figromage

流出雑記 

モツと憤慨

2009年03月17日 | Weblog
3時就寝11時起床。
一週間ぶりにダーリン、家で目覚める。

お昼はおにぎり、卵焼き、みそ汁。
家の事を片付けたりしていたら3時半頃ダーリン突然買い物に行きたいと言う。
じゃあ行こうと支度をし自転車で出る。
4時過ぎ、西日を浴びながら坂を下る。昼間の春の陽気が静まりつつ空気に残ってひらひらしている。

もう夕方だから撤去は来ないと見て寺町の入り口に自転車放置。
古着屋を覗いたり、藤井大丸のギャルソンをうろついた後ダーリンアディダスでズボン買う。

藤大に来ると買わないのにいつも寄ってしまうアクセサリー屋。
アンティークのティースプーンの柄をモチーフにして、そのままくるっと指に巻き付けたデザインの指輪に惹かれた。
真鍮とシルバーの2種類あり真鍮の方が欲しかった。
しかし銅のにおいがどうしても気になりやめ。

別の階の鞄屋。
野球のグローブに使う皮の生地をつないで作った鞄に惹かれた。
水にも比較的強く、A4の入るサイズ、肩にもかかる持ち手、色合い、値段。
私の条件を満たすものであった。
しかし鞄をそれほど欲しくないことに気付いてしまいやめ。

結局私は何も買わず。それは他に気がかりがあり購買意欲がかき消されていたこともあった。
私はあることに苛立っていた。

夕飯は寿司かモツかで悩み寿司だと回転するところにしかいけないので落ち着いて話せるモツ鍋屋に決まる。
なお苛立ちながら寺町を歩いていたらギターを背負ったT田君とすれ違う。前方にまるで意識がいってなかったので、真横に来るまで気が付かなかった。私は険しい顔をしていたと思われる。

モツ鍋屋はほとんど女性客。女子会の声でうるさい。
そのうるささのおかげで私は耐えていたものを一気に噴出する事ができた。

話し合いの末苛立は解消された。
モツ鍋はおいしかった。
追加でコラーゲンアキレスと言うのも頼んでみたが、これはほんとうにコラーゲンの塊であった。
人生で一番コラーゲンをとったと思う。
血液にまでとろみがついたような粘質な体感が寝るまで続き、重いのでサクロンを飲んだ。





ナビゲーター代行

2009年03月16日 | Weblog
2時頃就寝9時起床
昨夜、夕飯を終えた頃、大学の先輩D井さんから連絡があった。
今は名古屋在住だが京都に来ていて、お茶でもどうかと誘ってくれた。
D井さんは車だったのでうち来てもらうことにする。

今秋結婚されるのでその話しやD井さんの仕事のファイル、いろいろな舞台装置の写真を見せてもらった。
D井さんは大学の頃は主に音響をやっていて、また一緒に何かやりたいと話す。


今日は伊丹アイホールでワークショップ。
ダーリンはまだ東京で、直接伊丹に来ると言う。

電車で移動中、ダーリンから電話。
新幹線に乗ったが、ワークショップのはじまる2時に間に合わないという。3時半には着けるがその間を頼むと言う連絡。突如1時間半何かやらなくてはならなくなった。
どうしようか考えながら1時過ぎ伊丹着。

近くのコンビニで使おうと思っていたテキストを拡大コピーし、コピーのふたを開けた時にコピー機の後ろにファイルを落としてしまった。手を伸ばしても無理なので店員さんを呼んでコピー機を動かしてもらっているまぬけなところをたまたま入って来た音響のpsyさんに見られる。

アイホールの控え室でpsyさんと最近観た舞台の感想について少し話す。psyさんは博識で感想の出てくる下地が私と違うので興味深くおもしろい。
お昼ごはんにどこで買って来たのか鶏胸肉一枚分はありそうなでかいチキンカツに齧りついているのもおもしろい。

ワークショップの時間。今日はいつものメンバーがひとり欠席で6人。

まず椅子に座ったままできる体操。
背骨を呼吸に合わせて緩める、伸ばす。体側、股関節、肩首、無理のないように動かしていく。
私が今までいろんな人から教わったいろんな方法を組み合わせた高齢者向けメニュー。
立って左右に体を揺する。
肩や首の力がやはりなかなか抜けない。
左右の体重移動で体を揺するということをやりたいのだが、力で体をねじる運動のようになる。
無駄な力をぬく為にはやはり多少の努力がいる。
緩まった体、努力をしなければならない老人力というのもあるのだと思う。

体がほぐれた後に声のワークをする。
はじめは口を閉じたまま「んーー」と体の中に響く声の振動を感じ、それを聞く。虫の羽音のように響く。声と呼ばれる前の音の振るえ。
そこから口を開けると「んーーーあーー」と声帯からでる声になる。
その変化を感じてもらいたかった。

ひとりひとりの後ろを歩いて詰まっている首の位置を直し声を聞いて回った。
最年長94歳のF井さんは日頃から声が出にくいとおっしゃっていたが、こういうことをやるときの声もかすれている。砂のようなざらついた手触りの声。
F井さんだけでなく、年齢が高くなるほどそういう傾向にあった。

不勉強なことは多いが、人に何かを伝え教える事、それを考えることは自分にまた違う手つきで触れる事になりそういうおもしろさを感じはじめている。

休憩してテキストを読む。
全員でひとつの文章をゲームのように「の」だけ読む人、というようにルールを作って読んでいく。
それをなんどかやっているとダーリンが到着。
おみやげの舟和の芋ようかんなどを皆で食べて休憩し、やったことを見てもらい発展系を少し試すと終わりの時間になった。

脳の奥が疲れた感じがして、帰りの電車でよだれをたらし眠りこけた。

京都に着いてpsyさん、ダーリンと老安記で水餃子。
私が最近知った2012年頃に起こるといわれている「アセンション」というのを知って怯えたことを話す。

老安記のお兄さんは私のようにくだらないことに怯えたりしないで日々おいしい餃子を作り続けるのだろうな とお皿を運んできた逞しい腕を見てなんだか勇気をもらう。







トられる

2009年03月14日 | Weblog
写真の仕事、撮影本番。
昨夜からの雨がまだしつこく降っている。
朝8時スタジオ入り、午前中はずっとメイク等準備。
昼過ぎより撮影開始。雨上がる。雲の切れ間から日がちらちら出てくる。自然光での撮影だったのですぐに変わる光の加減は厄介。

ポーズは動作の途中のような体勢で、意図的にブレている部分を作らなければならなかった。
だから下半身はフィックス、上半身は部分的にゆっくり動かしているような状態で、シャッターも、はい、撮ります というふうでなく、いつ切られるのかわからない。
いつ切られるかわからない瞬間に構えた状態を維持する。集中の網目を細かくして張り巡らす。

本番用のフィルムは板状だった。シャッターを切る毎に板を抜き取り銀色のケースにしまい、また次の板をセットする。一瞬を捕獲する、昆虫採集の手つきのように思われた。でもシャッターを切ったカメラマンも自分の切り取った一瞬を肉眼で見ていない。何が捕れたかはまだわからない。

終わると思ったより疲れていたようで、控え室に置いてもらっていたマカロンの、いつもは強すぎると感じる甘さがじんわり染みて広がった。
  

隣近所

2009年03月13日 | Weblog
2時半就寝、8時起床。

10時から京都駅で仕事。
9時過ぎ、家を出ようとしていると二件隣のH山さんが表を掃いていた。
H山さんはパン屋で働いていて売れ残った惣菜パンなどをなんどかもらった。心の中でパンのおばちゃんと呼んでいる。

おはようございますというと何か言いたげな顔をして近づいてきた。
「最近となり、夜中うるさくない?だんだんだんだん(階段を上がる音)」

H山さんと我が家の間の家には40過ぎの息子とその母が住んでいる。
息子の方は社会に適応できない性質だったそうで、病院に入っている時期と自宅に帰って来ている時期があり、ここ数ヶ月は自宅で暮らしている。
そういうことを隣のおばちゃんは隠さず話してくれた。
「人様に悪さしたりゆうことはないんですわ。ほんまに内気な質で。まあ一生のお付き合いですわ。」
隣のおばちゃんは話し好きで近所に友達も多く、私たちにも親切だ。
息子の姿はほとんど見ない。
ただ夜中に数回、隣の玄関ドアが開く音がして、15分ほどすると帰ってくるというのが毎日ある。
コンビニなんかは往復徒歩なら30分かかるし、そうすると自販機に煙草か飲み物を買いに行く程度しかすることはないと思うが、夜の1時や3時に何度も出歩くのはやはり不思議。
後は壁越しに聞こえてくるクラシック、オールディーズ、ブルースなどの音楽と、この世の誰にも遠慮のないボリュームのおならの音、イビキ、階段を上り下がりする音。
私はもうすべての音に慣れてしまってさほど気にならないが、パンのおばちゃんはなんかワザとやってるみたいに思えるわあと言っていた。

4回連続の固定ポーズ最終日。毎金曜通っていたが悉く雨だった。

2時間半5ポーズ

次、4月に休憩中に羽織っている上着の姿を描きたいとまた仕事をいただく。有難い。

iPod。最近、『相対性理論』を聴いている。
先月、詩人の会の時に少し話題になっていた。「かわいい女の子が共産党の陰謀とか歌う」と聞いて何だそれと思っていたその3日後、ダーリンがたまたまTSUTAYAで借りてきたCDの中に相対性理論の『シフォン主義』があった。
ヴォーカルの声を聞いていると理想上の平均的女子、アニメのキャラのような姿が浮かぶ。声が体と深く接続しない歌い方をしている。体というものよりメディアに接続した声という印象。実体を消し去った透明感と同時代的浸透力を感じる。
ダーリンも興味深く聞いたようですぐに新しいアルバム『ハイファイ新書』を買ってきた。

その後にずっと聞いているのは『メトロノミー』というイギリスのアーティストの音楽。
80年代ディスコサウンドを漉したようなレトロさと新鮮さ。
キカイっぽい音楽はあまり肌に合わないと思っていたのだが、メトロノミーはなんだか馴染んだ。

駅ビルをぶらっとする。なんだか観光客が妙に多い。
明日は写真の本撮影。景気付けに憧れの資生堂パーラーのかぼちゃスープ420円を買って帰る。


カ・ク・テ・イ・シ・ン・コ・ク 

2009年03月12日 | Weblog
2時頃就寝 睡眠浅く5時前、朝刊が入る音も寝ながらうっすら聞こえ7時半起床。
小梅が昨夜と同じ姿勢で横で丸まって寝ている。いとおしいかたまり。

10時から宇治で仕事。先週から2回続きの仕事で今日で終わり。
2時間4ポーズ着衣固定。

終わってせっかく宇治に来たのだし、平等院に寄って抹茶ソフトでも食べて…とも思ったがなんだか寒かったので帰る事にする。
カレーが食べたくなる。
帰りに398円のレトルトインドカレーを買ったが、うちに帰って流しの下の収納から前に輸入食品店で買ったジンジャーカレーを発見。そっちの方を食べる。
炊飯器で4日目の玄米酵素ごはん。玄米はかなり食べやすくなっているが、赤飯のようにはならない。

外に出たがる小梅。空気の入れ替えをかねて玄関ドアを開け、玄関に設置されているリードに小梅をつないでひなたぼっこできるようにしておく。それを見ながら台所のテーブルでカレーを食べる。食べたかった、このレトルトカレーの味。
外が明るいので電気は付けない。前の通りは人がほとんど通らない路地なので昼過ぎに暗い部屋でひとり黙々とカレーを食べる姿が外から丸見えでも平気という妙な開放感。

食べてから左京税務署へ。
確定申告するのは初めてだがなんとか書類を作って持って行った。
税務署には書類作成会場が設けられており、職員と背中に「スタッフ」と書かれた黄緑のジャンパーを着たバイトの人がたくさんいて、何台か設置されているパソコンの前に案内されいろいろ指示されるように入力していく。
私も持って行ったものの他に必要な書類がまだあって、それをその場で入力しなければならなかった。
私はこうして文章を打ったりしているが、パソコン操作にあまり自信がない。
若者にしては戸惑いがちな手付きに、やさしい職員のおじさんは「あ、ごめんなさい、そこ全角ですね。…あ、まだ全角になってます。」「このtabっていうキーを押してもらったら次の行にいけますよ。」
と懇切丁寧に教えてくださった。
申し訳ない事にばらばらとある源泉徴収書の発行先、住所、金額のすべてを入力しなければならなかった。
なんとか出来ておじさんにお礼を言う。
書類を提出。今年度引かれた源泉は全額還付されるらしい。うれぴい。

うれぴい気持ちで自転車で走る。
白川通りを走り今出川まで来てなんとなく目にとまった服屋に入る。
アジアっぽいがインド衣料とは雰囲気が違って、テキスタイルがポップアートのよう。
タイなどに直接買い付けにいっているそうで、値段も比較的手頃。
菖蒲の柄のめずらしいシャツをみつけた。気になって菖蒲の前でうろうろしていたら店の人に着てみられますかと言われ、そうする。
袖ぐりが少し空き過ぎているが、この柄は気に入ったし、試着室から眼鏡をとって出て来たら印象変わりますねえ美人ですねえと言われ気を良くし、「還付」という後押しもあり衝動買い。

帰り道、信号待ちで隣にいた小学生の女の子。
サーモンピンクのフリースに空色のランドセル。両手で葉っぱの一枚ついた乙女椿を一輪持っている。枝が付いている。もらってきたのか折ってきたのか。その花の蝋細工のようなまろやかな姿に惹かれるのはよくわかる。

小学生の頃、公園の八重桜があんまりきれいでお母さんにあげようと木からもいで帰ったのを思い出した。お母さんには落ちてたと言った。
そんな私も今日確定申告というのをしたのだ少女よ。
信号が変わると女の子は横断歩道の白いとこだけ踏みながらぴょんぴょん跳んでいった。
あの子もお母さんにあげるはずだ。

帰宅し、気になっていた袖ぐりにギャザーを寄せて詰める。これで気にならない。5月になったら着よう。
裁縫ついでに取れそうだったコートのボタンつけ直し。
ふといらなくなった服をまとめている袋を思い出してごそごそ2着選んで適当に切って縫い合わせ新しい服が出来た。
これもコートがいらなくなったら着よう。

ごはんが遅くなって小梅、糸巻きを転がし部屋を糸だらけにして逆襲。










衣装合わせ/ごはんを育てる

2009年03月10日 | Weblog
3時就寝9時起床

11時から写真の仕事の衣装合わせ。
定刻スタジオ入り。

スタジオでは衣装、メイク、造形、背景、照明、カメラマンなど十名あまりのスタッフが動いている。
シャッターの下りる一瞬を出来る限りイメージするものに近づける為様々な要素を詰めていく。
一瞬への貪欲さ。撮るものというより創るものという感じ。
でも描いたりするのではなく、撮るのだ。
人を一瞬にしてイメージの中に写し撮り印画紙に焼き付ける。映画のように時間の中に物語を織り込むことは出来ない。シャッターが下りる一瞬に奪った息を一枚の中に宿らせる。光の加減、陰影の中に息づく生身のフィクション。
本番はどんなふうに感じるだろう。

打合せして夕方スタジオを出る。
カナートに寄りアイライナーと墨のシャンプー、リンス買う。
何かマンガが読みたい気がしたので古本屋に寄ってみたが何が読みたいのかわからず。

帰宅。
玄関のにおいスミレが咲きはじめている。
去年はほったらかしの伸ばし放題にしていたら一輪しか咲かなかった。
土はアルカリ性が良いそうで貝の粉などを混ぜ、伸びた不要なランナーを切ってやったら花をつけることに集中できたらしく今年はたくさん蕾がついた。
薄紫で結構花びらが多い。古めかしく白粉を思わせる粉っぽいにおい、メチルイオノンという香料を薄くしたらこんなふう。

昨日からごはんを育てている。
田植えをしたのではなく、興味のあった「酵素ごはん」というのを試しているのだ。
玄米と小豆と塩を入れて炊き、炊飯器で保温したまま数日食べられる。半永久的に腐らないらしい。
玄米と小豆から酵素というのが出るからだそう。3日目くらいには酵素の作用でパサつきがちな玄米が赤飯のようにもちもちになると言う。
炊飯器が占領されて困るのと半信半疑で手が出せなかったがダーリン一週間不在の折、挑戦しようと思い立った。
玄米、小豆、自然塩、浄水かミネラルウォーター。ひとつ不思議な手順があって、米と小豆を洗った後、塩を入れて泡立て器で8分間かき混ぜる。時計回りに一混ぜ2秒、それを8分間。
後は普通に玄米を炊く時のように水加減し炊く。
昨日初日、まだ酵素ごはんにはなってないが食べた。我が家の炊飯器はいいやつなので玄米モードで普通に炊いただけでもおいしい。
どう変化するのか楽しみに保温したまま置いておく。
そして今日、炊飯器の蓋を開けると、全体に赤みを増していた。食感はそれほど変化なし。甘みは少し増したように思う。
明日には赤飯みたいになってくれるのか。
くわしい育て方は検索すると出てきます。

マフラーをなくす

2009年03月08日 | Weblog
2時半就寝9時半起床。
最近朝の冷え込みがないせいか寝すぎず目が覚める。

ダーリンはもう家を出たあと。私は昼から大阪で仕事。

この頃、朝ごはんは玉ねぎトースト。
玉ねぎを繊維に沿って大きめに切りハーブソルトを降り3分ほどチンして火を通す。チーズトーストに玉ねぎをのせる。
ちょっと小さめの玉ねぎ4分の1個が一食分。
加熱した甘い玉ねぎが好きなのだ。生はあんまり好きでない。

眼鏡とマスクを装備し自転車で出町柳へ。
京阪で天満橋、そこから20分ほど歩いてアトリエ着。
3時間6ポーズ着衣固定

ここには何度も来ているが、あまり好きになれないおばさんと好きなおばさんがいる。
他のところではあまり言われないけれど、ここに行く度にモデルさんまた雰囲気が変わったねと言われる。

ビール瓶のケースをひっくり返したものにマットをのせて布を敷いたものに座るポーズ。
体のどこかに極端な負荷のかからないポーズだったので質の良い集中力を保てた。
床は乾いた砂の色。狭い室内ぎりぎりに十数人がイーゼルを立て半円形を描いている。
上体をひねらなかったので背骨を通した呼吸ができる。
深く吸うと息は後頭部に達する感じがあり、そういう呼吸が出来るときはあまり疲れない。
視線を決めている目がぼーっと全体を見渡すように広がって滲み、描いている人たちがざーっと遠ざかって感じたり、私の背骨だけがにょーんと伸びてスフィンクスくらいの大きさになったり虫サイズに縮んだりする。
時間も早く過ぎる。

休憩中は武田百合子の『遊覧日記』を読む。
昨日『日日雑記』を読み終えた。解説を読むとこの本を書いた後に武田百合子は亡くなっている。
しかし遊覧日記を読み始めると武田百合子はまたあちこちに出掛けては感覚でいろんな出来事を拾い上げ、チャーシューメンを食べたり、すごく食べたかった天丼を目の前にして鼻血を出したりしている。何だか嬉しくなる。

終わってまた歩いて駅へ。抹茶オレが頭に浮かぶ。昨日も飲んだが思い出したらまた飲みたくなった。
ベローチェで抹茶ラテ260円。5分くらいで飲み干しまた歩く。

夕方京阪の窓から、日が沈んでモーヴ色を薄く薄くしてかけたような風景を見る。

春が来る。マフラーを忘れるほどあたたかくなってきた。
たぶん、行きしなの電車の中。

帰って夕飯の支度。
豚肉とじゃがいも、玉ねぎ、しめじ、キムチを味噌や豆板醤で炒めたもの。火を止めてからマヨネーズをひと回し絡めると辛さの角が削れてちょうどいい。汁物は小松菜と油揚げ、大根かぼす漬け。

明日から一週間ダーリンは白井さんのダンス公演で東京に行く。
しばし小梅と二匹暮らし。

今週末『blue lion』東京芸術劇場にて。
東京にお住まいの方、ぜひ。

私はどちらかと言うとチェンジリングが観たかった

2009年03月05日 | Weblog
宇治の家にて3時就寝8時起床。
下の妹が遠征先から戻りついでに帰っている。

JR宇治駅の近くで10時から仕事。
身支度。化粧道具を忘れてきた。
真ん中の妹のを借りようとしたがポーチごと会社に持っていってしまったらしい。母のを借りる。
アイライナーがなく茶色い眉墨でアイラインをひく。
ファンデーションもチークの色も顔の上で妙に落ち着き払ったふうでなんだかぼやけた心持ちになる。

仕事場は初めて行くところ。地図を見ながら歩いていたのに道を間違え走って戻る。時間には間に合う。

2時間4ポーズ着衣固定

年配の方々の絵画教室。
先生は小柄で声の明るい60代くらいの女性。
先日、地下鉄を終電だったのに乗り過ごし、途方に暮れながらダーリンに電話しようと発信履歴から電話をかけたら間違って昼間に仕事の確認の為にかけたその先生の携帯をコールしてしまった。
12時過ぎているし、慌てて切ってドキドキしているとすぐにかけなおしてくださった。
間違いです申し訳ありませんというと、かまいませんよ、気をつけてお帰りなさいねと女神のようだった。
その後国際会館から40分、ひと気のない高架下の道を小走りに無事帰宅。

仕事を終えてから妹と遊ぶ約束。
ロフトで待ち合わせ。
エスカレーターの壁面の鏡にうつる自分の顔が落ち着かない。妹を待つ間、化粧品売り場のアイライナーで目の周りを囲んで落ち着く。たまたま持ったのがダークブラウンだったが黒より合う気がする。

妹が来てmumokutekiカフェでお昼。オーダーしてから30分ばかり待たされきりきりした。
おやつは錦の豆乳ドーナツ。ほうじ茶ソフトも、と思ったが夏季限定だった。

その後話題の『おくりびと』を観る。
平日だがかなり混んでいて、客席を見渡すと年齢層はやや高め。
会場はシーンによって笑いが起こったりすすり泣く音が聞こえたりする。
若い見習い納棺師とその妻が住んでいる古い喫茶店がいい。
妻の役は広末涼子。あんな笑顔の奥さんが毎日いてくれたらいいだろうが、妙に高い声が映画に馴染まず上滑りしている印象。

納棺師は無駄のない手つきで遺体を白装束に着替えさせる。極力肌が見えないよう、手品のようにするすると。
茶道のお点前を思い出した。

見終わったあと妹が、この映画を観て納棺師を志す人が増えたらしいと教えてくれた。

4年前、まだ私も妹も実家にいた頃に亡くなった祖母の時はどんなふうだったかと話したが納棺の支度を見ていた記憶がない。

祖母は気管切開をし喉に人工呼吸器を着けていた。
体の筋力がすべて落ちてしまう難病で亡くなる前は足の指がわずかに動く程度の筋力しかなく、足下にナースコールを設置し何かあるとそれを押してもらうようになっていた。
亡くなったのは春の夜。
祖母が起きている時は大体30分に一度くらいナースコールが鳴るがその夜はしばらく鳴っていなかった。
夕飯を済ませてテレビを見ている時間帯、母がおばあちゃん寝てるんかな、と居間の隣の祖母のベッドのある部屋を見に行って、手がつめたい心臓が動いてないと言った。
すぐに医者来た。おそらく2時間ほど前に亡くなられたと思われますと言う。
その間も人口呼吸器の音だけがいつもと同じリズムを刻み、肺に空気を送り続けていた。
在宅介護をしている間ずっと昼も夜も止む事のなかった音。
医者が呼吸器を停止した時刻が祖母の死亡時刻となった。

焼き場で棺は焼かれる前にベルトコンベヤーのようなもので釜の中に入れられる。そのときの機械的な音が忘れられない。
焼けるのを待っている間、火葬場の待ち合いにある喫茶店で母やいとことなぜかサンドイッチを食べてた。黒い服を着て白い皿の白い三角形、ハム、卵、キュウリの普通のサンドイッチを普通に。

祖母の骨は所々ピンクや水色がついていて珊瑚のように見えた。
あれは棺に入れた何かの色が付いたのだろうか。

夕方妹と別れ、その後も祖母の死の前後をいろいろ思い起こしていた。

第三の肌

2009年03月03日 | Weblog
3月1日、同じ大学の映像コース卒業生で今は東京で暮らしながら映画を撮っているW島君が京都に来ていて会う。
3月3日に新作の上映会がある。今日が最終日の造形大の卒展を見るために予定よりはやくこっちに来ていた。
京都市美術館で待ち合わせ、卒業以来会っていないので3年ぶり。
近くのカフェで近況と映画の事を話す。

思い起こせば大学入学してすぐの頃、はじめてDVカメラを使った授業で二人組になってお互いを撮る課題があり、その時たまたまペアになったのがW島君だった。
皆なんとなく撮ってみるような習作だったのに、彼はちゃんと短いテキストを書いてきた。
大学の駐輪場で自分の自転車が見つからない話。
春は新入生をはじめ学生の出席率が高いので駐輪場はいつも満車。その中から自分の自転車を探すのはなかなか大変で、駐輪場をうろついて途方にくれたことは実際に何度もあった。
和島君のテキストには駐輪場で自転車を探す女の子、自転車カゴにはポールオースターの『鍵のかかった部屋』が入っている。
私は髪の色を金髪に近い所まで抜いて真オレンジにしていた。
W島君はこの習作をきちんとDVDにしてくれたので今また見返すと、色とりどりの自転車であふれる駐輪場、少し目眩のするような質感の映像、髪のオレンジと共に若かりしあの頃の色んな新鮮さがよみがえってくる。


美術館の中をなんとなく一巡し、映像ブースの所で劇映画3本とドキュメンタリー1本観る。
ドキュメンタリーは今年の受賞作品で、小鳥屋の主人を撮ったもの。小鳥屋は未婚で60代くらい、母親と二人暮らし。
家の中で餅をつくシーンがあった。母親が蒸し器で蒸し上げた餅米を小さな臼に返して息子が水を加えながら杓文字で掻き回す。その内滑らかな餅になったが、水の入れ過ぎなのか少々ゆるすぎ餅を臼から洗い場の台に移そうとした時餅がでろぉ~んと床に垂れて全部落ちる。それがあまりにおかしくて大笑いしてしまった。

その後、歩いて造形大の辺りまで移動。アナベル・リーでT田君も合流。T田君もW島君の映画に出演したことがある。
しばらく話した後大学内を散策し夕方別れる。

3月3日、上映会。
W島君の他に4人の若い監督の作品も上映される。1作品30分程度。どれも35ミリフィルムで撮影されている。

W島君の映画のタイトルは『第三の肌』という。
気になるタイトルだと思っていた。
第二の肌を衣服と考えると第三は何か。
衣服の外側。においとか空気のようなものを想像していた。皮膜ではないのだが、まとっているという感じのするもの。目に見えない領域であるが、そこで触れるという感覚を伴う事。隔たりのある交感。
皮膚と言われると物質的な皮膜を想像するのだが、肌という言葉には体温が宿っている。
体から離れているが体温の宿っているようなもの。

主人公はピアノ弾きのホームレスの男。
ある夜、暴行されたうえ大切なピアノを燃やされてしまう。

翌朝倒れた男と燃えてしまったピアノを見つけた廃トンネルに棲んでいる女。
新しいピアノを贈ると言ってトンネルへ男を案内する。
トンネルには埃をかぶった古ピアノが眠っていた。
女は手が不自由だった。
男はピアノを調律し、お礼に彼女でも弾ける連弾の曲を作って贈る。

W島くんは第三の肌とは「贈り物」と「家」のイメージだと言った。

それで、この映画は30分では短かった。
きっと監督ももっとじっくり眺めていたい絵があったのではないかと思う。
特に廃トンネルの中、ロウソク明かり、差し込んでくる入り口からの光など美しかった。

上映会には同じ大学の懐かしい顔がちらほら。
終わってからF川さんとラストオーダーぎりぎりのサンシャインカフェでちらし寿司を食べて雛祭りを祝った。
F川さんのiPodに入っている山口百恵や彼女の好きそうなロシアのアニメーションを見せてもらう。
夕方4時起きなどかなり不規則な生活をしているようだったが、とりあえず元気だったのでよかった。