自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

2016年、年頭のメッセージ

2015年12月31日 19時23分45秒 | コラム

18歳主権者元年,ラ、リ,ル、レ、ロ.                         

 若者が夢を持てない時代は暗闇であるが,

 その若者の正義感のみが闇を照らすたいまつとなる。

ラ.ラディカルたれ!根本から物事を判断し、雑多な                                            

    情報から真実を選び取ること。      

リ. リベラルたれ!”君の意見には同意しないが、君                                            

    がそれを主張する権利は命をかけて守る。”がリ  

    ベラリズムの神髄である。

ル.ルネサンス(中国語に直すと温故知新)の精神、                                         

     ヒューマニズムを大切に! 

レ.レジスタンスこそ若者の特権、そして義務である。                                         

    ミケランジェロのダビデ像の姿勢は若者の象徴 

  である。 

ロ.ロマンチストとして己の一票にロマンを託す。   

    世の中常に不合理で、大して代わり映えしないも  

    のだが、己が真理をつかめば、明日から世の中が 

   変わるものだから、、、。

     

           2016-1-1


歳末雑感

2015年12月31日 12時39分05秒 | コラム

  2015年が終わる。100年前は欧州大戦の真っ最中、日英同盟を根拠に対独戦戦争に加担し、中国におけるドイツの利権を奪い、さらに対華21か条要求を武力を背景に押し付け、中国分割に加担した年でもある。米英との中国市場を巡る対立は、第一次世界大戦のリベンジ戦に立ちあがったドイツと組んで、世界覇権に挑戦、破たんし、二度と戦争をしないと焼け跡での誓いをなしてから70年が過ぎた。およそ30年間で、二つの大戦を経験した人類は、第一次では、1000万の戦死者、2000万人の戦傷者、行方不明者800万人(多くは一般人なのだろう)、第二次では、2500万人の戦死者、3700万人の一般人の死者を出したのだが、、、、。

 過ちの中から人は多くのことを学ぶのだが、大きな犠牲を払ってもまだまだ学びたらないのだろうか、、、。ミハエル、エンデが20年前、その遺言で”第三次世界大戦は始まっている、われわれが気が付かないだけで、、、。この戦争は、従来のように領土や資源を対象とする戦争ではなくて、時間との戦争だ。私たちの子どもや子孫を破滅させる戦争だ、、、。”との警鐘を受け止めることのできる政治家はどれほど存在するのだろうか、、、。

 確かにこの70年間は、世界的規模での大戦争は起きなかった。しかしこの70年間のうち、冷戦が続いた45年間、どれほどの人類の富が浪費されたことか、、、、。唯一の超大国となったアメリカは、ネオコンが権力を維持し、永遠の世界帝国を夢見ているのだが、巨大な無駄使い故の経済破綻に直面している。

  "汝自身を知れ!"を追及し、真理にたどり着いた聖人は、無欲な人となるのだが、虚仮の名声、権力を得たものは何としてもそれを保持し続けたいものか、己の役割が終了したことを認めないばかりか、あらゆる手段を講じてその維持にまい進するものだ。人類史の多くの悲喜劇は、権力交代時に多く見らえるのが常である。第三次世界大戦が起きる危険性が高まっている現在、核戦争となっても、シェルターで生き残れると考える人類の敵は、あぶり出し、歴史のゴミ箱に放り込むことだ。

  人類の未来のために、3年前のブログを再掲載することにしよう、、、。

 人類は永遠の旅人

奇蹟の惑星、地球の現在の人口は約70億人に達している。その現存する人類の直接の先祖は、5万年前アフリカ大陸を脱出した150人あまりの集団だといわれている。最新のゲノムの解読が進んで、人間は神が造り、その神の意に背いて天国を追放されたアダムとイブの子孫であることは否定されたようだ。

 アフリカの豊かな森林の消滅が進んで、環境を変えることなく森林を求めて移動したのがサルであり、豊かな森の楽園を棄てる決断をしたのがヒトの祖先だったようだ。現存する熱帯雨林からみても、食物として採取出来る葉や果物の生産量は、年間1ヘクタールあたり40トンといわれ、サバンナの10倍以上、しかも森林の樹上では大型肉食獣からの危険を避けられるし、森林は霊長類にとってまさに『楽園』であった。失楽園ならぬ棄楽園がヒトとサルの分かれ道になったのだろう、、、。

 人類の歴史500万年の内の99%は人類発祥の揺籃、アフリカ大陸のグレート・リフト・バレー沿いの渓谷で過ごし、それ以前に各地に散ったヒトの子孫は化石となってその存在を示すが、いずれも絶滅した。氷期の後退が勇気あるリーダーに率いられた150人あまり集団だったのだろう、それから果てしない旅路が彼ら、そして彼らの子孫に待っていた。

 食料を求めるだけで一日のどれくらいの時間を必要としたであろうか、農耕・牧畜が早く行われたのがメソポタミヤの地といわれているが、それによって人口が爆発的に増大する条件が整った。一万年前の人口は約500万と予想されてるが、紀元前後には約3億といわれている。農耕によって定住が始まり、いわゆる文明なるものが人間の生活をより豊かに便利なものに変えていくことなるのだが、定着民と移動を続ける民との間には度々軋轢があったことだろう。いわゆる世界四大河文明地域でも、ナイル川流域がもっとも安定し、ムラ→クニ→都市国家→統一国家へと向かった。メソポタミア(現在のイラク)の地は乾燥地帯の大オアシスであり、様々な民族の抗争の場となり、統一国家へ向かうのも遅れ、王朝も度々交替した。インダス川流域も優れた都市機能を持つ都市国家が成立したが、中央アジアからアーリア人の侵略を受け、少数部族が多数民族を支配するカースト制度を生み出した。宇宙から見ることの出来る唯一の人工物といわれる万里の長城を築いた漢民族(定着民)と異民族との抗争は中国史そのものといえるだろう。高い文明を築き、自らを中華、周辺の異民族を、それぞれ東夷、西戒、北荻、南蛮と呼び、文明を誇るが、北荻との抗争は、制圧(武帝の頃)、宥和(王昭君の嫁入り)、被征服(元・清帝国)として、中国史のドラマである。その近代史では、南蛮によるアヘン戦争以来の半植民地化、東夷の中では長年恩恵を与え続け、朝貢し続けていた日本が中国大陸を荒らし回るというおまけもあったのだが、、、。

 かってマンモスを狩りながら陸続きだった頃日本に旅してきたと考えられる縄文人と大陸から農耕をもたらした弥生人とも様々な対立抗争があったことだろう。定着民からは、文明と野蛮の対立と考えられるのだろうが、遊牧の民からは、大自然での自活の誇り、定着民の財産は、困った時の略奪の対象だったのだろう。

 旅を続けるモンゴロイド系の民族が北米大陸に足を踏み入れたのが1万2000年前に当たるとか、そして陸地の果てるアンデス最南端にはその千年後には到着したようだ。鉄器の未使用がこの地に独自の謎多い文明を残している。北米大陸の先住民と移住してきた白人との物語は、西部劇での侵略した側の正義がまかり通っているが、黄金と石の文化を持つアンデス文明を破壊略奪したスペインの暴虐ぶりは、文明化したはずの人間への警鐘であろう。

 アンデス山中の様々な遺跡、アマゾン河流域の遺跡の解明が最近進んでいるが、その地における自然と共生する農耕こそ永続性のある人類の生業だと思う。単純再生産には違いないが、効率性を求め利益を追求することもないし、平和的に日々の生活を送っていたことだろう。余った食料は共同して保管し、必要なものが何時でも受け取れるというサヘルの民(サハラ砂漠の一族)のような仕組みもあり、その為には都市国家以上の大きさにまとまることは稀だったようだ。
 ナスカの地上図絵、この国の元官房長官がUFOを信じている根拠にしているようだが、この地の人たちは何らかの理由で空を飛ぶ必要があったのだと思う。エジプトの場合もそうだが、この地の王も人々から太陽の子として崇められることにより支配を容易にした。その為にこの地の人たちは、王が死ぬと、太陽に届ける必要があったのではないだろうか。今でいうと熱気球の様なものを作り、王の遺体を空へ飛ばし、太陽の元へ返そうとしたのだと思う。

 何年か前の新聞記事で、アマゾンの熱帯雨林から村に現れ、再び森に去ったメチキチレ族に関する報道がなされていた。現在ブラジルには225部族、約46万人のインディオが主にアマゾン流域に住み、55部族が文明とほとんど接触していないという。それらの部族こそ、5万年前アフリカの地を旅立った人類の祖先の末裔なのだろう、、、。森林の伐採業者や砂金取りの労働者に襲われ、森林で生きる道を絶たれ、やむなく同族のカヤボ族を頼ろうとしたのだろう。カヤボ族の村人は、里帰りの受け入れを決めたが、祝いの食事の準備中に、報道の小型飛行機が飛来、だまされ、殺されるとと思ったメチキチレ族の87人は森に走り去り、今は何処にいるか分からないという。

 彼らがアマゾンの熱帯林で生きられることが、この地球上で人類が生き続けられることの最低限の条件だし、物質文明の制御なしの進展を目指す新自由主義経済の人格破戒、地球破戒を止めさせなければならない。永遠の旅人としての人類が、無限の宇宙空間に向けて旅を続けられるために、、、。


日本に謝罪すべきことが多々あるアメリカ、その2

2015年12月12日 14時28分39秒 | コラム

 ロシア革命の指導者、レーニンは将来は社会主義と資本主義は限りなく接近すると述べていたし、資本主義の危機、恐慌を、ケインズの経済理論を駆使して克服したルーズベルトは、社会主義は競争相手であるが敵ではない、敵はファシズムである、としてナチスドイツと戦うソビエトに武器援助をした。そうゆうヒューマニズムの観点から国際政治を考えることのできる先人がいたのに、第二次大戦終了近い段階で、ルーズベルトの死去に伴い、アメリカの大統領に昇格した、トルーマンは、戦闘能力喪失した日本に対して科学者が使用すべきでないと提案したのに、原爆投下を指示した。そして戦後、神の存在を認めない社会主義は悪魔であるとする、キリスト教右派、マッカーシズムが吹き荒れ、社会主義を封じ込める冷戦を発動した。

 原爆投下で一般市民の大量虐殺を、戦争を早く終わらせる為に必要だったとして、謝罪してないし、戦後民主化を進めようとした占領政策を変更し、反共の防波堤にするために、育ちつつあった日本の民主主義勢力を、レッドパージで追放し、その代り、戦前、この国の軍国主義、ファシズムを推し進めた勢力を、追放解除し、政財界、官僚機構に復帰するのを黙認したことは、アメリカの大きな犯罪であるのだが、、、、。

 以前のコラムでも指摘したのだが、現在の日米関係は、新しき悪しきアメリカと旧き悪しき日本との関わりとなっている。つまり、第二次大戦中、軍需化したアメリカの軍需産業が元の平和産業に切り替えるより、手っ取り早く儲けるためには、冷戦、さらに戦争があった方がいいからであり、その勢力は、ネオコンに結集している、新しき悪しきアメリカである。一方、明治以降、自由民権運動、大正デモクラシーを排除して築き上げた、忠君愛国のイデオロギーを信奉する古き悪しき保守反動の勢力が、自由民主党内で幅を利かせ、アーミテイジ、ナイレポートの忠実な履行者となっている。  


日本に謝罪すべきことが多々あるアメリカ

2015年12月10日 12時08分45秒 | コラム

 ペリーの砲艦外交により日米間の交流がスタートしたのだが、鎖国をしていた幕府の外交音痴を逆手に取られ、T.ハリスによって不平等条約(治外法権を認め関税自主権の欠如)を幕府は押し付けられた。明治政府は外交の継続をもとに欧米諸国に承認されたのだが、その不平等条約の改定にほぼ50年の歳月を要した。アメリカが謝罪すべきの第一はこの点にあるし、もちろん謝罪はしていない。12,8は日本が謝罪すべきことではあるが、その謝罪を継続しているのが今のこの国であろう。アジアへの謝罪は不十分なのに、将来の世代にわたって謝る必要はないというのが今のこの国の主流となっている。

 8.15、敗戦の原因の真実はアジアの民衆の抵抗に勝てなかったからなのに、アメリカの物量に敗れたとのくくりをしてしまっているから、再スタートしたはずの”焼け跡での誓い”が忘れ去られようとしているのが現在と言えるだろう。日米開戦の原因は、中国市場であり、言ってみればハゲタカ同士のえさの奪い合いであった。大戦中の在米日本人を収容所に強制収容した過ちには謝罪しているが、アメリカの兵士の損害を少なくするため(玉砕戦法をとる日本軍に苦慮した)ヤルタ会談でソビエトの対日本参戦を促した過ちを認めてもいないし、連合国を代表して占領統治にあたったアメリカは、連合国の多くが主張した天皇の戦争責任を免訴とし、この国の保守派(真実は保守反動)を手なずけた。民主主義をこの国に定着させるのだったら、天皇を戦犯として処罰することはしなくとも、天皇制は廃止し、多くの民主主義国家が採用している共和制にすべきであった。戦中、治安維持法違反で獄中にあった羽仁五郎は、8.15には仲間がカギを持って釈放に来てくれると思ってたのこと、そして釈放されたら皇居前広場に出向き日本共和国を宣言する予定だったとか、、、。

 第一次世界大戦後、恒久の世界平和のために多くの提案をしたアメリカ、その頃まではアメリカは世界の指導的地位を占める資格があった。無賠償、無併合は戦勝国イギリス、フランスの反対で否定されたが、戦争による領土の変更は認められないとの原則はそれ以降の国際常識となっていた。対日参戦の代償を求めたスターリンに対して、千島の領有を認めたのは間違いであったし、南樺太の回復にとどめるべきであった。その間違いを糊塗するために、サンフランシスコ会議で、吉田首相に対して、千島列島を放棄するよう指示した。それ故に参戦し実効支配していたソビエトは、千島列島の領有権は譲らないし、この国が領土回復としている、北方4島を主張しているのは、吉田首相が放棄したのは、得撫島以北であると主張しているのだが、カムチャッカ半島から北海道までの島々が、千島列島であるのは地政学の常識である。歯舞、色丹は根室半島と連続であり千島列島に入らないのはこれまた地政学の常識である。千島列島はロシアとの交渉で、それ以前の樺太の日露混在を解消するために、樺太千島交換条約で確定した日本の固有の領土である。ただし国際会議でその領有権を放棄したのだから、国後、択捉は千島列島に入らないから領有できるとの考えは持つべきではない。ただしその領有権が、ソビエト、今のロシアにあるともいえない。日ロ両国が北方少数民族から奪い取った地域なのだから、今も長らえている北方少数民族(自給自足体制を維持している)に返還し、自治共和国として、日露が共同して支援していくべきだろう。歯舞、色丹は直ちに日本に無条件返還すべきだ。日露の対立する要件を生んだ根本原因はヤルタ密談にあり、アメリカは日本に謝罪すべきだ。


アメリカに謝罪すべき唯一の日、12・8

2015年12月08日 17時25分41秒 | コラム

 74年前の今日、この国の指導者は孫子の兵法は学んでいたはずなのだが、大ばくちの対米英戦争に踏み切った。奇襲攻撃がこの国のお家芸なのか、日露戦争の時も、ロシアの東洋艦隊を湾内に封じ込める作戦をとり、遠洋航海を余儀なくされ(スエズ運河は、日英同盟故利用できない)疲れ切ったバルチック艦隊を日本海で迎撃し打ち破った。アメリカの太平洋艦隊の基地ハワイを奇襲し、太平洋の制海権を維持できれば、有利な条件で停戦に持ち込めると考えてたのかもしれないが、アメリカは事前に日本の暴発を予期していたようで、やられたことにして、倍返しの機会をつかんだといえる。アメリカは、日清戦争後はすでに日本を仮想敵国とみなしていたようで、日本が朝鮮をその勢力範囲に置くまでは許容範囲、中国までその勢力を伸ばすのは認められないが、それまで日本のお師匠役を果たしてきた米英の思惑であった。

 第一次世界大戦は、別名、欧州大戦争と言われるように。基本的には先進帝国主義国のイギリス、後追いをしたフランスと後進帝国主義国のドイツとの戦いであった。後進帝国主義の仲間入りをしたこの国も、ヨーロッパ諸国の混乱に応じて、それらの国によって分割が進んでいた中国に対して帝国主義政策を推し進めるチャンスと考えた日本は。日英同盟を根拠にドイツに宣戦を布告し、ドイツが中国に保持していた権益を奪うだけでなく、対華21か条要求を革命直後の中華民国に武力を背景に押し付けた。モンロー主義が国是のアメリカは、ルシタニア号事件をきっかけに参戦し、第一次世界大戦後は平和構築の先頭に立った。国際協調の時代イニシアチブをとり、軍縮条約、不戦条約、国際連盟の成立に尽力した。モンロー主義を唱えての議会の反対で、連盟には加わることができなかったが、、、。

 第一次世界大戦後の、先進帝国主義国(イギリス、フランス、オランダ、等)と後進帝国主義のヒーロー(日本)と新帝国主義(領土的支配を求めない)のアメリカとの間の垂涎の場所は中国(何しろ人口世界最大)である。アメリカのリーダーシップのもと、日米の対立の要素、中国市場に関して、中国に関する9か国条約を締結、日英同盟の廃止が決まった。中国の領土保全、中国との貿易の機会均等、日米は合意したのだが、、、。その約束を破り、旧来の帝国主義路線、領土的野心、工業原料の収奪を意図して、中国侵略を推し進めたのが日本である。中国に関する9か国条約、不戦条約にも調印している日本は、詭弁を弄して、満州(東北)は中国ではない、満州民族の領土である。五族協和の楽園を作る名目で、満州事変を起こし、満州国建国、国際連盟のリットン調査団がそれを否定すると国際連盟を脱退、実質的には、中国人の抵抗を抑える戦争を継続しながら、事変、事変で押し通し、泥沼に、、、、。

 アメリカは日本に対して、締結した条約を守り、中国からの撤兵を日本に勧告した。応じない日本に対して経済制裁を科してきたのである。アメリカの要求はまっとうであり、それに対して真珠湾攻撃を仕掛けたのは大いなる過ちである。それ故に奇襲攻撃の犠牲者に対して哀悼の意を表し、損害賠償、心からの謝罪はしなくてはならない。