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としまえん問題についての一応のまとめ~誰がとしまえんを殺したか〜後編

2021-07-30 20:04:00 | としまえん問題

ども。

東京五輪で日本人選手の活躍見てはもらい泣きしてる平岩です。

 

前回に引き続き「としまえん問題についての一応のまとめ」。

今回は、

2つ目の疑問:としまえん跡地は第2種住居地域に指定されていて10000㎡を超えるテーマパークとかアミューズメント施設といった「遊技場」は建設できないはず。スタジオツアー東京はどう見てもハリーポッターのテーマパークでありアミューズメント施設との印象を受ける。それなのに何故、としまえん跡地に建設できることになったんだろう?

です。

 

東京都建築審査会宛の審査請求書の5頁から36頁にかけて詳しく書いたとおり、「スタジオツアー東京って本当に『博物館その他これに類するもの』なのか?」という点については、

「いや、さすがにそれって無理じゃね?」

というのが私の意見だ。

実際、ワーナーも東京都知事も伊藤忠も、当初からスタジオツアー東京を「体験型エンターテインメント施設」であり「アトラクション」を備えた「テーマパーク」であると認めている(たぶん今も)。

ところが、「第2種住居地域にそれ建てるの、おかしくないか?」との声がいろんな方面から上がり始めた途端に、「いやいや、スタジオツアー東京は『博物館に類するもの』ですから」と言いだした。

いくらなんでも場当たり的だとの謗(そし)りを免れないと思う。

 

スタジオツアー東京と『博物館その他これに類するもの』についての、伊藤忠(と東京都と練馬区と西武とワーナー)の反論の中心は、おそらく、

「横浜アンパンマンこどもミュージアム(以下「アンパンマン・ミュージアム」)だって『博物館その他これに類するもの』として建てられている」

という点になると思うので、この点について一言だけ先に反論しておく。

「アンパンマン・ミュージアムだって『博物館その他これに類するもの』なんだ」から「スタジオツアー東京も『博物館その他これに類するもの』だ」

というのはまったく説明になっていない。

「アンパンマン・ミュージアムは『博物館その他これに類するもの』として建てられている」

  ↓

「アンパンマン・ミュージアムとスタジオツアー東京はその運営方法、アトラクション、料金、展示物、研究、学術的側面でこれこれこういう共通点がある」

  ↓

「だからスタジオツアー東京も『博物館その他これに類するもの』だ」

というのが最低限、議論の噛み合う伊藤忠(と東京都・・・略)側のロジックだ。

ただし、これでもまだ足りない。

このロジックには

「これこれこういう運営方法、アトラクション、料金、展示物、研究、学術的側面を持っているアンパンマン・ミュージアムを『博物館その他これに類するもの』と評価したのは法的に正しい解釈だ」

という前提が欠けている。

「神奈川県がアンパンマン・ミュージアムを『博物館その他これに類するもの』として認めてるんだからそれでOK」

というのは、

「西武とか伊藤忠という大企業が正しいと判断したんだから。間違いなんかありませんよ。」

と真顔で言っていた、某思考停止議員と変わらない。

(たぶん8月末か9月頃に処分庁から提出されるはずの)弁明書にはこんな稚拙な反論が書かれてこないことを祈るばかりだ。

 

ただ、この場は「スタジオツアー東京は『博物館その他これに類するもの』か否か」を議論する場ではない。

私は、「アンパンマン・ミュージアムはさておき、少なくともスタジオツアー東京は『博物館その他これに類するもの』とはいえない」との立場だから、ここで検証するのは、「そのようなスタジオツアー東京が何故、第2種住居地域であるとしまえん跡地に建てられることになってしまったのか?」という点である。

 

そもそも、としまえん跡地にスタジオツアー東京を建てるためには「建築確認申請書」というのを東京都、あるいは東京都知事または国土交通大臣が指定した民間の指定確認検査機関に提出して「確認済証」の交付を受けなければならない。

確認済証というのは、簡単に言えば、「建築確認申請が出されたこの建物は建築基準法やその他の関係法令には違反していないことを確認しましたよ」というお墨付きだ。

かつては行政機関がこの申請を受け付けて確認済証の交付までやっていたけれど、1999(平成11)年の法改正で民間の指定確認検査機関にこの業務を行わせることができるようになった。

ただ、指定確認検査機関はあくまでも行政機関に代わって確認検査業務を行うだけだから、

指定権者である行政府の方針に反した確認済証の交付あるいは交付拒絶がなされることは100%ない。

「スタジオツアー東京は建築基準法上、第2種住居地域に指定されているとしまえん跡地に建築可能な『博物館その他これに類するもの』だ」という前提で交付された確認済証は、たとえそれが民間の指定確認検査機関の交付したものであっても「東京都の判断」と考えていい。

 

スタジオツアー東京の建築確認申請が指定確認検査機関に提出される以前に、東京都と練馬区と西武とワーナーと伊藤忠は5者覚書で、

「東京都としては練馬城址公園にする予定だったとしまえん跡地の北側半分をスタジオツアー東京とすることを認める」

「スタジオツアー東京が30年間、営業することも東京都は認める」

「そのかわり西武やワーナーや伊藤忠は、練馬城址公園の機能(水と緑、広域防災拠点、にぎわい)の『実現の一翼を担うことに配慮』だけすればいい。それ以外は特に義務はない」

「30年後にはちゃんとスタジオツアー東京の敷地も公園にする」

と秘密裡に合意していた。

5者覚書の当事者の一人である東京都が秘密合意を反故(ほご)にすることになってしまうような建築確認審査を、指定確認検査機関がするわけがない。

 

さらに言えば。

指定確認検査機関はいきなり建築確認申請書の提出を受け付けるわけではない。

「事前審査」「事前相談」‥‥、呼び方はいろいろだけれど、建築確認申請書を提出しようとする者(=建築主。スタジオツアー東京なら伊藤忠)は建築確認申請書を提出する前に指定確認検査機関あるいは東京都の建築主事に、「この建築確認申請書を提出すれば確認済証を出してくれるか」を確認(打合せ)するのが通例だ。

ましてやスタジオツアー東京ほどの規模の建物である。

万一、確認済証が交付されないとなったらワーナーを巻き込んだ大問題にもなるだろう。

「事前審査」「事前相談」が行われなかったはずがない。

 

では、仮にその「事前審査」「事前相談」が5者覚書の締結前に行われていたとしたら、その段階で「スタジオツアー東京は博物館その他これに類するものではない」とのチェックが指定確認検査機関から入っただろうか?

入らなかっただろう。絶対に。

何故か?

建築確認というのは「申請があったこの建物(=スタジオツアー東京)が建築基準法その他の関係法令に違反していないか」を確認する手続だが、この法令違反の有無は「申請者が申請書に書いている内容や添付されている資料に嘘は書かれていない」という前提で判断されるだけの書面審査だからだ。

スタジオツアー東京の例でいえば、申請書にスタジオツアー東京の設計図面は添付されているが、完成後、どのような形態で営業を行っていくのか、何を展示し、来場者にどのようなアトラクションを、いくらで提供するのかまでは書かれていない。

申請書には、

「建物の目的:博物館その他これに類するもの」

と書いてあるだけだ。

天下の伊藤忠が、

「この建物の目的は『博物館その他これに類するもの』です。」

と言ってるのに、それ以外に建物の目的を判断する確たる資料も与えられない指定確認検査機関が、

「いやいやいやいや伊藤忠さん、それは無理ってもんです。」

などと言うわけがない。というか言えないだろう。

建築基準法はザル法だ、と言われるゆえんである。

 

ここで、今一度、としまえんとスタジオツアー東京に関する主な出来事を時系列でみてみよう。

1957(昭和32)年  としまえんを中心とした一帯が練馬城址公園として都市計画公園指定を受ける。

2011(平成23)年3月11日  東日本大震災が発生。

2011(平成23)年12月  東京都が「都市計画公園・緑地の整備方針」で2020(令和2)年までに事業認可を目指す優先整備区域として、としまえんを中心とする一帯を指定。

2016(平成28)年(度)  整備計画案検討のための基本計画案の取りまとめを目的とする委託調査。

この年の調査報告書においては、「子どもから大人まで、自然とともに遊び、自然のなかでくつろぐ公園」という基本理念、「直接土に触れ、農業体験ができる『畑のエリア』、都心になかなかないアップダウンやせせらぎのある小道での散策が楽しめる『雑木林のエリア』、地形や樹木を生かした冒険的な遊びも幼児が遊べる広場もある、子どもたちにとって健やかな成長の促進にもつながる『森の冒険エリア』など、子どもから大人まで、都心ではなかなか味わえない豊かな体験ができる多彩で総合的なプラン」「カルーセル・エルドラドと思われるとしまえんのシンボルの存続・設置案」が提示されていた。

この年、小池百合子氏(以下「小池氏」)が291万2628票を獲得して東京都知事に就任。

9月20日  小池氏を支援する政治団体として都民ファーストの会が発足。

2017(平成29)年(度) 同年5月の東京都公園審議会答申を踏まえた民間活力の導入や防災機能の強化等の検証と前年の委託調査の修正を目的とする委託調査を実施。

この年の調査報告書においては、前年までの計画を事実上白紙撤回。前年までの計画にあった「畑のエリア」「雑木林のエリア」は完全消失。他方、「にぎわいゾーン」とされるエリアは「広場エリア4ha」「森と遊園地エリア7ha」に拡大(前年までの計画で同様の性格を持つ「コミュニティゾーン」の広さは0.7ha)。民間事業者が参入しやすいように対象エリアが16倍に拡大された。

この年の選挙で都民ファーストの会は都議会第一党に躍進。

2020(令和2)年2月  「としまえんは閉園し、跡地にハリーポッターの施設が作られる!」とマスコミがスクープ。

2020(令和2)年6月12日  5者覚書締結。同時に「今年8月31日をもって、としまえんは閉園する」と発表。

2020(令和2)年8月13日  西武と伊藤忠の間で事業用定期借地権設定契約締結。

2021(令和3)年4月12日  練馬区長による都市計画法第53条の許可。

2021(令和3)年4月14日(?)  伊藤忠が確認申請書を指定確認検査機関である一般社団法人日本建築センターに提出。

2021(令和3)年5月12日  一般財団法人日本建築センターによる建築確認証交付。

 

あくまでも上記一連の流れからの推測でしかないが、少なくとも2016(平成28)年に東京都知事に就任した小池氏と、翌年、都議会第一党に躍進した都民ファーストの会の意向を受けて、それまでの練馬城址公園の整備計画が根本的に書き換えられたのは間違いないだろう。

このことは、小池氏が東京都知事就任以来一貫して「ワイズ・スペンディング」だの「稼ぐ東京」だのと、これまでの税金の使い道の抜本的見直しとインバウンド収入を中心とする経済対策を主張していたことともピタリと整合する。

このころからワーナー、西武、伊藤忠から「としまえん跡地にスタジオツアー東京を」という打診が小池氏や都民ファーストの会にされていた可能性もある(ロンドンの本家スタジオツアーは2012年オープンである。)。

だとするなら。

民間の一事業者からの打診を受けて(あるいは土地所有者である西武の要求に屈して)、これまで積み上げられてきた公園整備計画を根本的に変更したこと、なかでもとしまえんを愛していた利用者の思いを嘲笑(あざわら)うかのようにとしまえんのシンボルの存続・設置案を白紙にし、広域防災拠点の機能を減殺し、ましてや現状の避難場所指定すら有名無実化してしまった小池氏と都民ファーストの会の政治判断・政治姿勢の是非は厳しく問われなければならないはずだ。

しかし、この点をきちんと追及している都議会議員は、私の知る限りほとんどいない。

 

2019年1月5日にインターネットで公開された産経新聞とのインタビューで小池氏はこう言っている。

「都立公園により着目して、公園改革をしっかりやりたい。公園法の改革があったので都立公園をより親しめる、楽しめる公園に変えていきたい。『都立公園大改革』と呼んでいるのですけれども、改革をスピード・バージョンアップし、民間独自のノウハウや資金を活用した公園管理などを進めていきたいと考えております。」(2018年12月末の産経新聞との単独インタビューより)

このインタビュー記事を見ても、また、としまえん跡地に代わる避難場所の指定がいまだにされていないことからしても(※避難場所の指定は東京都知事に課せられた条例上の義務である)、小池氏と都民ファーストの会の頭には「防災」の「ぼ」の字もないことは明らかだろう。

はっきり言ってしまえば、小池氏や都民ファーストの会の価値基準は、「命」より「金」なのだ。

 

「稼げればいい」

「マスコミが飛びつくようなエンターテインメント施設を誘致できればいい」

「インバウンド収入が増えればいい」

というそれだけの発想でスタジオツアー東京計画はここまで来た。

このような発想、このような政策は、小池氏のこれまでの政治家としての姿勢でもある(この点についてもっと詳しく掘り下げてみたい方には石井妙子著「女帝 小池百合子」をお薦めする。)。

小池氏は言う。

「都立公園をより親しめる、楽しめる公園に変えていきたい。『都立公園大改革』と呼んでいるのですけれども、改革をスピード・バージョンアップし」たい、と。

防災の観点はひとまず横に置くとしても、練馬城址公園は当初の計画用地の半分をスタジオツアー東京に譲り渡してしまった(誤解されている向きもあるようだが、スタジオツアー東京は練馬城址公園の敷地内に建てられるのではないし、公園来場者が無料で利用できる施設でもない。)。

小池氏が5者覚書に調印したことで、練馬城址公園の整備は完成までにさらに30余年を有することになった。

「スピード・バージョンアップ」とお得意の英語で説明するが、こと練馬城址公園に限って言えば、「スローダウン・バージョンダウン」としか言えない状況が現出している。

これらは紛れもなく、小池氏と都民ファーストの会の都議会議員たちが推し進めてきたものだ。

これのどこが「都立公園大改革」なのだろう?

 

話を戻そう。

2020(令和2)年2月に「としまえんは閉園し、跡地にハリーポッターの施設が作られる!」とマスコミがスクープした時点で、スタジオツアー東京の建設計画や営業期間(30年)の骨子は既に決まっていたはずだ(そうでなければさすがに大手マスコミがスクープとしてスタジオツアー東京計画を報道はしない。)。

そのスクープの4か月後に5者覚書が締結された。

お役所仕事の速度感を考えれば、5者覚書はマスコミのスクープを受けて慌てた5者が、「覚書だけでも作成して既成事実を使っておこう」と突っ走って作られた感がある。覚書の文言があまりに杜撰・稚拙だからだ。

覚書の文言調整と並行して西武と伊藤忠の間の事業用定期借地権設定契約書のドラフトも進められていたはずだ。

事業用定期借地権設定契約は5者覚書締結のわずか2か月後に締結されている。

借地借家法上、事業用定期借地権設定契約は、公証人が作成した公正証書に署名・捺印しなければならないから、5者覚書締結のわずか2か月後に事業用定期借地権設定契約が締結されているという事実は、覚書の文言調整と並行して事業用定期借地権設定契約書のドラフトが進められていたことを裏付けている。

そして、としまえんは、事業用定期借地権設定契約が締結されたわずか半月後に閉園した。これも既定路線だった。

そして今年4月12日。まず、スタジオツアー東京の建設に必要な練馬区長による都市計画法第53条の許可を取得。

そのわずか2日後。間髪入れずに確認申請書を指定確認検査機関に提出。

ここまで周到に5者間で下準備が進められ、根回しが進められ、覚書が締結され、事業用定期借地権設定契約が締結され、都市計画法の許可も取得済みで提出された建築確認申請を却下する指定確認検査機関などあろうはずもない。

 

では、この点を追及している審査請求はまったくの無駄骨なのか?

そうは思わない。

確かに東京都の建築審査会は東京都知事の付属機関という位置づけである。

審査請求をしたところで、スタジオツアー東京の建築を容認した東京都知事の意向に沿った判断が出される可能性は極めて高い。

しかし、かつてトランプ大統領に指名され任命されたアメリカの最高裁判事が必ずしもトランプ大統領の意に沿う判決を出さなかったように、

「東京都知事に任命されはしたが、わたしは彼女の意向ではなく法と良心にのみ従う。」

という建築審査会の委員もいるかもしれない。

先ほど述べたように、指定確認審査機関の建築確認手続は申請者から提出された書面を前提として行われる。

これから建物を建てようと思っている申請者が、自ら建築確認を取れないような資料を提出するはずがない。

しかし建築審査会での審査請求では申請者の意に沿わない、申請者が指定確認検査機関に提出しなかった資料も提出できる。

これを踏まえて申請者と書面による議論もできる(審査請求書→弁明書→反論書、と書面による議論は続く。)。

 

最初からしたり顔して斜(はす)に構えて何かを諦めるより、闘う手続が残されている以上はその手続にかかわっている人の良心と正義を信じるべきだと私は思う。

私が今回の審査請求手続の代理人を引き受けたのは、そう考えた6人の審査請求人の方々に共感したからだ。

審査請求手続における審査請求書、弁明書、反論書、提出された証拠はすべて公開していく。

仮に、東京都建築審査会が東京都知事の意向に反する判断をしない(できない)人たちの集合体だったとしても、最後は公開した記録を見て、皆さん一人一人が、あるいは歴史が、判断すればいい。

「東京都知事、練馬区、西武、伊藤忠、ワーナー、そして東京都建築審査会。彼らの下した判断は正しかったのか?

それは正義という価値観に、都民や区民の幸せに、本当に恥じないものだったか?」

と。

 

だから私が公開する審査請求の記録はできるだけ多くの人に、できるだけ丁寧に読んでほしい。

東京都を、練馬区を、西武を、伊藤忠を、ワーナーを認めるにしろ否定するにしろ、TwitterとかFacebookといったちっぽけな世界の断片的な情報や、「大企業が言っているから」「小池さんの判断だから」などという短絡的で浅薄な理由で判断すべきではない。

それは「としまえん問題は一部の左がかったやつらの煽動(せんどう)だ」と喚(わめ)いている人たちと何も変わらない。

理性で物事を判断していない、という点で。

 

最後に一つ、新たな問題点を提起しておきたい。

西武と伊藤忠の間の事業用定期借地権設定契約はこれまで便宜上「30年、30年」と言われてきたが、契約期間は正確には「33年2ヶ月」である。

たかが3年2か月の差ではないか、というなかれ。

期間30年以上の事業用定期借地権は契約を更新することができる。

契約を更新しない場合でも土地上に作った建物の買い取りを要求することができる。

契約の更新や建物の買い取りを要求されないためには、先ほど述べた公正証書にその旨を明記しておかなければならない。

しかし西武も伊藤忠も、肝心の事業用定期借地権設定契約の公正証書を開示していない。

スタジオツアー東京の建物の買い取り請求先は土地所有者である西武だが、東京都はその西武からスタジオツアー東京の敷地を練馬城址公園用地として買い取ることになっている。

買い取りに際しては、としまえん跡地南側のプールエリア同様、「東京都が費用を負担して更地化して買い取る」ことが原則だそうだ(これは東京都の担当者から私が直接聞いた。)。

スタジオツアー東京の敷地部分を33年2ヶ月も練馬城址公園として整備することを先送りしただけでは飽き足らず、東京都はその土地を西武から買い取る際、更地化の費用を西武に払う上に、西武が伊藤忠(あるいはワーナー)に対して払う建物購入費まで負担するのではないか?

それは結果的に「東京都が税金を投じてスタジオツアー東京の建物を建築した」のと同じではないか?

これが小池氏の言う「ワイズ・スペンディング」か?

そもそも、伊藤忠やワーナーが契約期間の延長を求めてきたらどうなるのだろう?

 

5者覚書には次のような条項がある(読者の理解のために分かりやすく書き直した。)。

「第6条3項 スタジオツアー東京の設置可能期間は30年間とするが、西武、ワーナー、伊藤忠からこの期間を変更したい旨の申し出があったときは東京都も練馬区も協議に応じなければならない。」

簡単に言えば、2054年5月15日直前に、「さらに30年、スタジオツアー東京を運営したい」と西武と伊藤忠とワーナーに言われたら東京都も練馬区も「期間延長の協議」に応じなければならないのだ。逆に東京都や練馬区には「期間をもう少し短くしてくれないか」と西武や伊藤忠、ワーナーに求める権利は認められていない。

仮に西武や伊藤忠、ワーナーから「スタジオツアー東京の営業期間をもっと長くしたい」と申し入れがあったとき、東京都にはその要求を跳(は)ね除(の)けるほどの覚悟と交渉能力があるのか?

スタジオツアー東京の敷地部分が練馬城址公園になることはもはや半永久的になくなった、少なくとも西武と伊藤忠とワーナーの胸内三寸次第と言わんばかりのこの第6条3項、事業用定期借地権設定契約の「更新」を見据えているとしか思えないこの第6条3項を、どうしてどの議員も問題視しないのだろう?

私の知る限り、スタジオツアー東京や5者覚書の問題点について、兎にも角にもこれを取り上げて議論しようとしていたのは練馬区議会議員なら池尻成二元区議、高口ようこ区議、野村説区議、東京都議会議員ならとや英津子都議と原田あきら都議くらいではないか。

こういうことを書くとまた、「としまえん問題は左派の煽り」「平岩は隠れ共産党」とかなんとか、30年遅れのピンボケコメントが来るんだが、そうじゃないだろ。

左派が煽ってるんじゃなくて、それ以外の議員の中にまともな議論をする能力を持っている人が誰もいないだけの話だ。

自分の事案分析能力、法令解釈能力、ディベート能力を棚に上げて、自ら考えることも、調べることも、有権者の疑問に応えることもしない。

(どの党とは言わないが)選挙を見越して票につながるかもと、党としてスタジオツアー東京反対派に取り入ってきたくせに、同じ党の候補者が「スタジオツアー東京の是非」について勇気を出して質問した有権者に「あなたたちは煽(あお)られているだけだ」と言い放つ。

 

これが僕らの国の、政党と政治家のカタチである。

 

イライラしたらオリンピックでも見てスッキリしましょう。

立憲民主党も「もう中止は求めない」と言い始めたことですし(笑)

頂いているコメントへの回答は次回。

 

 

 

 

 


ちょっとあの雲の向こう側まで(山梨県)

2021-07-29 19:42:00 | 晴れた日は仕事を休んで

そうだ、山中湖に行こう。

と突然思い立った。

朝から気温が30度を超えた梅雨明けして初めての土曜日だ。

とりあえず、いつものコスモ石油で愛車ボルティのタンクを満タンにして、近くのファミリーマートで買ったおにぎり2個と冷凍のペットボトルのお茶をサドルバッグに放り込む。指がペットボトルに張り付きそうなほどカチカチに凍ったお茶も山中湖に着く頃には溶けるだろう。

10時かっきりに練馬の家を出て、環八を南下し、甲州街道に入ってまっすぐ西に向かう。

晴天の土曜日だというのに思っていたより甲州街道はすいていた。

調布駅を過ぎたところで甲州街道を左に折れて都道19号線に入る。南下。多摩川原橋で多摩川を越え、矢野口の交差点を右折して川崎街道へ入り再び西へ。

新大栗橋の交差点を左折。鎌倉街道に入ってさらに西へ。

多摩ニュータウン入口を右に曲がると今度は町田街道だ。

見落としそうになるほど小さな三ツ目の交差点を左折。境川を越えたらそこはもう相模原市だ。

狭い工場街を抜けて旭中学入口を右折。

工業団地入口も右折して県道510号線に入り、そのまま県道513号線を走り継いで長竹三差路をルート412へ。

青山の交差点を左折してルート413。



 

ここから先は東京オリンピックの自転車競技コースにも指定されている道志川沿いのワインディング・ロードをひたすら、ただひたすらに西へ走る。



 

山間の冷気にくるまれてルート413を西に走り続け、山伏トンネルを抜ければ山中湖はもうすぐそこだ。

ルート413の突き当り、山中湖の畔(ほとり)にあるセブンイレブン山梨山中湖平野店の駐車場にバイクを停め、サドルバッグに放り込んでおいたおにぎりを取り出してほおばる。30度越えの炎天下、高速道路を使わず100kmの一般道を一気に走り切ったので腹ペコな上に軽い脱水状態と疲れでフラフラだ。ペットボトルのお茶はとっくに溶けていたが、まだ冷たさが残っている。美味い。

空腹が落ち着いたところで、学生時代に勤めていた銀座の居酒屋「トライ」の社長(津野琢也氏。故人)が経営していたペンション「リラックス」を訪ねてみた。

35年前。トライの閉店後、何度、リラックスに行かされたことか。

金曜の深夜。東名高速をトライの先輩の新井さんとひた走りに走り、土曜の早朝にリラックスに着き、泥のように眠って仮眠をとったらもう週末のテニス客がやってくる時間だ。

客が来る前に客室を掃除し、食事を作り、部屋の布団を干し、併設されているテニスコートの整備をしているとあっという間に21歳の週末が終わってしまう。

日曜の夕方。東京に帰る客を見送って、彼らの車の影が見えなくなったら大急ぎで新井さんと帰り支度をして自分たちも東京に向かう。万一、帰りの東名高速のサービスエリアでさっき見送ったばかりの客にばったり出会ってしまうと具合が悪いので、僕らはたいてい御殿場・東名ルートではなく三国峠越えのルートを取った。

金曜日からほとんど休みなしで働き続けてきた体には疲労が蓄積されまくっていたはずだが、不思議とそれを辛いと感じたことはなかった。

先の見えない毎日がとにかく楽しかった。

リラックスはセブンイレブンのある平野の交差点から県道729号線を三国峠に向かう途中の右手にあった。

30数年の時を経て、リラックスは跡形もなくなり別のペンションに建て替えられていた。



 

再びセブンイレブンの駐車場に戻り、バイクを店舗裏の大きな木の陰に停めて、少し山中湖の周りを歩いてみる。

30数年前とは段違いに綺麗に整備されたボードウォークがあり芝生広場がある。

家族連れがレンタサイクリングを楽しんでいる。









 

30分ほど歩いてセブンイレブンの駐車場に戻り、今度はバイクでゆっくりと山中湖を反時計回りに一周してみた。左周りに走ればバイクのすぐ左手はずっと山中湖だ。途中までは富士山を正面に、途中からは富士山を背負って走ることになる。湖畔の風が火照った体に心地いい。



 

帰路は35年前と同じように三国峠ルートで東京を目指すことにする。あのときは社長から借りたクラウンの助手席に新井さんがいたが(運転はもちろん年下の僕だ)、今はバイクの一人旅だ。

県道729号線の、かつてリラックスがあった場所を横目に抜き去り県道730号線に。





 

三国峠の途中から濃霧に包まれ20m先も見えなくなった。





 

今、鹿や猪が飛び出して来たら100%よけられないだろう。

徐行しながら三国峠を降りきると県道730号線は県道147号線(山中湖小山線)に変わる。同じ道路の名称がいつの間にか変わってしまうのだ。こういうとき、スマホではなく記憶した道路番号だけを頼りに走っていると、一瞬、道を間違えたような錯覚に陥る。

 

福寿院の交差点を左折。

鮎沢川に注いでいる小さな小川(名前を確認しそこねてしまった)を越えたところでルート246に。

ここから先は大井松田、秦野、厚木、大和と町を次々に抜け、ひたすら東京を目指すのだ。

家に帰り着いたのは午後9時。

11時間、ほぼぶっ通しでバイクに乗り続けていたことになる。

さすがにヘトヘトだ。

11時間のライディング・ポジションでガチガチに固まった身体を熱めの風呂でゆっくりほぐしながら、また新井さんのことを思い出した。

新井さんの実家は埼玉県深谷市にある「新井製菓」である。商号の「おせんべい屋さん本舗」の方が有名かもしれない↓

http://www.osenbeiyasanhonpo.jp/

 

風呂から上がって冷房の効いた部屋のベットで横になりながら「今度のツーリングは新井さんに会いに深谷に行って、おせんべい屋さん本舗で黒胡椒煎餅を買ってこようか」と考えていたら、あっけなく眠りに落ちた。

 

 

 


としまえん問題についての一応のまとめ~誰がとしまえんを殺したか〜前編

2021-07-24 07:48:00 | としまえん問題

も。

おっさんライダー弁護士、ひらいわです。

 

さて。

昨年来、東京都練馬区にあった「としまえん遊園地」の閉園と、それにまつわる「ハリー・ポッター・スタジオツアー東京」(以下「スタジオツアー東京」)の建設についてこのブログでつらつら書いてきたのだが、先日の東京都議会議員選挙(7月4日投開票)では、としまえん閉園に至る経緯を一貫して批判してこられた池尻成二候補が僅差で当選を逃し、他方で、(としまえん閉園とスタジオツアー東京の誘致は)「私が間に入り動かした」と認めておられたおじま紘平候補が当選を果たされた。

池尻候補、おじま候補ともに選挙区は練馬区だったから、すくなくとも「練馬区の有権者はおじま候補の考え方・行動に信任を与えた」と考えるのが多数決民主主義の原則だ。

ちなみに、池尻候補と同じく一貫してスタジオツアー東京に反対しておられたとや候補はおじま候補以上の票を獲得して当選された。ただ、「としまえん問題」を正面から争点にしていたのはどちらかというと池尻候補の方だったし、おじま候補と池尻候補にはラジオ番組で「としまえん問題」についての意見を開陳してもらったりもしていたので、「としまえん問題」については、やはり「おじまvs池尻」という視点から判断すべきかと思う。

なので私も「としまえん問題」についての私の活動にはひとまず幕を引くことにした。

・・・・と、Twitterで告知したところ、

「えーっ?今、やってる東京都建築審査会と練馬区長に対する審査請求からも外れちゃうんですか?」

と心配するお問い合わせを何件か頂いた。

この2つの審査請求はいずれも「としまえん跡地にスタジオツアー東京を建設するのは法律上、問題があるのではないか?」と問うものだ。

審査請求書を提出してから1週間程度は、無料のストレージサービスからデータをダウンロードできるようにしておいたので読まれた方もいらっしゃるかもしれない。

(※現在はデータ保存期間が経過してしまっているのでダウンロードはできません。ご希望が多ければまたストレージサービスを使った公開も検討します。なお、枚数・データ量が膨大な量になるのでコピーやメールでの提供には応じていません。すいません。)。

 

言うまでもないことだけど、私(ともう一人の弁護士)が代理人になって進めているこの審査請求の主体は、あくまでも審査請求人の皆さんであって私ではない。

私は代理人としてして審査請求人の皆さんのお手伝いをさせて頂いているだけだし、そもそも審査請求人の皆さんとは委任契約書も取り交わしていて、そこには、

「あのね、私が辞めよっかなって思ったらいつでも辞任するからね。それでいいよねっ?」

とは書いてない。

痩せても(太ってきたが)枯れても(老いてなお全開バリバリだ。今日も不要不急のソロツーリングに行ってきた)プロの弁護士だから、依頼を受けた以上、仕事は依頼者から解任されない限り最後までやる。

御心配には及びません。

 

とはいえ、それが正しいかどうかは別として東京都議会議員選挙で一応の結論というか、練馬区の有権者の判断は出されたわけだから、これまでちょこちょこと調べてきた「としまえん問題」について私なりの中間まとめをここらで出しておこうと思う。東京都の公園審議会だって「中間のまとめ」を出したりするわけだから。

あくまでも「私なり」のまとめなので、

以下に書かれていることは全部が真実だ、などと盲信しないように。

 

まず、「としまえん問題」の概略というか主な出来事の時系列を把握しておいてもらったほうがこの先の話がわかりやすいので、先にこのブログの2020年9月8日の記事をお読みいただきたい↓(リンク貼り付けの仕方がわからないので適当に貼り付けたが、たぶんリンクになってるはず。)

「としまえん問題」のブログ記事一覧(6ページ目)-つれづれなるままに弁護士(ネクスト法律事務所) (goo.ne.jp)

 

そのうえで。

1年間かけて色んな人からお話を伺い、私なりに一生懸命調べても、とうとう最後までわからなかった疑問点は以下の2つ。

1つ目の疑問:広域防災拠点機能等を備えた練馬城址公園としてとしまえん跡地を整備するために、10年前、としまえん全域が優先整備区域に指定されたのに、どうして、としまえん閉園直前になって、跡地のほぼ半分にスタジオツアー東京が建設されることになって、しかも、30年間もスタジオツアー東京がそこで営業することが認められたんだろう?

2つ目の疑問:そもそもとしまえん跡地は第2種住居地域に指定されていて10000㎡を超えるテーマパークとかアミューズメント施設といった「遊技場」は建設できないはず。スタジオツアー東京はどう見てもハリーポッターのテーマパークでありアミューズメント施設との印象を受ける。それなのに何故、としまえん跡地に建設できることになったんだろう?

今回の「中間まとめ」では、この2つの疑問について、現時点での私なりの答を自戒と反省を込めた「私見」として述べておこうと思う。

 

以下、私見。

【1つ目の疑問について】

たしかに、としまえん跡地を広域防災拠点機能を備えた練馬城址公園として整備しようという計画のもと、としまえん一帯は優先整備区域として指定されていた。

ただ、「優先整備区域の指定」というのは、早い話、お役所内での仕事の優先順位、タスクリストみたいなもの。その指定がなされたからといって「土地の所有者の権利に何らかの制限がかかる」といったものではない。おそらく、土地所有者に「あなたの土地は優先整備区域に指定されました」と東京都から通知が行くことすらない。

しかし、これだけ大規模な土地の再開発(都市公園整備計画)である。

東京都が土地所有者の西武鉄道(以下「西武」)にまったく説明もせず、秘密裡に公園計画を立てたなどということはちょっと考え難い。

そもそも練馬城址公園の整備計画は、(今でもそうだが)東京都のHPで公園審議会の資料が公開されているから、西武はおろか誰でも知り得る状態にあった。

これから自分の土地を事業用定期借地として貸し出そうという西武が、その土地に対する行政の計画を調べもしなかった、などということも常識的に考えてあり得ない。

自身の所有するとしまえん跡地を東京都が練馬城址公園として整備しようとしていること、その公園には震災時に都民・区民の生命と身体の安全を守る広域防災拠点機能が備えられようとしていること、10年前に優先的に公園整備を進める対象地として指定されたことを西武が知っていたことは間違いない。

だから、本来であれば、としまえん閉園→東京都が公園用地として西武からとしまえん跡地を取得→公園整備→練馬城址公園開園と手続きが進んでいったはずだった。

 

ところが、西武は土壇場になって、としまえん跡地の約半分(としまえんのほぼ中心を東西に流れている石神井川の北側)にスタジオツアー東京を作る、営業期間は約30年間だ、と突如発表した。

発表には西武だけでなくワーナー・ブラザース(以下「ワーナー」)、伊藤忠商事(以下「伊藤忠」)、東京都知事も名を連ねていた。

スタジオツアー東京のための土地の利用契約は事業用定期借地契約。

契約書が公開されていないので詳細な契約条件は分からないけれど、定期借地契約なので契約期間途中の解除は賃貸人からも賃借人からも原則としてできない(期間途中で解除する場合は、違約金を相手方に支払って解除に応じてもらうという形を取るのが普通だ。)。

契約の当事者あるいは利害関係人にはアメリカに本社を置くワーナーがいる(少なくともスタジオツアー東京を開業・運営していくにあたってワーナーの関与・協力が0などということはあり得ないので。)。

先ほど述べたとおり、「優先整備区域の指定」に土地所有者の権利を制限する効果はない。「優先整備区域」に指定されている以上、他の公園整備予定地に「優先」して公園整備計画が進められることになるから、その土地を買ったり借りたりした者が土地の提供を拒めば、「予想外に早く」土地収用法に基づく強制収用対象になってしまうかもしれないという可能性があるだけだ。

ただし、何度も同じ話をして申し訳ないが、自分の土地が「優先整備区域」に指定されても、土地所有者としてはその土地を誰に売ろうが誰に貸そうが自由。

(スタジオツアー東京賛成派の議員からは、それこそ耳が腐るほどこの言葉を聞かされた。)

 

西武(と伊藤忠とワーナー)はここを突いた。

自分の土地を誰かに貸すのは自由だ。

もちろん、優先整備区域に指定されているから、理屈上は公園計画が進めば思っていた以上に早く土地が強制収用されてしまう可能性もある。

でも、巨大外資企業あるいはその子会社がその土地の事業用定期借地契約の当事者あるいは利害関係人だったら?

借りた土地を明け渡さなければならなくなったワーナー(あるいはその子会社か伊藤忠か)が西武に巨額の違約金や営業補償を請求してきたら?

その違約金や営業補償は、収用に際して東京都から西武に支払われる補償金の額に反映されるだろう。

国際問題になりかねない。

巨額の出捐を伴いかねない。

そんな収用を東京都がするだろうか?

わざわざバカ高い金を払ってそんなゴタゴタに巻き込まれるくらいなら、30年間の事業用定期借地を東京都としても認めたほうが波風立たなくていい。

そのうえで、

「そのかわり30年後にはちゃんと土地を公園にさせてくださいよ」

「いちおう、公園としての整備を優先的に進める区域に指定してたんだから、せめてスタジオツアー東京ができても練馬城址公園の機能(水と緑、広域防災拠点、にぎわい)を実現できるように協力します、くらいの一筆は入れてくださいよ」

「でないと都民にも区民にも説明できないですよ」

と申し入れて(あるいは泣きついて)、それで作られたのがおそらくこの5者覚書だ↓

https://www.ikejiriseiji.jp/news188/

 

5者覚書には意味がない、という人もいるが、そんなことはない。

意味はある。

「東京都としては練馬城址公園にする予定だったとしまえん跡地の北側半分をスタジオツアー東京とすることを認める」

「スタジオツアー東京が30年間、営業することも東京都は認める」

「そのかわり西武やワーナーや伊藤忠は、練馬城址公園の機能(水と緑、広域防災拠点、にぎわい)の『実現の一翼を担うことに配慮』だけすればいい。それ以外は特に義務はない」

ということを、東京都と練馬区と西武とワーナーと伊藤忠がみんなで確認した、という意味が。

 

この5者覚書で誰がどんな利益を手にできるのか考えてみよう。

西武は、平成バブルの崩壊以来30年以上も赤字すれすれでやってきたとしまえんの経営から解放され、今後はノーリスクで30年にわたって地代収入を手にすることができる(実際、数年前にはプールで女の子が死亡するという痛ましい事故まで起きている。)。土地の面積や立地条件を考えれば、としまえん跡地の借地料はとしまえん遊園地時代の営業収益を優にしのぐ額だろう。おまけに30年後には東京都が土地をちゃんと適正価格で買い取ってくれる。つまり東京都からとしまえん跡地の代金を受け取るうえに、30年間は地代収入でも稼げる、ということだ。

ワーナー(その日本法人を含む。)は空港からも地方からもアクセスのいい23区内の一等地をスタジオツアー東京の敷地として手に入れられる。しかも、予期に反してスタジオツアー東京がコケても違約金さえ払えば契約期間途中でもさっさと撤退することも可能だ。バカ高い東京の土地を購入したり、アクセスの悪い、手放すに手放せない地方の土地を購入するよりはるかに低リスクだ。

伊藤忠はスタジオツアー東京を誘致できれば相応の手数料が受け取れるだろう。

東京都は?

東京都は、一応、30年後には土地を円満に引き渡してもらえるという目途が立つ。その頃には、この問題に関わった都庁の役人や議員のほとんどは定年退職あるいは引退しているだろう。最悪、30年後に土地の引き渡しで西武やワーナーとの間で問題が発生したとしても、自分たちにはなんの関係もない。責任も問われない。しかも、その間、万一、スタジオツアー東京が大成功を収めて多くの海外旅行客を集客できれば、「インバウンド収入で東京都の経済振興に貢献した」として政治家には票が集まる。

要するに、面倒くさい仕事は30年先送りにして後任者に丸投げできるうえに、万一おいしい果実が実ればそれは自分が食べられる、ということだ。

では、としまえんを愛していたとしまえんファンは?

としまえんを災害時の避難場所として指定されていた近隣6万3000人の住民は?

練馬城址公園が広域防災拠点になると信じていた都民や区民は?

この人たちの利益はどこに消えた?

避難場所を(少なくともスタジオツアー東京が完成するまでの間は、場合によっては完成後も)喪失し、期待していた広域防災拠点機能は大きく減殺され、大好きだったとしまえんを失っただけだ。

審査請求書で詳しく論じているから興味のある向きはお読みいただければと思うが、スタジオツアー東京にやってくる旅行者を乗せた大型バスで豊島園通りは慢性的に渋滞するだろう。

事故も増えるかもしれない。

少なくとも周辺の交通環境は激変する。悪い方向に。あるかないかもよくわからない、新型コロナに代わる新しい感染症でも広がれば一発で消えてなくなる「インバウンド収入」とやらと引き換えに。

 

こんな歪(いびつ)な計画を誰が持ち出したのだろう?

一部の人たちは冒頭のおじま議員の軽率なツィートを根拠に、

「おじまがとしまえんを潰した。スタジオツアー東京を持ってきた。」

という。

違うと思う。

おじま議員本人からも何度かお話を伺ったが、わざわざ練馬城址公園の当初計画を歪曲してまで自ら率先してスタジオツアー東京を誘致して一発当ててやろうなどという(少なくとも地元有権者の何割かを敵に回しかねない)下策を思いつくような人とは思えない。

何故か?

んなことをしても彼にたいしたメリットはないからだ。

当たるか当たらないかもわからないスタジオツアー東京を、わざわざとしまえん跡地に誘致してきて、10年前から進められていた練馬城址公園の計画をメチャメチャに書き替え、もしかしたら自分の家族の命を守ってくれるかもしれない防災都市東京という目標までズタボロにして、それでも彼が手にしたかったメリット、というものが見当たらない。

 

極めて一部の例外を除けば、ほとんどの企業は「いくら儲かるか」で、多くの議員は「それは票に結びつくか」という単純な利益計算・票勘定で動く。

「社会的貢献」とか「持続可能性」とか「地元との共存」とか耳障りのいい言葉を彼らが並べ立てるのは、「現代はそういう視点で活動したほうが企業には永続的な利益をもたらしやすいし、議員にとっては票に結びつきやすいから」に過ぎない。

「社会的貢献」とか「持続可能性」とか「地元との共存」なんかより、より合法的でより確実に利益を得られる途、票に結びつく手段があれば企業も議員も躊躇(ちゅうちょ)なくそちらを選ぶだろう。

それが悪いと言っているのではない。

企業というのはそういう存在だし、議員というのもそういうものだ。

そういうものだと思って企業や議員の言動を見ていれば、感情に走って誰かを罵倒する必要もないし、無駄に誰かを憎悪する必要もない。

憎悪するのは「単なる利益計算を超えて、僕らの大切な場所に土足で踏み入って来て、僕らの権利を蹂躙(じゅうりん)しようとする相手」だけで充分だ。

エネルギーは有効に使おう。

 

確かにとしまえんの閉園直後におじま議員が投稿したツィートは、としまえんファンの感情を逆なでする、あまりに無礼で稚拙で軽率な内容だった。

それは議員という公職にある者とは思えない、逆ギレした中学生のような文章だった。

多くの人は彼のツィートを読んで怒り狂ったが、私はむしろその内容のあまりの稚拙さに吹き出してしまった。まるで小さな子どもが親や先生に褒めてもらおうと必死に自慢話をしているようにしか見えなかったからだ。

だから、そんな彼のツィートを額面通りに受け取って「おじまがぜんぶ悪い」と騒ぐのはあまりに純真すぎると私はずっと思っている。

直接会った「アンチおじま」「おじまヘイター」の方には「もう少し冷静になった方がいい」「本当におじまさんだけが悪いのか?そんな単純な話ではない」と言い続けてきた。

「池尻さんはおじまさんに対してさえリスペクトする態度を取ってきた」とTwitterでも注意喚起した。

一連のとしまえん問題でおじま議員一人がヒール(悪役)となり、SNS上でスケープゴートになっている状況を一番喜んでいたのは、西武とワーナーではなかったか。

 

すべてをおじま議員のせいにして、彼をTwitter上で悪様(あしざま)に罵ることをやめた方がいい理由はもうひとつある。

おじま議員を支持する人たちの団結心を固め、第三者として静観していた多数の人の中の何割かの票をおじま議員に向かわせてしまうからだ。

文字数の限られた、きちんと議論のできないTwitterで特定の候補者を口汚く攻撃していれば、当然、それを見てウンザリし、

「この人たちが支持している候補に投票するのだけはよそう」

という人を一定数、生み出してしまう。

極めつけは選挙戦の最終日。

「小池さんは病身をおして都民ファーストの会の応援に駆けつけた。こりゃ、小池さんの心意気に応えなきゃ」

選挙における浮動票なんてその程度の理由で簡単に動く。

事実、池尻候補は僅差で当選できなかった。

選挙戦最終日の(お決まりの)小池パフォーマンスで一気に同情票・感情票が都民ファーストの会の候補者に流れたが、その下地を作ったのは他でもない。議論ではなく感情だけでおじま議員を攻撃していた人たちだ。

 

話を戻そう。

スタジオツアー東京の誘致話を東京都に持ち掛けた(相談した)のは西武だろう。

西武とワーナーの仲を取り持ったのは伊藤忠だ。

ワーナーがスタジオツアー東京の用地を都内で探していたのは事実だが、「スタジオツアー東京をとしまえんの跡地に作ってはどうか」と話を持ち掛けたのが西武からだったのか、ワーナーからだったのか、あるいは仲介者の伊藤忠の発案だったのか、そこまでは分からない。

しかし、何を決めるにも時間のかかる東京都の役人と、練馬城址公園の整備についてこれまで深く考えもしてこなかった議員連中を尻目に、さっさと事業用定期借地契約の話を進め、建設計画を立て、

「この計画に賛成しないならしないで構わない。ただ、自分の所有する土地を誰に、どのような条件で、何年貸そうと自由のはずだ。」

と計画を進めたのは西武(と伊藤忠とワーナー)以外ありえない。

おそらく、役人と議員が慌てふためいているうちに、スタジオツアー東京計画は発表され(たしか読売新聞がすっぱ抜いたと記憶している。)、事業用定期借地契約の内容も固められ、土地収用法に基づく土地収用に踏み切れば想定していた額を遥かにしのぐ補償金の支払い義務を課されかねない、おまけにアメリカの巨大企業を巻き込んだ国際問題にもなりかねない、というところまで東京都は追い詰められてしまった。

インバウンド収入とか、30年後に円満に土地を取得できるとか、1957年以来半世紀以上にわたって動かなかった練馬城址公園計画が動かせるといった理由はすべて後付けだろう。

後付けではあるが一応の大義名分にはなるから、この大義名分を引っ提(さ)げて小池都知事なり、その愛弟子のおじま議員は懸命に関係各所の調整に動いたのかもしれない。

それが「ずっと動かなかった計画を私が間に入って動かした」という、あのツィートにつながって行ったのではないか。

 

では、東京都には何の罪もなかったか?

東京都もまた被害者の一員なのか?

そうは思わない。

西武やワーナーの計画を止めるチャンスはいくらでもあった。

「西武とワーナーはこういう計画を立てている。しかし東京都としてはこれを受け入れることには躊躇を覚える」と議会に諮るなり、議員を通じて記者会見するなりして民意を問うこともできた。

2つ目の疑問で触れるが、スタジオツアー東京の建設に絡んで「このようなテーマパーク、アミューズメント施設の建設は認められない」とNOを出すこともできた。

腹をくくって土地収用法を使い、任意の土地譲渡を拒む西武鉄道から土地を収用することもできた。

なるほど、ワーナーに支払う違約金を加算した補償金は巨額なものになったかもしれない。

しかし、そもそも「としまえん跡地が練馬城址公園として優先的に整備されること」は西武もワーナーも伊藤忠も知っていた。

知ったうえで、事業用定期借地契約を締結した。

契約の締結自体は違法ではない。

しかし、それにかこつけて公園整備を先送りさせ、あるいは補償金の額を吊り上げるのは信義則違反、権利濫用だろう。

そう主張して正々堂々と裁判で争う道もあった。

時間がかかる?

時間がかかっても、都民や区民のための避難場所が維持できて、広域防災拠点も整備できるなら都民も区民も文句など言わなかったろう。

時間がかかって困るのは、あるいは問題が顕在化することを嫌ったのは、もめ事を嫌う役人と、自分の任期中に何らかの成果を出しておきたい議員と知事と、せっかくのスタジオツアー東京の船出にミソを付けたくなかった伊藤忠とワーナー、そして手間と費用ばかりかかるとしまえん遊園地をさっさと閉園してノーリスクの地代収入が欲しい西武だけだ。


しかし東京都も練馬区も、時間をかけて、正論を掲げて、闘おうとはしなかった。

そして、5者覚書がほとんどの人が知らないところで、議会にも委員会にも諮られることなく秘密裡に締結された。

 

闘う理は東京都の側にあった。

しかし、東京都は自らにあった理を捨て、波風を立てないという利に走った。

情けない。

 

加えて、としまえん閉園後、プール存続を求める署名運動と樹木保護を求める活動が広がった。

プール存続や樹木保護のためには西武の協力が必要だ、だから西武の機嫌を損ねてはならない、と誰もが思い(実際、私の事務所にやって来て、「西武さんが呆れるようなことをするな!」と大騒ぎをした方もいた)、誰もが腫物にでも触るように西武に接した。

プール存続を求める署名は最終的に2万余人分が集まったと記憶している。

しかし、今から思えば、どんなに署名が集まろうと、議会に陳情書を出されようと、

西武も東京都も、ハナからプールを存続させる気などなかった。

プールの閉鎖・解体は当初から動かない既定路線だった。

何故か?

プールを存続させるということは、

「としまえん跡地の北側半分にスタジオツアー東京、南側半分を(名目ばかりの)練馬城址公園。それで30年やりすごして西武もワーナーも伊藤忠も東京都の役人も議員もみんながハッピー。すべての担当者が入れ替わった30年後に改めて公園整備」

というプランとそれを前提とした5者覚書を根底からひっくり返してしまうからだ。

樹木の保護については私も少しだけお手伝いをさせて頂いたが(それはある方のクロガネモチに寄せる想いに心を打たれたからだった。)、「伐採する樹木を、あるいはその枝だけでも希望者に譲渡」という、そんな簡単なことに対してすら西武は木で鼻を括った対応に終始した。

口では「地元の皆様とともに歩んでいきたい。自然保護は当社の活動の一つでもある」云々と言ってはいたが。

 

としまえん閉園からもうすぐ1年。

西武も東京都も絶対に応じることのないプール存続という夢。

西武が対応する気などなかった樹木保存。

そしてSNS上で自ら進んでスケープゴートになってくれたおじま議員。

この3点セットに西武もワーナーも守られてここまで来た。

スタジオツアー東京建設に反対する人たちの目や批判の声は西武やワーナーに向くことはなかった。


残念だったのは、頼みの議員においてすら、西武やワーナーの非をはっきりと指摘して追及する人がいなかったことだ。

政治的な駆け引きなのか、損得勘定か、あるいは本当に真の敵がわからなかったのか。

公職にある議員が民間企業を表立って批判することには勇気がいる。場合によってはその企業に関係する多くの票を失うことにもなりかねない。

だから西武やワーナーに追及の矛先を向けなかった議員の気持ちもわからないではない。

そもそも議員の議論の相手は民間企業ではなく政敵である相手の議員であり、監視の対象は官僚・役人だ、ということも理解している。

しかし、スタジオツアー東京に反対する議員の批判の矛先はいつも東京都であり(刺身のツマのように一応、練馬区も)、東京都と練馬区の与党議員であり、まともにとしまえん問題を考えもしない、議論もできない他党議員だった。

西武の、ワーナーの、伊藤忠の、彼らの信義に反する行動を厳しく指摘した上で、それに対する東京都の対応の不甲斐なさ、卑しさを議論の俎上に乗せた議員はどれほどいたか。

そうした議論や追及が、区議会や都議会でなされていれば、感傷から生まれ、怒りだけで成長し、やがて霧のように消えていったプール存続活動や樹木保存活動のエネルギーを違った方向に向けられたかもしれない。

残念としか言えない。

 

長くなったので今回はここまで。

(ここまでちゃんと読んでくれた人、いるのかな? SNS慣れしてる人は長文読解「体力」(能力ではなく)がないからなぁ・・・)。

2つ目の疑問に対する私見はまた来週。

 

酷暑が続くけど、みんな元気で。


小山田圭吾問題

2021-07-19 12:53:00 | 日記

先週あたりから話題が沸騰している「小山田圭吾問題」

テレビ見ないとか、新聞読まないとか、ネットニュース見ないとかいう方のために簡単に説明しておきたい。

 

小山田圭吾氏(以下「小山田氏」)は今回の東京オリンピック・パラリンピックの開会式・閉会式の制作メンバー(楽曲担当)である。

ところが、26年前(1995年)に発売された音楽雑誌「ROCKIN'ON JAPAN」「クイック・ジャパン」において、小山田氏は自身の障害者に対する凄惨ないじめ・暴行行為を「笑いながら」語っていた(記事は小山田氏に対するインタビュー形式だった)。

同氏の常軌を逸した行為は小学校から高校まで続いた。

被害者は主に同氏の同級生だった障害者生徒である。

胸糞が悪くなるのでこのブログで上記インタビュー記事の詳細を引用するのは控えるが(実際、テレビのワイドショーなどでは放送倫理コードに抵触するらしく、小山田氏が関与していたいじめ・暴行行為を具体的に説明すらしていない。私は昨日、吐いた。)、以降の議論をはっきりさせるために必要な限度で、彼のしていた行為(小山田氏の説明では「自分はアイデアを出しただけで実際に実行はしていない」という)を挙げておく。

「被害者を跳び箱の中に閉じ込める」

「マットレスでぐるぐる巻きにして飛び蹴りする」

「排泄物(要するに人糞)を食べさせる」

「服を脱がせ裸で歩かせる」

「オナニーを強要する」

「殴る・蹴る」

等々である。

 

一部の識者から指摘されているとおり、これはいじめではない。

犯罪だ。

もっと正確に言えば、「人間の皮をかぶった獣(けだもの)の犯罪」である。

当然、SNSを中心として、「小山田圭吾氏はオリ・パラのスタッフ、開会式・閉会式の制作メンバーにはふさわしくない。辞職すべきだ。辞職しないならオリ・パラ組織委員会(以下「組織委員会」)が正式に解任すべきだ」という議論が沸き上がった。

 

小山田氏はCorneliusというアカウントで発信しているTwitterに謝罪文を掲載したが、そこにまた多くの批判コメントがついて現在、同アカウントは炎上状態にある。

ところが、小山田氏はこの「謝罪文」でオリ・パラのスタッフを辞職する考えがないことを明言し、どころか、組織委員会も一貫して小山田氏を解任する気はないと言い続けている。

組織委員会の理屈は以下のとおり。

「ご本人が発言について後悔して反省しておられると、おわび文を掲出した。我々は現在は高い倫理観を持って創作活動するクリエーターと考えている。開会式準備における貢献は大きなもの」

(高谷正哲スポークスパーソン(SP)による7月19日のメインプレスセンター(MPC)における会見)

さらに、知的障害者の権利擁護と政策提言を行う「一般社団法人全国手をつなぐ育成連合会」が7月18日、小山田圭吾問題に関して「強く抗議するが、参加取りやめまでは求めない」と声明を出したことから、一部のSNS上では、「障害者を代表する団体からも許しを得たんだから小山田氏は辞職する必要も解任される必要もない」という意見まで出始めた。

 

どいつもこいつも気は確かか?

 

私がこれほどまでに小山田圭吾問題に怒っているのは、3年前に死んだ妹が知的障害者だったという個人的な事情もある(※本ブログの「摂子の乳がん」カテゴリーの拙稿をお読みいただければと思う)。

しかし、そういった私の個人的事情を抜きにしても、小山田氏がしたことは人間の皮をかぶった獣の犯罪だ。

しかも同氏はそれを自己の武勇伝として、笑いながら上記「ROCKIN'ON JAPAN」誌のインタビューで話していた(昨日付で同誌の編集長兼当該記事のインタビュアーが謝罪コメントを発表したが、遅きに失した対応としか言えない。)。

小山田氏や「ROCKIN'ON JAPAN」、「クイック・ジャパン」を擁護し、オリ・パラ開会式・閉会式の制作メンバーから外れる必要はないという意見の主な理由は、上述した組織委員会のピンぼけなコメントを筆頭として、

「開会式が目前に迫っており、時間的に小山田氏をスタッフから外すのは間に合わない」

「小山田氏の音楽的才能は海外でも高く評価されている」

「すでに十分反省している」

「謝罪している小山田氏をバッシングするのは、むしろ同氏に対するいじめだ」

といったものである。

 

あまりにバカバカしいが、一応反論しておく。

時間的に間に合わないなら、最悪、楽曲なしで開会式をすればいい。

世界中に、「日本は障害者の人権を踏みにじったあげく、笑いながらそれを雑誌に掲載させているような獣を『才能がある、時間が足りない』という理由だけで起用した」と屈辱的な恥を晒すより遥かにましだ。

なにより、小山田氏が手掛けた曲をバックに世界中からやってくるオリンピアン・パラリンピアンたちを開会式に参列させることの方が百億倍失礼だ。

どうしても無音というのがいやなら、組織委員会の委員長なり、菅首相が、開会式の冒頭で、

「障害者に対するあらゆる差別、攻撃、偏見、人間としての尊厳を傷つける一切の行為をわれわれは許さない。

障害の有無にかかわらず人を人として尊重する社会を必ず実現する。

オリ・パラはそのためにあらゆる努力を惜しまない。

小山田氏の才能には深く敬意を表するが、他方で彼に傷つけられた方の心情、人間としての尊厳を考えたとき、今回の開会式では彼が携わった音楽を流すことは適切ではないと判断した。」

と意見表明・宣誓すればいい。

 

「十分反省している」論は全く説得力がない。

小山田氏は冒頭で紹介した26年前の音楽雑誌のインタビューで笑いながら自分の犯した「人間の皮をかぶった獣の犯罪」を語っていた。

そしてその後、平然と音楽活動を続けてきた。

被害者たちに直接謝罪することもなく、だ。

今回のTwitter上での謝罪文は、騒ぎが大きくなって追い詰められてから発せられたものだ。

しかも、その中においてさえ、「事実と異なる部分がある」「発売前に原稿をチェックしていなかった」などと、責任の一端を音楽雑誌に転嫁しようという姿勢すら垣間見える。

もし、この謝罪文を弁護士なりリスクコンサルタントなりの第三者がゴーストライトしているのであれば、これほど稚拙で、反省の色の見えない、駄文は見たことがない。

百万歩譲って、仮に小山田氏が反省しているとしても、世の中には反省しても一生背負っていくべき罪というものは存在する。

 

小山田氏がテレビやラジオや雑誌に登場するたび、彼の曲が聞こえてくるたび、彼に尊厳を蹂躙され続けていた被害者たちはどんな気持ちでそれを見て、聞いていたのかと思うと堪らない気持ちになる。

彼がしたことと、彼に辞職を求めることを、同じ「いじめ」という表現で括っている意見についてはあまりにバカバカしくて反論の価値すらない。

彼がしたことは「人間の皮をかぶった獣の犯罪」であり、彼に辞職を求めている人たちは「オリ・パラにはかかわって欲しくないと声を上げている」だけだ。

一部のお笑い芸人やネット・タレントが似たような立ち位置からコメントをしているのを拝見したが、もはや逆切れの感があった。

はっきり言っておく。

小学校、中学校、高校という、もっとも輝く楽しい時期に、人間としての尊厳を小山田氏に蹂躙された被害者たちは小山田氏に「逆切れ」すらできなかったんだぞ?

 

私の妹がそうだったように、障害者、中でも知的障害者に対する世間の風当たりはいまだに厳しい。

30年以上前はもっとひどかった。

私の妹もいじめられていた。

それでも妹は笑っていた。

知的障害者は、殴られても、蹴られても、水をかけられても、裸にされても、それでも誰かにかまってもらえることが嬉しくて笑う。

本当はみんなと仲よく遊びたいのに、友達になりたいのに、障害があるからうまくそれができない。

どうしていいのかもわからない。

だから、せめて、「いじめ」という形でも自分と関係を持とうとしてくれることが嬉しくて嬉しくて笑うんだ。

小山田氏の「人間の皮をかぶった獣の犯罪」の被害に遭っていた方が笑っていたのか泣いていたのか黙って耐えていたのか、私は知らない。

でも、わが子を動物のように扱われ、人間としての尊厳を蹂躙された親御さんの辛さ、苦しみを思うと胸が潰れそうだ。

私のブログなので好きなように言わせてもらう。

もし、私の妹が、あるいは私の子供が、小山田氏の被害者だったら、私は迷うことなく弁護士バッジを捨てて、彼とその仲間を皆殺しに行くだろう。

謝罪はいらない。反省も不要だ。

他人の尊厳を蹂躙した者は、同じ報いを受けるべきだ。

それでも小山田氏に批判的な立場の人たちの多くは、「オリ・パラにはかかわって欲しくない」と言っているだけだ。

これの、どこが、いじめだ?

 

組織委員会の説明は到底受け入れられないが、一番許せないのは、「時間的に間に合わない」「小山田氏も反省している」という訳のわからない理由で、障害を持ってなお、血の滲むような努力を経てパラリンピックに出場するアスリートたちに有無を言わさぬ選択を迫っていることだ。

「あなたたちの仲間を動物以下に扱い、人格を否定し、尊厳を蹂躙した男が作った曲の流れるセレモニーに参加しろ。

イヤなら、来るな」

と。

これほど傲慢で、非人間的な選択がかつてオリ・パラでなされたことがあるだろうか?

 

多くの人が勘違いしているようだが、「一般社団法人全国手をつなぐ育成連合会」は別に日本の、いや世界の障害者の代表ではない。

そもそも「一般社団法人全国手をつなぐ育成連合会」自身、小山田氏の行為に強い抗議の意思を表明しているのだが、それはさておき、今、僕らが一番配慮すべきは、小山田氏の被害に遭っていた障害者の方々とそのご家族の気持ちだ。

どうして誰もそれがわからないんだろう?

次に配慮すべきは、パラリンピックに出場するアスリートたちだ。

ようやくつかみ取ったパラリンピック出場という夢舞台を開会式から台無しにされる彼らの気持ちをどうして誰も考えないんだろう?

「小山田氏は解任しない。彼の曲が嫌なら開会式に来るな」と言わんばかりの態度を組織委員会が暗に示しているからか?

 

障害者を家族に持っていた人間として、私は小山田氏をおそらく生涯許せない。

小山田氏がオザケンたちと結成していたフリッパーズ・ギターを喜んで聴いていたあの頃の自分のケツを蹴り飛ばしてやりたい気分だ。

 

小山田氏を擁護する人たちは彼の「才能」を皆評価する。

たしかに才能はあるだろう。

でも、ヒトラーもドイツ経済を復興させた「才能」があった。
戦争に突き進んでいく中で彼に代わる「総統」は見つからなかった。
ドイツ国民はそういう男の才能を万雷の拍手を持って支持した。
そして人類史に残る、永久に消し去れない、人間の尊厳に対する犯罪を犯した。

他者の尊厳を踏み躙ることに躊躇しない、という点において、小山田氏も、「ROCKIN'ON JAPAN」や「クイック・ジャパン」のインタビュアーたちも、「才能」の一言でそれに拍手を送っていた人たちも、ヒトラーや当時のドイツ国民と変わらない。

小山田氏や彼の作品、「ROCKIN'ON JAPAN」や「クイック・ジャパン」を擁護する人も、いつかわかる時がくる。
自分や、あるいは自分の大切な人が裸にされ、マットにくるまれ、人前でオナニーをさせられ、人糞を口に押し込まれたときに、きっとわかる。

 

小山田氏には東京オリンピック・パラリンピックの開会式・閉会式の制作メンバーを速やかに辞職していただきたい。

もし、本当に氏がかつての自分の行為を反省しているなら、その被害者の方々に今できる唯一の償いは、オリ・パラのスタッフを辞職することだ、ということくらい理解できるだろう。

もし、小山田氏が辞職に応じないのなら、組織委員会は彼を直ちに解任すべきだ。

これ以上、彼に「障害者に対する犯罪」を犯させてはならない。

今回の被害者は彼の同級生たちだけでなく、世界中から日本に集まったパラリンピアン、そして、世界中のすべての障害者の方々だ。

わからないのか?