井財野は今

昔、ベルギーにウジェーヌ・イザイというヴァイオリニスト作曲家がいました。(英語読みでユージン・イザイ)それが語源です。

演奏の目指すもの

2018-08-22 07:09:00 | 音楽
何かを演奏して他人に聴いてもらう行為の目指すところは何か。

言わずと知れたことで、まずは聴いてもらう人に楽しんでもらうこと。ここまでは当たり前のことで、今さら取り沙汰するような話ではない。

どう楽しんでもらうか。

ここからは、演奏する人によって様々な方法がある。

見た目を楽しませるために衣装に凝ったり、照明で演出したり、というのもあるし、私などは曲の構造を解き明かす説明をしたり、単なる思い出話をしたこともあり、とにかく興味を持ってもらうために手を尽くしたものだ。

このような方法が、その時の自分にとってのベストな手段だったから。

しかし、経験を重ねてくると、私のようなものでも「あ、みんなが聴いてくれている」という気配を感じる瞬間がある。
それこそ「演奏の醍醐味」である。

こういった瞬間を経験できるようになると、前述のような「興味を持ってもらうための工夫」の必要を、あまり感じなくなる。

そして、言わば「魂レベルの交流」とでも言うようなものを、いかに長い時間できるか、に関心が移ってくる。

この短い時間に、演奏者と聴衆両者の魂をどれだけ燃焼できるか、これが演奏の目指すものなのではないだろうか。

私の目下の目標は、仮にどんなにつまらない曲でも、魂を燃焼させて「何だか良かったね」と聴衆に感じてもらうこと。
難しいことだけど、ようやくそのレベルに達したことは、素直に嬉しいものだ。

今年は明治維新150年

2018-08-15 11:11:14 | 旅行記
今年は明治維新から150年たった年になる。

鹿児島では、年明け早々に町中が明治維新150年に染まっている。
大河ドラマ「西郷どん」とタイアップしながら。

これが、鹿児島を一歩離れると、何もやっていない。

どこかないかと気をつけていたら、山口県は何かやっていたようだ。

そして先日、佐賀県ではかなり大々的にやっていたことがわかった。

佐賀市内のメインストリートには、やたら多くの銅像が立ち並び始めた。
佐賀出身の偉人達である。

「グリコや森永の創始者まであるんですよ」と、半ば呆れ顔の人もいたが、郷土を誇りに思う気持ちは大事だし、教育的な効果も大きいだろうから、これは良いと思う。

しかし、明治維新は、未だに薩長土肥の偉業と位置づけられている、ということか。私としては、日本全体で偉業をたたえても良いと思うのだが。

隣県の熊本は、金栗四三のキャンペーンが始まっている。
誰それ?と言うなかれ。
来年の大河ドラマの主人公である。
ちなみに西郷隆盛家は熊本の菊池出身だそうだが、誰もそれには関心を示さない。

明治維新に乗り遅れた熊本は、明治維新にほとんど関心を示さないし、逆に戦国・江戸時代と、明治時代に対する関心は強い。加藤清正が作った熊本城は県民の誇りだし、明治時代は九州の中心「大熊本市」だったからだ。

同じ九州でも、ことほど左様に違うのである。