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旅行大好き、ブログで旅日記を作りたい

京都を歩く・・夏の特別公開2014(お屋敷めぐり)

2014年09月10日 | 京都を歩く

京都観光バス2014・・お屋敷めぐり

 2014京都夏の特別公開の観光バスに乗った このコースは人気らしくこの日は3台のバスが出た

しょうざん 峰玉亭

バスは京都駅から北へ 左大文字の山を見鷹ヶ峰に向かう
    

現在は「しょうざんリゾート」になっているが、この峰玉亭はしょうざんの創始者松山政雄が昭和時代に建てた迎賓館
選りすぐりの材を集めて建てられた数寄屋作りの家である
南天の床柱、けやき一枚板の床、竹組の天井、栃の木の廊下など日本建築の粋が見れるという

でも先ず、門をくぐってからの北山杉の古木に驚いた 苔むした中に堂々と立っている迫力
   

入口から部屋に入る バスのグループを2つに分けて見学する

最初の部屋は「栖鳳の間」 床の間に栖鳳の竹の掛け軸がある 竹尽くしの部屋だった
  

ふすまの金箔の鶴図は屏風をふすまに仕立てたので上下に別柄が使われている
廊下は栃の木の板張り、足触りが気持ちよかった
   

説明を聞いて凝った部屋を見る 
着物の卸のしょうざんはこの部屋に顧客を招いて、並べた反物を買わせたという
こんな豪華な部屋では、商品を値切る事など出来なかっただろうと思う

   

私は東京で「目黒雅叙園」を見たが、こちらに京都の粋を感じた
昭和初期(雅叙園)、戦後(峰玉亭) 時代の違いだろうか?
 

 

九条家 拾翆亭

京都御所公園の南にある九条家別邸「拾翆亭」にいく
九条家は五摂家の一つで、天皇家に娘を輿入れさせるほどの名家

そんなお公家さんの別邸と期待したが、簡素なのに驚いた
  

  

ここでお茶会や歌会を開いて楽しんだという
  
 

 

島原 輪違屋&角屋

 最後は 島原の置屋と揚屋 京都の花街の一つだがこの位置にあるとは知らなかった
西本願寺側から来る道に立派な門がある でも私たちは駐車場の関係で裏から入った

「輪違屋」は元禄年間創業の太夫や芸妓をかかえる置屋
   

一階の部屋で説明を聞く 中庭にキリシタン灯篭があった
  

部屋には近藤勇の書があり、 遊女たちが書いた文の下書きが飾られていた

    


階段で二階に上がると有名な「紅葉の間」や「唐傘の間」があるがここは写真禁止
思ったよりも小さい部屋だ 階段上に球形のミラーがあってお客達が顔を合せない工夫があった
昔でもここはお忍びの場所
  

角屋は揚屋で、置屋から太夫や芸妓を呼んで歌舞音曲の遊宴を行う場所
    

私たちは裏の庫裏から入ったが、本来はこの玄関から入り刀を預けて部屋に入る
刀掛けと刀箪笥があった
    

大広間は立派だった 庭に臥龍の松がある
  

  

 幕末にはここで新選組の若者が飲み食いを楽しんだようだ
藩から掛け払いを断られた時に腹いせに付けた刀傷が残る

さすが料亭 庫裏、台所は広かった 
土間は広く 高窓に煙抜けがあり、かまど 床下物入れ 冷暗保存所 箱階段・・
忙しく料理を作っていた姿が浮かぶ
    

    

ここで観光は終わり

三つの違う文化のお屋敷を見たのは有意義だった 充実した一日を感謝 


熊野古道を歩く・・伊勢路編⑥~⑪

2014年09月03日 | 熊野古道を歩く

熊野古道を歩く(伊勢路編)

11回目(3月) 松本峠・花の窟

冬の1,2月は休みで3月から続きが再開した
3時間バスに揺られて、花の窟の駐車場に着く 11:30だが配られて昼食

語り部さんん2名を乗せてバスは鬼が城駐車場まで戻り、大泊海水浴場前からR42の横断歩道を渡り熊野古道へ入る
R42は交通量が多い

 

   

語り部さんの説明を聞いて歩き始める  
石畳までの道はR42の横断歩道に接続の為に作られた平成の階段  右が古道の石畳 

    

水切りの溝や大きな一枚岩の道もあった

  

野面積みの石垣で昔の棚田 今はヒノキが植えてある
切り開いてある所は柳生博の提案で作られた「ビオトープ」だそうだ
子供達への自然観察園と言うが、ほとんど誰も来ないと語り部さんは言った

   

石畳が途切れて木の根道が続く 大きな石は生活道路として使われていた時の「荷置き石」

   

 石畳の横の竹藪にはイノシシが筍を食べた掘り跡が残る

     

松本峠に到着 お地蔵さんが建っている ここでスタンプ

  

古道から離れて展望台へ行く 七里ヶ浜が見渡せたが黄砂で霞んでいた

   

下って「笛吹き橋」を渡る 欄干が横笛の形を表しているという 

  

浜街道をあるくが、 雛めぐりスタンプラリーをやっていた この辺りは旧暦で祝うそうだ
どれも同じ金屏風のひな壇で 御殿飾りの雛は無い この熊野が栄えた時はこのひな壇だったのだろう

 

七里ヶ浜沿いをR42号が通る 花壇がきれいだった 水やリも工夫されている

   

獅子岩から浜に降りる 浜は砂ではなく玉砂利だった

  

 花の窟は千人引きの綱飾りが有名と言う 年2回岩屋の頂上から7本の縄を垂らし、
支柱にかけた後地面に杭に7回づつ巻くそうだ

   

花窟神社のご神体は巨石の磐座であり、神殿は無い自然信仰である

  

   

見上げると縄で作った旗が掛ってる 

      

昔から続く信仰を今も守っている 様子が描かれていた

 

参拝して終了 

距離:5.4km 高低差130m レベル2
歩数計:11000歩  

 

文字オーバーのため 別スレッド「熊野古道を歩く・・伊勢路 ⑫最終回」に続く


10回目(12月) 観音道

今回も新鹿(あしたか)海水浴場で弁当受け取りと語り部さんと合流 
バスはまた道を間違えてバックして着いた 余程難しい入口らしい ここでお弁当

    

三十三ヵ寺の観音が並ぶ観音道は、前回の大吹峠越えとほぼ平行の道だ
バスで移動して、滝の見える所から「観音道」へ入る

     

入口に観音様が並ぶ 準はバラバラ・・これは道路を作る時に避けた観音を寄せ集めたという

語り部さんは今日が初デビューとか、熱心に話してくれた
右が「ふくろう岩」、観音堂のポイントで地蔵さんが祀られている

    

観音信仰は江戸時代から盛んで、人々は大吹峠よりもこちらを好んで歩いたそうだ
大正時代に道普請された道は平らで歩きやすかった

   

馬頭観音は33番谷汲山華厳寺の観音像でここで満願



登った所がスタンプ台 10個目のスタンプを押す
ここの祠は自然石の異様な形で、自然信仰をそのまま表わしている

   


ここからは「猪垣」が続く 野生の動物から畑を守る努力は厳しかったのだと思う
猪垣沿いの歩き道だったので、一つづつの石運びを感じる

  

途中の見晴らし台から熊野灘、七里が浜を眺める

   

またしばらく猪垣沿いを歩いて出た所は、前回の「大吹峠」だった

  

ここから前回登った道を下り、バスの待つ道路に出て、終了

   


距離:6km 高低差260m レベル2
歩数計:13000歩  


 

9回目(11月) 波田須・大吹峠 

前回と同じ新鹿海水浴場にバスは到着 ここでお弁当
  

もう一度バスに乗って波田須のスタート地点へ
今回は伊勢路の中で一番易しい行程だそうだ

  

大きな石積みは鎌倉時代のものだと語り部さんが説明
登ったところへ波田須神社があった

   

ここか下って海を見下ろす
秦の始皇帝から不老長寿の薬探しを命令された「徐福」がここに到着したという
中央のこんもりとした木のところに徐福宮がある

徐福宮には彼が見つけた不老長寿の薬「天台烏薬」が植えられていた
クスノキ科の常緑樹 かむといい香りがした

   

今回は村落を歩く ミカンが実っていた
語り部さんによると、この辺りは温暖で冬でも花が咲いて極楽のように住みやすいそうだ
現実は過疎化で小学校も閉鎖されたとか・・

  

次の峠「大吹峠」へ登る

  

峠の上がスタンプ場所 茶屋の跡地で休憩する

   

「ここから下りは美しい竹藪が続いていたが、整備されて風情がなくなった」と語り部さんの苦情を聞く
でも私は成竹を残し、倒した竹をきれいに並べた見事な手入れだと思った
数年後には涼しげな竹林になる筈だ

下って世界遺産の石柱を見て、今回は終了

    

距離:6km 高低差200m レベル2
歩数計:13000歩  


 

8回目(10月) 二木島・逢神坂峠 

 新鹿(あたしか)海水浴場にバスは到着 ここで弁当を津波避難台の上で海を見ながら食べる
  

避難台には救助用のペットボトルが置いてあった 救助用ロープの入った物と投げ込み用
工夫されているなと思った
   

バスに乗り、バックして海岸線の道路沿いの細い入口から歩きを開始する
   

上がった所に「世界遺産」標識がある

しばらく歩くと石垣を積んだ、昔の段々畑を見る 今は植林で面影はない
  

行き倒れた巡礼者を村人が丁寧に祀った祠 語り部さんから説明を聞く
   

 坂道を登って、二木島峠を通り過ぎる ここはスタンプ台は無い

この後、30分で逢神坂峠に着く 
逢神(おおかみ)坂峠の名前は、この峠は伊勢の神と熊野の神が出会う場所と言う事で付いたそうだ
   

大きな謂れの有りそうな岩だが、語り部さんの説明はなかった

新鹿湾が見えてきた 海岸まで下って今回の古道歩きは終了

今回の歩きで印象的だったのは、参加者の中に81歳の女性がいて完歩されたことだ

歩き始めると彼女が遅れがちで列が長くなった 
そこで彼女を語り部さんの次に置いて全体を彼女のペースに合わすことにした
途中で彼女の歳が判ると皆びっくり、彼女を庇うようになり、終了時には拍手
仲間意識の出来た歩きだった

距離:約4.5km  高低差300m レベル2
歩数計:10,500歩  


 

7回目(9月) 曽根次郎坂、太郎坂

 

5回目と同じ、道の駅「海山(みやま)」でお弁当、身支度をしてスタートする
     

       

この道も「猪垣」が残る 昔の村民は力を合わせてこの石を積んだのだと想って見る
   

石切り場の跡の説明を聞く ここからの石が今でも江戸城の石垣に見れるそうだ
      

このコースは石畳が続く 天気が良くて苔が濡れてなくて歩くに助かる
     

この道も坂道が多く、行き倒れ巡礼の碑が建っている 村人が丁寧に弔ったと書いてある
    クリック

大きな石は「鯨石」 雨の時や夜はこの下で宿ったという

やっと甫母峠(305m)に着く 小休憩してスタンプを押す
山ダニがいるから、座らないようにと注意を聞く
   

木の根が出た「木の根道」を歩く
   

二木島湾を見下ろす 下から風が吹いて気持ち良かった
 

二木島の入口にある「世界遺産」石塔 道路にも「熊野古道」の表示がある
   

海を見る山沿いの道に、「南蛮キセル」の可愛い花を見る
    

下にバスが待っていて、本日は終了

距離:約5km  高低差300m レベル2
歩数計:12,500歩


 

6回目(8月) 三木峠・羽後峠

今回のスタートは4回目の八鬼山越えの到着した「三木里海岸」からスタート
いつもどおりにここでシンプルな弁当を食べる

  

バスのグループを2つに分けて、語り部さんと一緒に歩く
先ずは準備体操

つくつく法師の蝉の声を聴きながら三木峠に向かう道を歩く
ここはまだ世界遺産ではない 国道311が海岸沿いに山を削って通っている、その上の山道を歩く

崖を支えるためのワイヤーが岩や大木に止めてあり、道路の崖はこの程度の支えなのだと知る
 

やっと世界遺産「三木峠」の石標、ここから石畳の道が続く
    

天気に恵まれ、晴れて賀田湾を見下ろす。 タイの仕掛け網が見えた
  

1200mの三木峠だ休憩 風が通って気持ちよい 

この峠には「殿様道」がある 紀州のお殿様が自分の領地を見回るそうだ
駕籠を横に担ぐので道が広く作られている

途中の山の神様の祠、山の神様は女性なので供え物は「男根」
お祭りは男性だけでするそうだ
 

 羽後峠の世界遺産石標 石畳が始まる
   

1600mの峠で休憩 スタンプを押す

この道は猪除けの石垣「猪垣」で有名 これだけ長くよく積んだと思う石垣が続く

 

今でもこの猪門を夜は村人が閉めて、村にイノシシやシカが入らぬ様にしているそうだ

賀田村にバスが待っていてハイキング終了 トイレで汗の服を着替える

距離:4km 高低差140m レベル2
歩数計:13000歩