サンタなんて商業主義でしょ?という親で、幼稚園も二年保育だったため、サンタさんがプレゼントをくれるということを知ったのは、かなり遅かった気がします。で、「サンタなんていない」という幼馴染と喧嘩したりしたものの、小1のときに、私は「サンタさんはけちだ(ほしいものをくれない)」といったらしく(← )、まだ親も若くて余裕がなかった当時、上記思想の問題もあって、あっさり告白。夢、終わる(笑)。
生まれ育った地域が、都営住宅群を含む、階層的に雑多な地区だったことを反省的にみられるようになったのは、大学に入ってからですが、今思えば、サンタを信じていたのは、一軒家やそこそこの企業の社宅の子だったという事実(ちなみに高等教育までたどり着いたのも、その層中心)。「サンタはお父さんなんだぜー、知らねーのー?」なんてのはかわいいほうで、「わかんない、うちには来ない」という子もいたような。
サンタがくるには、一定程度の資力と子ども中心主義的な子ども観を親が有していることが条件なんだという、身も蓋もない事実。
FB等で、親になった同世代が、サンタとして頭を悩ませ、知的好奇心をそそったり情操を育てたりするようなすばらしいものをあげようか、大人から見たらいらなくても子どもがほしがるものをあげようか、という典型的な「親の悩み」を吐露しているのを見るに、サンタが来なかった子のうちには今はサンタは来ているのだろうか、と思いをはせまする。(すでに孫いそうな子もいるわけで…。)


生まれ育った地域が、都営住宅群を含む、階層的に雑多な地区だったことを反省的にみられるようになったのは、大学に入ってからですが、今思えば、サンタを信じていたのは、一軒家やそこそこの企業の社宅の子だったという事実(ちなみに高等教育までたどり着いたのも、その層中心)。「サンタはお父さんなんだぜー、知らねーのー?」なんてのはかわいいほうで、「わかんない、うちには来ない」という子もいたような。
サンタがくるには、一定程度の資力と子ども中心主義的な子ども観を親が有していることが条件なんだという、身も蓋もない事実。
FB等で、親になった同世代が、サンタとして頭を悩ませ、知的好奇心をそそったり情操を育てたりするようなすばらしいものをあげようか、大人から見たらいらなくても子どもがほしがるものをあげようか、という典型的な「親の悩み」を吐露しているのを見るに、サンタが来なかった子のうちには今はサンタは来ているのだろうか、と思いをはせまする。(すでに孫いそうな子もいるわけで…。)

