figromage

流出雑記 

2010/2/26

2010年02月26日 | Weblog
7時半起床
昨夜寝しなにテレビでフィギュアスケート、女子フリーの前の公式練習が中継されているのをうっかり見てしまい寝不足。
朝から四条で仕事。朝のテレビもスケートのことをひたすらに言う。前田の胡麻クラッカーと黒糖ミルクティー、身支度。
予報通りの春の雨。雨の日にゴミを出すのは申し訳ない気持ちになるが、ゴミ袋の中に鯖のへしこ(生の鯖の糠漬け)の頭入っているので、常温で放置したその中身を想像すると来週火曜までは待てなかった。ゴミ収集車が週に2回、そういった遠ざけたいものを持って行ってくれるのだと思うといつも馬鹿のように安心する。麻痺だ。
自転車で松ヶ崎へ、そこから地下鉄15分。四条で降りて大丸の裏を歩く。雨は傘をさすかどうか迷う程の小雨になっていた。

着衣5ポーズ固定。
何度か仕事に来ている会。春らしいものが良いかと思い、ちょっと大きかった春物のワンピースのウエストをつめて直したものを持って行ってそれを着た。薄い生地に細かい模様が入っている。遠目で見るとあわいグリーンとソーダ色を混ぜたような色。
描いている人たち「スケートどうなったやろなあ」「まだやで12時過ぎからや」「お昼はテレビあるとこいこか」という話題。今日のポーズは12時までに終わるのでダッシュで帰れば見れるかなあと私も考えていた。なので仕事が終わると急いで着替えて電車に乗った。
家に帰り着いたのは12時40分くらいで、テレビを付けると最終組の滑走はまだ始まっていなかった。急いでお昼の蕎麦を作ってコタツに入る。
ずっと前にある人とフィギュアの話しをしていたとき、その人は、スケート靴だったかスケート靴と足を一体にするあのストッキングだったかを美しくないと言っていた。それが妙に忘れられず、今回のオリンピックでもフィギュアを見る度に思い出してしまう。そういわれると確かに気になってしまったり、足の裏にスケートの刃が直に付いているくらい密着軽量スケート靴がいつか開発されるだろうかと観戦中にいらぬことが頭を過るので困る。
ジャンプに縛られるフィギュアにいつもどこか窮屈さを感じるが、キム・ヨナのスケートにはそれを払拭するくらいの魅力を確かに感じた。カメラはその直後に滑る真央ちゃんがリンクに出るまでの緊張のピークの表情をあんまりにも映す。あの歓声と期待の威圧の中で背骨を立てることすらどれほど力のいることか。

その後新しい絵を描きはじめた。
いつものことだが、絵の具を重ねるうちに良いと思っていた部分を悉く潰してしまっていることに気付く。しかし良いと思っているところが完成とは思えず、そうして手を入れ続けているうちに絵が死んでいく。目の前に屍を、また作ってしまったと思う。しばらく置いてまた手を入れる。入れ続けていると息を吹き返すことがある。蘇生術なのか、単なる足掻きか。
久々にたまを聞いている。






2010/2/25

2010年02月25日 | Weblog
酸素を取り入れないと私は全然生きることができないのだと、マスクを通して空気を吸いながら思っていた。花粉症の時期は、顔面を中心に全体的に水っぽい。思考も判断力も滲んでぼーっとする。

昨日大阪に『イキシマ』という舞台を観に行った。最近観たものの中では良いと思える公演だった。
登場人物の、物語を結ぶことも出来るし、そこから離れてもう少しモチーフのようなものとしても存在できるような位置関係が良いと思った。あと、息のことを言っている台詞がおもしろかった。

帰りに寿司を食べた。デザートにアイスクリームを食べたいと私が言ったのに、食べてみると胃が冷えて完食するのが厳しく残してしまう。食べ物を残すのは気分が悪い。なんとか食べきったあとの気分の悪さを引き受けるのと同じくらい悪い。

翌日、二度寝して起きると昼。
ダーリンは今日からしばらく横浜に行く。
夕方、松ヶ崎まで見送る。機材と着替えの大荷物、近くの大学が入試だったようで、駅の券売機はいろんな制服を着た学生の行列。それに紛れて旅立った。

買い物して帰宅。
しばらくしてノックの音。はあいと玄関を開ける。
隣のおばあさんが新聞紙に包まれた何かをもっている。端から緑の筒状の葉が飛び出している。
「お葱食べはる?」
今しがた知り合いが畑で抜いてきた葱で、よかったらと差し出された。
隣のおばあさんに自分の畑で取れたものをよく持ってくるおじさんがいるようだが量が多いのか、よくお裾分けされる。

今夜はひとりだが丁寧に夕食を作る。
かぼちゃはきちんと面取りして砂糖と塩で蒸し煮。
玄米を圧力鍋で炊いて、もらった葱は焦げ目をつけて焼き葱みそ汁、天かすを少し入れる。白菜の端の浅漬け。

食後ミルクティーのために買ったウバ茶でロイヤルミルクティーを入れる。
甘めにして少し塩を入れるとおいしくなる。

2010/2/22

2010年02月22日 | Weblog
自転車で走っていると所々で梅が香る。
匂いは空気中にまんべんなく漂うのではなく、風にのって帯状に流れているらしい。それを知ってから外などで何か匂いを嗅ぐと、霧状のゴールテープのような匂いの帯を鼻先でふわっと切った気持ちになる。

朝、冷えていたので真冬の格好で仕事に出た。
母校の高校で仕事、日本画の実習室。
そういえば他の学科の教室はふつうの硝子窓だが、この部屋の窓には障子がある。障子紙を通した光は硝子を通した光よりもののかたちを柔らかく見せる。私たちは光のでものを見ているのだから、光の加減はものの感じ取り方に大きく作用するはずだ。例えば同じポーズをしても光線の違いで人体の見え方は随分違う。
ポーズする側も、肌にあたる光が陰影を作り輪郭が浮かび上がっていると感じられるようなときと、蛍光灯でペカーンと照らされた公民館にいるときとは、その場に引き出される表情がやはり違うように思う。

冷えきった教室はストーブ3台フル稼働で温められているが、それでも室温はなかなか上がらず若干鳥肌。ホットカーペットのおかげで足の裏だけは暖かい。学生さんたちは初めて裸婦固定ポーズを描く授業だそうで、人物を描くことにおもしろみを感じてもらえればと思いつつ、こちらも新鮮な集中力を受け取りながらポーズしている。母校での仕事にはやはり特別な思い入れがある。

ポーズを終えて外に出ると、ファーの帽子とダウンのコートに包まれた自分がばかばかしくなる陽気。
疎水沿いの桜はまだかたいが、枝の先端の膨らみがわずかに桜色に感じられる。実際にそうなのか、毎年見ている満開の風景の記憶や今年の約束から色が滲んで見えているのか。
四季のあるところに生まれてよかった。

2010/2/9

2010年02月09日 | Weblog
読みたいものがたくさんあるのに悲しいくらいノロい私の読書スピード。

その昔、妹が通っていた塾で速読の体験をやっていたのに行ったことがある。
必要なものは本とヘッドホン。何冊かの本の中からヘミングウェイの『老人と海』を手渡された。
ヘッドホンからは本の音読が流れてくるのだが、普通の倍速くらいで読まれるので、速度に合わせて文字を追う。
その速度を癖付ければひとりで本を読む速度も自然と早くなるというような仕組みらしかった。
しかし、音読を聞きながら寝てしまい、気が付くとどのページを読んでいるのか分からず、本と音読の帳尻を合わせることに終始して速読体験は終わり、その後通うことも無く当然何も身に付かなかった。

去年はとにかく辺見庸。今年は木村敏から広がる読書になりそう。
今読んでいるものから気になる箇所を引いておく。

“自己とは、元来はいかなるノエマ(もの)的対象化をも拒む純粋にノエシス(はたらき)的なものあり、なんらの固定点をももたずに随所に主となる絶対に自由自在の志向性である。しかし、そのような自己が個的存在としてこの世に実存しうるためには、自己は不本意ながら身体的存在という、したがってまた時間的・空間的存在というノエマ的限定をこうむった「もの」とならねばならぬ。「自己で有(あ)る」ことは「自己を有(も)つ」ことにおいてしか実現されえない。
自己は本来自己とは異質の存在性格をもつ身体を「所有」することにおいてしか、自己として現実に「存在」することができない。”

最近、私とは体に何かが宿っている状態なのだと、魂と呼ばれるようなものの所在として体があるように感じる。ただそれらを完全に分離して死後や輪廻転生のようなことを考えているのではない。
「私」という状態を異質なものの同居として捉えているということである。

私がもつ「かたち」への抵抗感、かたちなきものへの憧れの理由もなんとなく、ああそういうことかと思えるところがある。

西微南

2010年02月03日 | Weblog
人智学のルドルフ・シュタイナーは人間の存在を肉体、エーテル体、アストラル体、自我という段階に分けて考える。
植物は肉体とエーテル体のみを持ち、動物はそれに加えてアストラル体を持っていて、人間はそれに自我が加わった状態。
アストラル体は外的知覚、快/不快の意識を司っている。
睡眠中、私たちは外的知覚活動を休止しているが、そのときアストラル体は、体から抜け出て宇宙に帰って養分を得ているらしい。
というのをシュタイナーの著書で読んでから、寝るというのは怠惰ではないと思うことにした。だから今日目覚めたのが13時半だったとしても、宇宙からの帰りが遅くなったということだ寝たのが5時だから仕方ない。

節分。
恵方巻き、鰯、豆…とスーパーに向かう。
酢飯は作ってきた。鰻とキュウリと卵を巻こうと思う。あと鰯の生姜煮。
鰻。1匹1200円。高いが隣の中国産600円をどうしても選べない。
鰯。出来れば下処理済の小さいのが欲しかったが、大きめのしかない。ふと家にオイルサーディンがあったことを思い出した。あれは鰯だ。
鰻が高くついたので鰯はサーディンを使った料理で代用。

帰って出汁巻きを焼き、キュウリと鰻を切り、簀巻きと海苔を用意。
思いおこせば3年前の節分、この家に引っ越して間もない頃、ダーリンの卒制を観に福井から彼の両親と祖父がやってきて、そのときうちに寄るということになった。
何かおもてなしをと考え、巻き寿司を作ることを思いついてしまった。作ったこともない。鰯のはらわたを引っこ抜いて生姜煮に。その他作れるお惣菜2種。
まだ家具もあまりなく、寒々しい部屋でなんとか巻いた数種の巻き寿司を出した。その時の寿司酢の配合や巻き寿司の巻き方のレシピが残っていて、その細かい書き込みに当時の懸命さを思い出す。

何度かやると巻き寿司は簡単だとわかる。
白菜のサラダとすまし汁、サーディンはオイルとにんにくをフライパンで熱し身と乱切りのトマトを入れて強火で少し火を通す。
アイフォンの方位磁石で今年の恵方、西微南を確認しうなきゅう卵の太巻きにかじりつく。
食後の豆、28 27 3 
小梅は肉食なので植物性タンパクに興味なし。小梅の3は私が食べた。

残った豆を撒こうかと思っていたが、後から拾うことを考えてやめた。