
ずっとむこう
 ずっとむこうとは? と女がいった
 それはずっとむこう 日本列島の南端の一寸手前なんだが 頭上に豚をのせる女がいるとか 素足で歩くとかいうような 憂鬱な方角を習慣しているあの僕の国か!>
 この男は、沖縄出身であるという事実を告げることが、心理的にできないのだ。当時の沖縄差別の雰囲気が伝わってくる。

 (3)③は、「朝日新聞」政治部記者たちによる安倍政権分析だ。よくまとまっている。南島信也記者は、次のように指摘する。
 <安倍氏が私に語った言葉が忘れられない。
 「政治は現実なんだよ。なぜなら政治には結果責任が伴うからだ」
 理念優先と評価されることの多い安倍氏だが、私にはリアリストと感じられた。だからこそ、15年の「戦後70年談話」、日韓両政府による「慰安婦問題合意」についても、私にはよく理解できた。
 安倍氏が見据えているもの、それは悲願とする憲法改正を成し遂げることである。そして、すべてはそのための布石でしかない>
 そのとおり。憲法(特に9条)を改正するという究極目標に近づくことができると思えば、安倍氏はいかなる妥協でもする。このリアリズムに基づく柔軟な対応が、安倍政権を生き残らせている主要因だ。

□佐藤優「沖縄を代表する詩人の作品 ~知を磨く読書 第156回~」(「週刊ダイヤモンド」2016年7月9日号)
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【アベノミクス】よ、さらば ~数字が示す日本経済の悪化~

2016年07月07日 | 社会
 (1)いわゆるアベノミクスを評価する視点は二つある。
  (a)日本経済全体のパフォーマンスが良いのか、悪いのか。
  (b)そもそもアベノミクスとは、具体的に何が中心的な内容なのか。

 (2)(1)-(a)については、総合的な経済の評価を下すための最も基本的な指標は、GDPの経済成長率だ。第二次安倍政権が発足してからこれまでの経済成長率は、2012年10月-12月期から2016年1月-3月期までの実質経済成長率平均値で見ると、わずか0.7%にすぎない。消費税率の8%引き上げがあった2014年度は、マイナス0.9%だった。
 これに対し、民主党政権時代の経済成長率は、2009年10月-12月期から2012年7月-9月期までは2.0%だった。この時代は、東日本大震災が起き(2011年)、さらに野田佳彦・首相(当時)による財政緊縮政策が続いたため、日本経済は全体としてパッとしない。しかし、それでも安倍政権下では、民主党政権時代と比較して3分の1程度の成長率にとどまっている。アベノミクスは「不合格」なのだ。

 (3)(1)-(b)については、これまで「アベノミクスの三本の矢」と呼ばれていたものは、
   ①金融政策
   ②財政政策
   ③成長戦略
・・・・とされている。このうち③がアベノミクスの中核と目されるが、要するに、大企業の利益成長だけを「成長」と呼んでいるにすぎない。
 大多数の労働者の所得が増えた、という事実は存在しない。単に経済的格差の拡大を推進するだけの政策にすぎない。
 にもかかわらず安倍首相は、アベノミクスの成果として、①大企業の利益が史上最高を更新した、②株価が上昇した、③失業率が下がった、④有効求人倍率が上がった・・・・の4点を強調している。
 しかし、①と②は、東京証券取引所の第一部上場している企業は約1,900社に過ぎず、日本全体の企業約400万社の0.05%にも満たない数だ。「1%と99%」どころか、ごく少数の0.05%程度の企業だけが儲かっているにすぎない。

 (4)安倍政権の3年間、勤労者の実質所得は減り続けている。
 労働者の基本給、時間外手当、ボーナスの三つを合わせた「現金給与総額」からインフレ率(消費者物価上昇率)を差し引いたのが実質所得だが、その伸び率を見ると、
   2013年度 マイナス1.3%
   2014年度 マイナス3.0%
   2015年度 マイナス0.1%
で、所得が増えるどころか減っている。
 これで消費が拡大するはずはない。経済全体が縮小している中で、ほんの一握りの大企業の利益だけ増え、労働者の取り分が減っている。そこで失業率が下がり、有効求人倍率が上昇したとしても、減ったパイをより多くの人びとが分け合っているだけだから、全体として国民の窮乏化が進んでいる構造だ。
 以上のように安倍政権下では、景気の超低迷が続いている。もはやアベノミクスの失敗は明白だ。首相が口にするような「道半ば」とか、「この道しかない」どころではなく、「この道はあり得ない」という状況だ。

 (5)それでも、これまで何とか安倍政権を支えてきたのは、円安と株高だ。円安の主要因は米国の金利上昇であって、それに株高が連動していたのだ。
 しかし、2015年6月から、明らかに潮流は円高、株安に転換し始めた。それまでの量的緩和が利かなくなり、黒田東彦・日銀総裁は2016年1月、何とかしようとして「マイナス金利」を打ち出したが、わずか3日しか効果が続かなかった。以降、円高を止められず、株の下落も続いている。
 その結果、最終的に日銀は打つ手がなくなった。
 6月15、16日の金融政策決定会合でも、何ら追加策を示せず、現状維持しか決められなかったのはそのためだ。黒田総裁は、ついに白旗を掲げたのだ。しかも、「2年程度」で達成するはずだった「2%の物価上昇率」も未達成のままだ。

 (6)経済がこんな状態では、2017年4月の消費税増税(8%→10%)なぞ、できるはずはない。事実、安倍首相は6月1日の記者会見で、「増税再延期」を表明した。
 もともと2014年12月の総選挙を前にした11月18日の記者会見では、2015年10月実施予定の消費税率引き上げを「18ヶ月延期する」と発表していた。当時の記者会見では、
 「再び延期することはない。ここで皆さんにはっきりとそう断言いたします」
 つまり、今回も消費税率増税の「経済状況を作り出すことができ」ずに、公約に反して「再延期」を表明するところまで追い込まれたのだ。
 ところが、首相のやったことは公約違反を謝罪もせず、「景気判断条項」を付さないと言いながら、世界経済のリスクを強調して、増税延期を正当化することだった。
 公約違反を「新しい判断」でいちいち正当化できるなら、公約の意味がなくなる。

 (7)ここまでアベノミクスの破綻が数字的に明らかになっているのにもかかわらず、安倍政権の支持率がさほど下がらない理由は、政権による情報操作だ。こういう時のために、NHKを初めとするメディア弾圧という鞭と、大新聞に対する消費税率軽減の飴を与えて、メディアを飼い慣らしてきたのだ。
 <例>いまだ「アベノミクス是か非か」という報道をすると、言葉の響きで、あたかもアベノミクスが良いものであるかのように聞こえてしまう。
 さらに、円高について「相対的安全な資産である円が買われている」、株安については「英国EU離脱の影響といった、政権の失政には触れない解説が全体として横行している。
 こうした現象は誰かがコントロールしないと起こらない。

□植草一秀(経済評論家)「さらばアベノミクス 数字で見る日本経済の悪化」(「週刊金曜日」2016年7月1日号)
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 【参考】
【アベノミクス】5つの大嘘 ~数字が示す日本経済の悪化~