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藤田覚氏への素朴な疑問

2017-05-22 | 渡辺浩『東アジアの王権と思想』
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2017年 5月22日(月)11時23分34秒

渡辺浩氏、そして渡辺氏の認識の基礎となっている藤田覚氏の「天皇号」の話は、その一番基本的な前提の部分に多大な疑問があります。
藤田氏は1994年刊行の『幕末の天皇』において、「江戸時代、天皇のことを通常は『主上』『禁裏(裡)』などと称し、天皇という語は馴染みのない呼称だった」と述べ(講談社学術文庫版、p139)、1999年刊行の『近世政治史と天皇』の「第八章 天皇号の再興」の冒頭では、

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 江戸時代の天皇、厳密には天皇の位についている方は、通常は「禁裏」「主上」などと呼ばれ、「天皇」と呼ばれたり、文書や記録などに記されることはほとんどない。 だが、即位宣命や宸筆宣命などの宣命類では、「天皇」と書いて、「すめらみこと」などと読んでいる。
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と書かれています。(p247)
しかし、近世公家社会には全く素人の私が、ゆまに書房による『天皇皇族実録』復刊シリーズの一冊、『光格天皇実録第一巻』(2006)を手に取ってパラパラめくってみたところ、数多くの宣命に「天皇」が頻出するばかりか、個人の日記類にも頻繁に「天皇」が登場していますね。
編年体の『光格天皇実録』全五巻のうち、第一巻は光格天皇(1771-1840)の誕生から僅か十歳での践祚を挟み、寛政元年(1789)までの幼年・若年期の記録であり、光格天皇自身による様々な古儀復興の影響など全く受けていない時期のものです。
宣命では即位宣命(p81)だけでなく、伊勢神宮への「御即位由奉幣」発遣の宣命(p73)、同じく伊勢神宮への「御元服由奉幣」発遣の宣命(p100)、「故征夷大将軍右大臣正二位源朝臣家治」に「太政大臣正一位」を贈る「贈官位」の宣命(p382)など、多くの種類の宣命の全てに「天皇」との表現があります。
また、「御即位次第一会」という即位式の記録にも「天皇著御礼服」(p90)、「天皇御高御座」(p91)、「天皇還御本殿」(p93)などとありますね。
個人の記録では、『柳原紀光日記』に「今日天皇<春秋十一、先帝御養子、実系一品太宰帥典仁親王男、去々年所有践祚也>冠礼日也」(p111)、『山科忠言卿記』に「抑此日天皇<兼仁>御冠礼日也」(p119)、『経煕公記』に「今日天皇御元服也」(p123)、『徳大寺公城手記』にも「御元服天皇ノ儀也」(p123)といった具合で、『定晴公記』の「此日皇帝加元服<御年十一>」という表現がむしろ例外なのではないかと思われるほどです。
ちなみに柳原紀光(1746~1800)は亀山天皇践祚の正元元年(1259年)から後桃園天皇が崩御した安永8年(1779年)までを扱った歴史書『続史愚抄』の著者としても有名ですが、『続史愚抄』は歴代天皇について「〇〇院」ではなく「〇〇天皇」と表記していますね。

うーむ。
こうなると藤田覚氏の<江戸時代の天皇、厳密には天皇の位についている方は、通常は「禁裏」「主上」などと呼ばれ、「天皇」と呼ばれたり、文書や記録などに記されることはほとんどない>という記述はどこか別の近世社会、パラレルワールドの記録なのかな、という感じさえしてきます。
また、渡辺浩氏の<天保十一年(一八四〇)に光格天皇(在位 安永八・一七七九年ー文化十四・一八一七年)の諡号が復活するまで、「天皇」の号は、生前にも死後にも正式には用いられなかった>については、宣命は「正式」ではないのかな、という素朴な疑問が生じますね。

ちなみに、『光格天皇実録第一巻』p150以下に、安永十年正月二十九日の記事として、

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二十九日、是日ヨリ五箇夜、陰陽頭土御門泰栄ノ里第ニ於テ天曹地府祭ヲ行ハル、都状ヲ奉ラル、

〔天曹地府祭都状〕二十二 光格天皇
謹上   天曹地府都状
 大日本国大王「兼仁」十一歳謹啓
【以下、16行略】
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とあり、陰陽道の世界では「天皇」ではなく「大日本国大王」なんですね。

『天皇皇族実録』(ゆまに書房)
http://www.yumani.co.jp/np/isbn/9784843319918

>筆綾丸さん
『天皇皇族実録』は約900頁あり、デジタル版で読むのはちょっときついですね。
後で関係する部分を抜き書きし、こちらに載せるつもりです。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。
「ポナンザのあとさき」
http://6925.teacup.com/kabura/bbs/8896
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