アブソリュート・エゴ・レビュー

書籍、映画、音楽、その他もろもろの極私的レビュー。未見の人の参考になればいいなあ。

ローマのテラス

2008-02-07 19:49:36 | 
『ローマのテラス』 パスカル・キニャール   ☆☆☆☆☆

 再読。2000年度のアカデミー・フランセーズ小説大賞受賞作。

 一応モームという版画家を主人公にした物語だが、『辺境の館』ほどしっかりした構成を持った物語ではない。最初の数章、モームがナンニと出会い、愛し合い、悲惨な別れをする部分はかっちりした物語になっているが、それ以降は時系列が乱れ、モームの作品や夢や言葉、交友関係、エピソードなどがランダムに並べられる緩い構成になっている。一貫した筋を追うことはなくなり、断片的エピソードの羅列となる。モームの死が途中で語られ、死後の作品の扱いが語られ、また平然と生前の話に戻ったりする。

 が、それがこの物語をプロットの制約から解放し、冗長さを排除し、鮮烈なイメージを自由自在につなげていくことを可能にしている。一貫したストーリーがないので、前フリや下ごしらえというものがいらないのである。キニャールは自分が関心を持っているテーマやイメージから遠ざかる必要がない。新しい登場人物が何の説明もなく現れては消えていく。いやもう、気持ちいいぐらいあっけらかんと。読者は次の章でキニャールが何を語るか、どの時代のことを語るかさえまったく予想がつかない。しかしそんなバラバラのエピソードの中にも、ナンニの息子がモームを探しにやってくる、みたいな濃厚なドラマが唐突に展開したりするから油断できない。

 とにかく無駄がない。ストーリーにも文体にも。ギリギリまで贅肉がそぎ落とされていて、肝心なことだけが簡潔な文章で並べられていく。『辺境の館』でもそうだったが、本書ではそれがさらに徹底している。特に文体の力強さはものすごいものがあり、一文ごとに鉄の楔をガン、ガン、と打ちつけていくようだ。省略法が徹底しているので、すべての文章が唐突である。話の展開も唐突、時間の経過も唐突、人物のセリフも唐突、エピソードの切れ目も唐突。いやもう、何もかもが唐突だ。しかしその唐突な文章が集合体になると、見事にバランスがとれて強烈なポエジーを醸し出す。快感である。名人芸としか言いようがない。あらゆる無駄が省かれて一個の散文詩に凝固したようなこの小説を読むと、ストーリーを語るために延々と退屈な描写を重ねる普通の小説が、とても不恰好に思えてしまう。

 キニャールは物語ではなく、『さまよえる影』や『音楽への憎しみ』のようなエッセー的な作品もたくさん書いているが、本書は『辺境の館』のような物語作品とエッセー的作品との中間に位置するものとも考えられる。簡潔なエピソードを自在に連ねていくキニャール独特のスタイルは、無駄がなく常に肝心なことにフォーカスしているという意味でマルケスの『百年の孤独』『族長の秋』あたりにもちょっと似ているが、この断片性とブチブチ切れているような唐突さは明らかに違う。

 しかしこの手法をマネしようと思っても、このテンション高い文体がなければ空中分解を起こしてしまうだろう。本書の主人公モームは銅版画家だが、この小説も銅版画の趣がある。キニャールは『シャンボールの階段』『ヴュルテンベルクのサロン』など軒並み絶版になっているが、復刊してくれないかなあ。


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