JKTS

被災地へ医療スタッフとして行ってきました。

短い間でしたが貴重な体験となりました。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

8、仮設住宅

2011-03-23 16:49:42 | 皆様へ

19日


朝から校庭がなにやら騒がしい。
トラックが続々搬入。


聞くと仮設住宅の建設に来たとのこと。

こわもてだけどめっちゃ優しいトラックの運転手さんと思わずハイタッチ!



まだ優先順位での入居になるらしいけど、これも明るいニュースでした。
さっそく朝から昨日より良くなったこと見つけた!!


それとDOCOMOとau災害カーが来てやっとやっとやーっと携帯から圏外の文字が消えた!
避難所のみんなも続々連絡がとれている人が。


DOCOMOのスタッフとも笑顔でハイタッチ!


超ベタベタの髪と化粧水すらつけずに過ごしてる汚いすっぴんも慣れてきました。
とりあえず残り少ないウーロン茶をティッシュにつけて顔を拭いて今日も頑張るぞー!!とスタッフと気合いを入れました。
あとは水が出るといいな。


そうこうしているうちに
昨日よりいいこと発見。


あったかい。
春の日差し。
もう寒くならないで。



そして今日から盛岡~陸前高田の高速バスが1日2本だけど運転再開になった!




また朗報が入った!

昨日体育館から救急搬送されたお婆さんが元気になって避難所に戻ってきた。


「お帰りー!!」


「ただいまぁ」


避難所がひとつの家みたいでした。




ユニフォームの「NURSE・看護師」だと子供や高齢者は看護師と認識しずらいだろうと
初日の夜に前後にカラーテープで「カンゴシ」とカッティングして貼っていました。
毎日ユニフォームを着て仕事や仮眠をしているうちに「シ」の点が一個取れてなくなっていて、私の後ろ姿は「カンゴン」になっていました。

それからは子供たちや避難所のみなさんから「カンゴンさん」と呼ばれるようになり
今日はもっと短縮され「ゴンちゃん!」と気軽に声をかけられたことも嬉しかったです。




あと昨日となりの市に行って、友達に公衆電話から「公民館の避難所に物資が届いていないことを知らせて」とお願いをしたら
今日夕方にやっとやっとそこへ物資が届いたと避難所から連絡。



運んでいただいた自衛隊の方によると
「北は秋田から南は九州の人から、ここに物資が来ていない連絡が入ったんだよ。
こんな小さな避難所だけど全国からの声が来たよ」とのこと。
命のリレーです。

ご協力して下さった皆様と気に留めて下さった皆様、本当に本当にありがとうございます!!


オムツをかえられなくてお猿のお尻になってしまった赤ちゃんにたくさんの替えのオムツと
ベビースキンも届いたそうです。

あとはおいしい味噌握りやヤクルト、山崎パンからのたくさんのナイススティックも。




これから夜半過ぎ都内の大学病院からたくさんのお薬と点滴と簡易吸引器が届く。



私の滞在期間も21日から23日までに変更。



明日くらいには入院患者を他県の病院へ搬送する準備に入ります。
もう適切な医療の限界。



患者さんは入院だけでも心細いし
家族もお見舞いに行きにくくなるだろうし・・・


でもきちんとした治療を受けるのが最優先なんだよね。

考えを切り替えて頑張ろう!!



今日の反省会で気仙沼で9日ぶりに生存者発見とのことを知りました。
みんなで手を取り合って喜んだけれど、震災を逃れても避難所で体調を崩して亡くなる高齢者も増えていることも事実。



1人でも多くの命を。と思っていたけど、もう今は全員の命を救いたいとみんな思っています。




つらいのはみんな。
自分らは微力。


微力が集まって大きな力になりますように。

ジャンル:
モブログ
コメント (13)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 9、月明かり | トップ | 7、瑠奈チャン »

13 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
8) Temporary housing (anonymous translator (English))
2011-03-28 13:30:46
DISCLAIMER FROM THE TRANSLATOR: While I do speak English, I know nothing about medicine. These are rough translations made through tears. Please take all medical details with a grain of salt. This translation has not been proofread and may be revised on a later date.

==================================

March 19

The schoolyard is full of noise this morning. Trucks coming in one after another. I asked what's going on, and learn that they have come to build temporary housing.

High-five with a truck driver who has a scary face but is the nicest person ever!

There will only be limited, priority-based housing available for the time being, but this was happy news, too. It's still the morning and I've already found something that's gotten better than yesterday!!

Also, emergency cars from the cell phone carriers Docomo and au arrived, and finally, finally, FINALLY the "no reception" mark disappeared from our cell phones! There were many people in the evacuation site who were finally able to get in touch with others, one after another.

High-fives with the Docomo staff members with smiles on all our faces!


I'm getting used to my sticky hair and dirty, makeup-less face. I moistened a tissue with what's left of my oolong tea and wiped my face, and the staff members and I psyched each other up to work hard for the rest of the day. I hope the plumbing will be working again soon, too.

And then I find another thing that's gotten better than yesterday.

It's warm. The sun feels like springtime. Please don't get cold any more.


And today, there may only be two buses per day but the express buses between Morioka and Rikuzentakata are running again!


And more good news!

An old lady who had been carried away from the gymnasium on an ambulance came back to the evacuation site in good health.

"Welcome back!!"
"I'm home"

The evacuation site felt like one big house.


Because I thought that the "NURSE/Kangoshi" on my uniform will be difficult for children and the elderly to recognize, I had written kangoshi with the phonetic alphabet on my back with colored tape on the first night. As I worked and slept wearing the uniform every day, one of the dashes on shi fell off, and the tape on my back read "kangon" instead.

And then the children and others at the evacuation site started to call me "Kangon-san," and today, that was shortened to a light-hearted and friendly "Gon-chan!" That made me happy, too.


Also, yesterday I went to a neighboring city and called a friend from a pay phone.
"The evacuation site at the public hall still hasn't received any supplies, please inform the authorities," I asked.
This evening the site contacted us saying that they have finally received supplies too.

The self defense forces personnel who brought the supplies said,
"There were people from as far north as Akita and as far south as Kyushu telling us that supplies haven't been received here. This is a small evacuation site, but the whole country was speaking up on its behalf."
This is a relay to keep these people alive.

To everyone who helped and to everyone who noticed, thank you, thank you very much!!

Lots of diapers and skin care goods have come in for babies whose diapers couldn't be changed and whose bottoms have turned red like monkeys.

And delicious rice balls with miso, Yakult, and tons of "Nicestick" bread from Yamazaki Baking.


In the middle of the night, there will be plenty of medicine, intravenous drips, and a simple aspirator coming in from university hospitals in Tokyo.

My date of departure has also been changed from the 21st to the 23rd.


Tomorrow, we will be preparing to move hospitalized patients to hospitals in other prefectures. We are at our limits in being able to give them the medical attention they require.


The patients probably feel lonely enough already from being hospitalized, and it will be difficult for their family to come and see them… but it's more important that they can receive proper treatment. Let's change our perspective and hang in there!!


At today's meeting, we learned that survivors have been found more than a week after the earthquake in Kesennuma. We all rejoiced, but it's also true that there are many elderly people who are losing their health at the evacuation sites and passing away after having escaped the earthquake.

We'd been thinking that I want to save as many people as possible, but now we all want to save everyone's lives.

It's rough for everyone. We each only have the tiniest bit of power in this situation. May these tiny bits of power come together to form a greater power in the face of this catastrophe.
復興へ向けて (kasshira)
2011-03-28 20:44:37
私は建築関係の仕事をしています。
阪神淡路の時も、復興支援で震災後間もなく現地に入りました。
ですから、現場の残酷さは理解出来ます。
私ら建築屋は、これからが出番です。
微力ながら力になれればと思います。
ありがとうございます。
どうも有難う (おじいちゃん)
2011-03-29 10:13:01
おはようございます。現地での詳細なる情報提供に感謝申し上げます。また過酷な状況の中、被災者の方々への援助を読ませて頂いてただ涙の中で感謝しか見当たりません。どうかお体には十分留意されてご活躍下さい。また、コメントをされている方々へも感謝の思いで一杯です。

特に下記のところは感動の一言です。とても素敵ですよ。貴方は、日本の中で最も輝いている方だと思います。

I'm getting used to my sticky hair and dirty, makeup-less face.

何だか夢に出てきそうな状況です。本当に感謝です。ただ感謝しか出来ない自分に情けない思いで一杯です。

再度、国民の一人として、どうも有難うと言いたいです。
尊敬と感謝 (ポール)
2011-03-29 13:47:32
Twitterからきました。昨夜、全て読ませていただきました。
あなたの言葉で、現実を伝えていただいたこと、感謝しています。
また、あなたを含め、現地で活動されている方々を尊敬し、その活動に深く深く感謝しております。
私は九州でのいつもの仕事と、この場で出来る支援を真剣に継続していきたいと思います。
あなたの日記に希望があるので、たくさんの方々が読んだり拡散したりしているのだと思います。

心の底から応援しています。




ありがとうございます (yukikaze)
2011-03-29 13:54:19
初めまして。仙台に実家があり、親戚、友人が東北地方に多くおります。複数の友人の安否が確認できずにいます。

心より感謝申し上げます。本当にありがとうございます。私は微力ですが、東日本の復興に全力を尽くしたいと思います。
※カンゴンさんがつぼに入ってしまいました。
不謹慎と思いながらも久しぶりに笑った。
本当にありがとう。
お疲れさまでした…! (なーら)
2011-03-29 19:34:55
はじめまして、友達に勧められてブログ記事全て読ませていただきました。思ったこと、言いたいことは本当に沢山あるのですが、まず、お疲れさまでございました…!
私は埼玉に住んでいて被害はなかったのですが、日々のニュースは本当にごく一部しか報道されていないんだなと、こちらのブログを拝見してそう思いました。
それでも、自分の想像を絶する状態なのだろうなと思うと、本当に心が痛みます。
しかし同時に自分に何ができるかか、何をすべきかを今一度改めて考えることができました。
そんな機会を与えていただいて感謝しています。
私は臨床心理士を目指して春から大学へ通います。
今回の災害を受けてまた違う形で自分の将来に影響を受けました。
スクールカウンセラーになるのが昔からの夢でしたが、今回の災害を受けて、被災された方々の心の傷を癒すお仕事もしたいと思いました。
今は思うだけで実際なにもできないただの学生ですが、必ず臨床心理士になって日とを支える人間になろうと、固く思いました。
思うままに書いてしまったので文章が支離滅裂ですが、ご容赦ください。
あなたさまという看護師さんを同じ女性として心から尊敬しています。また応援もしています!(^^)

長期戦になるであろう今回の災害ですが、長い戦いのなか近い将来自分もその戦いに具体的に戦力になれるよう、今から沢山勉強して心を磨いて、頑張ろうと思います。
本当にありがとうございました!(^^)
信じる心 (ありか)
2011-03-30 00:52:44
はじめまして
ブログを読ませていただいて涙が止まりませんでした。
私は関西に住んでいるため今回の地震での被害はありませんでした。
毎日テレビで見ているよりも壮絶な風景がそこにはあるんだと思います。

不眠不休で働いてくださっている皆さんにこれ以上「負の連鎖」は起こらないと信じています。
テレビ・ネットを見て可哀想と泣いていました。でもそれだけで私たちは止まっていたらいけないんだとブログを拝見してより思いました。
「可哀想」と言う言葉を発していた自分がとても恥ずかしいです。頑張っている人に言う言葉ではありません。

被災していない私たちに出来ること。被災者の方たちがいつでも戻ってくる「日常」を守りたいです。
どれだけ時間がかかるか分からないけどきっとみんなで笑える日が訪れると信じています

簡単に私ももう泣きたくないです。
歯を食いしばってでも自分が出来ることを「毎日」過ごす。それしか出来ないけど・・・
今は何も手伝えることもないのが歯がゆいしその言葉を軽々しく言えないです
でも私の出番が来る時は出来ること全てを惜しむことなく使いたいです。

明日からもみんなで頑張れるように。
自分を改めて考え直すことが出来ました。
こちらの出会えてよかったです。ありがとうございます。

今一番最初の心の疲れも出てくる頃かと思います。体調にはお気を付け下さい。
ありがとう (シナモン)
2011-03-31 22:20:42
他のブログでこちらが紹介されていて辿り着きました。
一気に読みました。
テレビのニュースでは決して映らない現実を目の当たりにして辛かったことでしょう。
でも医療の現場にいるあなただからこそ泣きながらも冷静に私たちに伝えてくれたのだと感謝します。
外国の新聞やニュースでは自衛隊の方が遺体を運んでいる様子や埋葬している様子も映っていますが
日本では規制があるのかそういう光景はほとんど映りません。
ニ万人が死んだ事件が一件じゃなくて一人が死んだ事件がニ万件ある。
北野武さんがテレビで仰っていました。
テレビで毎日増えていく死者数に鈍感になってしまう自分が怖いです。
この苦難を乗り越えるにはかなりの時間がかかると思います。
テレビでインタビューを受けていた被災されたお爺ちゃんの言葉が心に残っています。
「チリ地震も経験してるし 大丈夫。またみんなで再建しましょう。」
きっと大丈夫です。
神さまは乗り越えられる試練しか与えません。
心から感謝 (アメリカより)
2011-04-01 14:45:09
読み続けていくうちに、感謝の念は深まるばかりです。”つらいはみんな  自分らは微力”謙遜って日本人らしくて素敵ですけど、でもあなた方は決して微力なんかじゃありません!私には見たこともないほど大きな力に見えます!!
心を込めて (とも)
2011-04-03 01:28:35
ご自身も辛い中、様々な現実を教えていただいたこと、本当にありがとうございます。
これから自分に出来ること、しなければいけないこと、しっかりと考えて、少しでも震災で悲しい思いをしてる方の力になれればと思います。

「超ベタベタの髪と化粧水すらつけずに過ごしてる汚いすっぴん」のゴンちゃんの顔、きっと世界でもトップレベルの「優しさ」オーラを放ってる素敵なお顔だったんでしょうね・・・
ドイツ語圏より (Unknown)
2011-05-23 08:12:29
8. Provisorische Unterkünfte

19. März
Seit heute Morgen ist viel los auf dem Schulhof.
Immer wieder treffen neue Laster ein.

Sie sind da, um die Übergangswohnungen aufzubauen.

Ohne lang zu überlegen schlage ich mit den Lastwagenfahrer ein, die auf dem ersten Blick zwar ziemlich grimmig ausschauen aber eigentlich super freundlich sind.

Es heißt, dass nicht jeder sofort in die Übergangswohnungen einziehen kann. Trotzdem ist es eine erfreuliche Nachricht und ich habe schon so früh am Tag eine Sache gefunden, die besser geworden ist, als gestern.

Auch trafen endlich nach langer langer Zeit die Einsatzfahrzeuge der Handynetzbetreiber „DOCOMO“ und „au“ ein und das „X-Zeichen“ auf unseren Handys für „Kein Netz“ verschwand. Leute traten nun wieder miteinander über ihre Handys in Kontakt.

Ich schlage erneut aus voller Freude mit den Angestellten von „DOCOMO“ ein!

Langsam gewöhne ich mich auch an die Tatsache, dass ich hier mit fettigen ungewaschenen Haaren und ungeschminkt durch die Gegend renne.
Auf jeden Fall nahm ich erstmal den restlichen Tee aus der Flasche um mir mein Gesicht abzuwischen und motivierte mich, gemeinsam mit meinen Kollegen für den erneut anstehenden Tag.
Jetzt fehlt nur noch, dass das Wasser wieder fließt.

Nach einer Zeit fällt mir noch etwas auf.
Noch etwas, was besser ist als gestern.

Es ist warm.
Die Frühlingssonne.
Bitte, bleib so warm.

Und ab heute fängt auch wieder der Fernbus zwischen Morioka und Rikuzentakata an zu verkehren – und das sogar zweimal am Tag!

Und schon wieder trifft eine erfreuliche Nachricht ein!

Der alten Dame, die gestern von uns mit dem Notwagen ins Krankenhaus gebracht wurde, geht es heute schon viel besser, so dass sie wieder zurück gekommen ist.
„Willkomen zurück!“
„Ich bin wieder da.”
Die Turnhalle – unsere Notunterkunft - war wie ein Zuhause für alle geworden.

ドイツ語圏より (Unknown)
2011-05-23 08:13:29
Damit es für Ältere und Kinder zu keiner Verwirrung oder Missverständnissen führte, wurden alle Uniformen der Krankenpfleger seit dem ersten Abend mit der japanischen Aufschrift für „Krankenpfleger“ aus buntem Klebeband in einfacher und großer Schrift versehen.
Nach der vielen Arbeit und den langen Nächten verrutschte allmählich das Klebeband, sodass bald der Schriftzug „Krankenpfleger“ unerkenntlich wurde und nur noch ein Relikt des Wortes an unseren Uniformen übrig blieb.
So wurden wir am Ende von allen liebevoll „Pflegi“ genannt. Ich freute mich über den freundschaftlich lässigen Umgang miteinander.

Gestern war ich noch im Nachbarort, um Freunde anzurufen. Ich bat sie das Wort in die Welt zu setzen, dass in einem Gemeindehaus, wo auch Menschen untergebracht waren, noch keinerlei Hilfsgüter eingetroffen waren.
Und siehe da, heute am späten Nachmittag bekamen sie endlich die Hilfsgüter.

Laut der Soldaten, die die Hilfsgüter herbrachten, war die Meldung, dass hier Hilfsgüter fehlten, aus ganz Japan eingetroffen. Von der nördlichsten Spitze bis zur südlichsten Insel Japans wurde auf diese kleine Notunterkunft aufmerksam gemacht. Ganz Japan hält zusammen!

Hier nochmals vielen, vielen Dank an alle, die geholfen haben und es weitergesagt haben!

Windeln und Wundcreme für die Babys, Yacult, Snacks und Brote von der Firma Yamazaki haben wir erhalten.

Auch werden wir bis heute Mitternacht aus Uni-Kliniken Tokios eine Menge an Medikamenten, Infusionen und Inhalierern geliefert bekommen.

Mein Aufenthalt verlängerte sich und nun bleibe ich bis zum 23.

Ab morgen werden wir höchstwahrscheinlich anfangen die Patienten, die dringend professionelle medizinische Hilfe benötigen, in Krankenhäuser anderer Präfekturen überzustellen.
Wir haben alles getan, was in unseren Kräften liegt. Zwar werden die Patienten unsicher und einsam in den neuen Krankenhäusern sein und die Familie wird sie sicher auch besuchen gehen wollen, was nicht einfach sein wird...

Aber eine angemessene medizinische Betreuung ist hier oberste Priorität und in diese Richtung müssen wir alle denken – nur das Beste für die Patienten!

Bei einer Besprechungsrunde heute bekam ich zu hören, dass nach neun Tagen noch ein Überlebender in Kesennuma gefunden wurde.
Wir haben uns alle sehr darüber gefreut!
Realität jedoch ist, dass sich der gesundheitliche Zustand der Menschen, die die Katastrophe selbst überlebt haben, trotzdem letztendlich in den Notunterkünften verschlechtert. Vor allem ältere Menschen.

Anfangs ging es nach dem Motto: „Wenigstens ein Leben retten – besser als gar keines!“.
Jetzt aber wollen alle: „Alle Leben retten!“ – nicht nur „wenigstens eins“.

Es ist eine schwere Zeit für alle.
Helfen ist das Mindeste, das Wenigste, was wir tun können in einer solchen Zeit.

Und wenn alle das Mindeste geben, wird es eine riesen Kraft, die uns hoffentlich alle bald hier raus holt.
UGGブーツ (UGGブーツ)
2011-08-16 23:54:20
UGGブーツにはデザイン、カラーバリエーションがたくさんありますが、その中でも売れ ているのはどんなブーツなんでしょうか。 ● クラシックショート チェスナット→ やっぱり一番は定番のクラシックショート。 中でもチェスナットが人気カラーとなっ てい

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む