安土桃山時代の茶聖・千利休(1522~1591)の生涯が現代によみがえった。直木賞を受賞した山本兼一の同名歴史小説の映画化「利休にたずねよ」(12月7日公開)です。監督は、やはり山本文学「火天の城」を手がけた田中光敏。千利休を“侘び茶”の完成者としてクローズアップするよりも、研ぎ澄まされた美意識に焦点を当て、かつ彼の情熱の源泉となった“利休の恋”を題材にした点がユニークだ。千利休に扮するのは市川海老蔵。「完成された茶聖、発展途上にある宗易(号)、10代の頃の与四郎(幼名)という三つの利休像を演じ分けることが難しかった」と語る海老蔵は、抑えた演技で静かなる熱情を表現している。
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映画は、雷鳴轟く雨嵐の早朝、千利休の切腹シーンから始まる。利休は、絶対的な審美眼から、かつて織田信長(伊勢谷友介)に重用され、のちに豊臣秀吉(大森南朋)のもとで天下一宗匠として名を馳せながら、秀吉の怒りを買って死を命じられる。そんな夫に対して、妻の宗恩(中谷美紀)がたずねる。「あなた様には、ずっと想い人がいらっしゃったのでは?…」。この言葉が、利休の胸中に秘められた遠い時代の記憶をよみがえらせていく。この利休の最期から始まり、逆算して回想形式でドラマが展開するという構成が面白い。
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剛直で短気な信長に対して、「美は私が決めること」と豪語する利休。信長の死後、天下統一を果たした成り上がり者の秀吉のもとでは、黄金の茶室を設計、さらに北野大茶会を主管する。だが、秀吉は利休に対して尊敬を抱くと同時に、秘められた力に嫉妬心を燃やす。何よりも秀吉が求める利休の秘密は、青年時代の記憶に隠されている。―若い頃、利休は色街に入りびたり放蕩の限りをつくした。そんなとき、高麗からさらわれてきた女性(クララ)と出逢う。利休はひと目で彼女に心を奪われ、のちに師匠となる茶人・武野紹鴎(市川團十郎)の手引きで、その女性の世話をやくことになり、互いに心を通わせる。だが、別れの時を目前に控えた夜、利休の情熱がある事件を引き起こす…。
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いわば、禁断の恋という側面から、利休の心に秘められた冷たく燃える情熱を引き出そうとした歴史サスペンス&スペクタクルの形をとったドラマである。その表層を成すのが、権力と絶対的美意識との対決だ。権力者(信長、秀吉)に寵愛され、自らも影の権力を握りながら、美を守るため反権力に固執するという自己矛盾を抱えた利休像。その原点にあるのが、若き日の高麗の女との純愛と、彼女が贈ってくれた命よりも大切な緑釉の香合。そして、権謀術策が渦巻く権力闘争の中で、利休が護持した真心がひときわ光り輝く。
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また、史上名高い黄金の茶室、待庵、北野大茶会などの再現。三井寺、大徳寺、神護寺、南禅寺、彦根城などでのロケーション。更に、利休が実際に使用した作品をはじめ茶の名器のかずかずや、利休の所作の再現など、本物志向が究極の美=利休形を再現するところも見どころ。そのためか、本作は第37回モントリオール世界映画祭で最優秀芸術貢献賞を受賞した。しかしながら、この作品の面白さを支えているのは、大森南朋演じる豊臣秀吉像である。成り上がりで軽佻浮薄、自己卑下が激しい反面、他人を見下す面も持つ秀吉像を大森が好演する。秀吉が利休を自刃に追い込んだ理由は諸説あって、真相は明らかでないという。だが、その疑心暗鬼と、どす黒い胸の内は権力者の本質を物語る。(★★★★)
連載記事「昭和と映画」
今回のテーマは「ハリウッド・ルネッサンスを支えたスター<男優編>」