物語を、救おうとする手立てを考えなければいけない。
真冬の太陽のような外灯と、けれども頬に当たる風は薄ら寒い春先の風で、俺は由美の隣りで、缶コーヒーの湯気に視線を落としていた。あったかいは、嘘で、手で持てないくらい熱かった。
住宅地の道路の片隅に二人は立つ。
ああ、これが世界の終わりだったら、きっと一枚絵になるだろうにな。
俺は、今日が平凡な世界の切れ端であることの詰りを、夜空に吐き晴らしていた。
「物語はその本質、悲劇にしかなりえない」
由美はそう呟く。
「物語は終わりが来るのだ。出会いというものが、幸せを作るのであれば、別れとは悲劇を生み出すものでしかないのだよ。わかるかい、悠大君?」
「わかんねえな、そこまで考えたこともないな」
由美は真っ暗な向こうに視線を向けながら、
「今も、今にもこの世界を詰ろうとしている人がいるとする。その人は悲劇の主人公だ。そして、クライマックスも間近、彼は人生最大の絶望と対峙するだろう。そんな時、私は思うのだ。……――ああ、物語を救わねばならない」
「……だが、その物語の中には声が届かない」
「そうだッ。だから、私はそこで物語をやめた」
悲しそうにしていたはずの由美は、不自然に星を見つめた。
つられて、俺も見る。
星は瞬いていた。
「だがな、そこでふと過ぎるのだ。もし、彼が何かの拍子に一発逆転の好機を得たとしたら。それは夢オチで、目を覚ませばうるさい目覚まし時計が鳴っていたら。私はそう思うと急に心が軽くなる。――――良かったぁ、と思える」
星空の青が急に速度を変えて迫り、透明なゼリーのようにしなやかに揺れた。
それはきっと見え方なのだ。
由美が見ている世界。
「小さな幸せは、本当に小さい。だが、どんな悲劇的な状況でもそれを思っていれば、ハッピーエンドは出来上がるのだ、絶対に。そうだろ、悠大君」
無邪気な八重歯を覗かせて、自論を展開し終えた由美は、息も上がっていてどこか照れていたようだった。
まるで、ルーベンスの『キリスト降架』を見たような。
「人が幸せを思う想像力は奇跡を起こすのだよ、悠大君」
世界のしじまにいることさえ忘れるような、ダイアローグの足跡だった。
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二十分で何か書けるかな、と思い立って書いたものです。
実家に帰っておられる方も多いと思いますが、サークルの皆様はご無事でしょうか?
こんなことを自分が言うのは厚かましいのですが、無事である方は、どうかコメント下さい。
皆様と元気でまた会えますように祈っております。
余震が続いているそうなので、ご注意ください。