マゾヒズムに花札を!

Female Domination & BDSM …とは殆ど関係ない花札に関する四方山話です。

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始めにお読みください

3006年01月01日 00時00分00秒 | ようこそ!
あけましておめでとうございます。

投稿日付に拘わらず2006年のお正月、皆様方はいかがお過ごしでしょうか?

最新の電子玩具もいいですけど、昔ながらのボードゲームに家族親戚揃って興ずるのもお正月ならでの楽しみですね。
日本にも優れたボードゲームがありますね。
すごろく、かるた。
かるたと言えば、百人一首、そして、花札

教育によくないのなんのと、とかく変なことを言われる花札ですけど、ちょっと待ってください。
四季の花鳥風月を描いたこのかるたのどこが悪いのでしょう?
こんな美しいかるた札が世界のどこにありますか。
西洋の代表的なかるたであるトランプが権力者を描いてあるのに比し…

と、この言い回し、



国際珍宝館 by ミユ

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



コメント (2)
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やまとごころよ、永遠なれ

2007年11月21日 21時23分53秒 | 雑の話題
ラスト始まりがあれば、また終わりもあり…
本 マゾヒズムに花札を! も、ここらでお開きにしたいと思います。
図らずも数多の記事を投稿することとなりました。

本ブログにおきましては、古くから日本庶民に親しまれてきたカルタである花札をテーマに、その歴史を、風土を、そして我々日本人が培ってきた『こころ』をお話してきました。
どうか、皆さん。

「松」の、鶴に太陽を配した絢爛たる図柄をご覧になり、まこと正月のめでたさを、この壮大で格調高い札にお感じください。
「梅に鶯」の床しさに、桧の家の中に三弦の音楽を育てた国民性をお汲み取りください。
「桜に幔幕」の単純で美麗なカルタに、元禄の花見踊りの姿をしのんでください。
「鹿に紅葉」の札に「おく山に 紅葉ふみ分け なく鹿の こゑ聞くときぞ 秋はかなしき」、字すら読めない庶民に愛され続けてきたこの古歌をお聞きください。

幸い、マゾヒズムに花札を! は、365日24時間開店のウェブサイトです。
花札が懐かしくなったら、日本のこころに触れたくなったら、いつなりともまたお訪ねください。
僕と数多くの先人たちが、ご案内します。

 敷島の 大和心を 人問はば 朝日ににほふ 山桜花

本居宣長です。
投稿日付どおりではないこのブログを、初めのうちから読んでいただいた人なら先刻ご承知でしょうが、僕は日本のものが大好き!
病膏肓もーフリークですし、結果思想的にも至って右よりです。
しかし、決して国粋主義者ではありません。

例えば日本的美徳とされている謙譲などはいいこととは思ってません。
そして、某巨大掲示板群における僕の言動を知っている方は、馴れ合い(これも日本的美徳とされてる)が大嫌いな僕だということをご存知でしょう?
どなたがおしゃったことでも、いいことはいい、悪いことは悪い、あっていることはあっている、間違っていることは間違ってるのです。
どこのお国の発明風習でも使えるものは使える、使えないものは使えないのです。

時に、皆様はポパイはご存知でしょう?
ほうれん草の好きな船乗り。
あるマンガ本でこんなプロフィール紹介がありました。

『現代アメリカを生きる浪花節的人間』

なるほどさもありなん。
僕が思うところ、今の日本人がすっかり忘れてしまった日本的なよさを持った『敵国人』といったとこですか。
ポパイは決して自分を飾ったりしません。あるがままの自分に誇りを持って生きています。

さてさて、「かくありたい」という台詞がどっかにありましたかな?

と、この言い回し、



ミ ユ の 掲 示 板 5月12日(木)21時43分28秒

を丸写ししました。

はい、最後までパターンを崩しませんでしたよ~
では、ではっ

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!あの上祐史浩が、今、ミクシィに出没した意図を探る1995年。思えば、国中がオウム真理教に震撼させられた年でした。日夜報道されるかの集団の引き起こした無差別テロ事件等々。<br>
そんな中、ひとりの男が世間の注目を集めました。オウム広報・上祐史浩。宗教名・マイトレーヤ。教団最高位正大師である彼は、オウムの顔であると同時に1995年の顔でもありました。その上祐氏が、地下鉄サリン事件12周年を直近にひかえた今日この頃、またしても世間の注目を集めています。オウム真理教から名を変えたアーレフからの脱退、新団体の設立宣言に引き続き時を経ずして、あの会員制SNS・ミクシィ(同名会社運営、代表取締役・笠原健治)に出現…周知のとおりです。オウムと袂を分かつという行動は、予測されていました。既に強制捜査当時から言われていた。彼と別幹部・野田成人氏(宗教名・ヴァジラティクシュナー)とは犬猿の仲、一緒にやることなど出来ようはずもないので、必ずやオウムは分裂するであろう、と。むしろ遅きに失した感さえあります。これに対して、ミクシィ出没の方はと言えば。正直予想できませんでした。少なくても僕は驚かされました。うん、どこから話していけば、と言ったところです。ある意味、これもまた「遅きに失した」の部類でしょう。というのは、上祐氏が既に以前からmixiをやっていたであろうことは想像に難くないからです。ねえ? オウムというのはPCやネットに長けた集団でしたでしょう?事件当時から色々やっていた彼らが、mixiを素通りしている訳がありません。そしてmixiです。昨今色々報じられてますから、会員でない方もご存知でしょう? あの会員紹介システムというのは極めていい加減なものです。いくらでも「架空人格」で登録することができる。増してや今現在は、実名登録義務付けを外してしまってますから尚のことです。そんな中、何で今、敢えて上祐史浩の名前を出して「ミクシィをはじめた」のかなんですよ。これによって、どのような波及が返ってくるかから逆算するといいでしょう。オウム真理教、現アーレフは周知のとおり、団体規制法による公安調査庁観察処分の対象です。その分派もまた同じ、上祐派もまた公安庁の監視を受けています。その上祐史浩氏がmixiに出没したなれば…当然、公安調査庁はミクシィを観察しますよね。そう、会員以外は(たとえ公権といえど)閲覧することができないとされている、あのmixiを。僕には正直、上祐氏の真意は測りかねます。でもね、この傾向は歓迎できるところですよ。思えば、昨夏のことでした。(カルト)宗教団体・摂理なるものが世間を騒がせたのは。その折、僕は別の場所にこう書いたんですけどね。> うーん…> 確かにねえ。> 完全会員制は淀みを生みますね。> > まあ、アダルト(にひっかかる)くらいは自己責任ってことでいいと思うんですけど、例えばカルトが素性を隠して入ってきたら?> あの摂理あたりだって、キリスト教勉強会なり一条ゆかり同好サークルなりを作って、それを隠れ蓑に信者集めができるわけです。> > 去年の夏あたりでしたっけ? オウムの小宮娘が、ライブドアブログで大々的な資金集めして、ちょっとした騒動になったのは。> オープンなブログで堂々顔写真晒したとしても、あれだけ大手を振ることができるんです。> mixiのような完全治外法権、町方の入ることのできない寺社領みたくなスペースでやられたとなったら、こりゃヤバいですぞ。(06.8.15)正体を隠してのカルト布教など、いともたやすく出来るmixiという閉鎖コム…みすみす、そのチャンスを捨て去り、実名でデモンストレートをかけた上祐史浩氏…彼が公安のS(スパイ)であるという風評は、これもまた1995年当時から流れていることです。テーマ:国家防衛 - ジャンル:政治・経済【2008/03/18 Tue】 // テロイズムに花束を! ウィニー裁判地裁判決に思う 某玉置アナの台詞を借りるなら「一週間のご無沙汰」、今週もひとつ意見投稿なぞを手がけるとしましょう。さて、先週はかの「クラブきっず」を巡るネットオピニオンに触発されての投稿でした。件の渡邊教諭は著作権法に抵触したサイト運営を断罪されたのでしたよねえ、確定している部分を話せばです。ネット…著作権法…この2ワードに大いに関係のある司法判断が、また示されました。断るまでもないでしょう。ファイル交換ソフト「ウィニー」を開発した元東大助手金子勇被告(36)に対する京都地裁判決のことです。懲役1年の求刑に対し、罰金150万円の判決、つまり当該一審は有罪判決を示したのです。…もう、くどくは言いたくありませんね。「交換ソフト開発者が有罪で三菱ふそう経営者が無罪。司法とは何なのか?」うん、これに尽きてます。これで終わりにしてもいい、終わりにしてもよかったんですよ。被告やその支持者の判決批判を耳にするまでは。「(この判決は研究者たちの)開発意欲をそぐ」なんですか、これ?!こんな駄々っ子じみたことを言う人たちの存在を知ってしまった以上、ひとり司法を悪者にして終わりにするわけにはいかなくなりました。「やる気がなくなったのなら、やめちまえば」駄々っ子を叱るのですから、こんなところで十分でしょう。ん? そっけない?じゃあ、大人に昇格させてあげましょうか。この人たちは業者ですよね。うん、研究業者。研究者じゃないでしょう、研究者とはいうのは、例えどんな迫害を受けても研究を続ける人たちです。「それでも地球は回る」それを何ですか。一度や二度ブタ箱にぶち込まれたくらいで、やめるのやめないのと喚きだすとは。要するに自分の利権を守りたいがために研究を人質にとってごねる業者代表に過ぎません。この人たちが大人であるにせよ、子供に等しいにせよ、こんな研究もどきはやめてくれたほうがいいです。ねえ? 公共財に等しいネットというものを実験用に使い大きな波紋を巻き起こし、なおかつそれが万人にとって有益なものであると信じて疑わないような人たちは消えてくれたほうが助かる、少なくても、これを飯の種にしようと考えない者のひとりとしてはです。ここで時系列を戻し、本件が刑事事件化した経緯を振り返りましょう。僕はさっき「大きな波紋」と表しました。これは、誤解を招くことを防ぎたいがための曖昧表現です。まあ、僕らならば曖昧表現のままで済まされましょうが、司法が(「大きな波紋」を放置しとく訳にはいかずと判断して)刑事事件にするためには、そんな訳にはいかないですよね。法規に定められている歴とした罪状を提出しなければなりません。そこで、もって来たのが、著作権法違反(幇助)。このプロセスで読まなければ話を間違えましょう。先ず罪状ありき、ではないのです。随分昔のことですが、ブルセラなるものが流行ったことがありました。中には濡れ手に粟の大儲けをしている者もある、これを放置するのは社会のためにならずと判断した当局は摘発に乗り出しました。適用したのが「古物営業法」、古物商の株を持っていないものが古物を取り扱うのは違法だというなのですが。まあ、感覚的に見たらば、これは変ですよ。けど、よくも悪しくも司法とはこんなものなんです。規則を曲げるわけにはいかないのなら事実を曲げるしかない、美化すればこれを大岡裁きというのですがね。果たして、使用済み下着等を骨董品と見なした件の刑事手続きは効を奏しました。に戻すに、「ウィニー」開発に著法を持ってきた件です。これは失敗例でしょう。有罪とされた被告サイドが納得してないことは述べてきたとおり、つまり「穿き古しパンツが何で骨董なんだ?」と正面切って対抗してきたわけです。そして、この判決の支持者です。そうですよねえ、著作権で飯を喰っている面々が俄然勢いづいてしまいましたもの。つまり、穿き古しパンツを骨董としても(そんなものを取り扱ってない)骨董屋が利になるわけがない、しかるに今回の地裁判決は(位置が近かったために)「著作権業者」に漁夫の利を齎す結果となったのです。著作権で飯を喰っている面々と言いましたね?そうですよ、元よりいい印象は持ってません。先ず喰うことがありき。そのための手段としては、著作権という既存の特権にしがみつくのが一番。文化の発展寄与という理想などとうの昔に雲散霧消させてしまったこの人たちもまた業者、作(X)家というよりは著作権業者という呼称で呼んだ方がよいでしょう。この著作権業者というのも、一言文句言いたい相手ですので触れておきます。なぜ面白くないかといえば、司法の場を営業目的に利用している帰来があるからです。代表的なものをあげるとするなら、ほら、あったでしょう?ブルセラよりは新しいものの、これもまたかなり前ですけど、訴訟を宣伝かわり使う大手アミューズメントが。「(我が社版権キャラの)清純なイメージを壊された」等々。結構話題になりましたので、当時の報道を知っている方は思い出すことと思います。極めつけは、「(ゲーム)セーブデータの著作権は(ゲームソフトの著作権者である)我が社にある」の主張です。まあ、こんな話は、ゴッホのひまわりがウン十億円で売れた、そこに、絵の具業者現れて、「あの黄色は我々の秘伝。だから売買代金は我々のものだ」というものなんでけど。驚くなかれ、司法は原告大手アミューズメントの主張を支持したのですよ!はしょっちゃいましょうか。一番驚いたのは原告でしょうね。当然敗訴となり最高裁まで係争することにより商品等の宣伝が長期にわたり続けられるというシナリオが崩れたのですから。とまれ、今回地裁判決判決の支持者の大半は、こうした前科のある事業者たちなのです。果たして、公権力が利するに値する公共性があるのでしょうか?さて、そろそろ結論にもって行きましょう。以上述べてきたことを、ここまでお読み願った各位には、読みにくい文章だったかもしれません。「お前一体、誰の味方をしているだ?」「あっちについたり、こっちについたり矛盾だらけ」こう感じてる方も多いことと思います。まあ今回判決に関しては、(俎上の人物の)誰の味方もしたくない、「どいつもこいつも」、というのが、僕の感想ですので。忘れてはならないのは、司法なるものは全て我々の血税により運営維持されている場であるということです。その司法の場が一部の利便のために利用され、専ら業者間の鬩ぎあいが繰り広げられているのは、何とも不快な限りです。更に言うならば。かつて、文化財というものは、皆の共有財産でした。よく言うところでは歌。皆が歌いました。一人が「つらつらつばきつらつらに」と歌えば、皆が「つらつらつばき」とやり出す、「山鳥の尾のしだり尾の」がいいなあと感じれば誰も彼もが「山鳥の尾」と歌い、この貴重な財産を共有する…古代人たちの魂の息吹は、どこに消えてしまったのでしょうか? あら春や 浜つ椿の つらつらに とみ思ほゆれ こぞの夏こそ…例によって例のごとく、パクリです。でもよいではありませんか。歌は皆の共有財産です。よし、只今作成中の来年の年賀状は、この歌で行くとしましょう。テーマ:ファイル交換ソフトについて真面目に語ろう - ジャンル:コンピュータ【2006/12/17 Sun】 // オーソリタリアニズムに花束を!  犯罪者集団・日本経済新聞につける薬はないのか? ~ 月並みな言い回しながら>> [痴漢逮捕]日経子会社60歳専務が電車内で  2006年11月18日>> 電車の中で痴漢をしたとして、警視庁神田署が日本経済新聞社の子会社「日経統合システム」の花輪契志(ひさし)専務(60)を都迷惑防止条例違反容疑で逮捕していたことが分かった。 >花輪専務は容疑を認め、17日に東京簡裁で罰金30万円の略式命令を受けて納付。辞表を提出し同社を退社した。タイトル同様月並みな表現から入るなら、ついにここまできたか、といったところです。今までの「犯罪者集団・日本経済新聞」代表選手は大方が若手、より意味合いを伝えるのなら「下っ端」の類でした。しかるに、今回の花輪選手の場合は本社部長職まで勤め現在は報じられているとおりの肩書きにある、あった人物です。この点からは、二つのことが読み取れましょう。先ずは、新聞社自体が「犯罪者集団」であるというフレーズが、満更誇張ばかりではなかったということです。そうですよねえ? 中枢社員がこうして犯罪者に名を連ねたのですから。そして今ひとつは、過去に下っ端が起した犯罪について、新聞社は何らの反省もしておらず、口先だけの謝罪のみの無為無策であるということ。はい、先に重役が犯罪を起し波及で子分が、というのではありませんもの。回り将棋よろしく、段々中枢に近い人物が犯罪戦士として名を連ねていく日本経済新聞社の現況は、近くトップの逮捕すらを予感させる体たらくです。僕は今、逮捕と言いました。誤解ないようにないように願いたいのですが僕は、新聞記者が、新聞社社員が逮捕されたらいけないなどとは微塵も感じてませんから、念のため。いやそれどころか、ジャーナリズム、大いに逮捕者を出しなさい、と言います。言います。言いますが、但しです。これは、あくまでも本来のジャーナリズム活動に関連してということですから。即ち、現行憲法における言論の自由は、必ずしも全ての言論を自由とするものではありません。ですから、記者の行動は時には法規を逸脱することになるかもしれない。記事の内容とか取材方法がとかがですね。いいではないですか? 記者たるもの、一度正しいと感じたならあくまでもその信念を貫くべきです。逮捕・収監、大いに結構! そこまでの信念を持って記事を書きなさい。獄中から己が信念を訴えかけてこそ、記者たるものの本領発揮であると僕は思います。日本経済新聞社関係逮捕者に視点を戻せば。残念ながらです。今更言うまでもなく、彼らの起した(起したとされる)犯罪はいずれも、職務とは遥かにかけ離れたところに位置するものであります。なんともまあ、浴びせかける罵言すら思いつかないほどの破廉恥犯罪…それに関して憂慮する点を次に掲げましょう。プロフィールに書いたとおり僕も新聞社に居ましたもので、ジャーナリズム体質と言うのを肌で感じた経験があります。なんか、こう、権力と戦っているヒーローのごとき者になったような錯覚を起すんですよ。ああ、さっき書きましたか。だから、逮捕や収監を心中ひそかに美化してしまう帰来にあるのです。それが、いかなる罪状であろうと、味噌も糞もいっしょくたに。破廉恥犯罪に対する社内のバッシングが欠けている、少なくても他業種の企業に比して弱いのは、このためと言えましょう。また、起きますよ。この集団には自浄作用がない、いや、それ以前に各人のですよ。神経が麻痺しちゃってる、道徳観念なんて入社1年目で雲散霧消してしまうんですから。まあ、そんな新聞業界の体質への嫌気もあって昨年退社し、現在はマゾ男を自称した風俗ライターめいたことをやって食いつないでいる僕です。さて、表題は「~つける薬はないのか?」でしたよねえ。うーん、これは非常に難しい。述べてきたように、新聞社・ジャーナリズムに身をおき、その禄を食んでいる以上、私情は内に秘めなければならない。個社員の道徳心や倫理観などは余りにも無力です。更には日本経済新聞社も一新聞社に過ぎません。なんでも終戦直後「いやしくも法の番人が、ヤミ米を食うわけにはいかない」と言って餓死した裁判官がいたとか。これと同じく、日経新聞ひとり業界全体の流れに逆行したクリーン体質に転ずることなど不可能でしょう。所詮、自助努力などでは解決できることではありません。そうです。マスコミにちやほやする社会の側にも問題があるんですよ。今の腐敗体質をなんとかしたいならば、こうした赤裸々な姿をあるがままに捉え、社会全体の問題として社会全体が問題視するようになることが、必要にして最低限の前提となりましょう。とりあえずのところ、「~つける薬」は見いだせそうにありません。とは言うものの、これで終わってしまったら鼎の軽重を問われることになりましょう。ひとつ妙薬候補をあげるとすれば、それはネットジャーナリズムの健全なる発展あたりでしょうかねえ?このブローバンド時代、ツールの進化によって、誰しもが全世界に対し情報を発信することができます。老若男女だれもが「新聞社」をやることが出来るのです。そして、そこには既存権力もなければ伝統権威もない、純然たる実力勝負となります。天下の日本経済新聞と言えども、一ネット人格と全く同じ土俵で勝負しなければならないのです。もしネットジャーナリズムが理想的な形で進化したなら、犯罪者集団・日本経済新聞、こうした腐敗権力の足元を脅かすことにもなろうのですが、果たして…   (了)テーマ:性犯罪・わいせつ事件 - ジャンル:ニュース著作権侵害の温床となっているブログは? 本題に入る前に、先ず序なるべきネットにおける著作関係の留意点を3点ほど。①掲示板サイト投稿の転用 あれは、板運営者 (及びその指定する者) に対しては著作に関する権利を行使しないという特約の元にされた投稿です。従って、各書き込みには著作権が生じます。無闇に転用するのは違法であることを含みましょう。②時事報道等に関する著法の規定 ・時事報道や伝聞情報 (単なる噂話) には著作権はない・時事報道に対しては著作に対する権利を主張できない この二つを紹介しておきましょう。ここで言った『時事報道』とは漠然とした概念であって、新聞報道という意味ではありません。留意してください。 ③個人がHNでやっているWEBサイトの時事報道性現行の判例では、所謂個人サイトには時事報道性や時事評論性はないものと解されます。ホームページに他人の著作物を載せてはダメ、個人的に楽しんでいるだけだという主張は通りません。よく見かける注意ですね。 以上、三点お読みいただいたところで本題に入りましょう。さて現在の状況をみると、残念ながら著作等に関する権利の保護は極めて杜撰なようです。中には、パクリ・エロ&商業主義丸出し・開き直りと3拍子揃った悪徳ブログもあるようです。さらに残念なことには、業界パイオニアであったライブドアがこうした無法ブログにとっては天国とか。ライブドアはなんでもあり、の声すら耳にしました。私が見る限り、ここ、FC2ブログもその傾向のようで、他社を追い出された不良ブロガーたちが続々集結している模様です。もうひとつ、近頃流行ってきたSNS。ブログではありませんが関連して言及しましょう。代表格のミクシィは会員制です。もし、ここにかかる不良たちが駆け込んで、員外の者の著作物の転用を始めたら最早把握不能、これは恐るべきです。こうした無法が横行することのないよう、各社横の連絡を取り合って対処していくことが急務でしょう。金融関係の信用照会に匹敵するような同業情報交換網ができるようであれば、わが国における文化財に対する認識も一段高まるものと考えます。テーマ:ブログ考察 - ジャンル:コンピュータ【2005/11/05 Sat】 // Homer Simpson のウェブログ考  名もなきネット人狙い撃ちで陰口を叩き、独り悦に入る魂の障害者、それが「えっけん」時流に乗った新興産業の個担当者部分に媚を売り、おこぼれに預かろうとするコバンザメネット業者、それが「えっけん」現在ネット上には八百萬の「えっけん」がいる…芹沢文書、妄想写真館、関心空間 妄言集積地 新・ねこら対策要塞秘密研究基地本部Fetish★Fairy ぽっぴんぐ★どらごん どらごん★ている ばいれっど&ひひる

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花札と天狗

2007年10月28日 16時43分01秒 | 雑の話題
松井幽霊札花札の製造元はと言えば、言わずもがなのこと任天堂…
それに続くのは天狗堂あたりでしょう…
前に、桐カテゴリに書きました。
今日はその続編・発展編と行きましょう。

改めまして、

てん‐ぐ【天狗】
1 深山に住むという妖怪。山伏姿で、顔が赤くて鼻が高く、背に翼があり、手には羽団扇はうちわ・太刀・金剛杖を持つ。神通力があって、自由に飛行するという。鼻の高い大天狗や烏天狗などがある。各地に天狗にまつわる怪異な話が伝承されており、山中で起こる種々の不思議な現象は、しばしば天狗のしわざであるとされる。 2 《1が鼻の高いところから》自慢すること。うぬぼれること。高慢なこと。また、その人。「―の鼻をへし折る」「釣り―」 3 (略)

そうですよねえ。天狗、あの折に使った大石天狗堂の商標にもなっている、赤ら顔で鼻の高い妖怪です。
ところが、天狗の容ができたのは、なんと新しいことに江戸時代のようなのです。
うーん、思えば花札の歴史も意外に浅く完成は江戸時代…
非常によく似てます。
花札は天狗とともにあり、とキャッチを付ければ文学的になりましょう。

と、ここまでお読みになって、首を傾げている人も多いかもしれない。うん、鞍馬天狗なんてのが、平安時代からいたではないか、って。
確かにそうなんです。天狗という言葉は古くからありました。
ただ、今の鼻高妖怪ではないんです。
なんていいますか、曖昧模糊とした魑魅魍魎とでもいいますか。
具象化されない存在として語り継がれていたものとのことなのです。
それが、江戸期国産文化の発展とともに、或いは(今の)天狗として、また今日の松井天狗堂CGのような幽霊になったり…
様々な形で描かれるようになったのですね。

「日本一の大天狗め!」

源頼朝の有名な罵言も、この歴史事情をいれたところで読むとより正確に理解できると思います。
おっと、いわないと。大天狗とは後白河法皇のことですよねえ。
後白河院といえば、このブログで精力的に話している百人一首とも因縁浅からぬものがあります。
とはいっても、本人の歌は入ってませんけど。

そうですねえ。三女の式子内親王は話しましたし。
兄の崇徳上皇でも。

    瀬をはやみ 岩にせかるる たき河の われてもすゑに あはむとぞ思ふ

百人一首77番崇徳院。
久々に『百人一首秘密の歌集』から引用してみましょう。

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この歌の作者崇徳院は、前の歌(七十六番)の作者忠通(前関白太政大臣)らによって、保元の乱に敗れ、讃岐(香川県)に配流された。「保元の乱」とは一一五六年、崇徳上皇と、その弟の後白河天皇との間で起こった権力争奪戦である。崇徳側についた源氏は敗れ、一方、天皇側に組した平氏は、やがてわが世の春を謳歌することになる。
このように関係の深い二人を、定家がなんの考えもなく配列したとは思えない。私は定家が保元の乱を念頭に配列し、十三計につないだものと解釈するものである。つまり定家は「瀬を早み」の歌が『詞花集』巻七の〈恋上〉に「題しらず」と詞書があり、とり上げられたことから、恋の歌であることはわかっていた。
また、この歌が保元の乱以前に詠まれたことも知っていたが、あえて崇徳院の保元の乱後の述懐の歌と、ここでは位置づけたのである。そうすることで、「岩にせかるる」を忠通らの「御所方の急襲」に、「滝川」の「川」を「後白河天皇」の「河」に、それぞれ結びつけることができるのだ。
さらに「われても末に逢はむとぞ思ふ」という下句は、崇徳院がともに事を企てた藤原頼長、源為義、源為朝、平忠政らとの別れを暗示し、もはやこの世では会えないが、かならずや来世で再会できるという、院の悲痛きわまる思いを秘めているようにとれる。

-------------------------------------------------------

ということでございまして、この歌に隠した暗号は兵法13計「打草驚蛇」(だそうきょうだ)だそう です。

と、この言い回し、



導入部、導入部、っと

をそっくりそのまま全文丸写ししました。
でもでも! 元文だって殆どが引用だけ…ど…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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花札と日の丸

2007年09月24日 16時35分33秒 | 雑の話題
立体松さて、とかくアンダーグラウンドなイメージのある花札を話し続けている本ブログです。
長いこと博打に利用されてきた歴史のために、残念ながら容易には払拭できる、このマイナスイメージではありません。

しかし、考えてみてください。
何事も金を賭けることが悪いのであって、花札にはなんの罪もないでしょう?
何度でも繰り返しましょう。
四季折々の花々を描いた、この美しいカルタのどこが悪いのでしょうか?

日本の四季折々の花々…
ここで、"とある歌"の2番の歌詞をみてみましょうか。

 二、
  梅に桜にまた菊に
  いつも掲げた日の丸の
  光仰いだ故郷(くに)の家
  忠と考とをその門で
  誓って伸びた健男児

"とある歌"などともったいをつけましたけど、タイトルにつけてましたか。日の丸行進曲です。
梅、桜、菊、花札に描かれた植物が出てきました。
そして、花札と同じく無実の罪を着せられている日の丸が。

まあ、「英検万年落第生のくせに」と陰口を叩かれそうですけど、言いましょう。
僕は国際人を目指しています。
国際人とはどんな人のことか?
前にも少しいいましたけど、誰よりも自国のことをよく知っている人間のことだと思います。
いや、言い切りましょう。
誰よりも自国のことをよく知っていて、それを他国の人々に紹介できる人間こそが、国際人です。
そして、誰よりも自国を愛している人が。
実用英検などという小手先の技能でこそ遅れをとるものの、変態マゾ男などという健男児からは程遠い男の風上にも置けないようなクズであっても、そしてパクリ常習犯というネット社会のダニであっても、自国を愛するこころ、この一点だけは人には遅れをとらないつもりの僕です。

何か、日本国旗「日の丸」を見るだけで、精神的苦痛をうける人たちがいるそうですね。
年配の方? 戦友が日の丸の旗を抱きながら、目の前で死んだのを思い出して耐えられない?
うーん、若輩者の僕に失礼なことを言わせて貰えるのなら。
それは、日の丸の罪ではありませんでしょう? 全ては戦争のために…

と、このような、まともな感想を述べられないような現実事象に遭遇しました。
例の「国旗国歌訴訟」・東京地裁判決です。
いや、あまりの現実離れした判決に、暫く放心してしまいましたよ。

原告401人の主張、というよりなんて言ったらいいのかな? 「日の丸を見たり君が代を聞いたりすると精神的苦痛を受ける」というやつですよ。
到底これが本音とは思えませんけど、一応は当人の言ですから、それに沿って書くことにしましょう。

気の毒ですね、この人たち。この一言に尽きます。
そうでしょう?
例えば国技相撲、例えばオリンピック・ワールドカップ、これらは一切観る事ができないんですから。
今回の勝訴を請けて、こんなものを放映するテレビジョンにも慰謝料請求をしたらいかがかと思います。

何よりも気の毒だと思うのは、苦痛で堪らない日の丸&君が代を避けることのできない職業についていることです。
一体何を考えて職業選択をしたことか?
漆かぶれの塗り物職人みたいなものですね。
うん、菜食主義者の肉屋ならいい、肉屋が菜食主義だって構わないことだ。ただ、漆にかぶれる体質の人が塗り物職人をやったとなったら、自分の体を壊してしまうことになる、と言ってるのです。
それこそ憲法で、職業選択の自由が保障されてます。今からでも遅くない、是が非にも、避けて通れる職業へと転職することでしょうね。

1994年ノルウェー・リレハンメルの冬季オリンピックノルディック複合団体。
追いすがる地元ノルウェー以下に大差をつけ、真っ先に競技場に戻ってきたのは、わが日本でした。
日の丸を大きく打ち振りながらゴールしたアンカー荻原健司選手…
そして、自国の誇りであるノルウェー国旗を打ち振り、この覇者に最大級の賛辞を贈った競技場観衆…
あのときの感動は、生涯忘れられるものではありません。

これを逆に、苦痛と感じる(と言い放つ)401人の教職者たち…
自分の国を愛せないようでは、如何なる国も、如何なる政治体制も、そして如何なる組織も、ひいては何よりも自分自身をも愛することはできないでしょう。

と、この言い回し、



第二次世界大戦欧州戦線終結60年の今日に  2006/9/23加筆

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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札の香

2007年09月15日 17時28分11秒 | 雑の話題
札の香カルタを漢字で書くと?
加留多、歌留多、そして、骨牌。
このブログにすれば、歌留多が最適なのでしょうが、骨牌もまた捨てがたい。
いいですよねえ。そういわれれば、カルタというのは硬い板紙でできていて、感じが出てます。

ところが、考えてみるに。
日本の紙、和紙というのは透けて見えるほど薄いものです。
それを何枚も何枚も貼りあわせて、あの板紙をつくるんですね。
そこには、それぞれの花札工芸家・門外不出の製法が加味されるようです。
和紙の原料であるミツマタを漉く際に工夫があったり。
粘性を持たせるためミツマタの樹皮に混ぜるのが粘土だったり、白粉だったり。
はたまた印刷段階に秘伝があったり。

このようにして工芸家たちの苦心によってつくられた花札からは、日本人の精細さが伝わってきます。
視覚だけではない。
札の手触り、あの独特の札の香…
触覚や嗅覚にも訴えかけてきます。

えーっと。
今、『札の香』と書きましたけど、「ふだのか」ですよ。
さつのかおり」ではありませんから。
…まあねえ。現在日本の『ネット工芸家』の姿勢を見つけていると、どうしても山吹色のほうに読めてしまいますけど。
取り巻く環境が、そうさせるのでしょうねえ。

前にもちょっと言いましたか? どうしてIT関係ってのところは、ああも儲け主義なんでしょう。
それに頭を下げるということを知らない。
年がら年中、試行錯誤、仕様変更ばかり繰り返し、そのつけは全て利用者に押し付け、実験用モルモットのごとく扱って平気の平左です。
ホント、商売上のしがらみ、色々とあるとは存じますが、日本人の美しき心だけはお忘れにならないで下さい。

 山吹の 色は匂ほへど 利にゅーある みのひとつだに なきぞかなしき
 
と、この言い回し、



出てゆく気がないから文句言うんですよ  

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



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親権 (おやけん)

2007年08月08日 16時49分17秒 | 雑の話題
親もう、ここまできたらネタばらしをしてもいいでしょう。ってか、もうばれてますか?
いやいや、投稿日付の件ですよ。
『雑の話題 』カテゴリの日付は実際に投稿した日より、きっちり1年後となってます。
本稿に関しても、投稿日付のころには、どういう状況になっているでしょうか? (実際に投稿している)今現在は、未だ"あの母親"による子殺しが話題となっているところです。

親。
花札競技におけるディーラー相当のプレーヤーのことを親ということは話してきましたよねえ。
そして、親に相応しい権利を持っています。
前にも言いましたか?
他のものをいくつか続けましょう。

こいこい。サシで勝負するこの競技では、いずれも役ができなかった場合は、親の勝ちとなります。
親権(おやけん)という役ということで。
八八 (合わせ) 競技にも、これの亜流がありますよ。
総八という役、まあ役というよりも状態ですね、参加3人の得点が全て88点になったときは親の勝ちです。

まあ、前に話したときは、(花札競技において)親が重んじられるのは儒教に根ざした国だから、で結びましたけど。
その認識下にある日本の親たちは、やっぱ、それなりのことをしてきましたよ。
そう、千年以上も昔から。

 瓜食めば 子ども思ほゆ 栗食めば まして偲はゆ いづくより 来りしものぞ まなかひに もとなかかりて 安寝しなさぬ

         反歌
   
  銀も金も 玉も何せむに 勝れる宝 子に及かめやも


万葉集巻五よりあまりにも有名な憶良の歌、反歌の部分は「植木万葉集」の三番ででも歌われてます。

ぐっと時代はあがって花札完成の江戸期、数少ない江戸歌詠みである橘曙覧も同趣旨、

  たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時

と詠んでますか。
兎も角、一番旨いものは子供に食べさせてやりたいと思うのが親の気持ちであるようです。

そうですよ。子供を大事にしたからこそ、昔の親たちは尊敬されてきたのですよ。
親になることは容易だとしても、親であることは難しい…

と、この言い回し、



食足りて…

を巧みに丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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2007年07月24日 19時29分37秒 | 雑の話題
赤今日はまた八八(合わせ)競技の手役の話をしましょう。

7枚の手札の内、6枚がカス札の場合。
残り一枚の札種でそれぞれ、光一、十一、短一という役になる、前に話しました。
では、カス×5では?
この場合、残り2枚が5点札の場合に『赤』という手役になります。
赤、(赤短冊に限らず)短冊という意味、これもまた前に話しましたね。

これが、光×2+カス×5、種×2+カス×5 だと、役にもなにもならないのです。
面白いですよね。5点札というのは、ある意味20点札、10点札よりも効力が強い札なのですよ。
ちょっとした下克上ですか?
奇しくも花札の原型が出来だしたのは下克上に明け暮れていた戦国時代、
ってことで、最強の戦国大名は? というお馴染みのお遊びでもしましょうか。

関東管領・上杉政虎、のちに輝虎と改名、さらに出家して謙信 (何たる改名マニア!) を押す声が…

っと、今日こそループは避けて、ちゃんと話を進めます。

赤というのは、このように色々な意味に転用されますよね。
どうもあんまりいい意味はない。乳飲み子くらいはまだしも、損するとか、左系思想の蔑称だとか。
そうですねえ、これはどうです?

  真っ白な 名歌を赤き 人が詠み

はい、いつもの万葉集は初期代表歌人・山部赤人をからかった川柳です。
真っ白な名歌とは、お馴染みの『山部宿禰赤人、不盡の山を望む歌一首 并に短歌

 天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 布士の高嶺を 天の原 ふり放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくぞ 雪は降りける 語りつぎ 言ひつぎ行かむ 不盡の高嶺は
 
        反歌

 田児の浦ゆ うち出て見れば ま白にぞ 不盡の高嶺に 雪は降りける

これは有名な歌ですね。
反歌の部分は、百人一首にも選ばれています。


  田子のうらに うち出でてみれば 白妙の ふじの高ねに 雪はふりつつ


第一句の助詞に注目して下さい。
原歌『田児の浦ゆ』、『に』に変わってます。
『に』は分かるにしても『ゆ』とは?
古語辞典を引くとこうあります。

①時や動作の起点を表す …から
②動作や時間の経過点を表す …を通って

どうも参考書や学習ガイドを見ると、②の意味『田子の浦を通って』と訳しているものが多いようです。
ずばり、間違いです。
だって、そうでしょ。じゃ、田子の浦を通って、『どこに打ち出でて』この歌を詠んだの?
ここは、①の意味『田子の浦から』と解すのが正解です。

ええっ?! と反論の声が聞こえて来ましたねえ。
田子の浦から出たらば、海に落っこちっまうじゃないか?、と。
事実、江戸時代の万葉学者の中には、一向は田子の浦で船に乗り換え、赤人は駿河湾上から富士を望んでこの歌を詠んだんだ、と解釈した向きもありました。

それもまた違います。
ここで忘れてはいけないのは、赤人は都人であり旅人であることです。

上代でいうところの田子の浦とは、現在の由比蒲原のあたり。
さて、赤人一向、東国には富士なる霊峰があるとの予備知識のもと、田子の浦近辺にさしかかる。
ところが富士山はちっとも見えてこない、そりゃそうでしょう。
一口に田子の浦といっても些か広うござんす、富士山がよく見えるところもあれば見えないところもあるでしょうよ。
いぶかりながら旅を続ける赤人一向、やがて展望のいい箇所にさしかかり富士山がぱっと見えてきた。
そのときの感動がこれなんですよ。

少し回りっくどく言えば、「田子の浦の入り口『から』同じ田子の浦でも少し進んで見晴らしのよいところ『に』」というのが一句の意味ということになります。
『から』と『に』、fromとto、字面では正反対の意味の助詞を使ってあっても、実は同じ意味だったとお分かりいただけたでしょうか?

と、この言い回し、



しょっぱなの『富士を望む歌』

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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天の月 地の月

2007年07月08日 16時31分42秒 | 雑の話題
天地さて改めまして、花札一年12ヶ月48枚。
トランプの代用品であるための名残として13番目の月のある52枚の変わり札もあることを紹介してきました。
して今日紹介するのは、なんと14ヶ月56枚の札です。

すなわち、竜虎(七七花)という四人花札。

 天の月 ハス 竜(光札)
 地の月 竹  虎(種札)  
 
が加わった14×4の56枚、点数は総計308点、4人ですから原点は77点というわけです。
また、新役として六光・竜虎(竜と虎)がでてきます。

竜虎相克、天と地と。
ありますよねえ、海音寺潮五郎に、上杉謙信の生涯を描いた大河小説が。

で、上杉謙信って誰?
いやいや、冗談、冗談!

ときに皆さんは、最強の戦国大名は誰だと考えます?
謙信を押す声が多いようですけど。
そもそも謙信は越後の長尾氏の血筋でした。

広く関東に覇を唱えていた上杉氏には、道灌の主家である扇谷家ほかいくつかの家系がありました。
その上杉氏の越後守護代を代々つとめていたのが長尾氏です。
謙信の家は長尾氏の中では決して主流に属する部類ではありませんでした。

と、まで言ったところで、急にはしょって結論。
謙信は、関東管領家からみれば、分家の家来のそのまた分家の出、それも長子にあらず、ということになるのです。

うーん、実力主義の好例。
思えば実力主義なるものが機能するのは、戦乱時のみかもしれません。

…って、またループしてきちゃいましたね。
話をふりましょう。天と地といえば、

 歌よみは 下手こそよけれ 天地の 動き出して たまるものかは

江戸期・宿屋飯盛の作です。

で、その元歌は~

やまと歌は、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。
世の中にある人、ことわざ繁きものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて、言ひ出せるなり。
花に鳴く鶯、水にすむ蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。
力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をもやはらげ、猛きもののふの心をも慰むるは歌なり。

古今集序の揚げ足取りデス。。。

と、この言い回し、



最強の戦国大名は?
念のために

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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八重垣姫 十三月雪入花

2007年07月06日 21時11分14秒 | 雑の話題
十三月雪入花さて、以前話した花札十三番目の月。竹だったり雪だったり。
このCGは竹というよりは雪です。そして、完全にトランプの札構成。

参考までに、

 光札は八重垣姫
 種札は竹に雀
 短札は雪に短冊
 素札は黄雪で雪女郎
 ミツ勝負、原点100点、場十手七で行う。

とのことです。264(=88×3)+36(=20+10+5+1) = 300 = 100×3 ですね。

八重垣姫って誰?
上杉謙信の息女です。
上杉・武田両家の和解のため、武田信玄の一子勝頼の許嫁となり、その恋を全うする、
歌舞伎の超有名演目として、花札完成期の江戸時代から演劇に登場し続けます。

で、上杉謙信って誰?
いやいや、冗談、冗談!

ときに皆さんは、最強の戦国大名は誰だと考えます?
謙信を押す声が多いようですけど。
そもそも謙信は越後の長尾氏の血筋でした。

広く関東に覇を唱えていた上杉氏には、道灌の主家である扇谷家ほかいくつかの家系がありました。
その上杉氏の越後守護代を代々つとめていたのが長尾氏です。
謙信の家は長尾氏の中では決して主流に属する部類ではありませんでした。

と、まで言ったところで、急にはしょって結論。
謙信は、関東管領家からみれば、分家の家来のそのまた分家の出、それも長子にあらず、ということになるのです。

うーん、実力主義の好例。
思えば実力主義なるものが機能するのは、戦乱時のみかもしれません。

…って、前にも言いましたね。
じゃあ、これを。

  八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を

古事記より。日本最古と言われてる和歌ですね。
須佐之男命(スサノオノミコト)の作とされてますが、そうでないことは明らかでしょう。
出雲地方に伝わる俗謡できまりです。

須佐之男命ってのも面白い神様ですよね。
基本的には姉・天照大神を困らせる暴れ者ですが、妙に泣き虫だったり、後年は急に人格者になってしまったり。
そうそう、家畜人ヤプーでは、アンナの妹スザンということで♀という設定です。

このように七変化する須佐之男命。
やはり、出雲地方の複数の神様が混同されて、一体の神となったと考えるのが妥当でしょう。
もともと天照(太陽)の弟は月詠です。
出雲地方を征服したヤマト族は、それぞれの主神を姉弟にして、その支配の一助にしたのですよね。

と、この言い回し、



最強の戦国大名は?
この項、家畜人ヤプー特集第三弾を兼ねます

を丸写ししました。

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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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ピンはね

2007年06月14日 22時34分42秒 | 雑の話題
胴前今日はまた、カブの話をしましょう。
カブでは独特の数の数え方をする、何度か話題にしてますよねえ。
では、一番初めの1はなんと言うのでしょう?
ご存知の人も多いでしょう。ピンです。

これ語源を見てみると意外や意外、外来語なんですよ。
ポルトガル語のpinta(点の意)から着てるらしいです。
ピンからキリまで、って普通の言葉でも使いますよねえ。
そして、あんまりいい意味でない『ピンはね』なんて。元々は一割を掠め取るという意味なんでしょう。

まあ、派手にピンはねされるようだったら問題でしょうけど、元々の語源である一割ぐらいだったらしいいでしょうよ。
僕は皮肉でなく、そう思います。
ここでまた日本の風土です。
農耕民族、集団で生産を行っている土地柄を持ち出しますよ。一人では生産など出来ない国なんです。
皆が皆で助け合う国土、儲けがあったら黙って一割くらい掠め取られるくらいの気がなけりゃねえ。
金は天下の回り物、そうやって人様に回してやらなければ自分の方にも回ってきません。

ときに皆さんは『供養』とか『回向』とかをどのような意味にお考えですか?
ある僧の説明を聞いたことがあります。

 供養 - 供に養うこと  回向 - 向こうに回すこと

いいですねえ、これ!
これが日本流の奥ゆかしさであり、日本人のやさしさでもあると思います。

それに引き換え…
増えてますよねえ。同人販売とか言う利益独り占め形態!
そして、今年も彼らの一大商機が近づきました。
ここまで書いたのでから、行きがけの駄賃です。風雅とは正反対のことを続けるとしましょう。

ずばり、僕は同人は嫌いです。
某所でも、「利潤を追求しない企業体など罪悪以外の何物でもない」と正論を書きました。
金を取る以上は、より魅力的商品をつくり利益をあげ、税金を払うことで社会に貢献するのが筋でしょうが。

世の中には非営利企業もある、それは知っています。
だとしても同じでしょうが。
より多くの「同人」を集めることにより1個宛単価を下げ、「同志」に利益還元をしなければ嘘です。

特に紙メディアの場合。
印刷物の製造原価は版組コストが大部分を占めますからねえ。
広告パンフと間違えるくらい薄っぺらな同人誌が、1000円も1500円もするようでは尋常ではありませんよ。

ここに、アマチュアスポーツ審判員の方の逸話があります。
支給される交通費実費&弁当代を貰うかどうかで大議論をやったとか。
「わずかな額なんだから、堅く考えず貰ってもいいじゃないか」
という一方の方に、もう一方の方は頑なに反論したそうです。

「わずかな額だからこそ貰いたくないんだ。おれはこの競技がすき。だから審判員をかって出てる。好きなものは金に替えたくない、世の中にはただ働きする喜びもあるのだ」

と。

「別に金が欲しくて同人をやってるのではない。自分の作品に人が金を出してくれるのがうれしいんだ」
などとマズい言い訳をして、「わずかな金」を懐に収めている同人作家諸兄諸姉と、この頑固審判員の方と、どちらがかっこいいか。


   おほけなく ネットの民に おほふかな 彼が描くそばに みえみえの世辞


同志を集うことを命題とするのなら、ちやほやされるのが嬉しいのなら、その喜び、そちらが「金を出して買って」くださいな。

と、この言い回し、



ミ ユ の 掲 示 板 5月18日(水)21時30分
「火中の栗を拾う」 具体的には他者発言を私が言ったと言われかねないような言動をとること

を丸写ししました。
でもよ。これならば彼女の主張を僕が代弁…してる…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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胴二

2007年06月01日 21時28分48秒 | 雑の話題
鶴久々に競技花札の話をしましょう。八八 (合わせ) 競技です。
何度か話してますように、この競技は最終的には3人での勝負となります。
ディーラーである親とあと二人。
それぞれ名前がついてまして、親の右隣に座り二番目に札を切るプレーヤーを『胴二』、左隣に座った最後にプレーヤーを『ビキ』と呼びます。

一般に胴二は損になると言われてます。親からは押さえつけられ、ビキからは突き上げられ。
そうですよねえ。実際社会の事例にも通じます。中間管理職というのは損な役回り、身につまされる人も多いのではないでしょうか?

現代に限った話ではなく、花札成立期の江戸時代にもすでにこんな話があります。
ある朝、殿様が足軽の粗相をしかりつけ、(懲罰として)雪の中裸でいるように申しつけるのです。
そして、足軽の上役に見張っているように命じ、そのまま外出します。
と、夕刻帰ってくると、足軽は裸のまま。さて、ここで問題。殿様はこの上役になんと言ったか?

「よくぞ、言いつけを守った、大儀」 ? はずれです。
正解は、
「なんで、着物を着せておいてやらぬのだ?! それが(上役である)お前の役目ではないか!」
と叱りつけた、なのです。
そうですよねえ。トップとすれば叱らざるを得ない、それを庇うのがミドルの役目です。それを計算の上で叱ることもありますし。
ともあれ、中間管理職の真価は、上と下との板ばさみをいかしてに旨く乗り切るかで決まるのです。

ここに中国はお馴染み、三国志の二人の武将を登場させましょう。
関羽と張飛。

「桃園の誓い」、もうこれは全く説明などいらぬほど有名な逸話ですよね。
関羽・張飛の両将は早くに、劉備と義兄弟の契りを結ぶ、というのが演義の出だしです。

非常に人気の高い両将ですから、ファンの方も多いでしょう。
が、後世の史家の評価は必ずしも高いものではありません。
「関張の徒」、些か、というよりは大いに軽みを込められた成句があるくらいです。

この件については、経営関係の書でよく分析されてますね。
大いに有能な営業課長、やり手の営業部長、けどそこまで。
所詮は事業本部長として、トップマネジメントを担うまでの器ではなかった、こういうことだそうです。

まずは、関羽。
この人は妙にプライドが高く、人を見下すことがあったようです。
いや、下のものにたいしては、非常にいい上役なのです。
ただ目上のものに対しては、非常に傲慢無礼、劉備以外には頭を下げるものか! と明言していたという記述もどこかで。

蜀成立時、関羽は「事業本部長」として荊州を経営していました。
蜀帝となった義兄劉備の発した辞令をみて、彼は怒り狂います。
「なぜ帝弟である俺が黄忠みたいな老いぼれと同列に置かれなければならないのか!」
と。

それを聞いた使者は毅然としてたしなめます。
出来立てのほやほや、これから国づくりをして行こうとする蜀なのだから、人集めのため後から参入してきた人材を重用するのはやむを得ないこと、
と物の道理を問いたのち、こう締めくくります。
「かつて劉邦が漢帝となったおり、まず外様の韓信を高位につけました張良ほか子飼いがそれに対して文句を言ったという話は聞きませんぞ」

さすがの羽も、このときは反省するのですが。
こうした態度の積み重ねから次第に内からも外からも嫌われ、最後は麦城に敗死することになるのです。

これに対し張飛。
いやホント、この二人は好対照、正反対なんです。

つまり飛は、目上の者に対しては非常に腰が低く礼儀正しい、が下のもの(部下)をないがしろにするのです。
大昔の、しかも乱世のことです。「ないがしろにする」というのは、意地悪をしたりとか怒鳴りつけたりとかの生易しい次元の話ではありませんよ。
ずばり、(意味もなく)殺すということです。

そこらへんの具合は、陳舜臣さんが秘本三国志のなかでストーリー化してますんで、引用します。

-----------------------------------------------

 張飛は手にした鞭を、ひゅーっ、と鳴らした。彼はいつも革の鞭をたずさえている。気がむけぱ、それを振りまわし、ひゅーっ、という音をたのしんだ。空を切る音だけではない。空を切った音が、なにかに当たって、びしっ、と鋭い音に変わるのを、もっとよろこんだのである。
 樹木の幹を打つ。建物の柱を打ち、壁を打つ。地面を叩きつける。-だが、もっと手ごたえのあるのは、生きている人間のからだを鞭うつことだ。うおっ、とか、ぎゃっ、とか、声をあげる。自分の力をうけた人間がいるという実感は、単純な張飛をよろこばせた。
 悲鳴をきくことが、張飛にはたのしくてたまらない。
 やがて、彼の嗜虐趣味は進んだ。悲鳴の連続を好んだ。ひい、ひい、ひい、とつづく坤きである。-いや、悲鳴の連続のうちはまだよかった。彼はついに、その連続した悲鳴がとだえたときの手ごたえに魅せられた。
 と長い余韻をのこして、悲鳴は消えてしまうのである。その人間が死んでしまうのだ。悲鳴が消えた瞬間、張飛は言いようのない充案感を味わう。それは法悦といってよかった。


-----------------------------------------------

とまあ、こんなことばかりしてる張飛です。果たして部下に寝首を欠かれ、閬中に横死することになるのした。

と、この言い回し、



…言葉を選ぶなあ
週末はアブノーマル。さあ、サディズムいくぞ~ - 今日は安物スキァナが大活躍 -

を丸写ししました。

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言葉で飾るな 言の葉に心を乗せろ

2007年05月15日 22時21分20秒 | 雑の話題
nintendoさて、各月に散らして花札占いの話をしてきました。
今日はそのまとめということで、占いの心得としゃれ込みましょう。

一般の占いでも、筮竹に召し使われている間は、大易者にはなれません。
花札占いもこれと全く同じで、札の言葉の真髄をよく呑み込み、的確に判断ができるかが占いの分岐となります。
占う人と占われる人との間が、花札を整理しその言葉を聞いているうちに、一本の糸で結ばれたとき、占いは成功するのです。

うーん、詩歌の心に通じますねえ。
言葉を飾っているうちは決して人のこころを打つことなど適いません。
万葉集は東歌でこんなのがあるんですよ。

  筑波峯の さ百合(ゆる)の花の 夜床(ゆとこ)にも 愛(かな)しけ妹ぞ 晝も愛しけ

うわっ! なんて露骨! 教育上よくない、18禁だ、18禁だ!
ってことになりますか?
あんまりそんな話は聞きませんよね。

ここで持ち出したいのが、有名な万葉学者である犬養先生が生前よくおっしゃってた
「エログロナンセンスというけど、エロはグロではない、芸術だ、表現の仕方が悪いからグロになってしまうのだ」
です。

件の筑波峯の歌は、田舎言葉丸出しで妻に対する性愛の情を直接的に出してます。
その素直な気持ちが、時間を超え、空間を越えて他人に共感を覚えさしむのでしょう。
いかがですか?
少なくても、エロ = 低俗ということなら、今日こんなものが省みられることはありえませんよね。

と、この言い回し、



本blogは決っしてノンアダルトではありません

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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三十六計逃げるに如かず

2007年05月06日 20時41分08秒 | 雑の話題
牌今日はまた八八 (合わせ) 競技の話題を。
出来役で『フケ』というのがあります。
まあ、役といえるかどうかは分かりませんけど、3人のプレーヤーのうち1人の得点が20点以下となってしまうとこの勝負は御破算になってしまう、こういうルールです。
「フケる」なんて俗語がありますよねえ。結構知られている『役』です。

人生訓的な意味合いが感じられますよ、これ。
負けるが勝ち、三十六計逃げるに如かず、勝つと思うな思えば負けよ、等々思い当ります。
そして軍記で思い出されるのは、三国志は諸葛孔明さんの兵法。
彼を軍師にした劉備は負けて負けて、逃げて逃げて、泣いて泣きまくっているうちに蜀一国を取ってしまったような感じでして。

とはいうものの、天下の大軍師として名高い孔明ですけど、兵法の発明家というよりも兵器の発明家といて位置づけるのが妥当でしょう。
「損益連弩」「木牛流馬」…柴錬三国志では兵器の設計で息抜きする孔明の姿が描かれてますよねえ。

彼の兵法は周喩には勝っていたが曹操には劣っていた、兵法家孔明は曹操の追随者、という記載を手元にある本で見ました。
そして、操の編み出した屯田制も採用した孔明は五丈原で盛んに蕪を作らせていたようです。
蕪のことを一名「諸葛菜」というそうな、、、

と、この言い回し、



根菜、根菜、こっちにこんさい (by 三木のりへい)

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

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引くべきか 引かざるべきか

2007年05月01日 21時34分25秒 | 雑の話題
カブ今日はまたカブ競技の話をしましょう。
八八 (合わせ) やこいこいと同じく点数の大小で勝負を競いますが、カブは札合わせではありません。
単純に引いた札の合計点で勝負を競います。

そして点数として使われるのは各札の月数、松ならば光札でもカス札でも1、藤ならば4、という具合に計算します。
手持ち札の合計値の一の位の数字が得点となり、これが大きいプレーヤーが勝ちと言うわけです。
ですから、カブ = 9 が最高という訳ですね。

大雑把にいえば、トランプのトゥー・テン・ジャック (ブラックジャック)のようなゲームなのです。
が、違うところといえば。トランプの方は21を超えてしまうと0点になってしまうでしょう?
カブは、それがないんですよ。
その分だけ単純、単純な分だけ奥が深くなり、多くの人々がこれに嵌っていくのです。

「思案六法」という格言があります。
なんか、非常に語呂がいい、して意味は?
前に話したように、カブでは6のことを気取って六法といいます。手持ちが6のときは後1枚引くかどうか迷う、こういうことなのです。

まあ、確率論の世界ですよねえ。
そんなものの影も形もない時代から、人はそれを経験的に感じ取っていたのです。
そうでしたよねえ。そもそも確率論というのは、ある博打好きの貴族が著名な数学者に博打の目について質問をしたのを機に発祥したのですから。
この数学者は誰だったか? 答えは書きませんゾ。
高校生以上の皆さんなら多分学校で習っている筈です。復習しましょう。

と、高等学校数学の復習ついでにもうひとつ。
こんな話はご存知?

ある不動産屋のセールストークに曰く「ここは平均所得の高い地域ですから環境としては…」
それに釣られて買ったところ、そんな風でもない。
どうしたことかと調べてみるに。
偶々大富豪の別荘が3件あったために、平均所得を押し上げていたと判明。

そうでしたよねえ。有限母集団の特性値として算術平均のみを使うのは妥当ではない。
このケースの場合なら、最頻値(モード)或いは中位値(メジアン)あたりで特性を掴むのが良し、ですね。
と、この言い回し、



CGは「蜀山人のみた(上野)松坂屋」だそうです

を丸写ししました。

………
………

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二た八 (ふたはち)

2007年04月21日 23時34分26秒 | 雑の話題
手書き今日はまた、八八競技の出来役を話題にしましょう。

それ自体が出来役になるだけでなく、既に出来上がっている手役を吹き消してしまうものが全部で3つあります。
八八競技だけあっていずれも八に縁のある名前なのですが、そのうちの1つ『二た八 (ふたはち)』。
その回の得点が基準値の88点を引いても尚80点以上あるという出来役です。
つまり、得点168点以上の大勝ということですね。

ふたはち、洒落た言い方です。語呂がいいですよ。
フナヒトハチフチハチ、どっかにありますよねえ。
「にっぱち」でもいいですよ。
商売のさびれ時の2月と8月も、こう呼べば多少は景気もよくなるというものです。

このように、「にっぱち」は響きがいいので、他の意味でもよく使われますよね。
昭和28年(生まれ)が「花のニッパチ」なんて言われてた時代もあったようで。

では、つまらないで「にはち」と読んだ場合は?
今度は掛け算です。二十八ではなく、十六という意味になりますよね。
二八蕎麦、二八の乙女…

水滸伝にも登場しますよね。「花のかんばせ・二八の乙女」瓊矢鏃・瓊英。
好漢の一人である石つぶての張清の妻になる瓊英ですが、石つぶてバカの夫と違い接近戦もOK。
108星の女傑・扈三娘と顧大嫂が束になって掛かって負けるんですよね。

まあ、講談としては後から加筆させた部分ですので、聞き手を飽きさせないためにこうしたスーパーアイドルを登場させる必要があったのでしょう。

と、この言い回し、



さて、この稿をお読みになってる皆さんの地方は?

を丸写ししました。
そういえば彼女も「にっく(2×9)き乙女」プラス1の中年増になったん…だな…

………
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