久々の紳士録です。
云わずと知れた宮原のスター罐47号機。
電関人の場合は、同じ宮原の大窓スター罐のうち47号機は相性良く数度撮影したけど
53号機は1度も逢うことなく終わった。
年越しの山陰旅行帰り、元日の下関でヨルタノをやった。
もうすぐ最終の門司行きで帰らなくてはならない時間が近づいたころ、満を持して47号機は登場した。
1978年1月1日 山陽本線下関駅にて(おそらく34レ)
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さよならネタが続きます。
東海道線にE233系の投入が始まり、ついに国鉄型最後の近郊電車ともいうべき211系の廃回が始まりました。
思い起こせば、日本全国に行きわたり見慣れた近郊電車顔から211系デビュー当初はステンレスに白いFRPフェイスが斬新で
それでいてどこか国鉄らしさが残る現代の合いの子的存在だったその車両が引退します。
静岡駅で顔を並べた115系初期車とJR東海車211系、2形式とも東海道本線JR東日本地区では過去帳入りしようとしています。
上信越線、両毛線に残る115系そして宇都宮線・高崎線の211系を大切に記録したいものです。
2005年3月18日 東海道本線静岡駅にて
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ダイヤ改正といえばとかくJRが話題の中心になりがちだが、
ネットを見ていて、「えっ!」と思うニュースを発見した。
近鉄の3月改正(3/20施行)にて、往年の名特急である名阪ノンストップが廃止されるということ。
電関人の中で、私鉄特急といえば未だ近鉄特急が燦然とNO.1の地位を不動のものとしている。
その中でも、名阪ノンストップは別格中の別格、新ビスタカーの時代にどうしても乗りたくて
わざわざ福岡から乗りに出かけたのだった。
ビスタカーの写真でないのがちょっと残念であるが、それでも往年の名車12200系スナックカーのマイナーチェンジ前の姿。
「名古屋」「ノンストップ」と中央の特急サインが電関人をキュン!とさせた。
1976年 近鉄高安駅にて 12200系名阪ノンストップ(コダカラーからモノクロに変換)
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今日ほど悩んだのも最近珍しいです。
どっちのロクゴーにするか、大宮車両所で公開展示される535号機、1041号機にするかそれとも普段着の貨物列車を牽く
ロクゴーにするか??
結局、昼過ぎになってやっぱり現役で走り続けているロクゴーにしようと思い14時前の3095レから夕方の76レまで7本の
現役ロクゴーを狙いに東浦和に出かけました。
現地に着いてみると、大宮車両所公開や内房線のC61があるというのに随分多くのカメラマンが集まっているのにビックリ。
ラッキーにも定位置に構える事ができ、3095レを待っていると・・・
撮影に行くつもりでなかったので事前に何も調べなかったのですが、いきなり原色1077号機がやってきました。
でこの後、鐡友とメールの遣り取りをしてこの後の8685レにも原色との情報が。
普段から撮りたいなと思っていた車扱いのオイルトレイン牽引の原色を2本赤プレ、青プレそれぞれ収穫できました。
そしてさらに・・・
本日のトリである76レ。これには1127号機とこれも先程の友人情報で確認済み。
途中2078レ辺りから遅れが出始めて76レは16時40分回っての通過、露出が厳しかったです。
もう少しコンテナが載っていて欲しかったけれども、午後だけの出撃で3つものネタ罐をいただけました。
動いているロクゴーを選んだことに、ロクゴーの神様からのご褒美だったのでしょうか!?
2012年2月11日 武蔵野線東浦和付近にて
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今度の改正で、最後の581(583)系寝台電車きたぐにが季節列車に格下げされます。
実質定期列車から581(583)系が撤退するというひとつの時代が終わりを告げます。
ヨンサントオ(昭和43年10月)改正で世界初の寝台電車という華々しいデビューを果たして、
足かけ44年走り続けてきた581(583)系よ、お疲れ様でした。
通称「月光型」とも呼ばれた、581系の代名詞的列車月光号。
南福岡電車区は、歴代の交直流型車両が落成の際にはまずは一旦メーカーから
この区に持ってこられて、検査ののち全国の所属区へ配置されていました。
1974年 南福岡電車区にて許可を取って撮影 581系月光
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「記録すること」というのが写真の本来的機能である。
写っている人々の服装を見ると、おおよその時代が分かる。
何十万という距離を、人とその生活や人生をともに運んできた客車の扉の向こうに
なんだか懐かしい時代を感じる。
鹿児島本線と長崎本線が分かれるクロスポイント。
それに久大本線の始発駅でもある鳥栖駅には、何とも言えない良い雰囲気が漂い
良く撮影に出かけた。
1978年5月 鳥栖駅にて
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話はあちらこちらに飛びますが、今からちょうど30年前の冬に大蒲原で撮った写真です。
学生時代には、まだまだフォトジェニックな地方私鉄が其処彼処にあって、
冬になるとそれらの雪景を撮りに出かけておりました。
いつもは単行が基本の蒲原鉄道ですが、冬鳥越えのスキー場への臨等で稀に2連または3連が
運転されました。
大蒲原の集落は、里山に寄り添うようにあり遠くに朝日や飯豊の高い峰々を望む
典型的な日本の里を形成していました。この大蒲原の四季をじっくりと追ってみたかったです。
1982年2月 蒲原鉄道大蒲原にて
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ダイヤ改正まで、あと1月ちょっとです。
電関人にとって、一番インパクトがあったダイヤ改正は昭和50年3月(ゴーマルサン)の新幹線博多開業です。
当時、最も好きだったディーゼル特急かもめが改正で廃止となりました。
新幹線が発着するようになった博多駅に改正後も82系ディーゼル特急が3本も発着していました。
山陰本線回りで新大阪まで行っていた、まつかぜと肥薩線経由宮崎行きのおおよどそれに、日豊線回りのにちりん。
そのうちのまつかぜとおおよどは、どちらも朝8時台の発車でこんな風に0系新幹線が見下ろす在来線ホームにて
顔を合わせていました。
1978年 鹿児島本線博多駅にて まつかぜ(手前)とおおよど(奥)
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土曜日の撮影報告最終編です。
ワシクリでの撮影を終えて、最後はオカポンこと岡部〜本庄での撮影です。
15時過ぎに現地到着で、数本の下り貨物を撮りますがそのトリはやはり安中貨物です。
2月になって田端のハチイチが代走に入っており、淡い期待でハチイチを期待しましたが、結局田端でゴトーさんに・・・。
日没寸前の16時50分過ぎ、定刻での登場は512号機エスコートでオール新車タキ1200+トキの編成。
エロい光線に照らされた新鋭EF510に新車タキの組み合わせは妙に艶っぽかったです!!
2012年2月4日 高崎線 岡部〜本庄にて EF510512号機 5781レ
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ようやく温かくなり兆しが見えてきたので、銀塩弄りを再開しようと思っています。
ということで、今日2度目のアップはCLUB6×6ということで私が初めて撮ったブロニー写真をアップします。
使用カメラは、コスモフレックスという純国産カメラ。会社はネットで調べたら練馬辺りにあったようです。
このカメラ、母方の祖父からもらったものだったと記憶しています。

題材は、鹿児島本線の白木原駅。
元は、信号所だったのが周辺人口が増えてきたのをきっかけに駅に昇格したようです。
瓦葺の小さな小屋が信号所当時からのものではないかと思われます。
国鉄時代には、列車通過の際に必ず線路脇に立って見送りの敬礼をしていたものでした。
露出計など無く、すべて勘で絞りを決めて撮影しました。フィルムはコダック社のヴェリクロームパンを使用。
1976年撮影 鹿児島本線白木原駅
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