マイクロ・キハ37(加古川色)の小加工

2018年02月16日 23時59分43秒 | 鉄道模型/製品レビュー・小加工など
またしても床下加工ネタです。
車体ほど気を遣わないのと、グレーや黒の単色塗装で済むので、部屋に引き篭りがちな冬場にもってこいです。(笑)


さて、実車は5両という少数派ながら、国鉄・JR・私鉄譲渡車と模型の世界ではマイクロエースが多彩なバリエーションを展開しているキハ37系。キハ40系列より幅を絞ったスタイリッシュな出で立ち、船舶エンジン(DMF13S)の採用など新機軸を盛り込んだことで活躍が期待されていましたが、投入対象線区の相次ぐ廃止や3セク転換などで残念ながら量産化はされないままJRに承継され、西日本の2両は主に加古川線で運用され、その後は朱色を纏い米子に転じて境線等で活躍、運用終了後は米子駅構内での長期留置を経て09年に廃車解体されています。いっぽう、東日本の3両は近年まで久留里線の主力として活躍し(2012年11月訪問時の記事はこちら)、これも廃車かと思いきやキハ30系列と共に全車が水島臨海鉄道で再出発を果たしたのは広く知られるところです。譲渡回送時の記事はこちら

そんな数奇な運命を辿ったキハ37系ですが、製品の床下を見ているとどうもエンジンの形状が不自然です。元写真を撮り忘れたのでどうしようもありませんが(汗)、Wikipediaでキハ37の項を見ていると〈1999年(平成11年)から2000年(平成12年)にかけて、順次機関をカミンズ製DMF14HZへ換装し、縦形(直立シリンダー形)エンジンに特有の室内床面の点検口が埋め込まれた〉とあることから、どうやら製品では東日本仕様のエンジン(DMF14HZ)が再現されているようです。つまり、製品の床下が当てはまるのは2代目久留里線色と水島臨海鉄道色のみ、ということになります。

そんな事実を知ってしまうと手元の加古川色を原型エンジンに作り変えたくなるところですが、原型のDMF13Sそのものズバリの床下は製品化されていません。10年ほど前にマスターピースなるメーカーからプラキットが製品化(床下機器含)されていたのを覚えていますが、現在ではおそらく入手不可能でしょう。また、同型のエンジンを積んだ車両としては鹿島臨海鉄道6000形(KATO)や三陸鉄道36形(TOMIX)が近年旺盛なバリエーション展開によって入手も容易ですが、両者とも実車の登場から比較的早期の製品化とあって元々の設計が古く、やはり床下機器の印象把握はイマイチです。
そうなると、現代水準での近似エンジンはキハ20系用のDMH17Cとなります。幸いにもTOMYTECから鉄コレ13弾において安価でリアルに再現されているので、余剰車からもぎ取って充当します。


画像左側、元のエンジンを取っ払って中央に配置しました。跡が穴だらけですが見えないので塞いでいません。(笑)
他の機器も配置が異なるようなのでWeb上の写真を見ながら適宜移設しています。どうやら冷房化(サブエンジン式)の前後で違いがあるようで、せっかくなので冷房化後としました。

M車については切削を繰り返してできる限り再現していきます。


他から流用できるものが少ないので、ほとんどの機器はモーターカバーからそのまま切り貼り。奥まっている機器については間引いておきました。


塗装したところ。前回の「ほのぼのSUN-IN」同様、上回りの出来が良いので床下に手を入れてやるとぐっと印象が良くなります。カプラーはTN化。


M車はこのように。エンジンもある程度は再現できたでしょうか。


車端はキハ40系用のカプラーとステップを取り付けました。トイレはこの時代ならまだ垂れ流しでしょうか。ひょっとすると冷房化(94年)と同時にタンク化されたかもしれませんが、流し管のパーツが異常に余っていたので取り付けておきました。(笑)


最後に、うちの加古川色気動車たち。キハ35はまだ紹介していなかったように思います。帯のデカールを見つけたのでKATO製品を塗り替えたものですが、ファルベの青緑1号はマイクロ製品と色味が似ています。一方、過去に製作記事で紹介したキハ20はGMの青緑1号を使用したので随分と異なる色合い。定番の色でもメーカーによって違うのだと、よい勉強になりました。ここまで来るとキハ40系列も増やしたいですね。
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キロ29・59「ほのぼのSUN-IN」の小加工

2018年02月08日 03時42分12秒 | 鉄道模型/製品レビュー・小加工など
節分を過ぎたものの、京都は相変わらずの底冷えで堪えます。
仕事柄、体育館という場所に出入りしなければならないのですが、あればかりは慣れませんね。
夏場の蒸し暑さを避けるには仕方のない構造のようですが。

さて、昨年入手したマイクロエースの「ほのぼのSUN-IN」。
年明けから重い腰を上げてグレードアップを進めていましたが、このたびようやく終わりました。


実車は山陰最後のキハ58系列として団臨を中心に10年ほど前まで活躍していました。関西に遠征してくることもしばしば、行動範囲の限られていた高校時代でも数回接する機会があり、車端部のグラデーション塗装が思いのほか雑だったことが印象に残っています。(笑)


さすがに模型では印刷で無難に(?)まとまっています。
かつて製作に挑戦したこともありましたが、エアブラシを持っていないとこの箇所がネックとなります。当時はデカールに吹き付けて再現した覚えがありますが、やはりスッキリとは仕上がりません。前位側の扉を綺麗に埋めるのもなかなか面倒です。

そんなこんなで、ボディの出来は良好ですが、床下に目を向けると……




どうも、見慣れたKATOやTOMIXの床下とは異なります。
これはおそらく同時期に製品化された東日本車(エレガンスアッキー、よねしろ等)の床下が流用されたものと考えられますが、それにしてもモールドが甘く安っぽい印象は否めません。DMH17エンジンの造形は「フェスタ」の床下で実績があるはずですが、あちらも相当前の製品化ですから難しいのでしょうね。

エンジンだけを部分的に交換するのもバランスが悪いと思い、


KATO製キハ28の床下を切り継ぎ、ウエイトで繋ぎ合わせます。


塗装したところ。
やや下が空いてしまいましたが、これで正規の床下になりました。


M車についても同じく、KATOのキハ58からモーターカバーを切り貼りして塗装しました。


連結器はTNに換装し、車端にはトイレタンクやステップを取り付け。
客用扉窓はやや小ぶりだったので、拡大してTOMIXのものを嵌め込みました。


前面窓ガラスもTOMIX製に交換。種別表示幕はそのままだと横長なので、点灯は諦めてTAVASAの国電用方向幕を上から貼り付けています。
ほか、ジャンパ栓はKATOの115系長野色用を、形状の異なるタイフォンはTOMIXのキハ40系(岡山色用)に交換。今度KATOからキハ58がリニューアルされる際には専用のジャンパ栓が出るので、他車のグレードアップ用に確保しておきたいですね。




かくして床下の正規化とグレードアップが完了した「ほのぼのSUN-IN」ですが、気動車の床下は奥深いもので、実車と模型で違う点の多いこと多いこと。模型は部品流用ありきですから仕方ありませんが、マイクロ製品で言うとキハ65(エーデル)やキハ37なども異なる点が多いので、地道に手を加えているところです。


一段落ついたところで、タイミングよく「ゆったりやくも」が入線。
しばし米子界隈の雰囲気に浸ろうと思います。
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京都市交通局ダイヤ改正(52系統復活)

2018年01月29日 01時44分52秒 | バス関係
些か旧聞ですが。

京都市交通局より、3月からの市バス新ダイヤの概要が発表されました。
今改正の目玉は京都バスとの共同運行となる「京大快速」の新設、そして七本松通を経由する52系統(試験運行)の「復活」でしょう。
と云うのも、京都駅と衣笠地域を結んでいた先代の52系統は20年以上前に廃止されており、以降は50系統や55系統が長らく後継を担っていました。ところが、交通局が近年積極的に取り組んでいるMM(モビリティ・マネジメント:特定の地域において、自動車への過度な依存から公共交通機関への自発的転換を促す)により、七本松通を擁する仁和学区ではバス利用の機運が高まったことから、今回の試験運行となったようです。
先代52系統は97年の廃止なので私も見たこと自体はあるかもしれませんが、どうにも記憶にありません。実は大学進学まで衣笠地域にはほとんど縁がなかった、というのが正直なところです。
しかし、かつての起終点であった等持院近くに残されていたこちらの看板でその存在を知るに至りました。


場所は、嵐電等持院駅と龍安寺駅の間にある踏切近く。


画像では電柱に被って分かりづらいですが、右の建物に長らく掲げられていました。
今出川通を白梅町まで走ってきた先代52系統はそのまま嵐電沿いに西(画像右方向)へと突き進み、踏切手前のところで北(画像手前方向)に進路を変えて等持院前へと向かっていました。しかし、それもせいぜい80年代までのことで、以降は等持院に寄らず手前の馬代通を北上するルートに変更され、立命館大学や金閣寺方面への足となっていたようです。
やがて52系統は廃止され、いつしか看板だけが生き証人となっていましたが、つい最近になって建物が取り壊され更地に、そして駐車場となってしまい、ここまでバスが来ていた痕跡はいっさい現存しません。
仮に白梅町以西のルートを復活させるにしても、ただでさえリスクの高い狭隘路線、当時よりも自転車の学生は増えたでしょうし、数年前の改正で特205系統が馬代通経由へと振り替えられたことで、再びの等持院乗り入れは現実的ではないでしょう。
けれども、七本松通からは先代52系統も経路変更で早々に姿を消していましたから、実に30数年ぶりのバス路線復活となります。系統廃止当時の97年と比べても街並みは大きく姿を変えてしまいましたが、いま再び市街地と大学を、そしてバスを待ち望んでいた地域を結ぶ路線に「52」の番号が割り当てられたことは粋な計らいと言えるでしょう。
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鉄コレ・富山地鉄10030形の小加工

2018年01月18日 02時53分37秒 | 鉄道模型/製品レビュー・小加工など
前回に続いての小加工ネタです。
実質コレの続きと言えるかもしれません。


4年ほど前に発売された鉄コレの富山地鉄10030形。当方では14760形と共に車輪とパンタの交換後、屋根と床下を塗装して放置していましたが、先日、模型店を物色していて見つけたこのパーツを機に……


KATOのクハ189用ダミーカプラー(正しくは連結器カバー?)です。
連結器カバーと言えば、同社から発売されているE257系用の白色が汎用性が高く、


当方でも国鉄・JR型問わず使っていますが、富山地鉄のものはまた別物。


(2013.03.29 岩峅寺にて)
画像の通り、横長の特殊な形状となっています。
これくらいならプラ棒の削り出しで自作しても良いのですが、今回のクハ189用が比較的近いことに目をつけて、ついでに各部のディテールアップもしてみようということになりました。


まずは連結器カバーを銀色に塗装して、鉄コレの胴受けに接着。少し削るだけでフィットします。


平べったい栓受けは別パーツ化。


モールドの上から穴を開け、残ったモールドを除去。
右端が少しズレてしまいましたが、これくらいなら誤魔化しが効きます。(笑)


栓受けはアルファモデルの113系用を塗装して取り付けました。
ライト枠もトレジャータウンのものを上から貼り付けて、だんだん京阪から地鉄の顔に近づいてきました。
更に追加するならば上の実車画像のようなアンテナ類もあると実感的ですが、破損が怖いので今回は保留としています。


連結部はKATOカプラーに換装のうえ、幌を取り付けました。
幌は薄めのキハ91系用を使っています。今回のように連結面間に余裕のないときに便利です。


鉄コレの走行用パーツには他社製カプラーを取り付ける「受け」が付属していますが、一々買うのも面倒なので真鍮線を貫通させて無理矢理このように。製品状態のアーノルドでも良しTNに換装しても良し、この辺りは各自の好みが出るポイントですね。

さて、ここまで来て気になるのが、屋上のクーラー表現。


(2012.09.29 鳥羽街道~東福寺にて)
実車のクーラーは天面と側面にメッシュの黒が目立ちますが、模型ではメッシュ表現が無く窪みがモールドされているのみとなっています(同じ京阪でも小型車の600形などは天面のみメッシュ表現がされています)


そこで使えそうなのが、キハ189系の製作でも使用したウェーブのメッシュ。


試しに切り出してはめ込んでみると、ぐっと細密化されて好印象です。


目が潰れないように木工ボンド水溶液で固定した後、エナメル塗料でスミ入れしてやるとクーラーらしくなりました。
側面の表現はメッシュにやや厚みがあるので不適ですが、ここはシールかデカールを貼り付けることにしましょうか。


吊るしの状態ではどうしても安っぽさが否めない鉄コレですが、これでようやく模型として一人前になってなってきたような気がします。欲を言うなら動力化をもって完了とすべきですが、レイアウト片隅から分岐する地方鉄道のアクセサリーとしてしばらく鎮座してもらおうと思います。(笑)
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209系2100番代(房総色)の小加工

2018年01月15日 01時13分29秒 | 鉄道模型/製品レビュー・小加工など
早いもので1月も半分を過ぎ、本格的な寒さが訪れていますが、そんな中でKATO・TOMIXから怒涛の製品化発表。
待てば出る時代となって久しいですが、それでもやはりドキドキするものですし、セット構成や再現の度合いなどはもう少し経たないと分かりません。そして、今は特に魅力を感じていない車両でも、旅先で実車に接すると欲しくなってしまう車両もあるものです……。
きょう取り上げるのも、そんな車両の一つ。


昨年末にTOMIXから発売された209系2100番台(房総色)です。
今までどちらかと言えば西日本に、そして気動車に偏っていた当方の所有車両ですが、東日本の通勤電車は初めての導入です。
実車は全編成が転属・改造から成っているものの、当初の京浜東北線で活躍していた頃には縁がなく、幼少期に図鑑で何となく把握していた程度で、今のように年に数回東京に行くようになった頃には既にE233系への置き換えが完了していました。比較的早期に第一線を退いたこともあって安物の印象が強く、房総各線に転じた後も特に食指の動く存在とはならなかったのですが、




昨夏に内房・外房線を乗り潰した際、すっかり近郊電車に装いを改めた同車に初めて接することとなり、いざ乗車をしてみれば、中間車こそ元・通勤電車の原型を残していますが、両先頭車に設けられたボックスシートに腰を落ち着けると車窓には房総の煌く海が広がり、窓際のテーブルに飲み物を置けば一気に旅行気分は上昇。113系の後継として十分に足る車両だと感心させられました。


模型の方に目を向ければ、例のボックスシートの設置された車内が新規に再現されて期待通りの完成度です。厳密には台車位置が異なるようですが、これは修正が大変そうなのでそのままとしています。
車番はインレタ選択式で、号車や車イス表示、そして珍しくATS標記までも収録(所属標記はやっぱりナシ)。上総湊→安房鴨川で実乗し、インレタにも収録されているC436編成としました。


成型色のままのスカートはグレーに塗って支柱をブラックアウト。
東日本の通勤電車には施工しておきたいポイントですね。


固定編成の電車ということで、カプラーはKATOのE231系用を小加工のうえ取り付け、E259系用の車体間ジャンパも一部をカットして取り付けました。
メーカー推奨のTNカプラーだと東日本独特の青灰色の床下機器と色が合わず、ジャンパも無いのでスカスカになってしまいます。トイレのある2号車にはタンクを取り付けたいところですが、良い部品がないので今は保留。扉はスミ入れしています。


KATOカプラーの取り付けはこのように。瞬着のポン付けでは心許ないので両脇の2箇所に穴を開け(見えにくいですが)、丸プラ棒を差して固定しています。ねじを使えばもう少し綺麗に仕上がるでしょうか。
KATOカプラーは実感的でないので長らく敬遠していましたが、ジャンパが発売されたことで一気に真価を発揮した気がします。編成の順序や向きもこれで間違えませんね。(笑)

この他にもいろんな車両に小加工を施していますが、今年もぼちぼち紹介していこうと思います。
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