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ISO14001の規格改訂説明会にて聞いた議論

先日、環境マネジメントシステム(以下EMS)審査員の仲間内の会で、“研修”と称してISO14001規格改訂の内容説明があった。ここで気になったのが、どうもその説明者の特殊事情だと思われるが、ISO14001の運営は顧客を強く意識して行われるべきであると言う偏った意識に凝り固まっているのが気になった。曰く、“一部の工場だけを適用範囲としている企業があるが、その工場は本社によって統括管理されているはずなので、本社を外してEMSが適切に運営できるのかと言われれば、顧客の目から見て納得のいくものではないと思われる。第三者機関としても、それでスッキリ認証とは言い難いだろう。”何だか、こじつけたような変な論理に感じた。審査以外のことについて、当の組織以外の他人(第二、三者)がそのEMSをどう考えるかを勝手に忖度するのは僭越ではないか、と思うがどうだろうか。或いは、上位構造(共通テキストHigh Level Structure)の目的で“事業プロセスにマネジメントシステムを統合する”というのが有るらしいが、それを品質のプロセス・アプローチに統合すると誤解している印象で、これも奇妙だ。EMSにはそれ自身固有のプロセス・アプローチがあるからだ。
さらに、今回の改訂目的がISO9001とISO14001の統合にあり、今回はその第一歩であるかのように考えている点だった。そして その点についてはこの会全体にも蔓延している意識だと感じて驚いたのだった。この点については、私は従来からも出来ない問題だと言って来たつもりだが、この際少々議論を明らかにしておきたい。

さて、果たしてISO14001は顧客を強く意識して運営されるべきであるのか。これはISO9001の審査員から環境もついでにやってみた―実は私もそうだが―、というISO9001中心主義者の偏見であることは明らかだ。そして、それはISO14001の制定目的を見誤っている大きな誤解であることは間違いない。
何故ならばISO14001はあくまでも組織のロケーションから来る空間的な環境上の影響をシステム・マネジメントで管理しようというのが、その本来目的であるからだ。そこで、ISO14001でいう利害関係者は何かを考えてみよう。それには組織のロケーションから来る空間的な環境上の影響を与える対象が先ず考えられ、それは近隣住民でありコミュニティである。その延長上に、法規制等から来る監督されることによる相互影響のある行政組織も含まれる。しかし、ここで注意しなければならないのは空間的な影響から離れて製品によって環境影響を及ぼす相手が顧客である。組織内部で働く従業員(組織の指揮下にある非正規従業員を含む)或いは場内外注業者については、その業務による影響が組織の空間的な外部への環境影響となるものがISO14001の管理対象となると考えるべきであろう。外部への環境影響とならない部分は、その多くは安全・衛生上の管理対象となるものだ。レベルの低い環境審査員にはこの区分けが分かっていないのが居るので要注意である。その区別をせずに、環境審査で時として安全・衛生管理を問題にしていることがある。勿論、その業務が製品品質に及ぶのであれば、それはISO9001の管理対象となる。しかし、そこで出来た期待しない製品つまり廃棄物はISO14001の対象となる。
ここで、何を言いたいのか。それはISO14001は、顧客だけを強く意識してなされるべきという論議は大きな間違いである。顧客は多くの利害関係者の中の一つの要因でしかなく、場合によっては その比重は低く全く意識しなくても構わないこともあると言うことだ。実務面でも顧客で環境マネジメントシステムEMSの構築までを要求する場合は少数で、化学物質管理のために要求したり、場合によってはそれを条件にして多すぎる納入業者を絞るために条件とすることがある程度であろう。(しかし、化学物質管理にはEMSだけではそれほど有効ではない。別途そのための専用のマネジメントシステムの追加が必要である。)
環境で考慮すべき相手は、先ずは近隣住民であり、コミュニティでありその延長上の行政組織であると肝に銘じるべきである。その点を、あの説明者は完璧に誤解しているのが最後まで気になるのだった。

私が以前その解釈の混乱を懸念していた“リスク及び機会”について、この説明者も首をひねりつつ、ISO31000のリスク定義(不確かさの影響)つまり“不確実性”が変なのではないかと言っていた。しかし、改訂されたISO14001規格の言葉の定義を読めば、次のように巧妙に誤解のないように工夫している。つまり、“リスク3.2.10”の定義には“不確かさの影響”と書き、“リスクと機会3.2.11”には“潜在的で有害な影響(脅威)及び潜在的で有益な影響(機会)”としている。つまり、“リスクと機会”の“リスク”はISO31000の定義とは若干異なる定義になっているが、共通テキスト(H L S)で既にそのような扱いになっている。

ついで、改訂されたISO14001では、“組織及びその状況の理解”→“利害関係者のニーズ及び期待の理解”→“環境マネジメントシステムの適用範囲の決定”の順で、規格要求がなされている。これに対して、説明者に不信感で一杯の私は疑問に思って、何も考えずに即座に質問してしまった。
“環境マネジメントシステムを先ずどこに適用するかを決めて、それからその適用される組織の状況、その組織の利害関係者のことを考慮するのが、当然の順序ではないですか。”
これには、直接の回答はなく 変なところから横槍が入り、誤魔化されてしまった。しかし、後から落ち着いて考えてみると、これも共通テキスト(H L S)による縛りだったのだ。つまり、章構成そのものがこのように決められているため仕方がないことなのだった。勿論、先ずは全社のリスク分析をして、全社の利害関係者のことを考慮して、その上で一部の工場に適用するという堂々たる“王道”のやり方があるだろうが、必要に迫られて、一部の工場だけで運営すると決めてから始める場合もあり、それはそれで構わないのではないか。勿論、それからその工場のリスク分析に着手し、工場の利害関係者の期待を分析し、外注先や製品のライフ・プロセス等のどの部分までをその組織のEMS管理範囲とするかの限界を厳密に決めて行くので、適合性は担保されるだろう。

ここで、議論をISO9001とISO14001の統合に移したい。私は、今回の改訂目的がISO9001とISO14001の統合にあるとは見ていない。それは、それぞれの要求事項には特徴があり、それぞれでそれに応えて行く必要があるものだと思っているからだ。ということは、ISO9001とISO14001の統合は本来できることではないのだ。それを、実行面でも統合することは論理的には不可能と考えるのが妥当だと思っている。

実は私もかつてマネジメント・システムの統合を検討したことがあるが、ISO14001による管理のための指揮命令系統が、その組織の事業の指揮命令系統とは異なる局面が多くなり、管理のためのインフラ部分の統合はできても全ての合理的統合は不可能との結論に至ったのだった。
それは、その会社にはA,B,C,Dの工場があり そこにα,β,γ,η事業部が混在しているという組織実態であったためだ。工場のロケーションも結構散らばっていて、D工場は本社所在県の外にあってα事業部のみが入っていた。A工場にはη事業部と本社が、B工場にはαとβ事業部が居り、C工場にはαとγ事業部が居た。ところがEMS活動の指揮はサイト毎に行わなければならないため、事業部長級の工場長がその直轄部隊の工場総務課をスタッフにして、各事業部の現業課長を指揮して地元固有の問題に対処し運営していた。品質マネジメントシステムQMSは通常の操業組織の指揮命令系統に乗れば運営可能だが、EMSは工場のロケーションに拘束されて本来の指揮系統とは違うルートを作って運営しなければならず、当然別途の会議体も必要となって来る。このためマニュアルの統合すら意味がないのだった。
複数の工場とそこに複数の事業部が不均一に存在する組織にはムリでも単一工場で単一事業を行っている組織ならば可能ではないかと考え、姫路の特殊鋼メーカーの知人にQMSとEMSの統合ができているかとかつて問い合わせたことがあったが、そういうことはしていないとの回答だった。
以上のようなことから、QMSとEMSの統合は本質的に困難との結論を私なりに得たのだった。

その後、ISO研究会でそれを主催するコーディネータにISO9001とISO14001は規格目的が異なるので統合は不可能であると断言され、一部では我が意を得たりと喜び、一部では規格の本質に覚醒して感動した覚えがある。つまり端的で乱暴な言い方をすれば、ISO9001は“顧客の要求実現のためには惜しみなく資金を投入すること。それが顧客を獲得する最良の方法である。”という信念が貫かれているのだが、ISO14001は“ムダは徹底的に排除するべきで、それがいずれ環境には寄与する。”というのが基本になっている。従って、例えば組織の事業資金の投入戦略の方針が基本的にISO9001とISO14001では異なる方向を向いていると理解しなければならない。
このようにISO9001とISO14001ではベクトル自体が異なり、場合によっては両者矛盾する局面が存在するため、統合は困難であり、審査の統合も不可能であるという。従い、ISOには“統合審査”という概念はないのだ。勿論、組織自身は、矛盾する局面ではリスク・バランスを考慮して、どうするかを決定しなければならない。

以上のような理由で、実務運営上も基本原理から言ってもISO9001とISO14001の統合は不可能であるとの結論に至っている。にもかかわらず、今回の規格改訂の説明者は当然であるかのように統合指向の人だったので、あまり深い思考をしない人ではないかと思ってしまったのだ。だが、驚いたことにそれにこの会の指導的立場の人が同調する動きをみせたのだ。そういう考え方が一般的になる危険性があるのだろうか。もし、そうなればISO業界も支離滅裂になるのではないかと懸念するが、いかがだろうか。
以上で余りまとまりのない内容となったが、最近の活動の中で感じたことをできるだけ そのままに報告したつもりだ。参考にして頂ければありがたい。

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