保津川下りの船頭さん

うわさの船頭「はっちん」が保津川下りの最新情報や、京都・亀岡の観光案内など、とっておきの情報をお届けします。

5 Places to See the Fall Colors of Kyoto! | Japan Travel Guide

2016-11-16 16:44:40 | インバウンド
5 Places to See the Fall Colors of Kyoto! | Japan Travel Guide


京都の紅葉 ベスト5に保津川下りも!

綺麗どころが満載です!
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船頭で下る保津川下り!

2016-11-16 16:39:57 | 保津川下り案内
台風あとの保津川下り。船頭だけで下る。この盛り上がりを見よ!
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我が心の金閣寺。そして衣笠。

2016-11-14 16:08:22 | 心の旅
金閣寺。言わずと知れた京都最大の観光スポットです。

この金閣寺が建つ衣笠界隈は、私が育った街でもあります。

先日、所用で訪れる機会があり、私にとっては思わぬ故郷への里帰りをすることができました。

参道の石階段や寺の門、庭園の水面に映る黄金の寺院まで、すべてに思い出あり懐かしい。

紅葉も色づき始めたこの時期、お寺の境内は世界中からお越しになった観光客で大賑わい。

幼児の頃から、少年、思秋期、青年期など、ここで様々な事がありました。

目を閉じれば、あのころの想い出が次々に甦ってきます。

その日、衣笠界隈をゆっくり回り、ノスタルジーに浸っていました。

保津川の雄大な流れとは、異なる京都の秋を感じた一日でした。
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大自然の峡谷美。保津峡の紅葉が色づきました!

2016-11-14 09:45:22 | 保津川下り案内
いよいよ、今年も保津峡の紅葉が色づきはじめてきました!

保津峡の紅葉は毎年、トロッコ列車沿線の若い‘もみじ’から赤くなります。

葉の赤も深く、雄大な峡谷の、これぞ‘大自然の中のもみじ’
という力強さを感じます。

保津峡の紅葉はカエデだけではありません。
‘けやき’や‘さくら’などの木々も、朱色や赤に色づき、
緑の木々と相まって華やかなコントラストを描き出します。

京都は紅葉景色の美しいまちです。

東山や南、北の地域にも紅葉の美しい名所、名刹がたくさんあります。

その中でも保津峡の紅葉は、際立って野趣にとんだ、雄大さを兼ね備えた
美しさを感じさせる錦風景なのです。

大自然の峡谷という、厳しい自然環境の中を生き抜いてきた
木々たちの‘美’の共演お楽しみ下さい。
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海外メディアが紹介する京都のBEST10に保津川下りも!

2016-11-09 09:25:41 | インバウンド


京都に観光できたら、必ず訪れたい場所ベストテン!をご紹介しています。

京都は千年の間,日本の首都でした.
そして京都は日本の最も美しい都市としての高い評価を受けています。
無数の社寺仏閣、また聖地と歴史ロマンあふれる魅力的で圧倒的な都市です。

京都旅行をさらに楽しむために10箇所の名所を紹介します!


https://www.youtube.com/watch?v=Od6IoKKriXo
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本日10月2日の保津川下りは運航を中止しております。

2016-10-02 13:08:15 | 保津川下り案内
只今、保津川下りは台風16号と秋雨前線の大雨の影響により河川が増水し、運航を中止しております。

また、上流のダムも緊急放流している影響もあり、水位の減少が見込めず、5日までの運航中止を決定いたしました。

ご予定下さった皆様には、誠に申し訳ございませんが、何卒、ご理解のほどをよろしくお願い致します。


保津川遊船企業組合
理事長 豊田知八
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<~ものがたり~保津川を下った人たち。英国国王ジョージ5世>

2016-09-29 14:39:28 | 保津川下りものがたり
<~ものがたり~保津川を下った人たち。英国国王ジョージ5世>

保津川下りに最初に乗船した外国人はイギリス皇孫のアルバート・ヴィクターとジョージ(後のジョージ5世国王)兄弟だ。
明治14年(1881)11月5日から9日までの5日間、兄弟で京都旅行を楽しんでいる。
保津川下りに乗船したのは11月7日で、随行した皇太子達の秘書ジョン・ドルトンはその著書『軍艦バッカンテの巡航』で
その時の様子を克明に記録に残している。
王子たちは、午前9時に京都七条大宮から保津川の急流に向けて出発。
人力車の長い列を連ね、山陰街道から老ノ坂峠を越え、亀岡の山本浜(今のトロッコ列車亀岡駅付近)から
保津川下りに乗船した。
12時30分に山本浜に到着し、待機していた⒒艘の船に、人力車と車夫も一緒に乗り込んでいる。
その著書には、保津川下りの乗船体験も記録されている。
一文を抜粋する。
「その急流は、高い木で覆われた渓谷の間を曲がりくねって走っており、いっぱい日光の中、
紅葉と光のコントラストが溢れていた。岩の周りには水が渦巻き、流れが突出しており、
何度も前方に障害物が現れた。しかし、船首に一人の男たちが上手に竿を使いながら船を操って、
障害物をこえて行った。ある場所では、大きな水しぶきが船壁を超えて入ってきた。
その場所は2つの岩の間が非常に狭く、船の船幅より少し大きいくらいだった。
急流や一風変わった水の流れなど、とてもうきうきする場所がいくつかあった。」

保津川下りは王子たちの日本観光において、強烈な印象を残した思い出となったことが伺える。

また、この時の保津川下りの費用も記録されている。
予約は13艘だったが、実際は11艘が下った。
1艘が4円で、キャンセル料1艘80銭とある。
当時の首長の給料がだいたい1ヶ月6円ぐらいだから、当時、保津川下りは
今では考えられない程のかなり高価な乗り物だったようだ。

ちなみに、この時、京都で接待をつとめたのは、琵琶湖疎水計画を立案実行した北垣国道京都府知事だった。
北垣は当時、嵯峨の角倉了以邸跡を別邸としていたのも何かの因縁だろか。

英国王子兄弟の保津川下り乗船は、母国英国はもちろんヨーロッパ各国に知られ、
「日本に保津川という急流を下る川舟がある!」ことが知られる。

このとき弟だったジョージは兄アルバートが若くして急死したことから、王位継承者となり
のちのジョージ5世として、第一次世界大戦やロシア革命という時代の荒波を
乗り越え、名君の誉れ高き国王となった。

英国王室と保津川下りの関係は、王子たちが保津川下りを体験以降、和45年のマーガレット王女ご乗船まで続き
「英国王室に愛された舟下り」として英国内に知られることとなる。
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保津川下りパークアンドライドで賢い京都散策を!

2016-05-04 08:09:50 | 保津川下り案内
GWの賢い京都散策の仕方を教えましょう。

GWの京都は人も車もいっぱい!その中でも車の渋滞ほど時間の無駄を感じることはないですね。

そこで!無駄な時間を掛けることなく、休日を有意義に使える行程の提案です。
私たち保津川下りをお使い下さい。
私たち保津川下り乗船場には100台を超える無料駐車場を持っています。ここに車を停めて保津川下りで京都市内へGO! 

例えば、昨日の様に朝8時に亀岡の保津川下り乗船場から出航すれば、10時までには嵯峨嵐山へ着くのです!
それから嵯峨野散策をするもよし。また、JRや嵐電、阪急に乗って京都の各観光地を回るものよし。
駐車場は終日無料で停めて頂いて構いませんので、お戻り時間は自由です。

夜の京都も体験できますよ。お戻りはJR山陰本線・嵯峨野線です。在来線なので終電は午前0時まで走っています。

京都駅から亀岡駅までは約30分。東山や河原町地域との中継駅となる二条駅なら25分ほど。
太秦や嵯峨嵐山からですと10~13分です。
JR亀岡駅に着いてからは北口を出て、駐車場までは徒歩6~8分という駅近なのです。

お車で保津川下りへお越しの客様は第二外環状線、京滋バイパスまたは名神高速道路で、大山崎JCから京都縦貫道路へ。
高速道路を使えば大阪中心部までは1時間内の範囲。

混雑する京都のGWは保津川下りを利用すれば渋滞知らずで京都を!

京都散策への時間もたっぷり取れて、駐車場代も浮かせることができる、いいことずくめ!!

ぜひ、お試し下さいね。
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角倉了以翁と田辺朔郎氏 ~もうひとつの京都物語~

2016-04-03 12:37:14 | 船頭の目・・・雑感・雑記
1000年の古都として日本人に愛される都市・京都。しかし、その長い歴史の間には、幾度も衰退の危機に直面することがありました。
近世江戸幕府が開かれた時や明治維新後の東京遷都時もそうでした。この危機を救ったのは河川整備でした。
そしてそこには2人の志高き人物の活躍がありました。その2人とは角倉了以と田辺朔郎。

では、この二人にどのような共通点があるのか?田辺朔郎・・・東京工部大学校(後の東京帝国大学工学部)を卒業したばかりの 24 才の技師。

明治政府による東京遷都で、朝廷という精神的支柱すら失い、京都は政治的・経済的に苦境のどん底にありました。
古都の復興と発展のためには抜本的な基盤整備の断行が緊急の課題でありました。その主事業計画こそが、京都と大津(滋賀)の境で
難所といわれた逢坂山と日ノ岡間を 隧道で貫通させて近江との舟運を開くという琵琶湖疏水計画でした。

当時の京都府知事・北垣国道は、朔郎の卒論「びわ湖疏水工事計画」に惚れ込み、工事全体の責任技師として抜擢したのです。
しかし、土木工事費予算として125 万円を要する疏水工事。当時の京都府の年間予算額でも 50~60 万円程度で、
国家全体の 土木工事費予算が約 100 万円と いう時代です。まさに桁外れの大プロジェクトです。
指導的立場にあった外国人技師たちも「今の日本の技術力では無理だ」といわれ、
かの福沢諭吉も『京都の風光明媚な景観を壊すだけで、害有って益無し。』と酷評しました。

しかし、知事は「京都復興」という不退転の決意で、この若き技師の朔郎に賭けたのです。

近世・江戸初期、政治の中心が江戸に、経済の中心が大坂へ移り衰退の一途を辿る都京都を復興させるため、
一族や地域住民の反対を押し切り、保津川と高瀬川開削に挑み、救った角倉了以。
その子素庵とともに夢見ていた計画こそ、まさにこの琵琶湖疎水計画だったのです。

世紀の大事業といわれた琵琶湖疎水計画は明治 23 年 4 月 9 日の開通式に天皇・皇后両陛下の臨席を賜り完成します。

そして疎水は舟運だけでなく、今後の主エネルギーとなる「電気」を水力で発電する事業を可能にし、
また市民の生活用水も確保する近代の生活基盤整備へとつながっていきます。

まさに了以が保津川から丹波の木材資源を舟で運ぶことで、都の人々の火力エネルギーを供給し、
都の物価安定に貢献したことともオーバーラップするのです。

朔朗が完成させた琵琶湖疎水は100 年以上経った今も京都の人々の生活基盤を支える施設として重要な役割を果たしています。

朔郎は後年京都で没しますが、その時の戒名に「水力院釈了以大居士」と付けてほしいと希望したのです。

生涯抱いた角倉了以への強い憧れを感じずにはいられません。

角倉了以の志を知り、その思いを受け継いだ田辺朔郎氏。


思想という‘志’は時代を超えて受けつがれるものだということがわかります。

人は生きて、何を残すか?

伝統を受け継ぐ私たちもこのことをしっかり心に修めて、歩んでいかねばなりません。

先人たちの情熱と偉業により守り続けられた古都・京都。

その奥深さこそが世界中から訪れる人々の心をとらえて離さない魅力の一つだと感じるのです。
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角倉了以翁が410年ぶりに保津川を下る!!

2016-03-07 13:17:11 | 保津川下り案内
角倉了以翁、410年ぶりに保津川を下る!

3月10日(木)に開催される保津川下り春のイベント「保津舟の日」で、
保津川下りの創業者でる角倉了以翁の像が舟に乗って嵐山まで下ります。

当日、了以翁は、保津川下りの出発点亀岡から、保津川下りの一番船にお乗りになり、
保津峡の急流を下り、終着点・嵐山にある元角倉屋敷跡の「花のいえ」まで、
お帰りいただくというものです。

今年、保津川下りが開業して410年の節目の年。
了以翁に先陣を切って頂き、我々船頭が後に続きます。


戦国時代から江戸初期というと、激動の410年前、庶民の生活基盤となる物資を安定的に京都に届け、
都と丹波の経済発展に寄与された了以翁。
また、息子素庵とともに、世界に誇れる商家訓や最先端の和算、京の文化人たちと作成した出版技術など
様々な業種でも、偉大な功績の残す了以翁。

その心を心とし、開削時の精神に立ち返って今シーズンの開幕を迎えたいと思います。

お時間のある方はぜひ、3月10日9時からのイベントにお越し下さい。


保津川下り春イベント「保津舟の日」

8時30分 神事
9時イベント開始

10時30分 角倉了以船が出航!!
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