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kan-haruの日記

大森町界隈あれこれ(K30) 手記第3編 終戦前後目黒にて (第1回)

2006年07月03日 | 大森町界隈あれこれ 空襲
東京大空襲の記録資料(5)
若山武義氏手記は、これまで次の2編の手記を連載して参りました。
 ・大森町界隈あれこれ 鎮魂! 大森町大空襲 第1回~第11回
 ・大森町界隈あれこれ 手記第2編 戦災日誌中野にて 第1回~第7回
大森町と中野の2ヶ所で戦災にあい住まいは灰燼にきしました。今回からタイトル記載の「手記第3編 終戦前後目黒にて」を掲載します。第3編は、アメリカの空襲はますます熾烈を極め、敗戦色が濃厚となって行く中、庶民は必勝の信念を疑わず政府を信じ忠実に服従して竹槍で立ち向かう気概を持つが、原子爆弾の投下、ソ連の参戦、1945年8月15日の天皇陛下の玉音放送で終戦を迎え、そして戦後の混乱期を体験する一庶民として翻弄された様子がありありと記述されております。

私も、この時期を国民学校(現在の小学校)生として茨城・栃木県で疎開生活を送り、大森町での空襲には直接遭遇しませんでしたが、若山武義氏の手記を読むと、東京の空襲での死傷者が21万5千人以上、戦災家屋が82万3千以上、羅災人口301万4千人以上の悲惨な被害を蒙った何と無謀な戦争に突入したのでしょうか。国民のあずかり知らぬところで戦争が始まり、「赤紙」一枚で戦前に繰り出され、残酷な戦禍の犠牲を強いられたのは罪のない庶民です。今後、この様な過ちを二度と絶対繰り返してはならないのです。最近、北朝鮮ではテボドン2号の発射準備をしているきな臭いニュースが伝えられているなか是非、この若山武義氏の手記に触れられた方は、平和の維持の継続を願うために皆様に紹介して語り継いで頂きたいのです。

なお、「大森町界隈あれこれ 手記第2編 戦災日誌中野にて(第5回6回7回)」で紹介記載しました、作家海野十三(うんの じゅうざ)氏の見た東京大空襲の記録「海野十三敗戦日記」に付きましては、次回の「東京大空襲の記録資料」にても記述して参りますが、「青空文庫」の「海野十三敗戦日記」からダウンロードして読むことができます。今、すぐ読みたい場合には、ここをクリックすると読むことができます。


若山武義氏の手記(1946年記述) 第3編「終戦前後(目黒にて)」第1回
熾烈な横浜爆撃から地方都市爆撃に指向
サイパン、テニヤン、グァムの三島を結ぶ敵空軍の基地は益々強化され、敵将ルーメーが豪語せる如く、総兵力を挙げて、大阪、神戸、名古屋、静岡を徹底的に爆撃してより、息をもつかせず、B29 五百五十機の大編隊で五月二十五日夜帝都に来襲、畏くも宮城、大宮御所を初め都内に極めて広範囲に亘り爆撃を加え、我等も亦中野にて再度の戦災に合うたのである。
更に五月二十九日早朝、硫黄島を基地とするP51百機を伴うB29 五百機のかってなき大編隊で、それ迄は殆ど無疵同様の横浜を爆撃し、一瞬に廃墟と化せしめた。敵ながら恐るべき威力である。

三十日朝中野の町会に戦災見舞品をとりに行くと「電報が来てる筈ですよ」との事で、多数の信書からさがし出した一通の電報は
  「応募、三十日、横須賀に往く、後頼む、大森」
あっと驚いた。祖国の危急に召され、妻子七人を残して征途に就く、義弟の心情を想う。此の厳しき戦争の現実に直面して、今更何を考え、何を案じようや、我等も亦竹槍とって戦うべき時が正しく来たのであると、電報をにぎり意気悲壮に興奮するのみである。
敵は横浜を一挙に灰燼にして後は、地方都市爆撃に指向し、虱つぶしに威力を振るう。毎日毎夜空襲警報が、二度、三度発令されぬ日とてはなくなった程頻繁激化し此の間十数種の宣伝ビラを散布、軍民離間策に、国民の厭戦思想喚起に、執拗なる宣伝を開始し始めたのである。

本土への艦砲射撃開始により竹槍で対抗
これと表裏して、一方敵の機動部隊は、いよいよ我が本土に近接し、大胆不敵にも、北は室蘭、釜石、日立、帝都の玄関先き外房州白浜まで艦砲射撃を加へ、我々には頗る苦手である厄介千万な艦上機を飛ばして、帝都周辺を毎日のように波状攻撃して来たのである。
最後のこの一戦で勝期をつかむ事と予期せし沖縄戦も、もろくも茲に攻略せられ、いよいよ本土決戦、文字通り真に皇国の興廃を賭する、奴隷か死の関頭に立ち、今や全国に大量に動員され、本土到る処要塞化、国民総決起、総訓練、いよいよ我等の竹槍の秋となったのである。

東条暴政軍閥内閣がサイパン失陥で退却し、朝鮮の虎小磯内閣を組織し、する事為す事後手ばかり、レイテ天王山の掛声だけは名調子でも、木炭自動車と批判され、国民の期待に反し硫黄島失陥で辞職を余儀なくされた。さて、誰れ、何人が此の危機重なる難局負荷の重責の任に当たるであろうかと、全国民の関心を茲に集めたのである。

毎月1日付けのIndexには、前月の目次を掲載しております。(6月分掲載Indexへ)
前回 大森町界隈あれこれ(29) 手記第2編 戦災日誌中野にて(第7回) 
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