犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

司法研修所の要件事実論教育

2007-07-23 17:12:38 | 言語・論理・構造
最難関の試験と言われる司法試験を突破した司法修習生は、研修所で特殊な言語体系を学ぶことになる。それが「要件事実論」である。要件事実論とは民事訴訟の攻撃防御方法の構造であり、実体法の解釈論を基礎としたスキルであると言われている。すなわち「要件事実の考え方を学ぶことは、民法・商法その他の実体法の知識を、民事訴訟の場で使える立体的なものに組み換えていくことを意味するし、多様な生の事実から、法的に意味のある事実を選り分けて、法的主張や反論として構成していくという法律実務家の仕事の中核を支えるスキルを涵養するものになる」というものである(加藤新太郎・細野敦著『要件事実論の考え方と実務』、民事法研究会、p.43~)。

このような高度に記号化された特殊な言語体系は、前期ウィトゲンシュタインの記号論の影響を受けた法実証主義から生み出されてきた。これは、哲学的問題の絡まない純粋な法的トラブルにおいては、非常に威力を発揮する。例えば、世の中でよく見られる借金のトラブルにおいては、「金返せ」、「いや借りた覚えはない」といった応酬が起きるが、これでは堂々巡りでらちがあかない。ここで要件事実論は、消費貸借契約の要件事実を詳しく分析する。すなわち、「金返せ」は、①金銭の交付(要物性)、②金銭の返還の合意、③弁済期の合意、④弁済期の到来という事実に意図的に分析される。そして、これに対応するように借用書や貯金通帳といった物証を位置づけ、問題点を絞った上で証人尋問し、論点の拡散を防ぎ、裁判を効率的に進めようとする。これは、後期ウィトゲンシュタインの言語ゲーム論からも、それが上手く遂行されている例として受け入れることができる。

ところが、この手法を哲学的問題の絡むものにまで適用されてはたまらない。殺人罪の構成要件は、①殺害行為、②被害者の死亡、③因果関係、④殺意に分析され、さらに⑤正当防衛などの不存在、⑥責任能力などに分類される。この論理に対応するように現実を位置づけるならば、死体を細かく解剖して死因を調べ、傷の深さによって殺意を認定し、犯人について慎重に精神鑑定をするのは当然の流れとなる。法律実務家は、多様な生の事実から法的に意味のある事実を選り分け、法的主張や反論として構成していくことにより、本当に壮大な論理の体系が立体的なものに見えてしまう。これが「言語ゲームは対象を実在させる」という恐ろしさであり、部分的言語ゲームが自らを1次的言語ゲームであると錯覚する恐ろしさである。この壮大な体系の前では、人間の死体は証拠物というモノでしかない。

要件事実論とは、社会のさまざまな複雑な要因について、言語によって序列をつける技術である。そこでは、「法的に意味のないもの」は間接的なものとして振り分けられ、真の要件ではないとして後回しにされる。従って、被告人の稚拙な殺意の否認はどんなものでも「法的に意味があるもの」として最重要の地位に置かれるが、被害者遺族が絞り出す詩のような言葉は「法的に意味のないもの」として後回しにされる。司法研修所で特殊な言語体系を学ばなければ法律家になれないという法治国家の構造を見てみれば、法律家と一般人の認識のギャップも理由も見えてくる。法廷での遺族の意見陳述は刑事裁判の構造に合わないし、人権派弁護士の新興宗教に洗脳されたような行動も当然の要請であるし、犯罪被害者に理解を示す法律家のピントがずれているのも当然である。被害者の声は「法的に意味のないもの」であるから、法律学では手に負えず、「心のケア」という名称をつけて心理学にお任せするしかない。

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2 コメント

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Unknown (けん)
2007-07-24 04:04:51
「前(後)『記』ウィトゲンシュタイン」になってます。
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ありがとうございます。 (法哲学研究生)
2007-07-24 11:07:47
下手な駄文の細かいところまで読んでいただき、誠に恐縮です。少しでも参考になるところがあれば嬉しいです。今後ともよろしくお願い致します。
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