アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

書物の王国 - 人形

2009-06-18 12:02:46 | 
『書物の王国 - 人形』 服部正・編   ☆☆☆☆

 国書刊行会から出ている「書物の王国」シリーズのうち、「人形」「王朝」「美食」の三冊を入手した。もともとは谷崎の『少将滋幹の母』を読んで王朝ものをまとめて読みたくなったのがきっかけだが、なかなか面白そうなシリーズなので他のものも入手してみたのである。

 これは「人形」篇で、人形に関する古今東西の幻想譚が収録されている。エッセーもあるし詩もある。こういうアンソロジーでなければ読まないようなマイナーな作家や古い怪談集からの抜粋もあって、高価な本だけれども買った甲斐はあった。

 ただ最初の作品、ホフマン『クルミ割り人形とネズミの王様』とアンデルセン『しっかり者の錫の兵隊』の連続はどうもいただけなかった(その前にあるエッセー一篇と詩一篇はいわばプロローグで、実質ここから本篇開始)。童話だからだめとは言わないが、もっと他に収録されるべき作品があるのではないだろうか。渋澤のエッセーにある、人形に対する「形而上学的不安」はほとんど感じられないし、特にホフマンの『クルミ割り人形』は他愛がない上にやたら長い。これを最初に読んだ時は「失敗したかな」と思ってしまった。導入部のつもりかも知れないが、こんな本を買う読者にそんなものが必要とも思えない。

 気を取り直して読み続けると、レニエ『マルスニール』ハーディ『彫像の呪い』あたりから俄然本格的になってくる。『マルスニール』は『さかしま』のデ・ゼッタントのような隠遁癖のある男が現実的な女と結婚してうまくいかなくなる話で、バロック的で諧謔に満ちた文体が読んでいて気持ちいい。人形がうまく絡めてあるが、結末はちょっと拍子抜け。いわゆるどんでん返しである。『彫像の呪い』はいかにも怪談風のタイトルにいかにもな物語展開。貴族の女が美貌の男と結婚し、男だけ教育のため半年ほど留学する。が、男は生死にかかわるほどの大火傷を負い、命だけは取りとめて帰国する。怪物のような姿となって。女は男を怖がり、男はどこへともなく行方をくらます。やがて女は別の男と結婚するが、そこへ最初の夫のアポロンのように美しい全身像が届く…。おお、これは楳図かずおだ、と思いながら読み進む。やがて全身像が醜く変わりはじめ、しまいには動き出すに違いない。が、さすがハーディ、そういう分かりやすいホラー的展開はせず、超常現象も一切使わない。ただ人間心理の怖さをじっくりと描いていく。これは読みごたえがあった。

 フエンテスの『女王人形』は既読だったがやはり良い。この人の散文詩的な文体とラテンアメリカ的幻想は本書の中でも異彩を放っている。

 さて後半は東洋の人形譚に移っていくが、『新説百物語』からの『人形奇聞』が特に印象に残った。1ページちょっとの短い文章だが、たらいの湯に浸すと裸の人形が動き出すとか、これを僧がもらって「いい土産をもらった」なんて普通に喜ぶところとか、人形が予言をするとか、それを不気味に思った僧が道端に捨てても人形が「ととさま」と言いながら追いかけてくるとか、とにかくディテールがいちいち面白い。なぜか宿の亭主が対処法を知っていて、その通りに人形を川に流してしまうという結末もとぼけている。しかしこの僧、「最早ととさまの子なれば、離るる事はない」と追いかけてくる人形を川に流してしまうなんてひどい奴である。人形がかわいそうだ。別に悪いことをしたわけじゃないのに。

 しかし渋澤龍彦のエッセー『悪魔の創造』にあるように、これが人間が人形に対して抱く形而上学的不安というものなのだろう。また、日影丈吉『人形つかい』でもそうだが、東洋の幻想譚においてはどうも人形には予言能力があるらしい。

 泉鏡花の『雛がたり』は短いエッセー。そして乱歩の『人形』柴田宵曲『ものいう人形』とエッセーが続き、クライストの傑作『マリオネット劇場について』に繋がる。これも既読だが、やはり人形アンソロジーには欠かせない素晴らしい作品だ。「私」がある舞踏家とマリオネットについて会話をするというだけの話だが、このマリオネットに関する舞踏家の思索、観念がきわめて幻想的かつ幻惑的なのである。ボルヘス的な観念の幻想譚だ。ちなみに押井守の『イノセンス』の中にこの作品からのもろ引用が出てくる。最後から二番目に収録されている渋澤の『悪魔の創造』も人形に関する見事な考察で読み応えがあった。

 一つのテーマの幻想譚ばかりを集めたアンソロジーというのは単調なのではないかと読む前は思っていたが、全然そんなことはなかった。なかなか面白い企画である。「王朝」「美食」も楽しみだ。



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2 コメント

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おお (ともエ)
2009-06-20 01:38:02
懐かしい!
この叢書は『夢』だけ読みました。
なんだか硬いな…と思って、追うのを止めたのですが、こちらで拝見するタイトルと作者名はさすがに好みで、さすが国書刊行会…。収集癖をくすぐられるシリーズです。
あたしも買いたいな…。

フエンテスは、『遠い女』の「チャック・モール」も人形の話…ですね。

女王人形は岩波に入ってたやつでしたっけ。

と思ってて本棚見てたら、コルタサルの『すべての火は火』、買ってないと思ってたら実は持っててびっくりしました(笑

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 (ego_dance)
2009-06-21 00:13:10
実は『夢』も欲しかったんですが入手が難しそうだったんで止めたんです。この『人形』は収録作が全部いいとは言いませんが、全体としては充分満足できました。他の巻も読んでみたいです。全巻揃ってる図書館でもあればいいんですけどね。アメリカではそうもいかず…。

「女王人形」は岩波の短編集でしたね。フエンテスも大好きな作家です。そういえば「チャック・モール」も人形ですね。

>と思ってて本棚見てたら、コルタサルの『すべての火
>は火』、買ってないと思ってたら実は持っててびっく
>りしました(笑

そういうことありますね(笑)。忘れてて同じ本を二度買ったりとか。ちなみに私はコルタサルは『遊戯の終わり』だけ持ってます。
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