発作的に他者(家族含)の言動により自分の言動を選択するのが他人軸。
五次元の完全な自分軸世界になったら、「してあげたい」感覚はなくなります。
「支え合いとか尽くすとか与える」という言葉も死語になりそう、、、。
弥勒は満ち足りているので、何かが足りない(物やお金や愛や自己価値)不足感や、予想不安感はなく、自分を満たす為の何かは必要なく充足しています。
「ああなってこうなってああなるからこうする」というような、時系列的な方程式思考はないので、脳内に方程式が成り立っている(創造している)と、五次元思考への移行がスムーズに行われず、同じ所で堂々巡りを繰り返す、輪廻転生思考になりますね。
宇宙は私達に、この思考の大移行期への「祝福」へ招待しています。
その為に、どんなに小さな事のように思われる事でも、これまでの忍耐思考のパターンに気付くよう促され、常に「満たされ感」や「喜び」を選択するように促進してきます。
赤ちゃんや子供達こそ、言動じゃなく人の発している「動機」というエネルギー(波動)を感じているので、大人だから子供だからという隔たりなく、対等に考えや気持ちを伝え、エネルギー(波動)の調和循環が行われる事が望まれます。
もし心に不純物(納得いかないとか、自分の中に納める我慢)があれば、不協和音になります。
察するのが得意な日本人。
「本当はこうしたかったのに、相手に譲って我慢した」とか、本人は「我慢」したことすら、気付いてなく、大したことじゃないと思う思考プログラムを創造してたりするので、また、「自分が我慢すればいい」状態を呼びます。
「我慢/忍耐という、犠牲じゃなく、喜びを選択する」と、自分に決意/表明すれば、そこから脳内プログラムを移行させることができます。
ここから、実際行為を連動(言動の一致)させる割合を六割以上増やしていくことで、定着していき、自分軸(自分に満ち足りている)が定まっていきます。
五次元は、「何を成したか」「何を残したか」の評価に値するような世界はなく、他を必要としない「個」として成り立っている上で、意識の割合や集中の世界になります。
有限な思考だと腑抜けする位、単純(淡白)に思えるかもしれません。