一寸の虫に五寸釘

だから一言余計なんだって・・・

日弁連「東日本大震災法律相談Q&A」

2011-03-31 | 東日本大震災

Twitterの私のTL上ではとても不評だった東日本大震災法律相談Q&A(日本弁護士連合会 災害復興支援委員会、2011年3月29日現在)を読んでみました。

結論から言うとこんな感想。
(弁護士でもない素人が何言ってやんでぇ、なんですが、頭書きに「東日本大震災に伴い発生する様々な法律問題に対応するための弁護士及び市民向け法律問題Q&Aを作成しました」とあるので市民として一言)

内容的には役に立つ部分も多いが、章ごとに分担して執筆したためかトーンがばらばらでQの重複があったり単なる法律の概説のようなところもある。この手のものをスピード優先で出すことは意味があると思うが、一つのQ&A集として全体を編集する目が必要だったのではないか。
後述のようにけっこういいQ&Aもあるのだが、残念ながら総論的であまり実戦的でないものも目立つ。
一方で「第17章 原子力被害に係る問題」では原子力事業者の責任や出荷制限措置に対してかなり踏み込んだ「主張」をしており(Twitterで弁護士に問題にされていたのは主にここ)、これがこのQ&Aの価値を減殺(平たく言えば色眼鏡で見られる)してしまっている。ちなみにこれは日弁連の公式見解なのだろうか?

ということで、残念ながら「市民」に役立つ内容は一部に限られそうなのが残念です。
それから、このレベルのQ&Aが役立つ弁護士というのはちょっと実力的に心配な感じがしなくもないのですが・・・


せっかく通読したので章ごとにちょっとコメントしてみます。(以下引用部分の強調は全て筆者、あと、知識不足・読解力不足による誤解や間違いがあると思いますので気がついた方は教えていただけると幸いです)


第1章 土地・建物所有者

ここは全体的に突込みが足りないので実戦的でない。
たとえばすべてのAにわたって瑕疵担保責任の消滅時効や不法行為の除斥期間についての言及がないのはミスリーディングでは。


第2章 マンション区分所有者
 
区分所有法の大規模修繕や建替えについては教科書どおりのまとめがありますが、それ以上でない。「○○の法律問題Q&A」という類の本のよくない方の部類に属する「書きやすい通り一遍のAにあわせてQを作る」ような感じ。

当面問題になるのは、理事長が自分の裁量でできる保存行為の範囲はどこかなど、マンション管理適正化法関連の部分だと思うので、そこにも言及したほうがよかった。

また大規模修繕や建替えは修繕費用や建替え反対の区分所有者に対する買取費用をどう捻出するかという方が現実的にはネックになるため、修繕積立金の残額とか修繕費用の多寡がポイントになるので、まずは(弁護士でなく)マンションの管理会社に相談した方がいい、と書くべきなのではないか。


第3章 借地・借家

比較的論点は網羅している。
ちょっと気になるのがQの目線が借地人・借家人からだけであること。これも借地借家法のに沿って説明をしたからそうなったのか、それとも執筆者が「被害者」「弱者」の(所謂「市民派弁護士」の)視点に偏っているのかは不明(逆の立場からQ&Aを読めばいいだろ、と言われればそうだが)。

津波の被災地だと当面問題になりそうなのが借地権の有無でなくそもそも地代が払えない・払ってもらえないという問題で、借地権が存続しているとしても債務不履行をすれば解除される(できる)という基本のところとか、逆に底地人がデフォルトして抵当権が実行されたときに優劣関係などは書いておいたほうがいいのではないだろうか。


上述した「編集の不在」の例としてはこういうのがある

Q2(第1章)  隣家のブロック塀が建築工事の瑕疵により地震で倒壊したため,私の自宅の一部が壊れてしまいました。このような場合,誰にどのような責任を追及できるのでしょうか。
A  震度5程度の地震でブロック塀が倒壊したのであれば,ブロック塀を所有する隣家やブロック塀を工事した請負業者に対して不法行為に基づく損害賠償を請求することが考えられます。

Q31 借地上の建物の賃借人ですが,建物が地震で全壊したときは借家権は消滅してしまうのでしょうか。
A  原則として借家権は消滅します。再築後の建物についても借家権を主張できません。再築建物について改めて借家契約を締結する必要があります。

Q2の「震度5程度で倒壊したのであれば・・・」というのもちょっと唐突で工作物責任の設置保存の瑕疵と宮城県沖地震の判例の考え方などを説明しないとわからないのでは(というか「建築工事の瑕疵により」とAを先取りしているQ自体が手抜きなんだが)。
一方で、Q31では地震で建物が全壊したら借家権は消滅、といっているが、震度によっては貸主の債務不履行責任を問える可能性もあり、また入居に当たって宅建業者から受けた重要事項説明に建物の耐震診断をしている場合にはその結果が含まれているはずなのでそことの齟齬の有無の確認などをアドバイスすべきでは。

また、Q23で再築の話をしておきながら、再築までの期間の対抗要件についてはQ30を見ないと書いてないというように、読む人の視点から作られていない感じがする。


第4章 罹災都市臨時借地借家法

よく知らないのでノーコメント


第5章 債務の処理,破産など

Q73 地震で家屋が倒壊したのですが,住宅ローンの支払義務だけは残ってしまうので
すか。
A  家屋が倒壊しても,住宅ローンの支払義務はそのまま残ります。ただし,地震保険に加入している場合は,その保険金が住宅ローンの支払いに充当されます。

但し書きは保険金請求権に質権が設定されている場合で、任意に加入している場合には当然には充当されないのでミスリーディングでは?

Q76 地震で家屋が倒壊,損傷したため,新築,補修等したいのですが,どのような制度があるのですか。公助(公的支援),共助の制度について教えてください。
A 公助制度としては,自治体による融資制度,被災者生活再建支援法に基づく支援制度,災害救助法に基づく応急修理制度などがあり,共助制度として,兵庫県では,兵庫県住宅再建共済制度が発足しています。

Q77 地震で家屋が倒壊,損傷したため,家屋の建替資金,補修資金を捻出するために,
新規融資を受けられないでしょうか。
A  阪神大震災,新潟県中越地震の際には,住宅金融公庫等の政府系金融機関のほか,民間金融機関でも,通常よりも低利で,据置期間の延長,一定期間の支払い猶予措置等の軽減措置を講じた新規融資をすることがありました。被災地の自治体の中にも,特別融資等をしたところがありました。

参考になる情報だが、「詳細は自治体に確認ください」と書くべきではないか。それとも弁護士会でこのような制度ができたら継続的にフォローして周知をはかるということか(それならとてもいいことだと思う)。


第6章 金融取引など

Q88 リース契約のコピー機が壊れてしまいました。契約はどうなりますか。
A リース契約の場合には多くの場合,特約条項により地震等の場合にも月々のリース分割金あるいは規定損害金を支払う必要があるとされます。

ファイナンス・リースだからということか。この場合は修理や部品交換もしてくれない(または有償対応)ということ?


第7章 保険(生命保険・地震保険)

コメントなし。地震保険の説明はちょっとまだるっこしいが、わかりやすくまとまっていると思う。


第8章 不在者の財産管理な

Q105 災害により父親が行方不明のまま安否も全く分かりません。父の財産について相続は開始するのでしょうか。
A  認定死亡や失踪宣告が下されていれば相続は開始しますが,そうでなければ相続は開始しません。

これなどは不親切の典型で、認定死亡や失踪宣告の制度の手続、必要な期間などを説明しないと「市民」はわからないと思うのだが。


第9章 消費者問題

「特定商取引法によるクーリング・オフ,消費者契約法による契約取消し,錯誤による契約無効,詐欺による契約取消し,不法行為に基づく損害賠償等によって代金の返還を求めていくことが考えられます。」

というAが多いのだが、そもそもどういう商品・役務が対象になるのか、どういう手続きが必要かなどを解説しないとよくわからないとい思う。


第10章 労働問題

ここは雇用者・被用者双方の論点をカバーしている。
現実的にはQ113、Q114の「欠勤」に至る前に有給休暇の消化・時期変更権などの問題があるとは思うが。
計画停電と勤務の取り扱いとかに言及するとかゆいところに手が届いてうれしいんだが難しいか。


第11章 租税特別措置

詳しくないので省略


第12章 外国人の人権

これは非常にいいまとめだと思う。
できればここだけ英・中・ハングルで日弁連のウエブサイトに載せるべきでは?(そうすれば相談を受けた弁護士とかボランティア団体も印刷して見せることができる)

Q138 日本に来て,わずかの間に被災をしたため,日本語がよくわかりません。通訳をしていただきたいのですが,だれに,どのように依頼したら確保できるのでしょうか。

とあるが、ここにアクセスして上の文章が理解できる人は、日本語力があるかサポートがある人に限られると思うのだが、というのは余計な突っ込み?


第13章 高齢者・障害者の人権

これも、老人ホームに関するQ142、Q143やQ144~Q146の具体的な制度の説明は役に立ちそう。
ただ、制度の概要のAについては少なくとも問合せ先を書くべきでは(それともこれも今後日弁連がフォローし周知を図るならなおいいが)。

あと、Q141の個人情報がらみでいうと、総論は確かにそうなんだけど、本人が意識不明の緊急時にのみ提供するなどの運用もできそう。また逆に同意さえ取れば何やってもいいと受け取られるとまずいと思う(このへんは運用にかかわるのでQ&Aは難しいんだろうけど)。


第14章 子供の人権
 
法律相談か?という疑問はあるがコメントはなし。


第15章 環境問題

Q154 アスベスト建材が使われている自己所有建物が震災により影響を受けています。①全壊・半壊で解体が必要の場合,所有者としてどのようなことをしなければなりませんか。また,②解体までは必要ではなく,補修で使い続けられる場合には,どのようなことを守らなければなりませんか。
A ①所有者は,解体工事を発注するにあたり,解体事業者がアスベストの対策措置ができなくなることのないよう,解体方法,費用等について配慮しなければなりません。また,②所有者は,補修して使用し続けるときも,一定の場合には,震災により飛散するようになった吹きつけアスベストの除去等をしなければなりません。

個人的は疑問として、津波被災地でアスベスト建材を含む建物がバラバラになってしまった場合でも法遵守が求められる(べきな)のだろうか?
これと同様に建築資材リサイクル法とか廃棄物処理法も瓦礫の撤去において厳密に適用されるのだろうか。
(執筆者も「弁護士に聞くとこういう答えになると思います」と前置きをつぶやいてから書いているのかもしれませんが、津波被災地のように瓦礫になってしまった場合などはまずは行政に相談、というのが一番いいアドバイスだと思います)

Q156  地震により隣の建物が倒壊し,自宅敷地部分に瓦礫が残ったままになっています。自分で勝手に撤去してもよいでしょうか。また撤去費用はどちらが負担しなければならないでしょうか。
A  所有者の承諾を得ずに勝手に撤去してはいけません。費用負担については,地震により全くの不可抗力による倒壊の場合には隣地所有者に撤去費用を負担させることは難しいですが,隣家所有者に過失がある場合ないし必ずしも不可抗力による倒壊とはいえない場合には隣地所有者に撤去費用を負担させることができます。また,一定の範囲につき公費負担の制度もあります。

これも、津波被災地のように財産価値がなく、どこの家の瓦礫かわからないものについてもこのAが正しいのかは疑問。
次章のこちらの整理のほうが妥当と思う(というか何で重複してるうえに結論が違うんだ?)

Q163 私の私有地上に津波で流されて来た自動車や船,瓦礫などが放置されています。誰に撤去を求めればよいですか。その費用は誰が負担するのですか。
A  原則として,物権的請求権として,妨害排除請求の相手方である船,自動車,瓦礫の所有者の負担において片付けてもらうことになります。ただし,原因が不可抗力である場合には,物権的請求権は生じないとする大審院時代の古い判例もあります。
また,そもそも津波被害の場合には,瓦礫等所有者を特定することができない事態も多いことが想定され,そのような場合には土地所有者の負担で撤去せざるをえないことになります。
また,土地所有者が撤去した場合,自力救済として不法行為責任を負う可能性がありますが,財産的価値がなくなっているなどの場合には,損害ないし違法性がないとして,不法行為責任を負わない場合も広汎に存するものと考えられます。
以上は私人間の法律関係ですが,このほかに公費による撤去が行われる可能性があ
ります。阪神・淡路大震災では,廃棄物処理法の特例として,倒壊家屋等の解体・撤去を,災害廃棄物処理事業として所有者の承諾の下に市町村の事業として行い,その費用の2分の1を国が補助する特別措置が講じられました。


第16章 津波の被害に係る問題

この章はQの立て方、カバーする論点など質問する側に立って非常によく整理できていると思うし、執筆者の踏み込み方のスタンスには共感が持てる。(上のQ163など)


第17章 原子力被害に係る問題
 
これが問題の最終章。
ほとんどネタかと思うところもあります。

Q170 原発の発電の仕組みを教えてください。
Q171 福島原発の構造について教えてください。
Q172 地震発生時に制御棒を入れて停止したというのはどういうことですか。
Q173 発電が停止したのに冷却しなくてはいけないのはどうしてですか。
Q174 福島第1原発はどうして冷却できないのですか。
Q175 なぜ格納容器から放射能で汚染された蒸気を放出したのですか。
Q176 使用済み燃料プールというのは何ですか。
Q177 4号機の爆発,火災はどうして起こったのですか。
Q178 放射能とは何ですか。
Q179 放射線とは何ですか
Q180 放射能の半減期とは何ですか。
Q181 放射能による被害を考える場合に参考になる概念を教えてください,
Q182 放射能の程度と人体への影響の関連について教えてください。
Q183 避難指示の根拠は何ですか,
Q184 屋内退避,避難の目安は何ですか。
Q185 いつまで避難しなくてはいけないのですか。

と、弁護士の「法律相談」の範囲の広さに驚嘆します(そりゃ枝野官房長官は弁護士ですけど)。

で、問題はここから

Q188 原子力事業者,原子力機器メーカーの責任を教えてください。
A 原子力事業者の責任については,「原子炉の運転等の際,当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは,当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。但し,その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によって生じたものであるときは,この限りではない。」(同法3条1項)に規定されています。
1項本文は,原子力事業者の無過失責任を規定しています。問題は但書です。想定外の地震といえば異常に巨大な天災地変になるとすると容易に免責されてしまいます。過小評価すれば免責されるのはおかしな話です。原発の耐震設計では,極めてまれであるが発生する可能性のある地震をさらに不確かさを考慮して想定しなければならないのですから,異常に巨大な天災地変とすべきではないと考えます
原子力機器のメーカーの責任については認めません。同法4条1項に「前条の場合においては,同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は,その損害を賠償する責めに任じない」と規定して原子力事業者に責任を集中しています。そして同条3項に「製造物責任法の規定は適用しない」と規定して製造物責任を認めません。原子力発電所の安全性確保に重大な責任を負っている原子力機器メーカーの責任を認めないのは法の欠陥だと考えます。


Q190  民法の不法行為による損害賠償請求,国家賠償法による損害賠償請求は可能ですか。
A 可能です。原子力の損害に関する法律には,それらの適用を排除する旨の規定は存在しません。また,同法の目的は,被害者の保護を図り,及び原子力事業の健全な発達に資すること(同法1条)ですから,民法或いは国家賠償法の適用事例が存在し,被害者の保護を図る必要がある場合に,これを排除することは,同法の目的に反することになります。
例えば,報道されているように,廃炉を免れようとして海水注入が遅れ,今回の事故に至ったとしたならば,民法709条の責任は生じます。

Q192 農産物の出荷制限の指示を出しておきながら,食べても人体に影響を及ぼさないという政府報道はどのように理解したらいいのでしょうか。
A 食品衛生法における今回の暫定規制値は, 原子力安全委員会の「飲食物摂取制限に関する指標」を採用したものですが, その指標の作成は, I C R P 等の国際的動向を踏まえ, 甲状腺の線量年5 0 ミリシーベルトを基礎にして食品の摂取量等を考慮して策定されたものです。放射線防護の観点から遵守しなければならない基準ですので,農作物の出荷制限は, 止むを得ない措置です。
それでいながら,人体に影響する程度の放射線量ではないというのは,混乱させるだけの公報です。人体に対する影響は明確ではなく,低線量でも人体に対する影響があることもあるので出荷制限をしているが,低線量であるほど人体に与える影響が顕在化する確率が少なくなると考えられるという程度にとどめるべきでしょう。
なお,農産物の原産地表示が全県表示であるから,制限値を超えない農産物の生産地のものも出荷制限すると広報されましたが, きめ細かい生産地表示に改めれば解消できる問題です。また,洗えば放射線量が減少すると広報しているのですから,洗ったうえで放射線量を測定すれば,制限値を超えないかもしれません。政府の対応は,風評被害を助長することになりかねません。

上のほうは法律的な主張として成り立つのかもしれませんが、広報の仕方や野菜の洗い方まで日弁連は心配しなくても国民の自由と正義は守られると思うのですが・・・

東電の責任や国の手厚い補償を求めるというのは日弁連の一つの活動として弁護士自治に基づいてやっていただければいいと思ういますが、「法律相談Q&A」であれば、損害賠償というのは原子力損害賠償法や不法行為(国賠?)の要件を満たすこと、そして因果関係のある損害であること、損害額は訴える側が立証する責任があること、(そしてその結果ほとんどのケースにおいては損害賠償額は損害が発生する前の状態に完全に回復する額には、(特に主観的には)足りないこと)をきちんと説明すべきではないかと思います。

日弁連はあくまでも法律の専門家であり、法律的解決にはおのずから限界があることを周知することで、被災者が「損害賠償請求」に過度に期待せず、別の枠組み(たとえば特別立法による補償など)を別のルートを使って働きかける必要性に気づかせることも重要な役割ではないかと思います。

ちょっと偉そうなことを言いましたが、仕事で相談する弁護士も、「紛争解決にあたってどのような枠組みを使うのが一番適切か」という視点から相談に乗ってくれる人の方が信頼できるので。



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