最近「イギリス人(英国人)○○、××をする」というタイトルが流行りのようで、自分自身も これと これを読んだ。
さて、本書の著者は、バブル崩壊時に、ゴールドマンサックスのアナリストとして日本の銀行が巨額の不良債権を抱えていると喝破したデービッド・アトキンソン氏。
氏は、若くしてリタイヤし、悠々自適の生活をしていたところ、請われて文化財の修復を手掛ける小西美術工藝社の社長に就任したという経歴の持ち主。
私の世代にとっては有名人なのだが、今や「イギリス人アナリスト」というタイトルを付けられてしまうのは時代の流れを感じる。
タイトルからは文化財の修復の経験やアナリストの「杵柄」を通じて日本の観光産業の問題点と成長の可能性について鋭く切り込む、という内容を期待していた。
実際後半はその通りなのだが、前半はアナリスト時代に感じた日本の会社(特に銀行)の文化や意思決定のおかしなところについての話が中心になっている。
あとがきを読むと、「30年間のアナリスト人生の「結晶」が本書です。」とあり驚いたのだが、引退後今まで著書を出していなかったので、以前は言えなかったこともまとめて言ってしまおう、という気持ちもあったのかもしれない。
確かに「数字に基づく分析や議論をしない」「シンプル・アンサーが大好き」(注:「アベノミクス」「第三の矢」「成長戦略」などのスローガンが好きでそれで解決した気になってしまう)というあたりは、観光政策に切り込む切り口にもなっているのだが、個人的には後半部のボリュームを増やした方がより面白いものになったと思う。
さて、その後半部。
著者は日本の観光産業に対する日本人の誤解について切り込んでいる。
- 世界ではGDPに対する観光業の貢献度は平均約9%だが、日本は約2%にすぎない。
- 観光客の一人あたり消費額が高い国民は上位から豪、独、加、英、仏、伊、露の順だが日本への観光客上位は台湾、韓国、中国、タイという金を使わない国。金を使う客をターゲットにすべき。
- 外国人観光客の総数を増やすのも大事だが、カネを落としてくれるオーストラリアやヨーロッパからの観光客に響くような施策(観光消費・リピーターを増やす)を打つことで、観光産業は発展の余地があり、雇用やGDPにも貢献する。
- しかし一方で五輪招致以降「おもてなし」が話題になっているが、日本では(高級旅館も含め)サービス内容は供給者側が決め客はそれに従う、という形が多い。
本来「おもてなし」ができているかどうかは客が決めることであり、一部の高い評価を全体の評価にこじつけると問題点が見えなくなる。 - 特に遅れているのが文化財の分野。
たとえば文化財の豊富な京都の外国人宿泊者数は113万人(2013年)京都を訪れる外国人客を約200万人と見積もっても、大英博物館一館の外国人客数420万人に遠く及ばない。また、京都を訪れる外国人観光客の一人あたり消費額は13000円弱に過ぎない。 - これは日本の文化財保護政策に問題がある。
日本の文化財指定は建物ごとにしか適用されないので、本殿は立派に修復されているが門はぼろぼろというものも多い。
また、由来や歴史・背景にある文化の解説は貧弱(日本人ですらスマホで調べながら見学している)なうえに、「動態保存」がされていない(たとえば「茶室」とあるが畳の部屋だけで器や茶釜、掛け軸、茶花もないのは調度品のないバッキンガム宮殿やウインザー城のようなものだ) ・文化財行政の目的は「保存修理」であり、訪問者に「楽しんでもらう」という視点がなく、「楽しみたければ勉強してから来い」という供給者の論理になっている。
言ってみれば
「観光産業として、金払いのいい人に気持ち良くお金を落としてもらうにはどうするか?」
というマーケティングの基本なのだが、「クールジャパン」「和食」などコンテンツ主導だったり「訪日観光客数」という質でなく量重視の議論がされがちな中では貴重な指摘だと思う。