夏への扉、再びーー日々の泡

甲南大学文学部教授、日本中世文学専攻、田中貴子です。ブログ再開しました。

ま・く・ら

2008年10月04日 | Weblog
・・・といっても、小三治さんとは関係ないのである。寝るときに使う枕を作ったのである。
 私は頸椎がずれる「頸椎すべり症」という疾患を抱えている。初めてそのことがわかったのは、もう十年以上前のこと。ある朝、起きたら口が開けられなくなっていた、という体験をして(顎関節症だったのだ)、あわてて整形外科に飛んでいったときであった。頸部から頭部のレントゲン写真をシャウカステンに差し込んだ医師は、

 「あー、頸椎もずれてますねえ。第五頸椎や。何か運動したはる?」

と言った。もとより、運動など何もしていないので、その旨を筆談で(口が開かないから)伝えたら、

 「頸椎すべり症、という病名がついています。アメフトとかラグビーとかの激し い運動をする人に多いんやけど、運動しない人は珍しいですねえ。もしかして、 ずっと同じ姿勢をとることがおおい?」

 私は、ずれているという首をかくんかくんと上下させた。どうやら、書き物をする前傾姿勢がいけないらしかった。

 そのときは特に問題がなく、顎関節症も授業を二週間ほど休んだだけで何とか復帰した。ところが、今の大学に移った夏のこと。むしょうに右腕がだるく痛いのである。冷房で冷えたわけでもないし、右手だけを酷使したわけでもない。校務が七月末で終わった早々、また整形外科に駆け込んだ。このへんのことは、前のブログにも書いたところである(首を牽引する姿が、まるで「岩藤の骨寄せ」そっくりだったという話)。
 すると、レントゲンに写った私の頸椎は不自然に硬直していたのだった。老齢の医師は、看護師に「太郎くん持ってきて」というと、頸椎と頭蓋骨だけの骨格模型が机の上にどんと置かれた。「太郎くん」らしい、これが。
 医師は「太郎くん」の第五頸椎をしおれた指でずずっと前に押した。

 「あなたの頸椎にカーブはこんなふうになってます。がたがたですね。これが神 経を刺激して、右手がしびれて痛むんですよ」

 聞けば、頸椎の障害で手足にしびれが痛み起こる場合、右か左かのどっちかに出ることがほとんどであるという。

 「今はまだ湿布や牽引でいけるけど、将来的には手術かもしれんねえ」

 私が枕を作ろうと思ったのは、それから四年たって、手のしびれと首の痛みがひどくなったからなのだった。

 首が辛い人のために枕がセミオーダー出来るということを聞いたのは、C社の編集者Mさんからである。私と同年代の彼は、東京の百貨店で、自分の頸椎カーブなどを計測して作る枕が大変具合よいと語っていた。
 作ってくれるのは、「ロフテー枕工房」というコーナーである。関西なら、大阪梅田阪急百貨店の九階にあり、一日数人限定の予約制でオーダーに応じてくれるのである。枕の素材、高さ、などが選べて、それぞれの人について微調整してくれるのだ。Mさんはそばがらで作ったといっていた。ほかにもいろいろな素材が用意されているという。
 今年の夏、私は梅田阪急の工房を予約し、ベッドに寝ころんで計測してもらえるようにパンツを着用のうえ、勇躍大阪へ向かったのであった。
 肩こり、頭痛、首に痛みは最高潮に達っしていたからだ。

 「ロフテー枕工房」は、寝具売り場の隅の目立たないところにあった。早速、三十代後半とおぼしき女性がカウンセリングと計測を始めてくれた。
 セミオーダー枕の制作過程は、大きめの布製「枠」に五つの小さなパーツを収めて、高さを調整することに終始する。まず中身を決めるのだが、これにはそばがら、軽いパイプ(マカロニのようなもの)、トルマリンの砂的なもの、などがある。植物にアレルギーがある人はそばがらがだめだというので、私はパイプとトルマリンを試してみた。
 五つのパーツ(まるで、嵯峨釈迦堂のご本尊の胎内に収められていた、穀物のつめられた布製の「五臓」そっくりである)には高さが数段階あり、実際に寝た姿勢で係員の女性が手でフィット感を確かめつつ、やや低め、やや高め、など、取り替えて行くのである。
 ここで納得したのは、枕は頭を乗せるものではなく、首を支えるものだということである。首から後頭部にかけてが枕にしっくりとおさまるのが理想なのだ。結髪をくずさぬよう首を浮かせて頭を乗せる箱枕の時代でなくて、本当によかった。あればまるで首のアクロバットであろう。
 結局、何度も試してみて、中身はパイプ、高さは中程度ということになった。たしかに、首がやや高めの「丘」に乗り、後頭部が少しだけ沈んでゆくという感じがする。また、そばがらだと定期的に日に当てなければならないが、パイプなら各パーツを洗濯機で丸洗いしてよいという簡単さ。「枠」に相当する布も選べて、私は汗を通しやすい繊維のものに決めた。
 枕カバーも専用のものがあるが、自宅に大きめのものがあるので購入はしなかった。このオーダー枕はかなり大きくかさがあるので、通常サイズの枕カバーでは入らない。私が使っているのは、ラルフ・ローレンの(もちろんデザインだけだが)枕カバーであるが、つけてみたらぴったりだった。いわゆるベッド用とされている寝具類のシリーズの枕カバーなら、おそらくどれでも合うのではないかと思う。
 しかし、私はベッドではなく畳にお布団を敷いて寝ているが・・・。(ベッドの下にほこりが溜まるのがいやなのと、猫がお布団に登ってこれないのでベッドはたえて使ったことがないのだ)なんといってもお掃除が楽であります。

 枕は仕上がったものの、Mさんが「持って帰るのはちょっと重い」と言っていた通り、これを手に京都まで帰るのはしんどいので送ってもらうことにする。届いた枕はかなり可塑性が高い(という表現はおかしいが、中身が適度に動く)ので、頭の動きによく付いてくるように思える。なお、オーダーの際には、いつもどのような向きで寝ているかも関わるのでご注意のほどを。私は横向きでしか眠れないので、枕の高さも横向きで調整してもらった。上向いて眠る人はその格好で合わせるとよいそうである。
 
 枕を変えたことの影響としては、

1、指圧や鍼に行く回数が減った。
 確かに仕事をすれば肩はこりこりになるのだが、首がかなり楽である。

2、枕が清潔に保てる。
 枕の天日干しはなかなか充分に出来ないが、これは中身が丸洗い可だから。

 そして、思わぬもう一つの出来事が・・・。

 猫がしきりに枕の上に座るようになった。
 夜、帰宅して寝室の明かりをつけたら、いかにもラルフ・ローレンの大振りな花柄カバーの枕の上に猫がちんまり落ち着いている。
 寝ようと思っても退いてくれないこともある。なぜだろう・・・。

 猫は夜中に何か書いているのだろうか。『猫枕草子』とか。

 まくらにこそはべらめ・・・



*お仕事通信*

・10月から、京都新聞夕刊(第三木曜日掲載)にて「田中貴子の洛中洛外なぞ紀行」というルポが始まります。第一回は16日掲載で、「パワースポット 出雲大神宮」です。ネットでも読むことが出来ます。

・『大法輪』、『同朋』(東本願寺出版部)の仏教系雑誌にエッセイとインタビューが掲載予定です。

・『日本歴史』新年号「日本史研究に思うこと」特集で文学研究と歴史研究との関係について一文を草しました。いずれは、文学と歴史の研究者による討論形式の研究会を持ちたいと思っています。


  

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