米心理学誌「Psychology Today」によると、歩幅や歩いているときの体重移動、足の上がり具合など、微妙な仕草や動作によって、犯罪のターゲットになりやすい場合と、そうでない場合があるそうです。
歩幅が大きく、歩いているときの動きがダイナミックな人のほうが、自信がありそうに映って、犯罪のターゲットにされにくい一方、視線をそらしたり、手足をソワソワさせていたり、動きが小さめの人は、ターゲットにされやすいそうですから、ご注意を☆
さて、今日は有名な『歎異抄』を解説された『歎異抄をひらく』(高森顕徹先生著)を通して、親鸞聖人の教えを学ぶ『テレビ座談会』が勤められました。
親鸞学徒にとって馴染み深い、正信偈の最初のお言葉は
「帰命無量寿如来」
です。
この「帰命」について、親鸞聖人は
「帰命は本願招喚の勅命なり」
『教行信証行巻』
と解説されています。
「勅命」といったら、最高権力者の命令であり、絶対服従しなければなりません。
ここでは本師本仏の阿弥陀仏のお言葉に限ります。
親鸞聖人は、「帰命」とは、阿弥陀如来が「そのまままかせよ、とよびよせる命令である」と解釈されています。
この弥陀の招喚を、俗に呼び声と言われるのですが、どのような呼び声なのでしょう。
「汝、一心正念にして直ちに来たれ。我能く汝を護らん。衆て水火の難に堕することを畏れざれ」
「汝」とは、阿弥陀仏が私に直接呼びかけられているお言葉です。
阿弥陀仏は、「十方衆生」(全ての人)を相手に本願を建てられていますが、ここでは「汝ら」とは仰言っていません。単数です。
「弥陀五劫思惟の願をよくよく案ずれば、ひとえに親鸞一人が為なりけり」
『歎異抄』
(弥陀が五劫という永い間、熟慮に熟慮を重ねてお誓いなされた本願を、よくよく思い知らされれば、まったく親鸞一人を助けんがためだったのだ。)
これは親鸞聖人だけのことでなく、一人一人が、弥陀に救い摂られれば、「私一人のための弥陀のご本願であった」と知らされるのです☆