自在コラム

⇒ 日常での観察や大学キャンパスでの見聞、環境や時事問題、メディアとネットの考察などを紹介する宇野文夫のコラム

★伊勢志摩の肝(きも)-上

2016年05月03日 | ⇒ドキュメント回廊
  ゴールデンウイークに伊勢志摩ツアーを楽しんでいる。伊勢志摩といえば、そう今月26、27日に開催される伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)の開催地でもある。JR名古屋駅から近鉄名古屋線に乗り換えて、終点の賢島(かしこじま)駅で降りるとものものしい警備体制の様子が見える。道路には随所に警察の警備車両が配置され、機動隊員が立っている。集落の細い道では自転車に乗った警察官も見えた。

「夫ひとりを養えんで一人前の海女とは言えん」

  駅周辺を散策しようとタクシーに乗り込む。海と山が入り組むリアス式地形ではカーブが多くアップダウンの道路が続く。どの道路でも左右の雑木などがきれいに刈り込みがされている。タクシーの運転手は「路上からの警備の見通しを効かせるために整備したんですよ」と解説してくれた。この警備体制は夜中も実施されているようだ。これだけ睨みを効かせると、テロリストも近づけないだろうと想像する。先の運転手によると、6機分のヘリポートがすでに設置されている。現地ではサミットに向けた準備が着々と進んでいる。

  それにしても、英虞湾を望む風景はまさに、人の営みと自然が織りなす里山里海の絶景だ。真珠やカキの養殖イカダが湾の入り組みに浮かぶ。昭和26年(1951)11月にこの地を訪れた当時の昭和天皇は「色づきし さるとりいばら そよごの実 目にうつくしき この賢島」と歌にされた。晩秋に赤く熟した実をつけたサルトリイバラ(ユリ科)とソヨゴ(モチノキ科)が英虞湾の空と海に映えて心を和ませたのだろう。昭和天皇はその後も4回この地を訪れている。歌碑は志摩観光ホテルの敷地にある。その少し離れた横に俳人・山口誓子の句碑もある。「高き屋に 志摩の横崎 雲の峯」。ホテルの屋上から湾を眺めた誓子は志摩半島かかる雲のパノラマの壮大な景色をそう詠んだ。

  テーマパーク「志摩スペイン村」で昼食をとった。入口でドン・キホーテとサンチョ・パンサの像が出迎えてくれる。セルバンテスの小説『ドン・キホーテ』に登場する二人。まっすぐな理想主義を掲げる主人公のドン・キホーテと対照的に、大食漢で肥満、現実派の従者サンチョ・パンサ。二人のキャラは人間性を表現する永遠のテーマだろう。レストランで、スペイン産イベリコ豚のパエリア、小エビのアヒージョ、アサリのオーブン焼き、それにスペイン産の赤ワインも注文して、束の間の食事を堪能した。

  外に出て、テーマパークを散策すると女性の叫び声が聞こえてきた。しかも、一人ではない、阿鼻叫喚の地獄での人の叫びのように聞こえた。「ピレネー」というジェットコースターでの絶叫だった。ピレネー山脈のような山あり谷ありのレールを最高時速100㌔で走行する。上下左右に体が振り回されるので、見ているだけでも恐怖を感じる。若い係員に「気絶する人はいないの」と尋ねると、「ボクはまだ(気絶した人を)見たことないですね。速すぎて、乗ってみるとそんなに怖くはないと思いますよ」と。

  さて、このピレネーに挑戦してみるか、と心が揺れた。もし、ドン・キホーテだったら人間のチャレンジ精神を掲げて挑んだかもしれない。しかし、恐怖感と同時に、スペイン料理で腹が満たされ、ひょっとしておう吐するかもしれないと現実感もあった。結局乗るのはやめた。自分はサンチョ・パンサに人間性が近いなと内心思った。

  夕方、鳥羽市にある相差海女文化資料館を訪れた。相差は「おおさつ」と読む。かつて記者時代に能登半島・輪島市の海士町や舳倉島を訪れ、海女さんたちを取材し、ルポルタージュを描いたので、伊勢志摩の海女さんたちにも以前から関心を寄せていた。同市国崎では海女さんたちがとったアワビを熨斗あわびに調製して、伊勢神宮に献上する御料鰒調製所がある。二千年の歴史があるといわれる。資料館では、深くはやく潜るために石を重りにした石イカリがあった。平均50秒という海女さんの潜水時間を有効に使うため、速く深く潜るための道具である。かつて輪島でも夫婦舟といって、石を抱いて船に海に潜った海女がアワビをとり、命綱をクイクイと引っ張ると、舟上の夫が綱をたぐり寄せて海女を引き上げる。輪島と同じ漁法だ。写真(下)にあるセイマン(星形)とドウマン(網型)は海女が磯着に縫った魔除けのまじない。それほどに命がけの仕事でもあった。

  もう一つ同じだと感じた点がある。当地の言葉で「夫(とうと)ひとりを養えんで一人前の海女とは言えん」がある。輪島でも「亭主の一人や二人養えんようでは・・・」という言葉を聞いた。腕っぷしの強さ、自活する気概のある女性たちの自信にあふれた言葉だ。

⇒3日(火)伊勢志摩の天気   くもり  

  
コメント
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