今年も空ちゃんを連れて 権現原にある動物病院へ行ってきた。
ここは八代須野河地の奥、権現原という所。
義母の高等科の同級生だった人が、満蒙開拓団から帰還しこの地を開墾し牧場を開いた。
戦時色濃い当時の日本 地方の田舎の小学校までも戦時教育は行き渡り 黒板に書かれた
「行け 満蒙の地へ」
を 60名いた中須小の同級生皆が朝に夕に先生と一緒に叫んでいたという。
高等科を卒業し 二名の男子が満蒙開拓団として満洲へと旅立った。
「あの当時は見送りにも行けんかったし 奇跡的に彼が帰って牧場を開いたということは聞いたけれど どれほどの言われぬ苦労があったことじゃろうか。 そりゃあもう あの当時のことは ○ちゃんにゃあ考えられん時代じゃけえねえ。戦争はいけん。」
と 義母がよく話してくれる。
母を乗せて この牧場へ連れてきたとき
「はあ、ここじゃったんかねえ。」
と立ち尽くしていた母。
今は その同級生も亡くなり その息子夫婦が獣医としてあとを受け継がれている。
ご主人は牛飼いをしながら獣医(牛) そして中須の棚田で無農薬米の美味くて泣かす米を地域の仲間と作り、
新聞などにも取り上げられ地域活性化 米つくり村つくりとして今や話題の人となられている。
牛飼いの世話をしながら なん町歩という無農薬米を作る 朝から晩まで働き詰め。
佐伯さんの話を聞きながらいったいどこにそんなバイタリテイが潜んでいるのだろうか・・・と思う。
でも それはきっと歩んだ父の精神性がこの方に受けて継がれているのだと思った。
私は街中のきれいな動物病院へ向かうよりは 同じ時間軽トラを走らせても山中にある権現原向かうこの道が好きだ。
山中の田んぼはもうすっかり水にしつけられ、畔も綺麗に塗られている。
車窓の眺めも最高だし吹き抜ける風が気持ちがいい。
のっぱらが広がる権現原は 我が家の空ちゃんにはピッタリな環境である。
牛も放牧されていて おまけに犬の大好きなポニーが二頭 放し飼いにされていて自由に暮らしている。
軽トラから降りると早速 ポニーがお出迎え、空ちゃんに近づいてくる。
この時期になると空ちゃんんを連れてフイラリアの薬をもらいに動物病院へ行かなくてはならない。
犬を飼っている以上は狂犬病予防接種とフイラリア予防だけは欠かせないのだ。
空ちゃん 長生きしておくれよ。 ねっ。
苗代に落ち一塊の畔の土
高野素十