わくわく CINEMA PARADISE 映画評論家・高澤瑛一のシネマ・エッセイ

半世紀余りの映画体験をふまえて、映画の新作や名作について硬派のエッセイをお届けいたします。

乃南アサのベストセラーが韓国で映画化「凍える牙」

2012-08-28 16:43:09 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

Photo 直木賞を受賞した乃南アサの小説「凍える牙」は、二度TVドラマ化された。だが、初の映画化を実現させたのは韓国映画界だった(9月8日公開)。主人公は、中年刑事サンギルと、原作の音道貴子にあたる女性刑事ウニョン。サンギルを演じるのは、韓国映画界で独自のキャラクターを誇る演技派で「殺人の追憶」のソン・ガンホ。ウニョンに扮するのは、キム・ギドク監督作品「悲夢」のイ・ナヨン。監督・脚本を手がけたのは、詩人・脚本家・プロデューサーの肩書きも持つ「マルチュク青春通り」のユ・ハ。脱落派の刑事二人が、正体不明の狼犬をめぐって、社会の闇に挑む異色のクライム・サスペンスです。
                    ※
 ソウルで男の身体が発火・炎上するという事件が発生。その遺体には、獣の咬み傷が残されている。捜査に当たったのは、殺人課の刑事サンギルと新米女性刑事ウニョン。昇進から見放されたサンギルは、白バイ警官あがりのパートナー、ウニョンの世話をするのを嫌がりながら、手柄をあげようと勝手に捜査を進める。やがて、同じ獣による第二、第三の咬殺事件が起こり、連続殺人事件へと発展。しかも、相手の獣は、犬と狼の交配種であるウルフドッグと判明。一体、誰が、何のために、狼の血を引く殺人犬を操っているのか? 捜査チームで唯一、その衝撃的な殺人を目撃したウニョンは、意外な真相に迫っていく…。
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 主人公たちが、すべて社会や組織から疎外された存在という設定がユニークだ。一男一女の父でありながら妻には逃げられ、先に後輩に昇進されて、早く手柄をあげようと焦る落ちこぼれのサンギル。いっぽうウニョンは、バツイチで孤独、セクハラ&パワハラが日常茶飯事の職場でストレスを抱え、あげくに和を乱すという理由で異動を命じられる。加えて、ドラマの鍵を握る狼犬・疾風(チルプン)。殺人犬に仕立てられた鋭い瞳と牙を持つこの狼犬が、ウニョンと意思を通わせるくだりが切ない。クライマックス、バイクに乗ったウニョンと狼犬が、真夜中のハイウェーで繰り広げるチェイス・シーンが迫力満点だ。
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 ドラマの設定やアイデアは面白い。映像の作り方も達者だ。だが難を言えば、物語の流れがややゆるく、センチメンタル。複雑な人物の出入りも不鮮明。それは、馴染みのない韓国の俳優たちが悪役や脇役を演じているからなのか。いつもならアクの強いソン・ガンホもイマイチ。唯一魅力的なのが、ウニョンを演じるイ・ナヨンです。男性優位社会で不当に小突きまわされながら、それでも耐えて寡黙にターゲットに挑んでいく。その透明感がステキだ。でも、TV局のバックアップで、日本の大手映画会社がこの映画を撮ったら、どうなったか? それを思うと、韓国製でよかったかな、とも思います。(★★★+★半分)


言葉も名前も持たない謎の男が軍事境界線を疾走する!「プンサンケ」

2012-08-25 15:03:48 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

18 韓国の鬼才キム・ギドクが脚本を手がけ、製作総指揮を担当、彼が見出した新進チョン・ジェホンが監督した『プンサンケ』(8月18日公開)は、朝鮮半島分断の悲劇を素材にした社会派サスペンスです。この脚本に心打たれた主演俳優ユン・ゲサン、キム・ギュリをはじめ、すべての俳優とスタッフは無報酬での参加を決め、極寒での過酷な撮影に挑んだという。その結果、登場人物を肉体的・精神的に追い込んでいくギドクらしい物語を、ジェホンがエンターテインメントの要素も取り入れてパワフルに描くという異色作になった。
                    ※
 主人公は、38度線を飛び越えてソウルとピョンヤンを往来、3時間以内に何でも配達する正体不明の男、通称プンサンケ(ユン・ゲサン)。犬の名を冠した北朝鮮製のタバコ・豊山犬(プンサンケ)を吸うことから、そう呼ばれる。彼が運ぶのは、離散家族の最後の手紙やビデオメッセージ。ある時、亡命した北朝鮮元高官の愛人イノク(キム・ギュリ)をソウルに連れて来るという仕事が舞い込む。そして、境界線で何度も命の危険にさらされるうち、プンサンケとイノクの間に不思議な感情が芽生える。プンサンケは無事にイノクを引き渡すが、依頼者の韓国情報員に拘束され拷問を受ける。「お前は北と南、どっちの犬だ!」と。更に、元高官暗殺を企む北朝鮮の工作員までからんで、衝撃の結末を迎える…。
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 プンサンケのキャラクターが抜群に面白い。セリフは一切なし、犬のように無言で軍事境界線を疾走する男。彼が、走り高跳びの長い棒を用いて休戦ラインを飛び越えるシーンが傑作だ。そして、彼とイノクが裸で川を渡り、体に泥を塗って身を隠すくだりのスリルとエロティシズム。また、捕らえらえたプンサンケが、人質になったイノクと交わすキスシーンが切ない。「本作は、南北朝鮮が武器を捨て、非武装地帯にある有刺鉄線のフェンスを取り払い、離散家族の苦悩を終わらせ、ひいては南北朝鮮の再統一を願って製作した」と、キム・ギドクは言う。つまり無言のプンサンケは、南北の架け橋の象徴的存在なのだ。
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 チョン・ジェホン監督は、韓国美術界の巨匠キム・フンスの孫。絵画や声楽を専攻、大学では経営学を学ぶ。だが、ギドクの作品に衝撃を受け、アポなしでカンヌに渡る。それが縁で、ギドクの「絶対の愛」「ブレス」の助監督をつとめた。そして、長編デビュー作「ビューティフル」でブレイク。プンサンケが隠れ家で休む場面で流れるロベルト・シューマンの歌曲「睡蓮の花」は、ジェホン自身の歌声だとか。クライマックス、怒りに燃えたプンサンケが、南北の工作員を密室に閉じ込め、いがみあわせるくだりが秀逸。つまり、この作品は、南北分断の悲劇を主題にした象徴的な寓話でもあるのだ。(★★★★+★半分)


現役看護師・今泉かおり監督作「聴こえてる、ふりをしただけ」

2012-08-21 18:40:18 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

17 初の劇場長編作品「聴こえてる、ふりをしただけ」(8月11日公開)を発表した今泉かおり監督(兼脚本・編集)は、ユニークなキャリアの持ち主です。大阪で看護師として働いているときに映画監督を志し、07年に上京し映画製作を学ぶ。卒業製作の短編「ゆめの楽園、嘘のくに」が08年度の京都国際学生映画祭準グランプリを獲得。それが第7回シネアスト・オーガニゼーション大阪(CO2)の助成対象作品に選出。精神科の現役看護師であり、二児の母でもある彼女が、長女の育児休暇を利用して作られたのが本作で、11歳の少女の心の葛藤をとらえた喪失と再生のドラマになっています。
                    ※
 主人公は、不慮の事故で母親を亡くした11歳の少女サチ(野中はな)。周囲の大人たちは「お母さんは魂になって見守ってくれる」と言って慰めてくれるが、気持ちの整理がつかない。何も変わらない日常生活の中で、サチの時間は止まっていく。彼女は、母の形見の指輪を身につけて登校。教師やクラスメートは、腫物に触るように彼女に接する。行き場のない思いを募らせるサチの前に、お化けを怖がる転校生・希(郷田芽瑠)が登場。知的障害気味で、トイレを怖がる希に付き添っているうちに、サチの心が癒されてくる。しかし、サチの父親は妻の死を受け入れられずに、次第に精神の均衡を失っていく…。
                    ※
 今泉監督は、長回しのカメラで少女たちの心理の綾を巧みにとらえ、サチの心の葛藤と再生を静かにつづっていきます。加えて繊細な日常描写―サチのお守りである母が残した指輪、母が大切にしていた鉢花、椅子に掛けられたままの母のエプロン、家具やカーテンの下につもった埃。こうしたショットが、不機嫌で無表情なサチの心の揺れ動きを表現します。そして、教師が脳の働きについて講義した際に「魂などない」と結論づける希。同時にサチの心にも変化が起き、彼女は再生の道に踏み出します。
                    ※
「サチが感じた“叩きつけられた現実との葛藤”は、私の小学校5年生のときの精神的な実体験」と、今泉監督は語っている。死と直面した少女の神秘的な体験、彼女の心理状態とは遙かにかけ離れた人々の日常生活。そのはざまに横たわる精神の歪曲。淡々と繰り返されるサチの行動の陰に見え隠れするのは、異様な少女の感覚でもある。第62回ベルリン国際映画祭では、11歳から14歳の11人の子どもの審査員によって選ばれる“ジェネレーションKプラス部門”子ども審査員特別賞を受賞しています。 (★★★+★半分)


韓国社会を揺るがした告発ドラマ「トガニ/幼き瞳の告発」

2012-08-18 18:15:25 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

16 2009年に韓国で出版された人気作家コン・ジヨンの小説「トガニ」は、大きな社会的反響を呼んだといわれる。内容は、韓国の聴覚障害者学校で2000年から6年間、複数の生徒に対して行われていた暴行と性的虐待事件を告発したものだ。ドラマ「コーヒープリンス1号店」などで知られる俳優のコン・ユは、兵役中にこの小説を読み、原作者に映画化したい旨を問い合わせたという。その結果出来上がったのが、ファン・ドンヒョク監督(「マイファーザー」)の「トガニ/幼き瞳の告発」(8月4日公開)です。
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 美術教師イノ(コン・ユ)は、郊外の街ムジン(霧津)の聴覚障害者学校に赴任することになる。だが、その学校は異様な雰囲気に包まれている。ある放課後には、寮の指導教員が女子生徒の頭を洗濯機の中に押し付ける光景を目撃。その少女は、男女複数の生徒が校長を含む教師から性的虐待を受けていることをイノに告げる。幼い娘を持つ彼は、大きな衝撃と憤りを感じ、この事実を告発することを決意。人権センターの幹事ユジン(チョン・ユミ)の協力を得て、さまざまな妨害や葛藤を乗り越えて、子供たちと共に法廷に立つ。だが彼らの前に、残酷で理不尽な現実が立ちはだかる…。
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 校長、行政室長、教師、寮長らによる信じられない残虐行為。脅え、悲鳴をあげる子供たち。警察も、学校側によって買収済み。法廷も親たちも当てにならない。イノとユジンと子供たちは、マスコミの力を利用して、こうした現実の壁に立ち向かっていく。映画は、社会の不条理に対する怒りをストレートにぶつけていきます。性的暴行の赤裸々な描写、法律(裁判)の矛盾、地方の因習、不正、人権の無視。子供たちの証言をフラッシュバックで見せながら、イノらと子供たちの孤独な闘いを見つめる視線が胸に突き刺さる。そして、悪に対する徹底した断罪。子供たちを演じる子役の演技が、とても自然でリアルです。
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 チョン・ユミ演じるユジンは言います。「私たちが闘い続けるのは、世の中を変えようとしているのではなく、世の中が私たちを変えられないようにするためです」と。またファン・ドンヒョク監督は、「加害者たちは法の審判もまともに受けずに釈放されたが、このような一連の過程を見て、われわれの社会にはおびただしい差別があるのだと感じた」と語っている。この映画が公開されるや、多くの人々が不条理な司法制度を批判、政府を動かすまでに発展。本作を見た李明博大統領は「意識改革の必要性」を国民に呼びかけ、事件の再調査、法律の改正、ついには実在する学校の廃校という事態にまで及んだそうです。
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 タイトルの「トガニ」とは、日本語で“坩堝(るつぼ)”の意味。“興奮のるつぼと化す”とか“人種のるつぼ”という風に使われるが、本来の意味は高温処理を行う耐熱式の容器のこと。出口のない密閉された空間で、ジリジリと焼かれていく想像を絶した恐怖と痛みを意味する。弱者に対する非道な虐待という観点から見れば、日本も例外ではない。こういう作品を見ると、韓流映画もいよいよ本物になってきたな、と感じます。 (★★★★★)


傑作ドキュメント「ニッポンの嘘/報道写真家 福島菊次郎90歳」

2012-08-15 19:04:28 | 映画の最新情報(新作紹介 他)

15_2 福島菊次郎は、1921年、山口県下松市生まれ。91歳になる現在も、報道写真家として活動している。その生き方がすさまじい。国家や権力のすべてを偽善として否定し、年金を受け取ることすら拒否、最低限の自炊生活を続けている。「ニッポンの嘘/報道写真家 福島菊次郎90歳」(8月4日公開)は、TVドキュメンタリー出身の長谷川三郎が、2009年から11年までの2年間、福島菊次郎に密着、彼とのインタビューや、作品を通して作り上げた初のドキュメンタリー映画です。
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 菊次郎が初めてシャッターを切ったのは、日本の敗戦直後、原爆で焦土と化した広島だった。ここで、国家から見捨てられた被爆者家族の苦悩を10年以上にわたって撮影。以後、多くの日本の危機と矛盾に立ち会ってきた。1960年代の安保闘争を軸にした学生運動、三里塚闘争、憲法に抵触する自衛隊と兵器産業の告発、女性解放を目指したウーマンリブとの出会い、公害問題、瀬戸内海の祝島での原発建設反対運動などなど。そして、ついに2011年3月11日に発生した東日本大震災後も、カメラを手に福島県に向かう。そこでは、米軍による原爆投下後の広島と、3:11後の福島県の荒廃が酷似していることを発見する。
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「カメラの中立性なんてない。中立的な立場でしか撮らないから、いい写真も、いいドキュメントもできない」と菊次郎は言う。自衛隊や兵器の製造工場を取材した際には、事前検閲を無視し、隠し撮りをして作品を発表。その直後、暴漢に襲われ鼻骨を骨折、不審火で自宅まで焼かれたという。1982年には、保守化する日本に絶望し、メディアと訣別。自給自足の生活を望んで、瀬戸内海の無人島・片島に渡るが、そこにも県警の手が伸びる。とりわけ、「広島は決して聖地ではない。みんな嘘なんだもの。すべてを意図的に隠蔽するために“平和都市”にした。日本全体が嘘っぱち」という彼の言葉が真に迫る。
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 映画は、生涯反権力の姿勢を貫く福島菊次郎の人格を、余計な感情移入をせず、客観的にとらえていく。山口県柳井市で愛犬ロクと穏やかな独身生活を送る現在。映画の冒頭、2011年9月19日、大江健三郎が呼びかけ6万人が集まった“9:19さようなら原発”集会のデモ行進で、警備隊の眼前まで近寄りシャッターを切る姿は、まるで駄々っ子の好々爺のように見えたりします。だが、その背後には、被爆者一家の撮影の間に精神に変調をきたしたり、妻と別居し子供3人を連れて上京したりという苦闘の人生がある。ラスト、福島県から戻った菊次郎が、広島の被爆者の墓前で慟哭するシーンに打ちのめされます。
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 敗戦直後、日本は米占領軍の言いなりになり、日米安保闘争は政府や官憲に蹂躙され、高度経済成長時代は公害と自然破壊をもたらし、唯一の被爆国であるはずが原発開発にうつつをぬかし、やがて3:11に決定的な終末を迎える…。福島菊次郎は、こうしたニッポン現代史の偽善に敢然と立ち向かった。彼は言います-「問題自体が法を犯したものであれば、カメラマンは法を犯してもかまわないわけです。そういう状況を発表するのは必要なわけです。ならば、我々が映像にかかわる分野を担当しているカメラマンとして、写すべきなんです」。まさに“然り!”である。大杉漣の朗読も素晴らしい。 (★★★★★)


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