マゾヒズムに花札を!

Female Domination & BDSM …とは殆ど関係ない花札に関する四方山話です。

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佐倉宗吾

2006年01月19日 18時32分47秒 | 松 - 1月
季節松花札1月は松。短冊札には「あかよろし」と記され、光札には鶴と日輪が配される、
正月にふさわしくめでたづくし…
と、この言い回しは、もう耳にタコですか?
では、今日は、少々床しい松の話と趣向を変えましょう。

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  「甚兵衛供養壁」床しい松の中 神田松鯉

 徳川四代将軍家綱の時代、下総国(千葉県)佐倉領公津村の名主佐舎宗吾(本姓木内惣五郎)は、打ち続く凶作と重税に苦しむ農民を救うため、代官所や藩邸へ訴え、更に時の老中に駕篭訴に及ぶが取り上げられず、万策尽きて死罪覚悟で将軍への直訴を決意する。
 すでにお尋ね者になっている宗吾は愛しい家族に最後の別れを告げるため故郷に戻ってくる。印旛沼の渡し守・甚兵衛は禁制を犯して鎖を断ち切り、吹雪の中宗吾を渡し、家族に対面させた後再び送り返す。のち自ら湖に身を投じて果てるのである。講談「佐倉義民伝」や芝居で人気の高い「甚兵衛渡し」の名場面だ。
 京成成田線公津の杜駅からバスで15分。「甚兵衛渡し」の旧跡は古くから「水神の森」と呼ばれた所だ。昭和43年(1968)甚兵衛大橋が完成し、さらに干拓で水辺も遠くなり往年の渡し場の風情はないが、古松の美しい森は日本の名松百選のひとつで、床しい松に囲まれて「甚兵衛供養堂」がひっそりとたっている。

  百選の枝に跨がる松手人 松鯉

 これよりバスで5分の「宗吾旧宅」は現在も16代目当主の木内利左衛門氏が生活する住宅で、居間の真っ黒に煤けた大きな仏壇が旧家を物語る。満86歳の利右衛門氏は「この前、観光客が火鉢の火箸を持ってっちゃった」と非常識を嘆く。特に頼んで、宗吾遺品の九曜星定紋入りの脇差しを拝見した。鞘払いして刀身をかざす当主の姿には、宗吾は髣髴とさせる風格が漂っていた。(講談師)

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某全国紙のなぜか首都圏版から切り抜いたのですが。

思えば江戸幕府の力は絶大なものでした。
それだけに治安等は非常によかった、逆にそれだけにこうした悲話もまた生まれるのです。
光と影、とででも言いましょうか?

花札・松の光札を見てください。
今更ながら、非常に縁起のいい札です。
そして、その裏側です。
うん、花札ですから裏地は全て同じ、他の札(の裏)と区別が付きません。
まあ、そうですよ。さもなければ、遊戯具として使えませんもの。
でも、僕は敢えて言います。この非常に縁起のいい札の裏を見るようにしてください。
そうやって、目を鍛えるのです。
目出度さの裏側にあるものが見えるようになれば、あなたの人生、きっと実りあるものになると保証します。

と、説教くさいですね。振りましょう。
漢詩の世界から、もうひとつ、床しい松を拾います。

秋夜丘二十二員外に寄す 韋応物

君を懐(おも)うて秋夜(しゅうや)に属(ぞく)す
散歩(さんぽ)して涼天(りょうてん)に詠(えい)ず
山空(むな)しうして松子(しょうし)落(お)つ
幽人(ゆうじん)応(まさ)に未(いま)だ眠らざるべし

つーことで、ひとつ和訳をつけときましょうか。

  秋ノヨフケノヒトコイシサニ
  サンポシナガラウタクチズサム
  山ノ小屋ニハマツカサ落チテ
  オヌシヒトリデ寝ラレマイゾ
            (松下緑)

うーん、これも、ちと季節が早かったですかな、

と、この言い回し、



お隣の国のお月様
○七捕物帳、って小説は多いんですね

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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古の男やもめ

2006年01月18日 20時03分34秒 | 松 - 1月
変り鶴さて花札・一の月は、大変エネルギッシュな月です。
テーマ植物の松の生命力に加えて、光札の日輪と鶴。
太陽はいうに及ばず、鶴というのも長生きの象徴として広く知られているところなのは今更断るには及ばないでしょう。

この鶴なんですが、長生きに加え生命の産み手である女性の化身として、昔話に描かれますよねえ。
前にも話したか? 鶴女房談は僕は個人的には好かんのですけど。
まあ、原型の鶴女房は非常にドライで、男が約定破りをすると、あっけらかんと飛び去ってしまいますので、それを教訓としときましょう。

そして、働き者にして子孫の産み手にして、そしてお楽しみの相手である女房に去られた男の方はといえば、全く哀れむべき存在となってしまいまする
今昔の差異で、昔の男たちのほうが妻をなくしたダメージがより大きい、そこらを伝えた伝承寓話ともとれるでしょう。

さてさて、そんな訳で、古くは万葉集に、妻に先立たれた男の哀愁をのぞきみましょう。

    秋さらば 見つつ偲へと 妹が植ゑし 庭の石竹花 咲きにけるかも

巻三・四六四の大伴家持の歌。
石竹花、読めますよね? ナデシコ。
秋になったならば見る度に思い出してくれと、生前に妻が植えた庭のナデシコの花がもう咲いてしまったなあ。
妻を亡くした悲しみを詠んだ歌です。

まあ、こうした歌を読むにつけ、妻たるものは絶対に夫より先に死んでしまってはいけない、と思い知らされますよね。
それが自然の摂理。
カマキリ&サソリの話を持ち出したら色気がなさ過ぎるでしょうか?

と、この言い回し、



いくらなんでもこれは早すぎるかな

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



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ヘンタイがな

2006年01月17日 17時44分54秒 | 松 - 1月
あかよろし今日はまた、『あかよろし』の5点札の話をしましょう。
このブログの特性で、日付は全くあてになりませんが、この話題は随分と久しぶりです。
少々復習をしてみましょうか。

全部で10枚ある5点札には、全て短冊が配されている。
1月から3月までの短冊札には文字が書かれている。
そして、1月と次の2月の短冊の文字は「明らかによい」という意味の『あかよろし』、
こんなところでした。
新春に相応しい、おめでたい文言です。

とはいうものの、『あかよろし』には見えませんよねえ。
CGをクリックして、元の大きさで確認してください。
どちらかいうと『あのよろし』という感じでして。
はい、今日の話題はこの不可解な二文字目なんです。

確かに『の』の字が下に伸びたようなこの二文字目です。
でも、目を凝らしてよく見てくださいな。
そうでしょう? 上のほうに点がついてましたよ。
『可』の字を崩すと"かのように"なります。

そうです。小学校のころに教わったことを思い出しましょう。
仮名文字… 平仮名も片仮名も漢字から作ったんでしたよねえ。
前者は崩し字から、後者はその一部をとって。

まあ、『か』の字は、『加』の崩し字から出来た現在の字を使いますが、花札のように『可』をルーツとする平仮名もまたありです。
意外に思うでしょうが、仮名というのは千近くもあったんですよ。
それが、小学校令によって一字一音四十八字になったのは明治33年、西暦で言えばちょうど1900年のことです。
そのとき、選に漏れた仮名文字が、変体仮名です。

…って、『変態』の誤植じゃありませんよ!
まあねえ。ブログタイトルが、マゾヒズムに花札を! ですから、どうしても変態のほうになってしまいますか。
仕方がない。その路線で弁明などしてみますか。

僕は確かに、自他ともみとめる変態マゾ男ですけど、僕一人が変態ではないですよ。
歴史上に名を残した人物は、一人残らず変態ですよ、これが。
北原白秋の足フェチなんてのも、動かぬ証拠を押さえてますしねえ。
彼の和歌です。

  春くれば 白く小さき 足の指 かはゆしと君を 抱きけるかな

ええい、この際だ! 
他の近代歌人の作も、八首、どどーんと掲載しちゃいましょうか。

  をさなくも 伏しまろびつつ 泣く日なり 黒髪たれて なびく御足に
                      (与謝野寛)

  みごもれる 妻が素足の まさびしさ 早寝せよとて 蚊帳つりしやる
                      (細井魚袋)

  くらがりに 君が素足の小さきを 怪我に踏むこそ 艶めかしけれ
                      (与謝野寛)

  湯の中に ながなが手足 のばしてる 女の燐光 湯気が立つ立つ
                      (上田穆)

  しゃなりくねり 歩く娘でスロープの おてんとうさまが まぶしいのです
                      (饗庭瑠璃草)

  うしろより 渚をゆきぬ 夕浪の 君が素足を 洗ふ清さに
                      (与謝野寛)

  桃色の しごきをしめて 君素足 夜のともしび 蹴って歩けよ
                      (物上照夫)

  苗代の 水に素足で 立った娘に かっこう鳥が 呼びかけてゐる
                      (中島壷児)

こうしてみると愈愈、『特殊性癖』の云うのは『特殊』なものでない、
誰しもが少しずつ因子を持っているものだ、の感が強まります。

人類みなヘンタイ、だがな。
蜀山人歌碑の『志』にみえた『し』の字は、ヘンタイがなだ。

と、この言い回し、



へぇ~、『かわゆい』っての、正しい日本語だったんだね

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!



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松過 (まつすぎ)

2006年01月16日 22時10分38秒 | 松 - 1月
七宝松花札1月は松の月、そして社会的に見ても1月は松の月であります。
但し、松の内は7日まで、それを過ぎたら松過です。いつまでもお屠蘇気分でいられるわけではありません。

うん、ならば1/8付で投稿すべき記事ですね。
なぜ日付の空いた16日に投稿したか?
答え。京阪地方では、15日過ぎのことを松過というから。

面白いですよねえ。こうした地域格差は。
花札のルールにも地方間差異があるのと同様、年中行事にも若干の違いがあるのです。
ルールを統一しておかないと、話がトンチンカンになるかもしれません。
てな訳で、食から派生した文化に話を馳せてみましょう。

    鮓押すや 日頃はうとき 蕪村の句 (小杉余子)

そうなんです。俳句に登場する鮨は押鮨・なれずしの類なんですよねえ。
鮨は米を用いた食品だが元来は魚類保存法の一種であった。それ故に鮨は夏の季語となっている、と歳時記にあります。

我々はこれを大阪鮨と呼んで、普通に鮨と言っている江戸前鮨と区別してるんですけど。
とは言うものの、江戸前じゃなくてオーストラリア前だ、と言われて久しいし。
どうなるんでしょうか? 日本の食料自給率。

と、この言い回し、



日本に大阪というところがあることを今日はじめて知りました

を丸写ししました。

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「めでたいの?」

2006年01月13日 21時49分26秒 | 松 - 1月
朝鮮松おめでたい正月の光札に、おめでたい鳥として配図されている鶴。
残念ながら木にとまることはなく、おそらくはコウノトリあたりを見間違えたのであろうということは、前に話しました。

白い鳥は神の使い…
そのコウノトリですよ。
投稿日付に拘らず、つい2-3日前に、かしこきあたりにお子を運んできましたねえ。
めでたいことです。
勘違いしないでください。ロイヤルベビーだからめでたいと言っているのではありません。
ありとあらゆる生命の誕生はめでたいと言っているのです。

いいですか?
全ての生命は奇跡なのです。
だってそうでしょ? 最初の生命はどこから誕生したの?
その瞬間に立ち会ってたとしたら、生命が奇跡であると実感できるでしょう。
偶々ある生命体が多く誕生している時代にいわわせているから当たり前のように感じるだけで、最初の生命の誕生も今の生命の誕生も、本質に変わりがあるわけではありません。
めでたくないと思うのは、ものを知らない証拠ですね。

と、やってますよねえ。いや、少しは収まったのかな?
なんのことを言っているのか分かりますよねえ。
ほら、とある著名人が、

>世間は昨日から「めでたい、めでたい」と騒いでるけど……
>ひとつの命が誕生したことがめでたいの?

と発言して大騒ぎに。
直後にお詫びと称して、さっき僕が書いたような趣旨を(ふくむところを)掲げましたけどね。
どう読んでも、最初の発言は、そうは読めません。

まあねえ。
あれ書いた人だって一応は知識人らしいですから、これくらいの反響が想定できないとは考えがたい。
ことによれば売名目的かもしれないと思い、敢えて名前はだしませんでした。

むしろ昔のインテリの方が、学問が格段に発展した現在よりかは、よっぽと生命について真摯に考えていたようですよ。
ほら、あの一休さん。
相当お好きだったということは話しましたよね。
イメージとは裏腹にシニカルに人生を考えていたと言うことも。
この二つから総合的に鑑みれば、彼が女性を愛したのは生命探求の一環だったんでしょう。

>冬将軍VSスカートの子
>
>6  名無しさん  2004/01/10(Sat) 13:07
>
> きっとそれは、秘密のベールの奥に「魔の三角地帯」があるせいでしょう。
>古来より東西の男たちが、秘密解明に躍起となってますが、未だにその謎は解き明かされてません。
>
>  世の中に 女の穴の 不思議よ 釈迦も孔子も ひょいひょいとうむ (一休宗純)

今はなくなってしまった18禁サイトBBSに僕が書いたものです。
改めて調べてみると、下記の間違いだったのではと考えてますが。

  女ほど めでたきものは 又も無し 釈迦も達磨も ひょいひょいと産む (覚芝和尚)

いずれにせよ、お盛んであったことだけは間違いありません。
88歳で大往生する直前まで、遊女を回りに侍らしていたようですから。
 
と、この言い回し、



一休さん①  

を丸写ししました。

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松が見えます

2006年01月12日 20時18分57秒 | 松 - 1月
たばこ松前にも言いましたが、花札1月のテーマ植物である松は案外と実用的な樹木です。
根が強く張る、一年通じて落葉がないということで、海岸縁では、防砂林・防潮林として用いられます。

そんな光景を歌った民謡を見ましょうか。

♪~ 磯で名所は 大洗様よ
     松が見えます ほのぼのと 

磯節。
茨城県の東、那珂川の河口の大洗、那珂湊あたりで歌われてきた座敷唄です。
現在伝わっている民謡というのは大体が、作業歌が花柳界に入ってブレークしていったもの、この歌も多分にもれず、元は《イッチャ節》という酒盛り唄であるとも、大洗あたりの海岸の漁師が歌っていた《艪漕ぎ唄》ともいいます。それが那珂湊あたりの花柳界で歌われ、また大洗の祝町の渡辺精作(竹楽房)という俳句の宗匠が、今日の形に近いものをまとめたとか。

そうそう。
磯節名物は、合いの手の「サイショネ」ですよねえ。
「最初ね」だとしたなら、一番始めが松である花札にぴったりなんですが。
まあ、妥当に考えれば「宰相ね」でしょうねえ。
この曲調の座敷唄なんですから、「よっ、お大尽!」「待ってました、宰相!」って。

宰相、現在でも総理大臣という意味で使われます。
元々は中国の官位で、丞相と同じ意味とか。
三国志ではおなじみの官職ですね。
曹操のことだったり、諸葛孔明のことだったり。
臣下常設官職としては最高になるのかな?

確かこれは前漢の制度で、後漢の時代は三公(司空・司徒・太尉)(←これもまた若干の変動あり)という形で、一人に権力が集中しないようになっていた筈です。
まー、戦乱時になれば、そんな悠長なことも言ってられなくなりますからねえ。

と、この言い回し、



やれやれ、喧しいことで

を丸写ししました。

………
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わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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いけない僕をイヂメて、イヂメて!
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睦み月

2006年01月11日 17時12分35秒 | 松 - 1月
松マリア花札は松の月である1年一番最初の1月。
これを洒落ていえば、睦月ということになりますよねえ。
睦月とは睦み月、親類知人が互いに往来し仲睦まじくする月からとする、いうのが語源です。

開口一番、書きましたよねえ。 最新の電子玩具もいいですけど、昔ながらのボードゲームに家族親戚揃って興ずるのもお正月ならでの楽しみですね、と。
将にそのとおりの月、そして睦むというのはいい言葉です。
投稿日付では後になるも実は前に紹介した、幕末の歌人・橘曙覧の世界でしょう。なんかこう、現代日本人がすっかり忘れてしまった心のふるさとがあります。

あっと、「楽しみは~とき」形式で詠まれた短歌ですよ。
あれ『独楽吟(どくらくぎん)』て言うんですよね。

  たのしみは まれに魚烹て 児等皆が うましうましと いひて食ふ時

そうですよねえ。
魚なんてお正月くらいしか食べられなかったんですよ。
と、こんな感じで全52首の連作だそうです。

今でも、各地で平成独楽吟をやってますよね。
これは?

  楽しみは 新旧チャンポン 三十一(みそひと)で ネット強者を 重ね斬るとき

どうですか?拙作。
ぎりぎりの線ですけど狂歌でなく短歌(雑歌の部)になってるのでは、あはっ!

と、この言い回し、よりも何よりも歌&決め台詞、



お気づきになった方もあるでしょう

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!


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天の岩戸

2006年01月10日 20時53分34秒 | 松 - 1月
金時松さて開口一番、西洋の代表的なかるたであるトランプが権力者を描いてあるのに比し、日本の花札は四季の花鳥風月を描いた美しいかるたであると言いました。
そうですよねえ、権力めいたものは一切ありません。
ただ、強いてあげるとすれば唯一の例外が松の20点札かもしれません。
前に言った様に、日輪とは日本神話の主神・アマテラスなのですから。

ところで、実際にこの投稿を書いている7/14は、近くの神社の祭礼の宵宮なのです。
本宮である15日にかけて二日間限定イベントでお神楽をやるんですよ。
お馴染みの「天の岩戸」、アマテラスをひっぱりだすためのお祭り騒ぎですね。
立派な室内ショウではなくオンポロ野外ステージなのですが、一応文化財なのだそうです。

「天の岩戸」… Oooo!!!!! 日本におけるストリップショウの始まり!

と、人麻呂の歌は、天の岩戸は天の岩戸でもストリップとは似ても似つかない 挽歌です。

高市皇子の城上(きのへ)の殯宮(あらきのみや)の時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌一首 并せて短歌

かけまくも ゆゆしきかも 言はまくも あやに畏(かしこ)き 明日香の 真神(まかみ)の原に ひさかたの 天(あま)つ御門(みかど)を 畏くも 定めたまひて 神さぶと 磐隠(いはがく)ります やすみしし 我が大君の きこしめす 背面(そとも)の国の 真木立つ 不破山越えて 高麗剣 和射見 (わざみ)が原の 行宮(かりみや)に 天降(あも)りいまして 天の下 治めたまひ 食(を)す国を 定めたまふと 鶏(とり)が鳴く 東(あづま)の国の 御軍士(みいくさ)を 召したまひて ちはやぶる 人を和(やは)せと まつろはぬ 国を治めと 皇子(みこ)ながら 任(ま)けたまへば 大御身 (おほみみ)に 大刀(たち)取り佩(は)かし 大御手(おほみて)に 弓取り持たし 御軍士を 率(あども)ひたまひ 整ふる 鼓(つづみ)の音は 雷 (いかづち)の 声と聞くまで 吹き響(な)せる 小角(くだ)の音も 敵(あた)見たる 虎か吼ゆると 諸人の おびゆるまでに 差上(ささ)げたる 幡(はた)の靡きは 冬こもり 春さり来れば 野ごとに つきてある火の 風の共(むた) 靡くがごとく 取り持てる 弓弭(ゆはず)の騒き み雪降る 冬の林に 旋風(つむじ)かも い巻き渡ると 思ふまで 聞きのかしこく 引き放つ 矢の繁けく 大雪の 乱れて来(きた)れ まつろはず 立ち向ひしも 露霜の 消(け)なば消ぬべく 去(ゆ)く鳥の 争ふはしに 度会(わたらひ)の 斎(いつ)きの宮ゆ 神風に い吹き惑はし 天雲を 日の目も見せず 常闇(とこやみ)に 覆ひたまひて 定めてし 瑞穂(みづほ)の国を 神ながら 太敷きまして やすみしし 我が大君の 天の下 奏(まを)したまへば 万代(よろづよ)に 然(しか)しもあらむと 木綿花(ゆふはな)の 栄ゆる時に 我が大君 皇子の御門を 神宮(かむみや)に 装(よそ)ひまつりて 使はしし 御門の人も 白栲(しろたへ)の 麻衣着て 埴安(はにやす)の 御門の原に あかねさす 日のことごと 獣(しし)じもの い匍ひ伏しつつ ぬば玉の 夕へになれば 大殿(おほとの)を 振りさけ見つつ 鶉なす い匍ひ廻(もとほ)り 侍(さもら)へど 侍ひえねば 春鳥の さまよひぬれば 嘆きも いまだ過ぎぬに 憶(おも)ひも いまだ尽きねば 言(こと)さへく 百済(くだら)の原ゆ 神葬(かむはぶ)り 葬(はぶ)りいませて あさもよし 城上(きのへ)の宮を 常宮(とこみや)と 高くまつりて 神(かむ)ながら 鎮まりましぬ しかれども 我が大君の 万代と 思ほしめして 作らしし 香具(かぐ)山の宮 万代に 過ぎむと思へや 天(あめ)のごと 振りさけ見つつ 玉たすき 懸けて偲はむ 畏(かしこ)くあれども(2- 199)


短歌 (二首)

ひさかたの 天(あめ)知らしぬる 君ゆゑに 日月も知らず 恋ひわたるかも(2-200)

埴安の 池の堤の 隠沼(こもりぬ)の 行方を知らに 舎人(とねり)は惑(まと)ふ(2-201)


高市皇子は天武天皇の第一子でありなから、母が身分が低かった、つまり持統天皇当時鸕野讃良でなかったため、皇位継承順はぐっと高順位でした。
と、出ましたねえ、「神さぶと 磐隠ります」 残念ながらこれは天武天皇のことですけど。

以上、万葉集中、最も長い長歌でした。

ということでございまして、今日はこれで仕舞とします。
有象無象の親戚も集まってるし。
また昔話を仕入れますので、乞うご期待!

と、この言い回し、



重文? 国文?
宵宮は 83日目

を巧みに丸写ししました。
ん? なんで僕の地区の…

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
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いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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エース

2006年01月09日 06時51分52秒 | 松 - 1月
花札トランプさて投稿日付では後日になりますが、以前より繰り返し花札のルーツはトランプにありとお知らせしてきました。
各月の月数がトランプの数字になることは、既にお話しましたよねえ。
では印は?
答えはこうです。

 20点札 (光札) - スペード
 10点札 (種札) - クラブ
 5点札 (短札) - ハート
 カス札 (素札) - ダイヤ

どうです。本ブログ開設時にも使った松に鶴の札はスペードのエースだったんですよ!
スパリオール、ゴッド、スペキュレーション、オールマイティ、などなど様々な異称で呼ばれる、あのひときわ大きな黒桑の描かれたカード。
いやいや、正鵠を射たトップ投稿だったようです。
正直あの時点では知りませんでしたけど。

おっと、おっと、自画自賛はこれくらいにして。
松竹梅のランク付けでも最高位となる松は、まことトランプ各組エースに代用されるに相応しいテーマ植物です。
エース、大黒柱、主戦という意味に転じられる…
ひとつ思い出した歴史逸話があります。
と、時代背景を源平争乱の時代まで戻しましょう。

ここに登場します源義経。
史実では、衣川館で家来とともに自刃とありますが、人々の判官びいきはそれを認めたくないようで昔から数多くの生存説が存在します。
津軽海峡を渡り蝦夷地に入った、さらには大陸に入ってあのジンギスカンになったという説まで。

当然のこと、アイヌ娘との恋愛ストーリーが数多く存在しますが、今からご紹介するのはちょっと毛色の変わった話です。

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蝦夷地を逃避行する我らが義経主従、あるアイヌの村にたどり着きます。
聞くところによればこの村では、大層可愛らしい姫君が花婿募集中とか、
これは素通りする手はないでしょう?
果たして主従も、そのように行動します。

さてさて詳細を聞けば。
なんとなんと、姫君に相撲で勝つこと、これが入り婿の条件。
えっ、えっ!
今まで、数多の屈強なアイヌ青年がチャレンジしたけれども、悉く打ち負かされたとか。

狐につままれたような心地になる主従、そして、現われ出たる当の姫君、
ホント噂どおりの可愛らしい娘!
ただし、身長195cm・体重120kg、
『弁慶とどっこいの大女』とのことだから、ま、こんなとこでしょう。

流石にたじろぐ主従ですが、そこは持ち前の明るさとチャレンジ精神で勝負を開始します。
…が、実にあっけない。
伊勢三郎以下の家来衆、悉く45日(一突き半)で重ね餅にされてしまいました。
うーん、こうなればエースを出すしかないでしょう。
敗退した三郎以下の声援に促されて、弁慶が土俵に上がりました。

ガチーン!
はでなぶつかり合い。
そして、がっぷり四つに組む。
満座の一同は、固唾を飲んで勝負を見守ります。
なんせ、この世にこんなでかい人間がいたのかと驚愕するような巨漢巨女のぶつかり合いです。
これを見逃す手はないでしょう?
一同の眼差しは真剣そのもの。

ですが、一人だけ真剣でない者がいました。
当の弁慶です。
いや、べつに『真剣でない』という訳でもないのですが。
ペタリと張り付く胸部、そして鼻腔に飛び込む甘い乙女の香り…
どうも、いつもと勝手が違い、リズムが狂う。

かたや姫君のほうは、手馴れたものです。
いつものごとくいつものように、足が止まった弁慶をじわりじわり追い詰め、そしてみんごと投げ飛ばしました。
あーあ、五条大橋に続きまたしても不覚!

ダメじゃないか、弁慶さんよ。
これで義経チームは全滅。
またしても花婿は見からなかったのか、と悔しさ半分嬉しさ半分の酋長。
満座の一同は帰路に着き始めました。

と、そのとき「仕方ないものどもよ、ならワシが」の声があがります。
ほかならぬ主人の義経。そうでした、すっかりこの人を忘れていました。
「九郎の殿には無理だと思います」一呼吸あって姫君。
そうでしょうよ、そうでしょうよ。義経という人は160cm内外、体重にいたってはこの姫君の半分もないでしょうから。
でもまあ、一応義経にも権利があります。
再び花婿選考会が始まりました。

抜群のフットワークをいかし、懐に飛び込む義経。
がっちりと両前褌(?)をとり、相手胃袋あたりに頭をつける。
振りほどこうと横に振る姫君の襟口がはだけ、豊満な乳房が飛び出します。
得たりと義経は、首を起こし吸い付く。小兵で得した。でもこんなのあり?

あっと小声をあげ力が抜ける姫君。空かさず義経は差し手を深く、ヒメドコロに差し入れゴニョゴニョ弄くりまわします。
完全に出足のとまった姫。ここで義経はもう片方の差し手を抜き、「もう片方」の乳房を愛撫しはじめました。
変形三所責め、相撲の手ではないんですがねえ。

こちらの方はからきし弱い処女姫が、京の都を鳴らしたプレーボーイ義経のテクに抗えるわけがありません。
恍惚となり完全に身体の力が抜けた姫を義経は渾身を力を込めて土俵に叩きつけました。
ずしーんと地響き、そして花婿決定!

「九郎の殿はずるいのぅ」と頭をかく弁慶。あくまでも好人物のようです。
こうして、三国一の花婿を得たこの村では祝宴がもようされ、夜が更けていきました。
めでたし、めでたし。。。

…ではないのです。
なんとその晩、皆が寝静まった頃を見計らい義経主従は、村の金銀財宝をことごとく盗み出してドロンしてしまったのです。
アイヌの伝承でも好意的に受け入れられている義経ですが、この村の伝承では珍しく悪人に描かれているようです。

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如何でしたか?
非常に珍しい義経悪人伝です。

そうでしたよ。エースがだめならジョーカーがありましたか。
残念ながら花札には、ジョーカーは取り入れられませんでしたけど。

と、この段落直前までの言い回し、



弁慶を投げ飛ばしたアイヌ娘

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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鶴(タヅ)鳴き渡る

2006年01月08日 17時54分41秒 | 松 - 1月
鶴そもそも花札というものは、徳川幕府の鎖国政策に伴い禁制品となってしまったトランプの模造品・代用品として作られていったもの、投稿日付では後日となりますが前に何度か書きました。
と、なると、1月は各組のエースということです。道理で松を持ってきてるわけですね。
とりわけ光札(20点札)は、豪華であってしかるべきです。
今日は久々、配置されている動物である、鶴の話をしてみましょう。

今更言うまでもなく、ツル目・ツル科(Gruidae)に分類される鳥の総称、長いくちばし・首・足をもつ大型の水鳥ですよね。
「鶴は千年、亀は万年」といわれるように、古くからカメとともに長寿の象徴として親しまれ、昔話にもよく登場します。
ただ残念ながら、松の木にとまっている図は虚構です。差し詰め、コウノトリやサギなどを鶴に置き換えたものでしょう。
古代人のもつ白い鳥に対する憧憬がそうさせたものであることは想像に難くありません。

  わかの浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る

万葉集の有名な歌ですね。
そうそう、書き言葉では『タヅ』ですけど、話し言葉では既に万葉時代から『ツル』だったらしいですよ。
うーん、せっかくの名歌ですから全部目を通しましょうか

 神亀元年甲子冬十月五日、紀伊国に幸(いでま)しし時、山部宿彌赤人の作る歌

 やすみしし わご大君の 常宮と 仕へまつれる 雄賀野ゆ 背向に見ゆる 沖つ島 清き渚に 風 吹けば 自浪騒き 潮干れば 玉藻刈りつつ 神代より 然そ貴き玉津島山 (巻六-九一七)

 反歌二首

 沖つ島 荒磯の玉藻 潮干満ちて 隠ろひゆかぱ 思ほえむかも (巻六-九一八)

 わかの浦に 潮満ち来れば 潟を無み 葦辺をさして 鶴鳴き渡る (巻六-九一九)

 右は年月を記さす。但し玉津島に従駕(おほみとも)すといへり。因って今行幸の年月を検注して以ちて載す。

[歌意]この世をお治めになるわが天皇の永遠につづく御殿として、お仕え中しあげている雄賀野の宮の地から、うしろの方に見える沖の島の清らかななぎさには、風が吹くと白浪がさわぎ、湖が干ると美しい藻を刈りつつ、神代の昔から、このようにもマア尊い玉津島山であるよ。
沖の方の島の荒涼とした磯の美しい藻は、潮の干たところに潮が満ちてきで、海水に隠れてしまったら、心ひかれて思われることだろうナア。
わかの浦に潮が満ちてくると、干潟が無くなるので、葦辺の方をさして、鶴がずうっと鳴いてゆく。
[語意]「神亀元年」は、七二四年、聖武天皇の最初の年。「十月五日」続日本紀によれぱ十月五日に平城京を出て、八日に玉津島頓宮に着き、滞留十余日、廿一日に和泉に帰って、廿三日に帰京となっている。「山部宿禰赤人」は既出。「常宮」は、永久につづく宮殿。「雄賀野」は、和歌山市の市街地の南部で、和歌浦町の西北に接する一帯の地。

とまあ、万葉学者の犬養先生の講義に沿えばこんな感じです。

うーん、長歌反歌一体となった美の描写。
長歌が観念的時間的に歌えば、反歌はそれを受けて具象的空間的に歌う。
第一反歌が引き潮を歌えば、第二反歌は満ち潮を歌う。
長歌+反歌2首のセットでなければならない。
ですか。

最後に先生は、玉津島といえば赤人の歌、和歌山という地名になったくらいに切っても切り離せなくなった、この景観を残さなければならないと締めくくってました。

ヘドロで海苔も作れなくなった…
そういえばある方の地元も昔は海苔の産地だったんですよねえ。
まあ、こちらはヘドロより先に埋め立てで海岸がなくなってしまったらしいのですが。

ねえ、皆さん。
本当に日本は埋め立てまでして土地を作らなければならないほど狭い国土なんでしょうか?
簡単な計算問題。

日本の国土は38万平方キロ。
人口が、大幅に社会増して、1億9000万人になったとしましょうか。
一人あたり、どれだけの広さになるでしょう?

と、この言い回し、



よーし、「公約」どおり

を丸写ししました。

………
………

わああぁぁぁぁ!!! ミユ様! ごめんなさい! ごめんなさい!!
また、パクってしまいましたぁ!

いけない僕をイヂメて、イヂメて!
もっと、イヂメて~!!

    (;`Д´)/ヽアー/ヽアー!!

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