残暑が厳しい中、震災から半年が経過しました。
あれから災害医療をもう一度改めて勉強しなおし、職場環境に悩みながらも衛生と感染看護の資格も取ろうと思い研究と臨床の毎日です。
ちょうど半年の9・11に気仙沼で看護師をしている友達に近況を聞いてみました。
「半年経過しましたが、あっという間でしたか?長かったですか?」
その返事は「長かった。今もまだ状況は良くなってないから長く感じる」とのことでした。
報道や特集が減った今もなお、向かい合って頑張っている人がまだまだたくさんいるし心の傷が癒えることはずっと先のことだと思います。
先日ニュースで陸前高田で希望のひまわり畑の特集を見て、少しずつきれいになっていく景色やお世話になったかたの元気そうな姿や瑠奈チャンと同年代の子たちがひまわりの種を植えている姿に涙が止まりませんでした。
私の実家でも祖母が毎年ひまわりを植えていて種もたくさんあったので陸前高田のひまわりプロジェクトに種を提供させていただいたので、あの中で咲き誇ってるひまわりのどれかは繋がってるんだなと思うと自分の故郷と第二の故郷がひとつになった感覚で嬉しかったです。
今月中に被災地に再度訪問させていただきますが今回は南三陸に数日間ですが行って来ます。行く目的もだいぶ変わりました。健康診断や現時点で不足している看護体制の把握で行かせていただきます。
年内には福島へ健康診断にも行くことが決まっており福島も大好きな県なので少しでも何か出来ればという気持ちで放射能に関しても正しい認識を学ぼうと思っています。
ま、こうやって近況を報告していると勉強ばっかの真面目人間に思われそうですが趣味や気分転換で出かけたり遊んだりもしていて親に心配されています。
明日はドリカムのコンサートへ行って来ます!!
あのときいっぱい背中を押してもらった「何度でも」聞けるといいな。絶対泣いてしまう。
でもあのときに聞いていた心境と今とでは全然違う心理だけど
背中を押してもらえるということは変わらない。
たくさん大好きなみんなやお世話になった方々、家族の顔が浮かんでくると思うけどきれいな涙を流せると思います!










時間の経過はいろいろな変化を生むのでしょうが、未だ苦しむ人達のために、今、何ができるかを考えて生きていこう。
ブログを拝見して、改めてそう思いました。
どうか健康に留意されて、勉学に励んで下さい。
趣味、遊び、大いに結構。親に心配かけるくらい活発で、調度良いんです。
そういえば、お髭の方とはその後どうなっているのかな…。
この半年で変わったこと、変わらなかったこと。
被災地で、日本の中で、自分の中で…。
自分が見る事の出来る一つひとつを、目を背けずキチンと見つめて、考えて、やれることをやりたいと思います。
ドリカムコンサートでの感動、ここで披露してくださいね。楽しみにしています。
おらほ(わが町)にお越し頂けるとは感激です。東北大病院主催の医療活動関連でしょうか。
「おらほ」にはまだ病院がありません。瓦礫の片付け具合を見ると半年経ったんだなぁ、と感じる事はありますが、国道ですら外灯の設置があまりにも不十分な事と医療環境を見るとまだまだだなぁと思います。
「たがだ」にも気をつけて行って来て下さいね!
JKTSさんがお仕事辞めてなくてほっとしました。
それどころか、新たに資格も取得しようとしているとか、ドリカムのコンサートに行くとか、どんどん前へ進んでいるのですね♪
今月中に南三陸町へいらっしゃるとのこと。
私は隣の登米市在住なのですが、近くまで来られるのかと思うとますます親近感が湧きます。
朝晩かなり涼しくなりましたので、パーカーとか羽織るものをお持ちになると良いですよ。
お気をつけていらしてください、このブログをこれからもずーっと応援していますよ!!
初めてブログを拝見させて頂いた時と違い…書き方からもエネルギーが溢れて来られている様子が伺えます。
本当に良かった…
これからも、体に気をつけて、被災地の方々やこれからの医療の為に…ご活躍下さいね。
涙しながら一気に読みました。ちょうど震災中、私も入院中(切迫早産)で、本当に看護師の方々の志の高さに感動しました。みなさんも被災者なのに、家族も心配だろうに仕事に徹して頂いたことを思い出し、更に胸が熱くなりました。本当に看護師って素敵なお仕事ですね。簡単に言えないけど、辛いことも多いだろうけど、こうして感謝している人もた〜くさんいます。応援しています。
震災後半年・・もしやブログ更新してくれたかもと思い立ち寄りました。立ち寄ったのを機に、遅ればせながらコメントさせていただきました。
私もドリ大好きです。今年はDWL行けなかったけど、また4年後を楽しみに、生かされた命、新しい命と共に頑張ろうと思ってます。
18日(日)の
ワンダーランド、楽しんでらっしゃったのでしょうか。
実はあの日は私も妻と11歳の息子と三人で味スタまで行って観ておりました。
....それにしても。「何度でも」を半年前、あの状況で、あの場所で耳にする、ということはどんなことなのか....私にはとても想像のつかない事のような気がするのです。
ですが、今回のツアーブックでドリの中村正人さんは、あの震災のあとラジオでコメントを求められたけど、何かを言える状況ではなかった。何かを語りかけるより、むしろみんなの声を聴くことが自分たちの役割のような気がした。自分たちはあの時、「何度でも」を空気の中に置いてくることしか出来なかった、とコメしておられました。
音楽の力を信じたいけど、自分自身、音楽では救われないほどの絶望を味わっているから、簡単にはそうは言えない自分がいる。けど、ふとしたきっかけで気持ちが上るような、そんな役割を果たせるなら....と語っていた吉田美和さん。
そんなドリのお二人の渾身のライブは、私の心を大いに震わせてくれました。12年前は早産で保育器の中におり、今回が生まれて初めての生ドリ体験の息子の大のお気に入りは「何度でも」と「決戦は金曜日」でした。
なので、一曲目からの「何度でも」で、大喜びの息子と大泣きの私、という訳のわからない状態になってしまったわが家(笑)。
あの夜のレパートリーの多くに私と妻の思い出があるドリの歌。ああ、今自分はここでまたドリの歌を聴くことができてる....それだけでとてつもないシアワセを感じました。生きてんだなあ、と強く感じることも出来ました。
美和さんは常々ライブとは一期一会。同じライブは2度と出来ない、と言い続けていました。あの日のワンダーランドは、本当に私にとって他にかえようのないスペシャルな時間でした。
もしお時間があるようでしたら、ワンダーランドのことをお教えいただければ、幸いです。
恥ずかしい限りですが、その頃西日本に住む私は、あの時の衝撃を忘れそうになっていました。でもこのブログで再び思い出し、ずっと忘れないで、自分ができることをやり続けていくことをもう一度決意しました。
本当に感謝しています。
どうかお体に気をつけて、お元気でいてください。私も微力ですが、東北地方に寄り添って生きていきます。
あの震災の1ヶ月前、父が亡くなりました。
年明け直ぐの入院でしたが、看護師さん達の助けがあって、何とか持ち直して。
残りの時間を、家族で有意義な時間が過ごせました。
看護師さん達には、本当に感謝をしています。
これからも精進して、より高い心を持って下さい。応援していますよ。
ライブは思い切り楽しんできましたか?
次のライブも行けるよう、仕事しなきゃね。
頑張りましょう。
私もあの日、味スタにいました。
「何度でも」が流れた瞬間、天井から大きく見える青空に向かって“被災地に届きますように…!!”とずっと祈っていました。
色んな想いが涙となって流れて、しばらく止まりませんでした。
被災された方々のご苦労や、そこに携わった支援者の方々への感謝の気持ちは、決して忘れてはいけない事だと思っています。
残念な事に周囲の反応はだいぶ風化されてきているナと伝わりますが…。
また被災地へ行かれるとの事。お身体気をつけて行ってきてください。
私の実家は新潟県中越地方。私の母が言っていました。「助けてくれる人の存在がどれだけ心強かった事か…!」
あなたの行動や気持ちが、多くの方を救っておられると思います。深いリスペクトを贈ります。
オープニングで『何度でも』が始まったときは、本気で泣きました。曲への思い入れはもちろんですが、カンゴンさんッ!と思った途端に、涙がどっと溢れました。 元気をいっぱい貰いましたよね。抜けるような青空を見上げ、「届け、東北へ!」と心底思いました。
震災当時から、季節がみっつ巡りましたね。
東北の人たちがこれから迎える厳しい冬を思うと、冬将軍よ、あまり早くは来ないでくれ、おとなしくしていてくれと願わずにはいられません。
カンゴンさん、資格取得を目指していらっしゃるのですね。本当に、本当に嬉しく拝見致しました。
未来に繋げるべく、しっかりと顔を上げ、前を向かれ、踏み出され、踏みしめてもいらっしゃるご様子に、『希望』を見ました。
わたしも今、認知症やグリーフケアに関する講座に通っています。
いつか誰かの心に添い、手を当てるときの糧に、と通っています。
深まる秋は、冬を連れてきます。いい出会いを重ね、楽しい遊びからも、うんと栄養を吸収ですね。
わたしは吸収しすぎてメタボですけど(^^ゞ
朝晩、冷えます。風邪に気を付けてご活躍ください。
人ってやっぱりすばらしいな。と
思います。
どうか、お身体、ご自愛下さい。
4月に初めて読ませていただき、涙が止まりませんでした。
本当にありがとうございます。
今回コメントさせていただきましたのには理由があります。
私は舞台俳優や、CMナレーションを生業としている者です。(私のブログのURLを貼っておきました。^^;)
実は、今週末30日に、千葉県の日本寺というお寺の住職さんより、飛び入りの朗読を依頼されました。
題材の選択は私にまかせるとの事でしたので、私はJKTSさんの3月の震災後の記事を読みたい!と思いました。
勝手ながらプリントアウトしまして、本日、久しぶりに全部読ませていただきました。
やはり、途中で詰まってしまい…
一人、喫茶店で涙を流してしまいました。
私自身、3月〜6月までに計4回、被災地である気仙沼にボランティアで行きました。
過去にミュージカルの舞台で共演しました気仙沼の『うを座』という劇団の子供達の事が気がかりだったからです。
幸いにも本人達は皆が無事でしたが、そのご家族、親族、家となると被災された方が多くおられました。
今回の震災は、歴史上類を見ない、最悪の大震災と思っています。
この時代に、この日本で生きている事に
少なからず命(めい)を感じています。
普段であれば…
文学作品に心を潤すのも良い。
美しい日本語に感動するのも良い。
ですが、私が朗読を依頼されたからには、現在の日本の『今』を、生きた言葉で伝えたいと思いました。
朗読で、JKTSさんのブログ記事を読ませていただき、少しでも多くの方に震災直後の被災地の状況を知ってもらい、また、その状況下でこうして東京から被災地に入って懸命に生きた人がいる事を、どうしても知ってもらいたいのです。
もし宜しければ、たった一日一回の朗読ではありますが、記事を読ませていただきます事に了承いただけましたら幸いと、コメント欄で恐縮ではありますが、投稿させていただいている次第です。
ちなみに、今回の朗読はボランティアであり、出演料等の報酬は受けないものです。
また、記事は朗読の為のみに使用し、配布等はいたしません。
この様に考えておりますがいかがでしょうか?
お手数をおかけいたしますが、簡単で結構です。以下に、私のフリーメールアドレスを記しますので、お返事がいただけましたら幸いです。
k_wave_0714@yahoo.co.jp
それでは、今後ともご自愛の上、お仕事頑張って下さいませ。
ありがとうございます。
kairindian
「サンタが100人やってくる」企画を考えました。
遠野まごころネットを拠点にして展開すると思います。
きっかけは 瑠奈ちゃんとの話 3/23 からです。
じゃ、私たちがサンタになって訪問しようということになりました。
このブログがなければ生まれませんでした。
あなたの体験が創造したのです。
すごいことですね。私もこれが今年の目標になりました。ありがとう