自由人

 己を『”親も無し、妻無し、子無し”職も無し、ローンもなければストレスもなし』と詠んで、六無斎清々を僭称。

戦争は終わっていない、、、

2010年01月30日 13時50分58秒 | コラム
 戦争を体験した世代がいなくなると次の戦争の危険が増してくる。誰もが戦争を望んでいるわけでもないのに、“正義の戦争”があると主張する超大国の大統領、地域の安定のために、軍事同盟がこの国の基準と国会で述べる外務大臣、そして総理大臣。その憲法違反を容認する世相、今一度、日本国憲法第9条と最高法規と記されている99条を読んで考えないと、政府の行為によって再び戦争の惨禍を近い将来に受けないとも限らない。

 野焼きなどする様が見られ、春先からの農作業の準備に余念のない篤農家がいる。もう米寿に近いのだが、自分の作る農産物を待っている人がいるのを励みに、年々歳々変わらぬ農作業に力を入れている。散歩の途中でよく仕事中のその方と出会って立ち話をするのだが、戦争を体験した人だけに、記録に残して置きたい貴重な体験を語って貰える。

 その方の人生で、第一の曲がり角が跡取りの兄がニューギニアで戦死し、親戚に攻められ農家の跡取りになったとのこと。その兄の消息も戦後2年経って何度も役場と交渉し、やっと戦死が確認され、遺骨と称して箱の中に、陸軍軍曹、何某の板きれと、ニューギニアの砂袋が入ってたそうだ。農家の跡取りにならなかったら、全く別の人生があったのだろうが、日々健康で働ける今が一番幸せ、戦争は二度とやってはいけないと強く主張される。

 戦争中、その方はガラス工芸の技術を持っていて、東京駒場の海軍の研究所に務め、様々な化学実験の器具を作製していたとのこと。特殊な蒸留装置を作成、“暗視ホルモン”の摘出に成功し、その効果を実際に小量注射したそうだが、真っ暗闇の中でもその薬を注射すると、夕方前の明るさを感じたとのこと。その成果が実戦でも役に立ち、イギリスの輸送船を撃沈、積み荷の水飴がドラム缶3本その研究所に贈られてきたそうだ。その方の人生は、硫黄島玉砕とも関連していて、おそらく硫黄島激戦の夜襲に効果ありと見なしたのか、千葉の木更津飛行場から、硫黄島に飛ぶ準備を済ませていた、3月23日(記憶がはっきりしていて驚いた)に空襲があって、飛行機もろとも灰に成り、出征取りやめになったとのこと。26日には硫黄島玉砕が報じられた。若い命を“国のため”散らした神風特攻隊の隊員も同じ研究所で作った薬品を注射して散っていったそうだ。

民意は、No!だけど、、、

2010年01月25日 12時18分22秒 | コラム
 注目されていた名護市の市長選挙で、名護湾への米軍基地移設反対を主張した瀬長氏が移設容認の現職の市長の再選を食い止めた。しかし今回示された民意は大きな差はなかった。 移設を拒否できるためには、何しろ強行に前政権での合意の実施を迫るアメリカが相手であるだけに、“民主主義”を世界に広めるとして戦争も辞しないアメリカに対して、圧倒的多数で反対の意思表示が出来れば良かったのであるが、、、。

 現民主党政権の中でも、“日米同盟至上主義者”も多いし、安全保障の問題を一地方自治体に左右されてはならないとして、アメリカの要求を容認する発言をしているものもいる。
 その点では民主党の実力者小沢氏の、豊かな海の自然を守る、第七艦隊で十分、との発言は、国民からは圧倒的な支持を受けても良いと思うのだが、、、。

 敵を作ることによって、それに対処する政策を維持する手法は、そろそろお蔵入りにしなければならない。日米の戦後は、真珠湾攻撃の弱みから、敗戦間近の無差別都市爆撃、ヒロシマ・ナガサキにも一言の抗議も出来ず、アメリカの世界戦略に組み込まれ、その言いなりになってきたのが現実である。仮想敵として、長いことソビエトが、冷戦終結後は、“テロ”をテロを生み出す状況を解決することなく仮想敵に定め、冷戦時代の不幸な朝鮮戦争から続いた、日本と分断国家となった、日韓、日朝との複雑な関係の中で生じた、“拉致問題”を利用した反北朝鮮、引き続き敵を必要とするやり方を踏襲してきた。それ故に大手メディアは、新安保条約50年目の今日、こぞって日米同盟礼賛で一致している。

 敵を作らない外交政策が必要だ。小沢訪中団のやや朝貢的要素には不満だが、“日中不再戦”を実現する第一歩とすべきだろう。日朝問題では、先ず経済制裁を解除し、植民地時代を謝罪し、その保障をすることによって、国交正常化、その先にあるのが拉致問題の解決になるだろう。当然拉致の謝罪とその保障はさせるべきだ。アメリカとは長い外交交渉になるかも知れないが、ポツダム宣言の完全履行(占領軍の撤退)、日米安保条約の軍事面は一切破棄して、日米友好修好条約(新)を結ぶべきであろう。60数年前、世界に先駆けて、世界平和の実現を目指して定めた日本国憲法の完全実施に向けて歩みをする必要がある。

支持率は大衆社会の天の邪鬼

2010年01月23日 12時53分05秒 | コラム
 高い支持率で発足した民主党鳩山政権も100日を過ぎて陰りを見せている。メディアの公表する内閣支持率も軒並み低下し続けているのだが、世論調査のデーターとは世論操作の成果とでも言えるのではないだろうか。第4の権力を主権者から付託されているメディアは他の立法権(国会)、行政権(内閣)、司法権(裁判種)から自立して、真実の報道と権力監視を独自の取材によって続けるべきである。まして主権者から何の委託もされていない官僚機構や業界(スポンサー)、外国からの圧力には屈してはいけないと思う。

 政・官・業に大手メディアとアメリカががっちり組んだこれまでの体制が、政権交代によって、ほころびが生じてきたのは当然であるし、思い切って解体し、新たな枠組みを作る必要性が生まれたと言えるだろう。“政治権力は金力に比例する”は紛れもない現実だし、金権により官僚を屈服させた田中氏は今太閤と一時はメディアも大喝采したが、アメリカからのリークで法の網に掛かり退陣し、失意の中に病に倒れたのだが、その田中氏を師と仰ぐ現政権党の幹事長が地検特捜部(官僚)と激しいバトルを続けている。腑に落ちないのは、政治資金の記載ミスで、政権与党の党首と幹事長が数年前の野党時代の出来事なのに、秘書が逮捕され刑事事件にしようとする真の狙いが何なのかである。

 田中氏が日中国交回復に力を入れ独自の外交を模索したのがアメリカの逆鱗に触れた、と言われているのが、事実この国で長期政権を維持した、岸、佐藤、中曽根、小泉政権は何れも対米では、親米路線、崇米路線、従米路線をとってきた。前の2人はすでに鬼籍に入ったが、独立後もポツダム違反の米軍駐留を認めたのが岸氏だし、沖縄密約を結びながら、“非核三原則”を国是と口にし、ノーベル平和賞を受けた佐藤氏、大勲位の中曽根氏は老醜を鑑みず何くれと発言するし、小泉氏に至っては次男に世襲させた後、悠々自適の生活で、根強い“人気”を今もって維持している。小沢氏が狙われたのは、彼の発言、“第七艦隊だけで良い”がアメリカの産軍複合体の逆鱗に触れたのだと思う。口は災いの元、とはよく言ったものだ。権力基盤が整ってから、つまり選挙で勝利し、主権者からの支援の下、自らの政治理念を小出しに出しながら、メディアの支持を受ける必要があったのだが、、、。

 何れにしても民主党政権が引き継がねばならなかった負の遺産、“財政赤字”と“従米路線”を新政権がどう処理しようとしているかで、主権者は判断しなければならない。 

冴える星空、濁る地上

2010年01月16日 14時21分23秒 | コラム
 “冬の星座”と言うこの時期に聞くと心洗われる名曲があるが、子どもの頃から最も親しまれているのが“オリオン座”であろう。冬の大三角の一つであるベテルギウス、太陽の1000倍の直系を持つ巨大な星で、すでに寿命が近いと観測されている。地球から600光年の距離と言われているが、今宵眺めるオリオン座のその星は、600年前のベテルギウスと言うことになる。

 600年前というと、南北朝の対立を治め室町幕府を安定させた足利義満が、金閣寺を建立したり、明との貿易では自ら“日本国王”と名乗り、倭寇の取り締まりを約束し、朝貢貿易による莫大な富を誇示して権力を誇った時期である。自らの子を天皇にしたとの疑念さえ持たれる最高権力者でもあった。彼の別荘、金閣寺は、今も京都観光の目玉だが、建物は焼失し再建されても、そこから眺める庭は、足利義満が眺めた景色と同じに保たれているとのこと、“盆栽”に技術で十分に可能とのことである。そんなことも考慮しながら、京都を訪れたり、星空を眺めたりすると、地上での出来事がむなしくなってくる。

 国際的にはハイチの大災害、国際支援も不十分で、救援物資を奪い合う人の争いが報道されている。国内的には、政権交代後初の通常国会が開かれる直前、民主党の最高権力者、小沢氏をターゲットに、東京地検特捜部が動き出した。政治腐敗を断つべく、“正義の体現者”検察が例外なくその権力を行使していたら、今回の特捜部のゴーサインには拍手を送りたいところだが、何か裏があるとの勘ぐりをしたくなるのはひがみだろうか。

 小沢氏も検察との全面対決を覚悟したようだが、師と仰いでいた田中角栄氏、金丸信氏と同じ轍を踏むことになるのであろうか、、、。歴代総理大臣を見ても、薩長閥出身が続いた後、帝大出身(メインは東京帝大)、軍が勢力を持ってからは陸大出身、戦後も京都帝大出の池田氏以前は東京帝大出身の総理が続いた。法曹界も帝大出身、今は東大出身で多く占められており、法の網に掛かるのは、東大卒でない、たたき上げの実力者に偏ってはいないのだろうか。

 去年の3月、政権交代を目指していた野党第一党の党首にダメージを与えた秘書の逮捕、その直後に総選挙に持ち込んでいたら、太朗VS一郎では、どちらに転ぶかわからなったと思う。総選挙を延ばせば延ばすほど、ボロを出した自民党、小沢に変わる鳩山新党首の下で自民党の歴史的大敗。もし次の参議院選挙で同じ民主党への流れが止まらなければ、政・官・財の癒着構造に大鉈が振られる可能性がある。それを防ぎたい旧体制が検察最高部を動かしたのではないだろうか。法の下の平等を一貫して行使してきたとの自信がなければ、正義の行使。は慎むべきであろう

ジャーナリズム復権は、、、

2010年01月08日 15時26分47秒 | コラム
 ジャーナリズム本来の使命は政治権力の監視にある。それ故に度々権力からの弾圧を受けてきたのは歴史の真実だし、ジャーナリズムにとっては勲章といえるものだ。しかし企業化したマスメディアは、その存続のために、権力と妥協し、時には権力の提灯持ちになったのも紛れもない事実である。言論の自由がなかった戦前の新聞が、大本営発表を垂れ流し、国民の戦意高揚をかき立てたのは、体制に流されたとしてやむを得ない面もあったのだろうが、戦後、言論の自由が不可侵の権利として憲法に定められた現在、第4の権力としての自覚の下、本来のジャーナリズムの使命を活かすべくその権力を行使すべきだと思う。

 “新聞が死んだ”と言われたのは、50年前、新安保条約改定をめぐって国論が二分した時、結果的に一方の判断に与する収拾案を共同社説で発表した時である。
 確かに旧安保条約は占領下にあって、念願の“独立回復”のため、冷戦を発動したアメリカの意に背けなかった事情はあったにしても、“独立回復”後、10年近く経っても、今度は日本自らの意志で引き続き米軍の駐留を認める(ポツダム宣言違反)内容の条約であり、自らの憲法と相反する内容のダブルスタンダードを容認することになってしまった。

 人は、正邪で物事を判断する場合もあるし、損得で行動する時もある。孔子はこれを“君子は義に喩り、小人は利に喩る”と述べたのであるが、ジャーナリズム、その企業体のメディアは君子であって欲しいものだ。確かに兵糧攻めに合い苦境に陥ると、意に反する妥協もあり得るのが人の常ではあるのだが、新聞紙用紙の供給を止めるとの脅しに屈したのは情けなかった。4面刷り、2面刷りに追い込まれても、正義の主張をするべきであった。

 それから50年、日米安保>日本国憲法の体制が継続し、“政府の行為により二度と戦争を起こさせない”との主権者の決意も尻つぼみがちで、下手をすると、正嫡子である“憲法9条”も養子に出されそうな気配が年々大きくなってきている。

 個人的なことに戻ろう。今購読している新聞は朝日新聞なのだが、鈍感な私も、なんだか年々おかしくなってきたなと感じる昨今である。確かにページは、36~40とどっさり重い。しかし、読んでスクラップしたい記事は滅多に見られなくなった。何しろ、50%強、ひどい時は60%以上がコマーシャルの時があるし、当然営業的には、読者よりもスポンサーの方が大切となるのだろう。生まれた時から朝日新聞があって、愛着もあるし購読を続けていたのだが、インターネットで必要なニュースは知ることが出来るし、そろそろ購読を止めようかと考え始めた矢先、新聞で週刊朝日の広告、大体週刊誌は見出しを読めばおおむね内容も分かるし、よほどのことがないと購入することもなかったのだが、“むのたけじ”の取材記事が載っているので購入した。企業としての朝日新聞には、“朝日ジャーナル”の廃刊以降、期待はしていないが、個々のジャーナリストには行間から精一杯の“反骨”を見つけるために購読は続けることにした。週刊朝日を読んで、朝日新聞の良心が週刊朝日には残っていることが分かり嬉しかった。

政・官・業、プラス2

2010年01月06日 19時42分27秒 | コラム
 新進の経済学者として、メディアにも度々登場し、コメンテイターとしての地位を確保していたのに、“破廉恥罪”で有罪となり、メディアからのみならず、大学からも追われた植草氏だが、事件からもう6年にもなるのだろうか、、、。冤罪事件と思われるのだが、警察発表に飛びつくメディアの過熱報道で、真実がかき消され、“でっち上げ”がまかり通ることになってしまう。

 小泉・竹中の経済政策がバラ色の輝きを見せていた当時、厳しく批判していたのが植草氏であり、何らかの力が働いたのだろう。彼の人間性を否定するような“事実”が当局から出され、裁判でも敗訴、有罪が確定し、刑期を終えて社会復帰したのだが、名誉毀損の彼が原告としてのメディアとの民事裁判は継続中である。そんな中で、彼は『悪魔のペンタゴン』として、政治屋(政)・特権官僚(官)・大企業(業)に加えて、アメリカ(外)・御用メディア、御用学者(電)を取り上げ以前以上の批判を続けている。当然メディアは取り上げないので一般化されてはいないのだが、、、。政・官・業の癒着は、政権が変わって、噂が事実となってきた。 問題はメディアとアメリカが加わり、それを五角形のペンタゴンと言い表したのだが、三点だと平面しか作れないが、4点だと立体となり三角錐となるし、五点だともっと複雑な立体が形成される。忍者が用いたと言われる“まきびし”は追ってから逃れる際に用いたようだが。まともに踏みつけたら大怪我をするし、さしずめ植草氏はその巨悪に対して、正義感という平面で当たり、怪我させられたと言えるだろう。

 年頭の総理会見で、国民の意志で、百年来の政権交代を実現させてもらったと述べたのであるが、複雑な立体の一点に縄を付けたのが現状と言えるだろう。アメリカもメディアも既得権を無くしそうな特権官僚もなにやら怪体な動きを見せているが、ここ暫くは複雑な綱引き、掛合が続くであろう。

 “悪魔のなげびし”には正面からぶつかると怪我をする。“柔よく剛を制す”の手法を取り入れなくてはならない。

年頭雑感

2010年01月04日 20時19分47秒 | コラム
 正月三が日もあっという間に過ぎて、御用始めのセレモニーもあッたが、平常の生活が始まった。経済危機が声高に喧伝されているが、経済とはもともと物を生産し消費する人間の営みのことである。長い長い採種経済(長い時間かけて食料を求め彷徨い、消費するだけの経済)から、牧畜・農耕の自給自足経済へ、やがて物々交換経済へ、そしてその物々交換をスムーズに進行させるために貨幣を生み出したのだが、、、。そんな貨幣が、独り立ちし、まとまった金があると“利”を生む仕組みが生まれてきた。まとまった金のことを資本といい、商業資本、産業資本、金融資本の順に育ち、現在は金融資本全盛の世となってしまった。

 “商才”に長けた者は、広い地域を動き回り、その地で必要とする物を他の地域で安く購入し利を得ることからスタートし、絶対王権の庇護の下、重商主義政策で莫大な財を得ることが出来た。その商業資本の蓄積が、やがて産業資本へと転化する。市民革命によって、“儲ける自由”が全ての者に保障されると、出来るだけ安くて良い商品を作るための激しい競争が繰り返されることとなる。競争に勝ち残るには、低賃金、長時間労働、児童の酷使もやむを得ないこととなる、さらに景気の循環による、失業、倒産、さらなる失業との悪循環、、、。こんなはずではなかったのにとの人間の良心が社会主義経済を考え出したのも歴史の必然である。そんな中でも、産業資本の頃は、競争に勝利し莫大な財をなした経営者の中には、アメリカの鉄鋼王、カーネギー、我が国でも大原孫三郎氏のように、得た財を社会に還元した人がいた。“良き資本主義”の代弁者と言えるだろうし、“社会は豊かに、個は慎ましく”を信条とする経団連の会長もいたのだが、今は昔の物語なのだろうか残念なことではあるが、、、。

 金が金を生む、金融工学などにノーベル経済学賞を授与する時代だから、健全な資本主義は墓場に行ってしまったのだろう。ゆとりのある人が、社会的に貢献している企業を支援するために、その会社の株を購入する投資だと問題はない。しかし毎日経済ニュースで株価が報道され、一喜一憂している投資家は、とてつもなく大きな投機屋によって、株が操作されてることに気付くべきだ。さらに日々報道されている為替相場、円安が進むと輸出関連企業の株が購入される。同じく為替相場が時差を利用し、コンピューターを駆使して操作されていることにも気付く必要がある。濡れてに泡のボロ儲けと、そのお零れに与っている一部の富裕層、有り無しの金を搾り取られ、さらに職や住み場さえ失う多数の貧困者、その2極分界を食い止めなければならない。

 そのための方策は、個々人ではタンス預金(今はデフレ気味で有効)、国際的には、今さら金本位には戻れないし、変動相場制を止めて、半年ごとの固定相場制にして、ハゲタカの活動の場を無くすことだ。国内的には、真っ当の投資家の意志を尊重し、自ら見込んだ企業の株を購入したら、その売りは株主総会が終了してからにすると良いのではないか。引き続きその企業を支援し続けることもやぶさかではない。

’10年のメッセージ

2010年01月01日 10時32分13秒 | コラム

        森羅万象の解明に挑み、人知の領域を拡大する科学

     人知を拒み、その及ばぬ領域で宗教が生き続ける

     科学の予測、宗教の予言には、時には耳を傾け

     おごれる人類への警鐘として受け止める必要がある



        五百万年後のY染色体消滅、2億年後の哺乳類絶滅

     数十億年後の地球の終焉、は科学の予測する所

     末法思想は仏教における予言だが

         シャカの教えのエキス、『有り余る財は身を滅ぼす』 

     『人は生まれではなく、行いによって賤しくなる』を

     心で受け止めぬ人間が増えると、末法の世が到来する。



        終末論の克服には、人の想像力と創造力が必要で

     遠き人類の祖先、今の世で餓える10億の民に

     想像力を働かせると、今の生活を鑑みて、明日の糧、               

     今日の寝床の気遣いがなければ、十分満足できる筈。

 

        人類の英知で、地球資源の最大の浪費である

     国益を掲げての、軍備と戦争をこの地上から追放し

    人類の労働の成果を、人の創造力伸展に活かせたら 

    無限の宇宙に向けての命のリレーが可能となる。
                        

    2010-1-1