わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

周防正行監督の問題作「終(つい)の信託(しんたく)」

2012-11-02 17:12:21 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Photo 周防正行監督・脚本の「終(つい)の信託(しんたく)」(10月27日公開)は、現役弁護士・朔立木の同名小説の映画化です。終末医療の現場で起こる生死をめぐる問題、知られざる検事室での聴取、運命に翻弄される女医といった深刻なプロットを、愛と死に直面した人間たちの苦悩を軸に、丁寧にかつ緊張感を保って描き上げていきます。どちらかというと、裁判のシステムを主題にした同監督の「それでもボクはやってない」(07年)の系列に連なる作品といっていい。出演は、やはり周防監督の「Shall we ダンス?」(96年)以来16年ぶりのコンビとなる草刈民代と役所広司で、ひそやかな愛の旋律を謳い上げます。
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 1997年、天音中央病院。折井綾乃(草刈)は呼吸器内科のエリート医師。だが、不倫関係にあった同僚医師・高井(浅野忠信)に捨てられ、失意の余り自殺未遂騒動を起こす。そんな彼女の心の傷を癒したのは、重度の喘息を患い入退院を繰り返す患者・江木秦三(役所)の優しさだった。二人は心の内を語り合い、深い絆で結ばれる。やがて江木の病状が悪化。死期が迫ることを自覚した江木は綾乃に願う。「信頼できるのは先生だけ。最期のときは早く楽にしてほしい」と。2か月後、江木は心肺停止状態に。彼との約束通り延命治療を中止するか否か。苦悩の末、綾乃は家族の眼前で江木の人工呼吸器を止める。だが3年後、それは刑事事件に発展、綾乃は検察官・塚原(大沢たかお)に殺人罪で追及される…。
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 周防監督は、医療問題、生と死、法と人間性の対決といったテーマを、緻密なセリフのやりとりと的確なカメラアングルで浮きぼりにする。特に、医師と患者という枠を超えた綾乃と江木との感情の交流、そして綾乃と検察官との凄まじい対決がみどころだ。しかし、単に尊厳死や冤罪を扱った告発ドラマではない。周防監督は言う-「人と人とが、ある空間で、ある関係性の中で対峙したときに生まれる濃密な空気。その空気をこそ描きたいと思った。この作品は重いテーマを扱いながらも、まぎれもなくラブ・ストーリーなのだ」と。それは、まさしく生と死の境での、綾乃と江木とにだけ理解可能な情感なのだ。
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 だが、周防監督の作品を考えるとき、やはりこうした社会問題を扱った作品よりも、「Shall we ダンス?」や、チャップリンにオマージュを捧げた「ダンシング・チャップリン」(11年)などのダンス&ミュージック映画のほうが好きだな。そうしたショー精神にあふれた作品を撮らせたら、周防監督の力量は欧米の一流監督さえしのぐほどだ。もちろん、異なるジャンルの作品に挑戦したいという気持ちは十分わかるけど。「終の信託」でも、綾乃と江木との心の交流を象徴するように、ジャコモ・プッチーニのオペラ「ジャンニ・スキッキ」のアリア「私のお父さん」が巧みに用いられていて、流石だなと感心する。(★★★★)


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