わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

「必死剣 鳥刺し」ひそやかな時代劇ブームが!

2010-06-29 17:51:45 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img305 今年の日本映画界には、ひそやかな時代劇ブームが到来、といわれている。いままでも、「花のあと」「獄(ひとや)に咲く花」「座頭市 THE LAST」などが公開。でも、なんといっても話題作の一番手は、平山秀幸監督の「必死剣 鳥刺し」(7月10日公開)だ。原作は、藤沢周平の同名短編小説。舞台は、藤沢作品おなじみの東北・海坂藩。藩主の愛妾を刺殺した物頭の兼見三左ェ門(豊川悦司)が一命を許され、その見返りとして藩主家と対立する別家の当主と対決させられる、という物語。「必死必勝の剣。その秘剣が抜かれる時、遣い手はなかば死んでいる」といわれる、兼見が使う<鳥刺し>の剣技とは、なにか。
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 映画の冒頭、延々と能の舞台を映し出し、兼見が藩主の愛妾を刺殺するまでのカメラの動きが、かつての東映時代劇のタッチを思わせる。それで、オーソドックスな時代劇の復活かと思わせながら、平山監督は、きわめて醒めた客観的な視線でドラマを展開していく。この愛妾刺殺事件の背後には、藩政に口を出し、浪費癖のある愛妾を藩と民衆のために抹殺するという事情があるのだけれど、映画はそのことについて細かい説明はしない。次いで、兼見の一年間の閉門ののちに、彼と亡き妻の姪(池脇千鶴)との交情があり、クライマックスが命をかけた壮絶な殺陣のシーンになる。平山演出は、人物の立ち居振る舞いから自然描写に至るまで、丁寧なカットを積み重ねて、組織の不条理と情の世界に迫る。
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 平山秀幸監督は、「愛を乞うひと」(98年)、「レディ・ジョーカー」(05年)などで正攻法の演出を見せてくれた。藤沢周平の原作では、主人公の兼見は醜男という設定だが、その役に豊川悦司を起用し重厚で寡黙な男を演じさせ、更に脇のキャラクターを肉付けして、大きな人間ドラマの流れを作り出している。この「必死剣 鳥刺し」以降も、異色の時代劇がズラリと待機中だ。三池崇史監督・役所広司主演「十三人の刺客」、佐藤純彌監督・大沢たかお主演「桜田門外ノ変」、金子文紀監督・二宮和也主演「大奥」、廣木隆一監督「雷桜」、森田芳光監督・堺雅人主演「武士の家計簿」、杉田成道監督・役所広司主演「最後の忠臣蔵」など。どの作品も、時代劇に新しい息吹を与えてくれそうで、いまから期待大です。


毒気に満ちた女と男のせめぎあい!「結び目」

2010-06-27 19:26:52 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img292 小沼雄一監督の「結び目」(6月26日公開)は、ちょっとビックリ、異色の愛のドラマです。舞台は、なんの変哲もない地方都市。優しい夫と結婚したばかりの絢子(赤澤ムック)は、洋服を預けにいったクリーニング店で思いがけない人物と再会する。その男は、14年前、中学生だった彼女と禁じられた関係を持った元中学教師・啓介(川本淳市)だったのだ。彼は教師をクビになり、いまでは腕のいいクリーニング職人として所帯をかまえている。同じ町内で、なにごともなかったように日常生活を送る二人。やがて絢子は、過去を責めるかのように男を追いつめ、男は彼女との愛の絆を取り戻そうとする…。
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 物語は、かつて人気があったロマンポルノみたいな設定だが、二人の男女のキャラクターに衝撃を受ける。不可解で、イヤミなキレ女の絢子。いっぽう、啓介は暗い想念を漂わせて、絢子に復縁を迫る。彼は、仕上がった絢子のニットに、思い出の赤いリボンを忍ばせる。それに対して、絢子は啓介の家の窓ガラスを割ってリボンを投げ返したり、エロビデオを啓介夫妻に送りつけたりする。また、絢子を追って喫茶店に入った啓介が、冷たくあしらわれて、追い払われるくだりもスリリングだ。だが、やがて二人は、かつてひそかにデートした思い出の森の中で、衝動的で妖しげな愛を交わす。
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 要するに、過去の心の傷を引きずった男女が傷口を責め合う話なのだけど、どちらにも共通する、イヤミったらしい風貌と行動が、なんともいえずに毒があって良いのだ。また、啓介と絢子の夫との、殺意をこめた男同士の対決も見もの。愛と憎しみは裏表、その感情は刃の上にあるごとく“危険”。小沼監督は日本映画学校出身。「童貞放浪記」や、脚本作「真木栗の穴」などで評価された。男と女の暗澹とした愛の行方を追いつめていく手法がユニークだ。絢子役の赤澤ムックは、劇団「黒色綺譚カナリア派」の主宰で、演出・脚本・役者まで手がける。“理性では拒めない人間本来の醜さ”を根底から肯定し、凶暴なまでに耽美的かつ繊細な世界を繰り広げる人だとか。その迫真の演技に、ナルホドと納得です。


自己中世代の生態を赤裸々に描く!「さんかく」

2010-06-24 18:07:48 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img291 映画の冒頭、中学三年の女の子・桃(小野恵令奈)が、あられもない格好で電車の座席で居眠りしている。夏休み、彼女は東京の姉・佳代(田畑智子)のアパートに転がりこむ。佳代は、30歳の彼氏・百瀬(高岡蒼甫)と同棲中だが、二人の仲はマンネリ気味。百瀬は、自分に媚を売る桃に、いつしか惹かれていき、三人の間は三角関係もどきになる。やがて桃が実家に戻ったあと、いらついた百瀬は佳代とケンカしてアパートを飛び出す。桃を忘れられない百瀬は、やたら彼女にケータイをかけまくる。百瀬に未練のある佳代は、彼の職場や新居を襲って、しつこいストーカーぶりを発揮。最後に三人は、姉妹の実家で顔を合わせ、奇妙な三すくみの状態となる…。
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 以上は、新進の吉田恵輔が監督・脚本・照明を兼務した「さんかく」(6月26日公開)のあらすじです。この作品は、世にはびこる自己中世代の自分勝手さを、実にリアルに自然に描いた傑作になっている。カスタムカーに夢中で、職場でも自宅でもナルシストぶりがハナにつくダメ男・百瀬。彼は、同棲中の佳代にうんざりしていて、彼女の妹・桃が色目を使うと、すぐその気になってしまう。いっぽう、29歳の佳代は、自己中の典型だが、百瀬に棄てられると一転、彼のあとをつけまわし、「愛してる! 自分のもとに戻ってくれ」とせがむ。また桃は、アパートの中を下着同然でうろついたりして、百瀬を挑発する。だが、実際には裏表の顔が極端で、他人を翻弄することにたけた十代だ。
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 吉田監督は、映画やPVなどの照明スタッフとしてスタート。06年に監督した「なま夏」で、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門グランプリを受賞したインディーズ出身の若手作家です。長編作品としては、本作が「机のなかみ」(07年)、「純喫茶磯辺」(08年)に続く3作目になる。なによりも、主役三人の日常生活や、会話のやりとりが生き生きとしていて、彼らのバカさ加減を等身大に活写する。愛や恋といっても、所詮はエゴイズムの産物。百瀬がエゴ地獄に墜ちていく過程や、佳代の徹底したストーカーぶりに大笑いしながらも、彼らのアホぶりが、つい身につまされる感じがするのが不思議です。
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 そこで一句。「来るはずの 無い電話メールに 恋い焦がれ 液晶画面を じっと見つめる…」。


郷愁!「アルゼンチンタンゴ/伝説のマエストロたち」

2010-06-21 16:13:52 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img289 2006年、アルゼンチンの首都・ブエノスアイレスの最も古いレコーディング・スタジオで、1940~50年代に活躍し、アルゼンチンタンゴの黄金時代を築いた22名のスターたちが再会を果たした。彼らは、アルバム「CAFE DE LOS MAESTROS」に収録する名曲を演奏するためにやって来たのだ。やがて真夏の一夜、タンゴの歴史を作り上げた、彼ら偉大なるマエストロたちは、ブエノスアイレスのコロン劇場で一同に会し、奇跡のステージの幕を開ける。この歴史的な出会いと演奏を記録したドキュメンタリー映画が、「アルゼンチンタンゴ/伝説のマエストロたち」(6月26日公開)です。
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 激動の歴史の流れとともに、アルゼンチンで生き続けてきたタンゴのメロディー。その魅力と思い出を語る、老いたマエストロたちのプロフィールと活力に感動します。なけなしの金で父親が買ってくれたバンドネオン、街角のカフェからともに成功への道を駆け上がった仲間たち、亡き師への変わらぬ熱い思い。彼らの人生のすべてが、タンゴという3分間のドラマに刻まれていく。登場するマエストロのうち、カルロス・ラサリ、オスカル・フェラーリら7名が、すでに世を去っているという貴重な映像だ。まさに、タンゴ版「ブエナビスタ・ソシアルクラブ」といっていいでしょう。
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 プロデューサーのグスタボ・サンタオラージャと、監督のミゲル・コアンは、ともにブエノスアイレス出身。二人は、このプロジェクトをアルバム製作から始めたという。そしてタンゴ黄金時代の記録を残すことで、タンゴというジャンルのさまざまな解釈や、スタイルを提示したかったそうだ。アルバムに遺されたのは全27曲で、06年ラテン・グラミー最優秀アルバム賞を受賞している。タンゴについての詳しいことは、よくわからないけれど、バンドネオンによるノスタルジックなメロディーが胸に沁み、またマエストロたちのステージに惜しみない賞賛を送る観客たちの姿を見ると、思わず心が和んできます。

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千葉県野田市の清水公園で

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和製ラップ・ミュージカル!?「サイタマノラッパー2」

2010-06-17 17:44:01 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Img290_2 前作「SR サイタマノラッパー」は、小規模で劇場公開されたのち、大きな反響を呼び、日本映画界に新風を巻き起こした。日本ではじめてHIPHOPカルチャーと本気で取り組んだインディーズ作品。埼玉の郊外で暮らしながら、ラッパーをめざすダサくて愛しい若者たち(しかもニート)の、行き場のない思いを描いた作品だ。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2009ではグランプリを受賞。以後、全国の単館系でヒットした。監督・脚本を手がけた入江悠は、日本大学芸術学部映画学科出身。製作資金は自腹の200万円のみ。青春時代を過ごした埼玉県深谷市にカメラを据え、友人たちの協力を得て撮影した。
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 その続編が、「SR2 サイタマノラッパー2~女子ラッパー☆傷だらけのライム~」(6月26日公開)だ。今回の舞台は、群馬県の山奥。ここにやって来たサイタマノラッパー・コンビが、かつてヒップホップ音楽にあこがれた5人の女性に遭遇。過去に挫折を体験した彼女らは、ラップの楽しさを思い出して再集合、一夜かぎりのライブを開こうと試みる。だが、彼女らの前には、仕事や結婚、家族、お金のことなど、現実的な障害が立ちふさがる…。ライブハウスない、レコード店もない、彼氏ない、夢もない…♪♪。日本語ラップがセリフ代わりになって、青春の苦しみ、悲しさ、心の叫びを謳いあげる。山田真歩、安藤サクラ、桜井ふみらの新進女優が、未来のない行きづまった日常をリアルに演じる。
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「いままで、どこにもなかった音楽と映画の融合をめざした。日常のなかで歌う女の子たちの姿をこそ描きたい。そこには、先の見えない未来が横たわっているだろう。だからこそ、暗すぎる未来が、楽しいことばかりではない日常が、憂鬱な人間関係が、これでもかと描かれる。だからこその、歌-ラップ」と、入江監督はコメントする。夢敗れた女の子の母親の三回忌の席で、群馬側3人、埼玉2人のラッパーが、やけくそのラップシーンを繰り広げるくだりが、ほろ苦く皮肉な笑いをさそう。そう、この作品はまぎれもなく、ローカル色あふれたラップ青春ミュージカルなのだ。今回も、映画の製作状況は変わらなかった。インディーズとしての入江監督の挑戦は続く。3作目の舞台は茨城になるらしい。

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千葉県野田市の清水公園で

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