久留百合子の生活者視点

仕事、旅行、日常のちょっとしたことから得た情報、生活者として感じたことなどを綴ってみます。

いろいろな出会い

2017-06-22 16:25:53 | Weblog
 6月の忙しさは尋常ではありません。出る仕事も多ければ、社内でする仕事も山ほどで、朝通勤のバスの中で1日の段取りは考えて職場に行くのですが、1日があっという間に終わってしまいます。兎に角やらなければならないことの優先順位を付けて、忘れそうなことは、メモや手帳に書いて、終わったら消していきます。そうして何とかしなくてはいけないことを終わらせている状況です。
 こう書くと仕事をこなしているだけのようですが、いろいろな所に出かけていろいろな方に会って、気持ちもリフレッシュできますし、豊かな気持ちにもなれた月でもありました


 今月はそんな出会いの集まりが3つありましたのでお話ししましょう。
 ひとつは、私の仕事の基礎である資格ー消費生活アドバイザーの集まりであるNACSの年次総会に参加しました。
 勿論、毎年総会には出ていますし、1,2か月に1回ある勉強会にも関心があるテーマであれば出席しているのですが、今回は、総会、セミナーの後に懇親会があり、結構盛り上がり楽しかったです。
 男性もたくさん参加されていました。元メーカーや役所に勤めていた方や勿論現役の方もいらして、近況報告も含め、その日のセミナーのテーマでした、スマホの使い方やアプリの話などでも盛り上がりました。
 仕事や立場は違いますが、共通の資格を持っている者同士の会、こういう会もいいですね。


 2番目は、福岡城市民の会の総会・懇親会に出席。総会は滞りなく終わり、その後、葡萄の樹・グラノ24Kの小役丸社長の講演があり、農家支援、地域振興など大変興味深い話を聞くことが出来ました。
 懇親会は場所を変えて、イムズの葡萄の樹で。ここでもまた違う分野のいろいろな方々と懇親でき、美味しいものを食べながらおしゃべり。自分の会社の思いを語ったりもできましたし、なかなか楽しかったです。


 そして3番目は、土曜日の午後から小さなレストランを貸し切ってあった、昔からお付き合いのある建築家の受賞祝賀会に出席。私は昔からの友達として出席したのですが、来られている方々は、自分の家や病院をを建ててもらったという方々ばかりで、私はちょっと場違いな感じもしましたが、楽しい会でした。
 今になって、彼はなかなか素晴らしい建築家だったのだと再認識したり、映像で見せられた作品を見て感心しきりでした。
 今回受賞されたのは、「25年以上経っても建築の存在価値を発揮し、美しく維持され、地域社会に貢献してきた建築」に送られる賞でJIA25年賞というのです。素晴らしい賞ですよね
 以前から集合住宅でもいかにコニュニティを醸し出すかに工夫をしたり、個人のお宅ですが、涼しく、健康にもいい漆喰の家を建てていたり、あらためてがんばっているなーと思いました。


 今月は、このような交流を含め、イオン九州の仕事も多く、いろいろな所を見、いろいろな方と語り、たくさん考えること、悩ましいこともあって、少ししんどい月ですが、考え方で、この年齢でこれだけ刺激的な毎日を送れることに感謝しなくてはいけないのかなと思ってみたり・・・の今日この頃です。
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メリハリは大事!

2017-06-08 08:50:18 | Weblog
 30年以上仕事をしていますが、これまで一度もやめたいと思わず、ノイローゼになることもなく、なぜやってこれたか。この頃、ふと考えるのですが、それは、勿論、楽天的な性格もあるでしょうが、兎に角、仕事自体にメリハリがあって、offもメリハリがあるからではないかと思っています。

 
 先日、ちょっと大きな大会があって、そんなに緊張することではないのですが、一応代表としては、人がそれなりに集まり、無事終わるようにと神経を使います。
 5月は何かと忙しく、緊張する場面も多かったからか、これが終わった時の安堵感。そして、夜は予約していたヘッドスパに。この幸せ感。頭をマッサージしてもらった後に足のマッサージもしてくれるのですが、その時爆睡してしまって、夜はなかなか眠りにつけなかったくらい、リラックスしてしまいました。

 
 そんなこんなで、迎えた週末。土曜日は朝から掃除、大物の洗濯を済ませ、今年母の初盆の飾り付けの内覧会に夫と行き、その後夫と別れて、実家の掃除、植木の水やり、午後からはNACSの支部総会へ。
 NACSとは、消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員の資格をもっている人の組織。全国で2800名ぐらいの会員の中、九州支部は約200名、この総会でした。
 総会の後は、講演会ということで、「スマホ・アプリの上手な使い方」の話で、細かい使い方というより、SNSの上手な使い分け、その影響などの話を聞き、懇親会。
 久しぶりに懇親会に出たので、良く知っている人、初めて会う人、なかなか話が盛り上がり、楽しいひと時を過ごしました。しっかりビスネットの話もできましたし。

 その後、食事の途中で抜けて、この会場がちょうど中州でしたので、前もって調べておいた、すぐ近くの映画館、中州大洋でその日から始まった「シネマ歌舞伎」を見に。無駄なくちょうどの時間で、猿之助、染五郎の「やじきた」を見ることができました。

 何とも充実した1日。家に帰ってからも土曜日ですので、今ハマっている中国(香港?)歴史ドラマのビデオを見て、幸せ、幸せ。

 
 次の日曜は、ゆっくりした時間を持とうと、朝トイレ・風呂掃除などを済ませて、イオン笹岡店に視察がてら買い物へ。ゆっくり時間をかけ見て回り、気になる所をメモ。食料を買い込んで、午後からは「さあ、これからはゆっくりするぞー」とちょっと昼寝したり、本読んだり、ビデオ見たり、夕飯は少しいつもより時間をかけて料理。

 
 こうやって休みはあっという間に終わりましたが、もう少し空いた時間がほしい気もしますが、これくらいのメリハリがある過ごし方が私には合っているようです。
 
 この年齢になると、自分を知る、自分をいかに心地よく暮らせるようにコントロールするかではないかと思います。気分いい?心地悪いことはやめよう、といつも自分に問いかけながら生きることかなと思ったりしています。
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さすがに体力が・・・

2017-06-05 17:21:59 | Weblog
 5月は行政の仕事が動き出すので、早い時は2月か3月頃から委員会の日程調整が始まります。いくつもの委員会に日程調整を出すので、どうしても日程が決まって返事が来た時は重なってしまっている場合もあります。
 まずは早く決まった方から予定帳入れていくのですが、委員会によっては、たとえば評議員をしている場合などは、定足数があるので、どうしてもそれを優先してでなくてはいけない場合があります。

 今回、5月の委員会に2つも重なったのがあり大変でした。ひとつは、福岡市のエコ発する事業に助成金を出す審査とイオン九州の好事例発表会が重なったものです。
 9時半から午前中一杯、市の審査があり、イオンの発表会も9時から12時半頃までとしっかり重なってしまいました。
 市の方が先に決まっていましたし、審査員の数は少なく、市民的立場でコメントするのは私だけ。一方、イオン九州の方はたくさんある店舗の中から1年間かけて売り場や接客、システム的な工夫などが発表され、表彰をするというものです。社外取締役としては、現場を知るいい機会ですので、是非聞きたいのです。
 迷いましたが、市の方の仕事を優先して、9時20分には会場に行き、すべてのプレゼンが終わり、個人審査表を書いて、猛ダッシュでタクシーに乗り、イオン九州へ。車が混んでいて、11時15分ぐらいに到着。残念ながら、発表は1つ半ぐらいしか聞けませんでしたが、皆さんががんばっている姿形は見ることができました。
 その後表彰や写真撮影があって、昼食。午後からは外部講師が来られて、ダイバシティ研修会。その後、イオン九州の担当室長より、今期のダイバシティの取組の話がありやっと1日終了。


 もうひとつ別の日ですが、福岡市の商店街活性化事業の助成金審査と福岡市交通振興会評議委員会の重なり。商店街の方は、朝9時から16時半まで、評議委員会は14時から。
 この日も大変でした。いつも通り、会社に7時40分ぐらいに出社。メールのチェックなどをして、9時10分前には商工会議所の会議室へ。9時から午前中ずっと審査、昼食取って、13時から審査。午後は1商店街だけを審査して、地下鉄で赤坂の交通振興会へ。1時間20分ぐらいの評議委員会をすませて、また商工会議所へ。審査は終わっていたので(審査に入れなかった商店街の評価は事前に送られてきた資料で評価をしておきました)、あと16時半まで今日の感想と今期の商店街施策についての協議。

 さすがに地下鉄は便利で動きやすいというものの、正直、この日はぐったり。仕事はどれもやりがいがあって楽しいのですが、さすがに時間を心配しながらの移動は疲れます。なるべくこのような時間設定は避けなくてはいけませんが、何とも、受けてしまった以上はできるだけのことをしたいと、ちょっと欲張りなのでしょうね。
 
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久々に大興奮でした

2017-05-29 16:30:47 | Weblog
 3月に母が亡くなり、4月に49日、5月は父の七回忌と両親がいなくなり、これから私たちが先祖のことを繋いでいかなくてはいけないのだなーとつくづく考えた3か月でした。

 仕事は待ってはくれないので、日々やるべきことをやり、やっと少しづつ他のことも、自分自身これまでのように楽しむことも出来るようになってきました。


 昨日、日帰りで東京に行ってきました。1か月ぐらい前でしょうか、2,3か月に1度送られてくる大学の同窓会会報誌に、この4月、初の新しい学部、総合政策学部ができたということ、その設立のことを話される講演会があるというのを見て、ピンと来て、すぐに飛行機を手配、そのためだけに行ってきました。

 大正解!久しぶりに学びやではなく、その新しい学部のある千駄ヶ谷の新校舎であった、講演会は、大学での新学部の設立がいかに大変か、その学部の設立の意味、それを可能にした歴史と卒業生の積み重ねてきた努力など、日頃卒業した大学のことなど滅多に思い出さないのですが、いい大学に行っていたんだなーと嬉しくなりました。学生時代はその歴史的素晴らしさも考えず、全然勉強しなかったことが後悔されますが・・・・

 これまで、わが大学は学部が1つ、学科が4つという作りで、英語表記するとcollegeだったのですが、2学部になりましたのでuniversityになりました。その新しくできた総合政策学部とは、法科の学位が取れ、一言でいうと、「政策課題解決のための学問」だそうです。
 設立に尽力されたのは、まだ40代の、サンデープロジェクトなどのコメンテーターとして出られたり、新聞にも時々コメントが出ている萱野稔人教授です。

 文科省への何度にもわたる相談や認定審議会からの注文の話や学内での反対、同窓会のバックアップなど、生のお話し、苦労談を聞かせていただき、このような話はちょっと聞けることではないなーと思いました。
 最終的には、国からの大変な期待を背負って、認可にこぎ着け、今年の受験者は定員110名ぐらいに対して2400名ぐらい受験、まずは設立の趣旨は伝わったのではと胸を撫でおろされていました。

 大学もどんどん進化しているのですね。時代のニーズを捉えた、大学ではどのような人材を輩出すべく学問をするのか、先生方が絶えず考えられていることも頼もしく思いました。

 少人数、そして女性だけという特性を生かして、歴史ある大学というだけではなく、時代に合ったこのような新しい動きに大変関心をもちました。これから母校のために少しづつでも寄付をしていこうかな、と思った昨日でした。


 そんなこんなで、何とも忙しい5月でした。イオン九州の株主総会、昨年はまだ総会メンバーではなく、最後に紹介されるだけでしたが、今回は取締役として前に並び、少し緊張しました。無事終了しましたが、さあ2年目、私にしか出来ない役割をどう果たしていくか、しっかり現状を見ながら、そしてお客の立場から意見をどんどん言っていこうと思います。


 明日は、女性の大活躍推進福岡県会議の年次大会。私は前期の報告をします。大会の前に九州各県から女性活躍の代表者が集まる全国会議も進行しなくてはいけませんし、忙しい1日になりそうです。

 
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2か月ぶりですが、またいろいろお話ししていきます・・・

2017-04-28 11:13:59 | Weblog
 4月も終わりに近づき、気が付くと2か月このブログご無沙汰していました。

 この前の日曜、母の四十九日をし東長寺に納骨。これで夫婦いっしょになったので少しほっとしているところです。


 2月初めに腰が痛いと言うので、病院で診てもらったら、1年半前に小さかった肺がんが広がっていることが分かり、仕事の合間を縫って病院に連れて行ったり、仕事の調整をしながら綱渡りのような日々でした。さらに一番大変だったのは、その時々の判断と決断。母にとってどうすれば一番いいか、私も妹も家族もどうすれば乗り越えられるか、絶えず、自分たちもダメにならないように、そして母のためには、を繰り返し考えました。

 病院のアドバイスなどいろいろ検討した結果、2月15日にホスピスに入れることにしました。あの時の母のほっとした様子、忘れられません。しかし、自分で食事が出来たのは1週間もなかったのではないでしょうか。それからはどう最後を迎えるかの病院との話し合い。この時期が一番つらかったです。

 そして、3月8日の夜中の12時過ぎ、病院から電話があり、あー人間の呼吸が止まるってこういうことなのか、と・・・2時過ぎ息を引き取りました。
 それからお通夜、葬式。3日間会社は休みましたが、週明け、通常通り仕事に。ある意味、仕事があって良かったかもしれません。
 
 桜の咲いた時期はちょっと辛かったです。昨年も一昨年も母と二人で舞鶴公園に花見に行ったことを思い出して・・・いろいろ話したこと、食事に行ったこと、旅行に行ったこと、ふとした時に思い出されます。

 母が亡くなって一番考えたことは、父が亡くなって6年近く一人暮らしだったのですが、友達はたくさんいて、お稽古事にも通っていたし、マージャン友達もいたし、姉とも仲良く会ったりしていましたので、あまり寂しくはなかったと思いますが、今、母が一人で暮らいた家に入ると、一人での生活は大丈夫だったのかなーとか不便だったのではないかなーとか考えると辛くなります。
 でも89年、父もとても優しく、経済的にも苦労したことはなかったし、私たちも近くに居たし、幸せな人生だったと思うことにしています。
 今年は、父の7回忌、初盆と何かと家族や家のこと、これから先の生き方などいろいろ考えさせられる年になりそうです。 
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2か月ぶりですが、またいろいろお話ししていきます・・・

2017-04-28 11:13:59 | Weblog
 4月も終わりに近づき、気が付くと2か月このブログご無沙汰していました。

 この前の日曜、母の四十九日をし東長寺に納骨。これで夫婦いっしょになったので少しほっとしているところです。


 2月初めに腰が痛いと言うので、病院で診てもらったら、1年半前に小さかった肺がんが広がっていることが分かり、仕事の合間を縫って病院に連れて行ったり、仕事の調整をしながら綱渡りのような日々でした。さらに一番大変だったのは、その時々の判断と決断。母にとってどうすれば一番いいか、私も妹も家族もどうすれば乗り越えられるか、絶えず、自分たちもダメにならないように、そして母のためには、を繰り返し考えました。

 病院のアドバイスなどいろいろ検討した結果、2月15日にホスピスに入れることにしました。あの時の母のほっとした様子、忘れられません。しかし、自分で食事が出来たのは1週間もなかったのではないでしょうか。それからはどう最後を迎えるかの病院との話し合い。この時期が一番つらかったです。

 そして、3月8日の夜中の12時過ぎ、病院から電話があり、あー人間の呼吸が止まるってこういうことなのか、と・・・2時過ぎ息を引き取りました。
 それからお通夜、葬式。3日間会社は休みましたが、週明け、通常通り仕事に。ある意味、仕事があって良かったかもしれません。
 
 桜の咲いた時期はちょっと辛かったです。昨年も一昨年も母と二人で舞鶴公園に花見に行ったことを思い出して・・・いろいろ話したこと、食事に行ったこと、旅行に行ったこと、ふとした時に思い出されます。

 母が亡くなって一番考えたことは、父が亡くなって6年近く一人暮らしだったのですが、友達はたくさんいて、お稽古事にも通っていたし、マージャン友達もいたし、姉とも仲良く会ったりしていましたので、あまり寂しくはなかったと思いますが、今、母が一人で暮らいた家に入ると、一人での生活は大丈夫だったのかなーとか不便だったのではないかなーとか考えると辛くなります。
 でも89年、父もとても優しく、経済的にも苦労したことはなかったし、私たちも近くに居たし、幸せな人生だったと思うことにしています。
 今年は、父の7回忌、初盆と何かと家族や家のこと、これから先の生き方などいろいろ考えさせられる年になりそうです。 
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いろいろあります・・・・・

2017-02-28 17:06:59 | Weblog
 今朝の天神の気温は6.6℃。昨日より少し暖かいような・・・でもこのところ、朝、風邪でもないのに喉がイガイガ。早く会社に入って緑茶を飲みたいーという気分です。
 たぶんお隣の国からのPM2.5のせい?本来ならば、冬の晴れた日はクリーンに澄み渡り、凛とした空気が感じられるのですが、このところ晴れて少し風がある日は要注意だそうです。もうしばらくすると、車もざらつく黄砂の襲来。「本当にもー」と言いたくなります。我々ではどうしようもない・・・


 緩和ケアの病院に89才の母を預かってもらって約2週間になります。とてもよくしてもらっていますが、日に日に弱っていくのが分かります。どうしようもありませんが、せめて毎日顔を見に行くようにしています。痛がったり苦しがったりしないのがせめてもの救いです。


 何とか仕事を続けられるのも預かってくださる所があったからです。なかなか気持ちは落ちつきませんが、女性管理職ネットワークの第3期生の最終発表を聞いたり、懇親会で久しぶりに大笑いしたりおしゃべりしたりして、「あー元気もらったなー」と感じました。自分でも思ったより気持ちが沈んでいて、体重も減りましたし、元気がなかったんだなーと気づきました。
 また、昨日は地球温暖化のパネルディスカッションに出て、準備、緊張、集中をして、その後、何かちょっとほっとしたような、嬉しいような気持ち。これも久しぶりでした。


 これまでも仕事上のこと、家庭のこと、いろいろありました。しかしこれまでのことは、自分に係ることなので、何とか処理し、気持ちを切り替えたりしてやって来られたのですが、身内の最後を考えなくてはいけないという経験は初めてです。父は突然亡くなりましたので、後に悲しみはきましたが・・・突然どんとくるのも大変ですが、じわっと受け止めなくてはいけないことも大変だと分かりました。
 最後まで悔いのないように、でも私も生きて、仕事して家庭生活もやっていかなくてはいけませんし、何とか何とかやっていきます
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激動の1か月でした

2017-02-20 11:25:19 | Weblog
 今朝の天神の気温は13.7℃、先週のびっくりするほど暖かかった時は、何と朝7時半で16.4℃ありました。2月でちょっとおかしいですよね

 激動、というのは少し大げさかもしれませんが、大変な、しんどいここ1か月でした。89歳の母が、ころんだり、少し認知が出てきたり、食欲がなくなったり・・・・まず、母のことで、早く帰ったり、病院に連れて行って会社に来たり、土日はご飯を作って持って行ったりと、仕事はたくさんあるのに、時間のやりくりそして体力的にも大変でした。

 そして、いよいよ先週の月曜、あまりにも腰が痛いというので、朝から病院に連れて行き調べてもらったのですが、腰は軽い圧迫骨折で、CTで分かったのはそれ以上に、以前からあった病気が広がっていたのです。
 それから急遽、CTコピーと先生の手紙を持って以前CTを見てもらっていた病院に移動。午前8時半からこの日2つ目の病院を出たのは1時過ぎ。それくらい時間がかかって、最終的にはホスピスを紹介してもらうことになりました。

 一旦家に連れて帰り、水曜に12時にホスピスの病院に。この日は夫にも付いてきてもらい、4時近くまで先生の説明、受け入れ体制、書類の説明など。
 実は、この日、病状を見てもらいお話を聞いた結果、今日の入院は無理で、明日来てくれと言われたのです。入院の予定で荷物も持ってきているし、母もそのつもりでいるので、2度ほどお願いしたのですが、今日は受け入れができていないので無理と言われます。最終的には母があまりにも辛そうにしているのを見かねて、何とかその日受け入れていただくことになりました。

 それからまだ1週間経っていませんが、正直、一人暮らしの母を託せる所が出来てほっとした気持ちと、これからのことを考えると何ともやりきれない気持ちです。

 父は6年前ですが、ある日突然亡くなったので、このような経験は初めてです。毎日病院に行く時間のやりくりも、精神的なものも結構大変です。
 自分の生活、それ以上に仕事も大変な時期で、しかし正直、仕事があるので救われている部分もあるかもしれません。でも休みの日も心からゆっくりは出来ません。

 このような経験をしている人は多いのでしょうね。介護、看護・・・高齢社会と言われていつかは自分にも来るかと思ってはいましたが、実際に来てみると、まだ恵まれている状況だとは思いますが、なかなかしんどいです。
 でも皆親の死は受け止め乗り越えていかなくてはいけないのですよね
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1月も下旬になりました・・・

2017-01-25 12:01:52 | Weblog
 あららら・・・1月も下旬になってしまいました。12月末に書いてすっかりご無沙汰していました。今年もよろしくお願いいたします


 今年は、というか暮れからお正月は、母がもう海外は難しいということで、市内のホテルで過ごしました。初めは、良く知っているホテルだし、市内では気分は変わらないのではと思っていたのですが、なかなか良かったですよ
 29日から会社は休みで、29、30日は大掃除、家のことをやって、31日から2泊しました。
 まず、31日のディナーが良かったですねー。総料理長が1年かけて考えられたという大変工夫された、味もパフォーマンスも素晴らしい料理でした。常連さんも多いようで、力が入っていることが伝わってきます。
 総料理長の説明やソムリエの方とも会話しながら、本当においしい、いいガラディナ-になりました。(でも実は出だしでちょっとしたトラブルはあったのですが・・・)

 その後、餅つき大会、年越しそば、カウントダウンパーティ、そして、年が明けて、おせち料理の朝食、初詣、落語、映画、ビンゴ大会、縁日、占い、カジノ、お呈茶などなどいろいろ楽しめるものがあって、退屈する暇はありませんでした。1日のディナーは、お正月バイキングだったので、息子たち家族を呼んでいっしょに楽しみました。
 ちょうど船旅のような感じでしょうかねー。
 母も大変喜んでくれ、来年も行きたいと言っていました。


 そして、4日から仕事初め。ビスネットは、12月決算ですので、1月がスタートです。今年の方針は、兎に角強い会社にしていくです。これまで16年、地道にコツコツと企業さん、行政、消費者との関係づくりをしてきました。いい信頼関係は出来てきていると思います。そこから今年はしっかりとしたビズネスを作り出していき、もっと基盤を強くし、一回り会社を大きくしたいと思っています。
 スタートから営業計画をしっかりと立て、社員の士気を上げ、私はしっかりとした数字の管理をしていきたいと考えています。


 ということで、2週間結構営業や新しい仕事づくりにがんばって、13日から4日間、初めて孫もいっしょに6人で北海道にスキーに行ってきました
 行く前に寒波が日本列島を襲い、行けるだろうかと心配していましたが、本当にラッキーで、とても天気が良く、2日目の午前中は快晴で、羊蹄山がそれはそれはきれいに見えました。

 私たちだけでも4年ぶりでしたので、滑れるかちょっと心配でしたが、まあ、以前のように午前、午後めいっぱい滑るのは無理でしたが、午前中一杯、夕方少しというような滑り方は大丈夫。また、滑りも結構気持ちのいい滑りができました。
 実はたぶんこれは雪のせい。まず北海道の雪がパウダースノーなのと、今回結構新雪を滑れたのでそれもあったかと思います。本当にフワフワ、さらさらの雪ですから。滑る時のキュキュという音も快感。孫たちは「雪だるまができーん」とがっかりしていましたが・・・(さらさらで全然固まらないのですから)

 3才と5才連れですので、大人ばかりでガンガン滑りはできませんでしたが、孫は午前中2回幼児スキー教室に入れたり、皆ででスノボートに乗ったり(この時結構雪が降っていて、まあ寒かったこと)子供を見ていないどちらか、夫、息子やお嫁ちゃんと滑ったり、結構楽しめました
 
 今回もずっと行っているルスツスキー場ですが、ここはレストランがたくさんあるので、子供たちも食事は大喜び。3回の夕食のうち2回も行った、北海道バイキングレストランでは、蟹、いくら、ホタテ、とうもろこし、じゃがいも、ソフトクリームなどなどもう食べ過ぎてしまって、福岡に帰ってからもしばらく胃痛に悩まされるほど食べてしまいました。
 夜はトランプ大会をしたり、温泉に入ったり、久しぶりに孫たちともいっしょにいられ、子育ての大変さを思い出しつつも、孫は楽チン、かわいいばかりでした。
 来年は、皆いっしょに滑れると楽しいのですが・・・


 さあ、遊んで帰った後はまた大忙し。イオン九州の監査役会、取締役会、政策合宿などなど今月はイオンの仕事も多く、また行政の委員会もいくつか入っており、ビスネットの会議、営業などなど毎日追われる日々です。
 でも、今のところ、健康で、楽しく(イヤなことや悩むことも山ほどありますが)兎に角変化にとんだ、メリハリのある日々が送れることは感謝です。
 
 今年もこんな感じで、ガチャガチャ書いていきますので、どうぞよろしく~
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シンガポール編

2016-12-28 14:51:31 | Weblog
 今年もあと4日になりました。毎年やって来る年末ですが、何とも慌ただしいこと・・・

 18日日曜は、9時から17時半までイオン九州の政策会議。数日前から「あー日曜なしか・・・」とちょっと憂鬱になるのですが、始まってみると1日、結構充実していてあっという間でした。でも一生懸命聞いていないと付いていけないので神経を集中して説明を聞きますし、意見も言いたいので、そのタイミングを考えたりしていると結構疲れます。1日終わると、頭はイオン九州のことで一杯になります。

 22日も今年最後の取締役会。その前に、政策会議に出席出来なかった時の説明に朝9時から1時間。そして、10時から2時間、監査役会に出席。今回は社長との懇談が1時間ありました。お昼を急いで食べて、13時から17時半近くまで取締役会。その後、忘年会。この日も1日イオンデーでした。


 映画「海賊と呼ばれた男」見ました?百田さんの発言等は好きではありませんが、彼の本はよく読んでいます。「海賊・・・」も大好きな本で、ウルウル、感動しながら何年か前に読みました。「永遠の0」も好きでした
 今回映画も良かったですねー。「永遠の0」と同じ、岡田准一の主演で、感動し何度か涙、涙・・・
 弱小企業が国の制度や大企業に挑みかかっていくところ、従業員を一番に考え大切にするところ、新しい仕事を見つけ考えだしチャレンジしていくところ、日本という国のある意味視野が狭く変革が遅いところに切り込んでいくところ、などなど私の大好きな要素がたっぷり入っている小説なのです。いやほぼ実話ですよね。
 感動するのと、あーいいなーと思う気持ちと、私もがんばろーという気持ちにさせてくれいい映画でした。一人で見る映画はいいですね!


 さて、前置きが長くなりましたが、マレーシア旅行の続きで、シンガポールに入国。前にも書きましたように、ヨーロッパのようにシェンゲン協定を結んでいる所は、国境を超えるのに何の不便もないのですが、マレーシアからシンガポールへ入るのに大変な時間がかかりました。

 この日の午後は移動だけで、ホテルへ直行。今回、シャングリラホテルのガーデン棟の方で、素敵なホテルでした。この日の夕食は、マレーシアの鍋料理・スチームボートでした。日本の寄せ鍋のようなので、肉も魚介も入っていてなかなかおいしい鍋でした。
 
 次の日は1日シンガポール観光。5年前に来た時もマリナ・ベイ・サンズなどにびっくりしたものですが、今回は以前来た時には工事途中だった、ガーデンズ・バイ・ベイが完成していて、つり橋を渡ったり、ガーデンを楽しみました。
 夜は夕食の後オプションで、マリナ・ベイ・サンズ前であるレーザーショーを楽しみ、まあ、観光客の多さや賑わいにびっくり。ほとんどの店が10時まで開いているとか。金融の街でもあるので、高層ビルには10時でも明々と電気が付いていましたし、24時間眠らない街を実感

 東京23区ほどの大きさの国に、人口540万人、中華系の人が74%、他は多様な国の人々が住んでいるそうで、ほとんど建物は高層。1,2億のマンションはざらで、外国人ビジネスマンの居住が多いそうです。
 では、一般国民はというと、公団の部屋が収入によって選べそういう所に住んでいるそうです。車は高くて買えないし、渋滞するので、地下鉄がとても発達しています。

 マレーシア合わせてたった4日間の滞在でしたが、活気あるアジアを見たという印象です。躍動している若者が多い街、日本とは随分雰囲気が違うなーと思いました。
 毎回、そんなに観光する所があるわけではないのに、なぜあんなに世界中から観光客が来るのだろうかと考えるのですが、ショッピング、グルメ、ちょっとした観光がキュッと詰まっているので、人は訪れるのでしょうか。

 シンガポールからの帰りは初めての2時半起き。何しろ朝6時半の飛行機ですから。あっという間の忙しい旅行でしたが、リフレッシュと見聞のいい旅になりました
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