勝福寺 Gikoohの日替わり法話

山寺の住職、Gikoohが日々感じたことを綴っております。
(プロフィール用の落款は天野こうゆう僧正さま彫刻)

千利休の「直心の交わり」を考える

2013-05-18 23:24:33 | Weblog
今日は勝福寺において、学区内の子供達と第1回「自然と茶道文化を楽しむ会」を行った。現時点では茶道の稽古という堅苦しいものではなく、我が国伝統の行儀作法を楽しく学びながら和菓子とお抹茶を戴くという(言葉でこそ堅苦しいが)気楽な会が発足した。

今、日本における伝統の各文化は音を立てて崩れている分野が少なくない。後継者の育成が一番の課題となっているが、文化に関心のない人種にとってはそれすら関心のないことであって、和の文化に生きるGikoohは危惧している。

今夜はGikoohの心の師、林鶴山さん(岡山県重文)からお話頂いたことを自分なりに解釈しながら、会が発足する経緯を書こうと思う。林さんはよく「楽しみは外へ求めず、内で見つける」ことを勧められる。身体が自由な時には、自分の意思で行きたい場所へ行けるから行動範囲は広くなる。しかし、自由が利かなくなった時、楽しみを外へ外へと求めていた人はどういうことになるのか。田や畑、或いは庭でもあれば、それなりに時間を上手く使えるが、やることがなくなれば1日さえ長く感じるだろう。

家で出来る趣味が3つほどあれば、生きた時間を過ごすことが出来るのではないか。それが例えば茶花や香の伝統文化を嗜む習慣があれば、外に出ずとも家の中で十分に楽しめてしまう。花を愛で、香を焚き、心静かに茶を飲んでいれば常に五感が良い刺激を与えら、精神修養に繋がる。そして将来の日本を担う子供達で先頭に立つ人というのは、学力以外にこういった文化を学んだ経験のある子供が優位になってくると思うから、Gikoohは子供達に人としての広い広い心を伝えたいと思った。綺麗な花を見ても何も感じぬ人、挨拶の出来ない人、人の家に行っても靴を揃えぬ人、人の気持ちを考えない人、美味しいものを食べても無感動な人、食べ物を平気で残す人、こんな人種は近年急増しているけれど、Gikoohは千利休の「直心の交わり」の精神のもと、茶道という文化を通して、お菓子やお抹茶を戴きながら情感深い子供になって欲しいと願っている。

そんな日本の伝統文化を修得し始める時期は子供の頃が良く、それは将来習得したこと以外にも日常生活においても役に立つことが必然と多くなるのでお勧めだ。青年になって、社会人になって、或いは年を召した時に茶花や香の世界に魅了される人は実に心豊かで充実した人生を過ごされている場合が多い。

かといって近年のことだから、子供達は何らかの習い事をして忙しい場合が多く、Gikoohの思いとは裏腹に現実的には「人が集まるのかしら」と心配していたが、意外に興味を示してくれる子供達が多く、今日は男女含め6人の参加となった。もう少し増える予定なので有難い。

文化というものは、それほど人を育成する力を持している。その世界に触れると触れないのとでは、或いは知ると知らないの差はあまりに大きい。
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