じいたんばあたん観察記

祖父母の介護を引き受けて気がつけば四年近くになる、30代女性の随筆。
「病も老いも介護も、幸福と両立する」

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

じいとデート。

2006-11-25 08:36:09 | じいたんばあたん
※これは、2006年11月18日04:18 に綴られた記事です。

-------------------------------

もう余力がなくなりつつあるけれど、
(というのは、この前に怒涛のように文章を書いたからだ)

とりあえず。今日、じいとふたりで、
どんだけハッピーに過ごしただけ、残しておきたい。


病院から帰ってきて、じい宅と我が家の中間点にあるカフェで待ち合わせ。

マイミクさんからリアル友へと変わっていく方や、
親しい友人、大切なお客様にお運びいただいたときに
わたしがいつも使う、そのお店で。

15分送れてやってきた、じい。
彼を一人で歩かせるのは心配だったけれど、
誰かをこうやって待っている時間がわたしは大好きだ。

そしてやっと会えたじい。
数日会えなかっただけなのに、本当にうれしくて。
じいとぎゅっと手を握り合う。

じいは、足の悪い私を、さりげなくエスコートしようと
自分も少し足が悪いのに、がんばってくれる。
じいはどこまでも、「正しい男性」なのだ。
 

そんなじいと、ゆったり話しながら食べたら、お皿はからっぽ!

そして、色々なことを話す。
大阪行きのことやら、進路のことやら、色々。

じいはただこういった。

「お前さんのやることは、おじいさんは信頼している。
 おばあさんと過ごすようにね。
 のびのびと やりなさい。 お前ならできる。」

そしてわたしたちは、色んな話をした後、
ツリーの前で写真を撮った。

だって、来年があるかどうかなんてわからない。
それはお互いに、わかっていることだから。

やっと、じいと、ふたりきりで、デートを楽しめる
そんなところまで 来れたんだ
好きだよ、じい。 って遠慮なく言える
そんな間柄に。

食事のあと、お店の中のツリーの前で、
携帯カメラで写真を撮ってもらう。


最初はちょっとだけ照れていた、じい。


だけど、こそばゆそうに、とってもうれしそうにじいは笑った。
そしてわたしも、とても幸せだった。

だから、いつもどおり、じいにチュウをした。


目をとじて、リラックスしてくれているのが肌から伝わる。


いとしいいとしい、じいたん。
わたしの、祖父。
祖父だけど
気難しいしへそ曲がりだし理屈っぽいし
わが道を突っ走るし 年寄りの冷や水なんて解さないし

だけど
ここというところでは、必ず、優しさを発揮してくれる。
言葉でも、言葉ではない部分でも。

じいは、言葉で表現することを全く怖れないひと。
あの時代に、妻に短大の先生を、70さいまでさせていた人。
本当に、自由で繊細で優しいひと。

介護でうとうとしている私に、黙って毛布をかけてくれる人。
わたしはわたしで、気づかないふりをしながらこっそり泣いたりして。

ああ、どうかかみさま、来年も
じいとクリスマスを過ごせますように!
 
 
コメント (7)   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加

まごころが望むお役目を終えてはじめて

2006-11-21 00:44:54 | Weblog
人は、天寿を全うするのだ…と気づいた。

こころ では なく 
その奥底に 光っている まごころ
それが心底望むことをやり遂げるまでは
人間は、死なないのだ、と最近、思う。


もう一度書く。
人間は。やりとげたいと思うことをやりきるまでは
決して死ねない。


 例えば

 お年寄りの行動はしばしば我侭やと
 われわれには見える。

 だけどそうじゃない。


 彼らは、それをやらなければ死んでも死に切れないから
 一日一日を 自分のために 大事に生きたくて
 私たちから見たら「年寄りの冷や水だ」と思うようなことでも
 やるのだ。

 悔いなく生き切るために、いのちの最後の光を燃やしているのだ。

 人の人生は、流れ星のようなもの。
 その流れ星の最後の煌きがきっと、
 彼らのあの、老いたからだから発せられる眩しいパワーなのだろうな、
 とわたしは理解している。

ひとはそれぞれ、「まごころ」を持っている。

それを、改めて見つめ直し、
自分にも人さまにとってもより良い人生を生きるために
今後どのように生きていったらよいのか、ということを考えるべき時期が
人生の中で何度か訪れる。

今、わたし自身が、その時期のさなかにいる。
自らがPTSD(本来なら入院適応のケースだそうです)という「心の怪我」を負ってみて、思うことでもある。


わたしが発病してから今まで、影で表でずっと支えてくださった全ての皆さまに、改めて謝辞を述べたいと思います。


みんな、ありがとう。愛してるぜ!!!
 
 
たまより。


追伸)

だからわたし、心配しなくていいんだ。と気づいた。

「明日死ぬかもしれない」なんて思わなくていい。

そのときがきたら、ただごく自然な現象として、
受け容れれば、それで、充分なんやわ。

でも、見送るほうが好きやからな。長生きせな。

追伸)

※みなさまへ※
頂戴したコメントへのレス、大変ためてしまっております。本当に申し訳ございません。
最近、やはり調子がいまひとつなので、みなさまのところに伺わせていただくだけになっておりますが、もう少ししたら回復すると思いますので、どうぞご寛恕くださいますようお願い申し上げます。

追伸) これは私信です

まごころから諫言をわたしにくれた、君へ
(彼はおそらくここは、読んでいません)

わたしは、とても元気に、いつもと変わりなく(いえ、正確には小学生の頃のわたし自身のように)朗らかな気持ちで過ごしています。だからどうぞ、何も心配しないで、ゆったりと、お過ごしになっていらしてくださいね。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

眼鏡、見つけました。

2006-11-20 13:02:56 | Weblog
※11/20の出来事です。


広くもない我が家で、亡くした眼鏡。

それが今日、午前中でしたか突然、出てきました。



なぜか毛布と毛布の間に…orz


(やたら寒く感じてしまうので今、毛布二枚かぶって、上から羽根布団です)


いやー。びっくりしました。

プディングの中に埋まっている干しぶどうのようだって思った。




眼鏡を失くしたとき。

「外から情報を得ようとする前に、しっかりと内面をみつめなさい」

と、自らの肉体から話しかけられたような気がした。



なので、眼鏡が出てきたとき。

「内面と対話できたからこそ、眼鏡が出てきたのかもしれない」

とふと思った。
全く論理的ではないけれど、そう思った。


(追伸)
ただの直観が案外、馬鹿にならなかったりすると個人的には思う。
 
コメント (1)
この記事をはてなブックマークに追加

去年の眼鏡に残っていたもの。

2006-11-16 13:51:40 | 介護の周辺
※ごめんなさい。某SNSの日記からの転載です。
 記された時刻にあわせてUPしておきますね。

----------------------------------

みなさんこんにちは。
たま@また一つ「伝説」を増やしつつある女です。

えっと。
昨夜未明から「眼鏡がない!」とお騒がせしております。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=269719400&owner_id=1109615
実はまだ、見つかっておりません…orz
↑4.5畳とDKでどないして失くせっちゅーねんや…
 
で。検討の結果。
去年の6月の交通事故(ブログ読者さまはみなご存知ですが)
その際に、めちゃめちゃになってしまった眼鏡を取ってあったので、
それをとりあえず使ってみようと思い立ち、出してきたのでした。


ところが。掛けてみて、愕然。

これはひでーや…この眼鏡…どゆこと?



いや、蔓の部分は仕方がないんですよ。
だって事故にあったんやからそんなもんですって。

問題は、レンズの部分。
汚いとか傷んでいるとか、そういったレベルじゃない。

はっきりいって、見えない。
表面がもう、月面クレーター状態。



こんなんでよく介護してたわ。わたし。



眼鏡を買いにいく余裕なんてなかった。
当時は、夜勤の仕事はもう辞めていたけれど、
入浴介助から転倒防止まで24時間つきっきりで介護していたのだから、
良く考えれば、眼鏡が傷むのは、必然といえば必然なのです。


だけども。
 

あんまりだ、これは…^^;

介護者である以前に、人間としてまずいやろ…orz


*************************************


さて、前置きはこれくらいにして。
ここからが実は、本当にわたしが書きたかったこと。


周囲の人たちによく言われていた言葉。

「自分を大切にしなさい」

当時のわたしには、その意味が全く以って理解できなかった。
ご厚意からのおことばだということは感じ取り、感謝しつつも。

だけど、今はわかる。

この、旧い眼鏡は、その、周囲の言葉を翻訳してくれた。
言葉ではなく、そのあるがままの姿、そのもので。


こういう偶然に出会うとき、
つくづくと、わたしは、感じるのだ。


やっぱり、どんな事件にも、できごとにも
それらのなかには 欲しがる人にしか与えられない
とくべつな宝物が埋まっているのだな、と。

「大切な学び」を得るための「材料」

それらは、求めさえすれば 

それこそ、無尽蔵に、与えて頂けるのだ、と。
 
 
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

燃える下心。(ちょっと手を加えました)

2006-11-14 11:09:03 | Weblog


えっと。派手なタイトルですが(笑



わたしが介護を続けてきた理由について
改めて、書いてみようかと、ふと思いたち筆を執りました。



祖母の病気に気づいた瞬間、
「身体が先に動いてしまった」というのは事実です。

彼ら「一対の夫婦」を護ることが
その時自分にとって最もプライオリティが高いと判断して。

祖父母を愛しています。こころから愛しています。
世界の中心どころか宇宙のど真ん中から叫んじゃうくらい。



だけどね。それだけじゃないの。



わたし自身にとっても、利益があると判断したからなんです。
もう、下心が燃えまくって燃えまくって。


「老夫婦のみの家庭に介入し」
「孫という立場で」
  (孫が祖母を看ているのは全体の3%。祖父を見るのは0%。
   つまり貴重な「症例(?)」となるわけです)
「彼らの生き様、死に様を、特等席で観察させてもらえる」
「人の最晩年の、最も佳き伴走者として
 どのように接していくのがプロとして正しい態度なのか
 実際に、身内を使って体験できる。この年齢で、一人で。」
 (これは貴重な機会―たとえば外科医は身内をオペできないから。)


つまりですね。
明らかにわたしにも、メリットが出るのです。


こんな美味しい体験、逃してたまるか!!



そのまま医学部に行くより(受かる準備はできていたけど)
全くもって利益が高いわけです。

臨床医になりたいのであれば。

あるいは、病・老・死について教えるべく
NPO法人を立ち上げて動かしていくのであれば。

そして出来れば、世界の大学の教壇に立って教えてみたい。
(それ夢でかすぎやから>わたし)


ふふふ。こういう「下心」

―言い換えれば「生きることへの静かな情熱」があってこそ、
介護は楽しくやれるんですよ^^



わたしの場合は、たまたま、これが動機。

理論と実践の摺り合わせを常に求めるこころ。

より自分の人生を豊かに生きたいと願う、燃える下心。

この情熱あってこその介護人生でございます^^


だから決して自己犠牲精神なんてわたしは持ち合わせていない。
やれるだけのことはやり、頂くものはちゃんと頂いています。
そしてその収穫は、予想以上のものでした。
まだまだ、そういった「ベネフィット」は転がり込んでくるでしょう。

ね?これぞ「燃える下心」でしょ?うふふ。



ちなみに、タイトルに釣られた方は手をあげてね!*^-^*


from たま@写真は13日夜撮影。
       かささぎの出産に立ち会った後に。


【追記】

以前わたしは『病と幸福は両立する』という記事を書きました。
それを今、わたしは自分自身のこころとからだで実感できています。


PTSD(に準ずる)との診断を受け容れるのも苦しかったし、
症状が起こったときはもっと激しいし苦しい。辛い。

だけどその症状のさなかでも、わたしは言い切れます。


もし明日突然に、天からお迎えが来たとしても、
わたしは笑ってその運命を受け容れるでしょう。


わたしは、幸せです。

わが人生に、悔いなし!


(もちろんまだまだやりたいこと満載なので、
  この表現は「今までについて」ということで(笑))





わたしはかぶっていた猫を脱ぎ捨てました。

本来の姿は、ごらんのとおり「鳥」です。
       ↑従妹や叔母は私をこう呼ぶの(笑


そして、届けたい。オリーブの枝を。

皆さまのお心の中にある、ノアの箱舟へと。

(筋金入りの無宗教ですけどね^^;)
 
 
コメント (3)
この記事をはてなブックマークに追加

朝、目覚めゆく空に、祖母の微笑。

2006-11-09 07:17:54 | じいたんばあたん
朝六時に目覚めて、すぐにコートを羽織り、ほんの少しだけ散歩に出る。
ゆうべは3時半まで起きていたのだけれど、不思議と眠気はない。


先週怪我をしたばかりの両足はやはり痛くて、
ごくゆっくりとしか歩けないけれど、
わたしはどうしても今この、日々いとおしい朝を
―今日と言う日が無事訪れた歓びを―肌で感じたかったのだ。


出掛けに、携帯電話を忘れたことに気づく。
「ああ、カメラがない、もったいないなぁ」と一瞬思うが、後戻りするのはやめる。
今朝は特別に、全身でただ季節を感じたい。


もう、出勤や通学に自宅を出て行く人々がちらほら。


そんななかで、かつて祖母とふたり口ずさんでは歩いた、
シューベルトの「野ばら」を、不意に歌いたくなる。
ドイツ語も美しいし、日本語のそれもまた美しいのだ。

http://blog.goo.ne.jp/care-for/e/27f06cae5fa3e145ef860e78b4eead3f
(コメント欄をごらんください。詳しい解説を頂いています)


かつてのあの、幸せだった彼女との日々を思い出し、思わず
涙ぐみそうになる。

だけど。だけど。それでも。
朝はまた訪れ、鳥は変わりなくさえずり、そして、突然

美しく目覚めていく空の中に 祖母の優しい笑顔を見出だす。



ああ、そうか。
わたしは彼女に会いたくてたまらなかったのだ。
心と両手両足に、大怪我をしてから、彼女に会いにいけていない。
ついこないだ連れて行ってもらったばかりなのだけど、

だけど、…祖母に会いたい。


進行していく病のさなかにおいても、
わたしに、無償の愛というものを教え注ぎつづける
世界でいちばんいとしい、あの女性に。


白いコスモスが、傍で揺らいでいる。
わたしは、その純潔な花弁にそっと口付け、朝露を吸う。
涙ではなく感動を黙って頒ち合ってくれたような気がする、その花に。
 
 
******************

みなさまへ


長らくお休みを頂戴してしまいました。

現在、わたしは、たいしたことはないのだけれども、闘病中です。
いわゆる「心の怪我」という診断です。

そして、相方とも別離を選択しました。
彼の存在なくして、介護を続けてくることはできなかった。
彼に対する愛情や敬愛の念は変わりません。
謝意をここに、記しておきます。


わたしが今闘っている病の症状は、
とても激しく、苦しいものではありますが、

それでも、不思議とこころは明るく朗らかで、そしていつも穏やかです。

 
生きているって素晴らしい。
わたしは祖父と祖母を、支えてくれる友人たちを、
そして、このわたしたちを抱く世界を、宇宙を、愛しています。

これから、少しずつですが、
UPしないで書き溜めたものを、10月の記事としてご紹介してまいりたいと思います。
 
一日に、ひとつあげられるかどうかといったところですが、
どうぞみなさま、よろしく、お付き合いくださいませ。

コメントを残しながら(あるいは静かにただ)待っていてくださった
すべての読者のみなさまに、感謝をこめて。


11月10日記す 介護人たま 拝
コメント (13)
この記事をはてなブックマークに追加

長いお休みの後で、とりとめのない文をつづり、そして思い出す。

2006-09-17 05:48:52 | お知らせ
ずいぶん長い間、留守にしてしまいました。

コメントを下さった皆さま、
読みに来てくださっていた皆さま、
本当にありがとうございます。

コメントもお便りも、ひとつひとつ大切に読ませていただいています。
お返事まで、もう少しお時間をいただければ嬉しいです。
 

***************


夏風邪が思いのほか長引いたのですが、
おかげさまでようやく落ち着いてきました。

ただ、微熱がずっと続いていたので、
検査結果が出るまでブログの更新は自粛していました。

ですが、結果はお陰さまで異常なしでした^^

どうやらただの、自律神経の乱れらしいです。
かなりホッとしました。ご心配をおかけいたしました。
自律なんたらの方は、ぼちぼち治していきます^^
あまり気にせず放っておくうちに、なんとかなりそうな気がしているので…
 

***********


寝込んでいる間にも、
いろいろと状況の変化や、やるべき作業はあり、
横になったり起きたりしながら、いろんなことを考えました。


祖母の正式な後見人としての作業…
今後やっていくべき作業の整理や、裁判所への書類の提出など、
そしてそれらをやる中で考えさせられたこと、

それから、
この夏寝込んでしまったことで、
思いがけず大きな休憩を取ることになり、
その中で気づかされたこと、

少しずつですが、書いていこうと思います。
 
具体的には、SNSや手帳の端っこに書き留めておいたメモを
少しずつUPしていくことになると思います。

読んでいただけたら、うれしいです。


**********


実は、いま、じいたんの
旅支度をする合間に記事を書いています。

じいたんが、敬老の日から翌日まで、泊りがけで、
教え子から招かれた同窓会に出かけるのです。

さすがにもう、一人旅は難しいので、
少し遠い場所なので、叔母についていってもらいます。

わたしは、その日は、じいたんに付いていかず、
相方と一緒に、ばあたんの病院で過ごします。


  去年の今頃は、ばあたんが入院した直後で、
  じいたんの後姿がとても淋しそうで、

  口にこそ出さなかったけれど、
  いつまでじいたんが元気でいてくれるかどうか、
  とても心配でした。


だから、こうして、じいたんが、もういちど
教え子とのクラス会に出られるということが、本当にうれしいです。



  ぶっちゃけてしまうと今日も、
  旅行の準備の途中で
  じいたんと言い争いになって
  途中で、泣いたりもして

  でも最後は
  ちょっと無理してでも笑って

(途中で伯父が愚痴を聞いてくれたからだけれど)

  12時近くに自宅へ戻ってきて

  ついさっきまで、
  作業をしつつSNSに愚痴を書いて、
  また作業をしていたんです。


そんななかでふと、
「あ、ブログを更新しよう」という気持ちになって

この編集画面に向き合ってみると
 
 
「今年の秋もまた、無事に廻ってきてくれたんだ」

という感慨が、不意に身体の奥からこみ上げてきて


こんなわたしでも何とかここまで来たんだ

ごまかしながらかもしれない、いっぱい見落としもあるだろう、
泣いたり喚いたりとみっともなかっただろう、

けれども、
なんとか投げ出したりせず、ここまでとりあえずは来れたんだ


 (誤解を怖れずに言うならば、
  じいたんと二人きりという状況は、
  わたしにとって
  精神的に、ばあたんと過ごすよりもうんと厳しい体験です。
  家族としての愛情はどちらへも同じ、だけどそれとこれとは別なのです。

  なぜ、そんな差が生まれるのかいうことも、考えてみたので
  今後、記事にしていけたら良いなと思っています)


たったそれだけのことだけれども、
わたしにとっては、ほんとうにうれしくて、
そして、心からありがたいです。
 

無意味じゃ、ないですよね?
こういう生も、ありですよね。

子を生むこともなくとも、
大きい仕事を成し遂げるわけでもなくとも、
何ひとつ生み出すことも育てることもなくとも、
それでも。

こういう生き方も、ありですよね。



**************


ひと月と半分、病の中で忘れかけていたけれど
この画面に向かって
指に任せて、整わぬ文章を綴るうちに、思い出した。


  誰がわたしのことを許さなくても
  わたしはわたしのことを許してやろう


介護を引き受けると決めたときに、自分にそう誓ったんだったってことを。
 
コメント (10)
この記事をはてなブックマークに追加

新しい支えをまたひとつ。

2006-08-30 23:59:35 | ブログ運営のこと
【notice】しばらくの間、この記事がトップに表示されるようにしています。
     8/12現在の最新記事は、この記事の下にある『「にもかかわらず」ではなく「それとは関係なく」。』です。
     お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いいたします。

八月四日の深夜に、テレビ東京の「ブログの女王」という番組で
うちのブログを取り上げていただきました。

まだ風邪をひいていることもあり、
深夜、ひとりきりでPCの前に座って番組を観ました。

うちの、膨大な量のログに全部目を通して、
それをあんなにコンパクトに、そしてわかりやすく、
数分間の「作品」に纏めてあって、感動しました。

なにより、スタッフの皆様や出演者の皆様が、
とてもあたたかい気持ちで関わってくださってたこと

この数分のために
どれほどの労力を割いて頂いたのだろうと思うと
画面を見ながら、うれしくて泣けてきてしまいました。



実際のうちのブログには、
ブラックなカテゴリーもありますし、
お見苦しい部分も多々あるかと思うのですが

いちばん自分が、読者の方に見て欲しいと思っている部分

―じいたんばあたんの、本当に素敵なところや、
今までの介護生活を振り返って、今でもこころにぴかびか光っている、

言ってみれば、自分にとって「支え」になっている部分

そんなな場所を 番組の数分間のなかに
きれいに取り出して、あんな優しい映像にして頂けたこと、

本当にありがとうございます。
心から感謝申し上げます。


今回放映された映像は
わたしの一生の宝になると思います。
(じいたんにも、今日の夕方に観てもらいました。
 相方が、番組を録画して祖父宅に行ってくれたので…
  ↑わたしがまだ風邪で寝込んでいるので、代わりに)


これからの介護生活のなかで、
辛いことも、まだまだ沢山起こってくると思います。
そんなときに、元気を取り戻す糧にしたいので
大事に保存しておきます。

  うちの相方(ばう)とも言っていたのですが

  フラッシュの絵がとてもかわいらしくて、
  とくに祖母は雰囲気がそっくりで、
  観ていて、しあわせな気持ちになりました。
  本人に見せることができないのが残念です。


番組にしてくださった皆様にも、
それから、今までずっと傍にいてくださった読者の皆様にも、

本当にありがとうございます。
取り急ぎ御礼のみにて。


           八月五日記す。たま@まだ風邪っ引き


【追記】
テレビ東京さんでは四日の深夜に放送されたのですが、
他の地域では、少し期間が空いてから放送される予定とのことでした。
せっかくなので、スケジュールを書いておきます。
(※スケジュールは変更になる場合もあるそうです。ご容赦ください)

 ◆ティー・ヴィー・キュー
     九州放送 ⇒8月14日(月) 24:53〜
 ◆テレビ大阪   ⇒8月15日(火) 25:00〜
 ◆テレビユー山形 ⇒8月16日(水) 24:55〜 
 ◆福島中央テレビ ⇒8月17日(木) 25:20〜
 ◆テレビ静岡   ⇒8月17日(木) 26:00〜
 ◆テレビせとうち ⇒8月26日(土) 26:00〜
 ◆テレビ愛知   ⇒8月30日(水) 24:58〜
コメント (33)   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加

「にもかかわらず」ではなく「それとは関係なく」。

2006-08-12 19:33:29 | 介護の周辺
「アルツハイマー型老人性痴呆」という病気も含め、
認知症や脳疾患など一部の病では、
病気が進行するにつれ、どうしても
意思表示や感情表現が難しくなってくる側面がある。
だから一見、感情を持つこと自体も障害されてしまうと思われがちだ。
 
しかし、それは事実ではない。

 
今までも何度か記事にしてきたけれど、
病は病、本人は本人なのだ。

よく「歳をとると人は赤ん坊に戻っていくんだよ」と
訳知り顔で言う人がいるけれど、
それは実質の半分しか(あるいは少しだけしか)言い当てていないとわたしは思う。


  たとえば、
  ふたりきりになったときに、ぽつんとこぼれる
  ばあたんの本音。

  「わたしね 恥ずかしいのよ…
     こんな、なにも、できなくなって」

  突如、霧が晴れたように彼女の手の内に戻った表現能力は、
  数分たたないうちに彼女自身の意思を無視してかき消されてしまう。
  彼女はそれをめいっぱい使って、一瞬、わたしに気持ちを伝えようとする。


年老いた病人は、赤ん坊ではない。
たとえトイレに行くという動作を忘れてしまったとしても
感情までもが白紙に戻ってしまうわけではない。

生き抜いてきた人生、そのなかで培ってきた人格
ひとりの女性、ひとりの人間としての誇り

そういったものを、身体の芯まで沁み込ませたまま
老いや病とともに生きているのだ。
 
元気だった頃も、そして病を得て久しい今も、
ばあたんは確かにばあたんのままだ。

魂というものがもし目に見えるなら、
きっとわたしたちは見ることができるだろう。
彼女の魂が生き生きと、その肉体に宿っているのを。
 
 
////////////


少し、悲しいことがあった。
 
日常的に祖父母と過ごすようになって三年。
とくに祖母の病気のことで、悲しい言葉を聞くことは少なくなかった。
ある程度慣れることも必要だし、
相手に悪意があるときは、ちくりとやり返したりもした(笑

それでもなかなか慣れられない、こんな言葉。
 
「ボケちゃっていてもそんなことができるの?」

言った本人にまったく悪意がなかったとしても、
そこには無意識のうちに
「この病気になったら、人ではなくなる」という思いが紛れ込んでいる。

障害や病気を持つ人は、自分とはちがう世界の生き物だという感覚。
正しくは、「別世界のものであってほしい」という願望。

そのこと自体を責める気はない。
人それぞれ立場も生き方も色々だから、
そのときそのときのキャパシティに合った形で
自分の心をプロテクトすることは、むしろ大事なこと。
生きていなければ、先はないのだから。


けれど、これだけは知っていて欲しい。

認知症であるにもかかわらず愛情を示せる、のではない。
認知症とは関係なく、ばあたんは、
いま自分のおかれた状況の中で、持っている力を自然に発揮して、
自分の心に沿うように生きようとしている。
それだけなのだということを。


そしてこれは、認知症に限ったことではない。
祖母の病気よりも深く、意思表示や感情表現が障害される
そんな病気はたくさんある。
―あるいは、こん睡状態や脳死状態に陥るといった場合でも…

たとえこちらからのアプローチに反応しない状態だとしても、
それは「感情や意思がなくなってしまった」ということではない。
たとえ表現されることはなくても、
患者の意思も感情も確かにここに存在しているのだ。

彼らの想いの具体的な部分こそわからなくても、
そう確信を保ちながら看病や介護にあたる。
むしろそれが、わたしたちに出来る数少ないことのひとつだ。

少なくともわたし自身はそう思っている。
 
コメント (12)
この記事をはてなブックマークに追加

「かわいい、かわいい」と。

2006-08-10 22:53:21 | じいたんばあたん
先日、ばあたんと一緒に過ごしていたときのこと。
 
その日、ベッドで眠っていたばあたんを起こすと、
彼女は目を覚ますなり淡く微笑んだ。

「わたし、まだ眠いわ。」

と口では言うのだけれど
それなら、と思いもう一度寝かしつけようとしても
眠気にさらわれまいとするかのように、必死で起き上がろうとする。

日によっては起きないときもあるし、
じいたんがいても無関心な日もあるので
「ああ、今日はよさそうかな」
と内心よろこんだ。

 
でも、起こしてからが少し大変だった。

薬の量を少なめにしているせいか、
比較的表情豊かで、自分の意思も伝えようとするのだけれど、
一方で多動が収まらない。
とにかくじっとしていないのだ。
 
例えば、お昼の時間、
わたしやじいたんが行っているときは
わたしたちがばあたんの食事を介助するのだが、
ばあたんは、一口食べたら立ち上がってしまう。
 
どうやら「食事の支度をしなければ」と思っているらしい。
 
けれど、ばあたんはもう、一人で歩くのは危険な状態なので
わたしとじいたんが、周囲を一周しては
また、ばあたんを食卓につかせて、
食事の続きをする、といった具合だ。
 
ばあたんは、じいたんに
「こちらへ行かなくてはだめでしょう」
など、色々と指示をしたりして(その指示の内容はよく理解できないのだが)、
元気だったころの面影をのぞかせる。

普通の声がけだと最後まで食べてもらえそうにないので、
「調理実習で作ったの。先生、味見をしてね」
 (ばあたんは高校と短大で家政科の先生をしていた)
などと声をかけたりしながら、なんとか最後まで食事をしてもらう。
 

以前なら、食事が終わったら、病院の最上階まで散歩に出ていた。
けれど最近のばあたんは、その距離ですら連れて出るのが難しくなった。
その日も、やはり入院しているフロアを歩き回るのが精一杯だった。

歩くの自体はとてもよく歩くのだ。
というより、じっと座っていることがとても苦手なようだ。
ただ、突然身体の力が抜けてその場に座り込んでしまったり、
その座り込んでしまった身体で、足元も確かめずに
また、立ち上がろうとしたり…
 
お手洗いに行きたくなったときも、知らせるのがうまくいかず、
いろいろ不具合が出て、病棟の看護師さんを呼ばざるを得ないときも増えてきた。

この日はお手洗いの後、おしもを綺麗にするまでに
ばあたんの不安が大きくなってしまい、
「表へ出してちょうだい」(言葉にならないときもある)と、
わたしの身体を押しのけて、
下着もつけないまま外へ向かおうとする…そんな状態だった。

トイレ騒動で少ししょんぼりしたのか、
じいたんはやがて、来客用のソファで転寝をしはじめた。
 

  ばあたんにはいつだって、彼女自身の意思があって、
  それに基づいて動こうとしているのだ。
  そんなとき、ばあたんは本当に一所懸命だ。

  だけどわたしは、その全てを理解することはできなくて、
  観察の末、見当をつけては色々とためし、
  失敗してはまた観察をして…と、そんなことの繰り返しに終始する。

  そしてそのうち、ばあたんはくたびれてしまう。
  脂汗が額や首筋に浮いてきて、つらそうだ。
  それでも彼女は歩くことをやめようとはしない。
 

  多分…多分だけれど
  ばあたんは、必死で逃れようとしているのだと思う。
  漠然とした不安から、意識をにごらせようとする眠気から、
  それから、ただじっと座って記憶が消えてしまうのを待つ恐怖から。

  その「逃れようとする」というのは決してネガティブな意味ではなく
  ばあたん流の、精一杯の「戦い方」なのだと思う。
  「わたしはわたしでありたい」という彼女の叫びだとわたしは思っている。
 

それでももうくたびれ果ててしまったときには
ばあたんは、少しでも自分の記憶にある場所
―自分のベッドへ戻ろうとする。
 

//////////////
 

その日もやがて、ばあたんはベッドへ戻ろうとしはじめた。

今日もじいたんに淋しい思いをさせたな…
と、来客用のソファで転寝しているじいたんを振り返りつつも、
もう精一杯がんばっているばあたんを
見るに忍びなくなったわたしは
じいたんを放ったらかしにしたまま、ばあたんについていくことにした。


 
ほとんど思うように動かない足をひきずり、
わたしの手をひっぱって、
自分の部屋を探し当て、ベッドへたどり着こうとした
その瞬間、
 
ばあたんの身体が、大きく傾いだ。
その向こうには、ベッドの鉄の柵が。
 
 
「あっ…」

とっさに、ばあたんの身体の下に自分の身体を敷きこむ。
ばあたんの全体重が自分の上にかかる。
下はベッドのマットレスだから背中は痛くない。

だけど、
  「こないだ頭に大怪我をしたときは、
   真夜中に、ひとりぼっちで、
   このスピードで、これだけの重みがかかった状態で転んだのか」

そう思うとぞっとして、そしてひどく悲しくなって、
わたしはばあたんを抱きとめたまま、暫くの間呆然と転がっていた。
 
 
すると。


「かわいい、かわいい。よしよし。」
 

頭の上から、ばあたんの声が降ってきた。

見上げると
身体を起こしたばあたんが、
わたしを抱きしめて、頭や身体をさすってくれている。
さっきまでは殆ど意思疎通ができなかったのに。


「ばあたん、だいじょうよ…」

言いかけて、はっとした。


ばあたんは、うっすらと涙ぐんでいた。

鼻のあたまを真っ赤にして、それでも満面の笑顔で
わたしの頭を自分の胸に抱え込もうとしている。

 
「たまちゃん、かわいい、かわいい。
 かわいい、かわいい。よし、よし。」
 
たぶん他の語彙が出てこないのだろう。

それでも、ばあたんの指の先から全てが伝わってくる。
 

暫くの間わたしは、目を閉じて
ばあたんのなすがままになっていた。
 

コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加