栄光イレブン会

栄光学園11期卒業生の親睦・連絡・活動記録

ブログ開設:2011年8月23日

きよちゃんのエッセイ (150) ”セスナ”(Okubo_Kiyokuni)

2022年06月11日 | 大久保(清)

 セスナ 

麻生区の早野墓地公園の朝の静けさにおおいかぶさるように、飛行機のエンジン音が上空から響いてくる。筋雲がゆっくりと流れてゆく真っ青な空を見上げ、音の聞こえる方向に目を凝らす。斜め右方向に白銀色の小さな機体をとらえた。単発のセスナ機だ、東から西へと、かなり低空を飛んでゆく。

この辺りから、脳みその底で顔を出したくって、うずうずしていた昔の記憶が鮮やかな色彩を帯びて浮かび上がってきた。映し出された場所は、パプアニューギニアの首都、ポートモリスビー。時刻は、おそらく朝の5時ごろ。日中は40度近くまで気温が上昇するのだが、まだ、猛暑がその影をひそめ、格納庫の陰の植え込みにハイビスカスの赤い花が涼し気にゆれている。調査現場に向かういつもの朝の風景だ。チャーター機の受付を待っているのだが、熱帯地方の天候は日の出ごろが最も安定するので、この時間帯、チャーター便の利用者は多い。

朝の低い陽射しを浴びて、単発、双発の軽飛行機たちは眩し気に輝きながらエプロン上で待機しているが、こちらが乗る機種はまだ知らされていない。搭乗者たちは、駐機中の小型機に目を這わせながら、できたら、あの新型機に乗りたいね~、双発がいいなあ、安全だし、とか、機体に傷が目立つ、あそこのポンコツは遠慮したいものだ、などと言いつつ、期待と不安の入り混じる時間を過ごす。ナップザックを肩にかけ、小さなカウンターの前で、仲間と一緒に朝の一服を楽しんでいるうちに、ようやく、今日の飛行機が決まった、4人乗りの単発セスナ。かなり使い込んだ機体、この歳まで飛んできたのだから、安全なんだろうよ、と、めいめいが消極的な自己暗示をかけて、しまりの悪くなった薄っぺらなドアを気にしながら乗り込んでゆく。

ジャクソン国際空港の滑走路を利用するのだが、当時は、国際線、国内線ともに定期便は少なく、ほとんどが小型機の離着陸であった。駐機場から自走して、滑走路の途中で横入りすると、機体を揺るがさんばかりにプロペラの回転数を上げて、朝靄をかいくぐるように高度を上げてゆく。エンジン音もやがて落ち着き、安定した水平飛行に移る。この伸びやかなエンジン音が、今、公園の上に響き渡る飛行音と重なったのだ。おそらく、今の高度からは墓地公園の全景が手に取るように見えるだろう。公園の外縁に広がる王禅寺の宿坊、琴平神社、そして、遠くは、国道12号線の車の流れも目に入るはずだ。

このごろ、脳みそは目の前をかすめた音やにおいに瞬時に反応し、過去にタイムスリップさせる裏技を習得した。今日も、夏の青空を背景に響き渡る飛行音を耳にするや、ほんの数秒で、三十歳にタイムスリップしてしまった。軽量なので気流の影響をまともに受け、エンジン音や翼の風切り音が変化し、絶えず、機体の揺れを体感しながら、自分が操縦しているような緊張感を味あわせてくれたなあ~、と、薄い雲が目の前を横切る感触まで呼び込んで、老人の夢飛行はまだまだ終わりそうもない。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする