夏への扉、再びーー日々の泡

甲南大学文学部教授、日本中世文学専攻、田中貴子です。ブログ再開しました。

壇ノ浦町にて

2013年03月09日 | Weblog
 下関を32年ぶりに再訪した。サバティカル中、一度もプライベートな旅行へ行かなかっ

たので、今頃になって後悔し始め、少し暖かくなった時期を見計らって赴いたのである。

赤間神宮には学部生のときに訪れたことがあるが、当時は国鉄の周遊券を学割で買って、と

いう貧乏旅行だったので、下関名物のふく(ふぐをこういうのだそうだ)やら鯨やら雲丹や

らにはご縁がなく、今回は気心の知れた友人M(同業者。中世文学専攻)と「食い物旅」に

出かけたのである。

 目的はそのほかに、見逃していた平家関係遺跡と見学し、門司港から下関唐戸地区にある

レトロ近代建築を眺めることであった。そのなかに、市立水族館「海響館」にいるという

平家蟹を実見することも含まれていた。実は、まだ実物は見たことがなかったのだ。

 門司港から渡船で下関に着いたのが午後早く。赤間神宮で「安徳天皇縁起」の写真の

載った図録を買い、長門本平家物語のレプリカ(実物は焼けた)を見て、学部生のとき

はナガトボンといっても何のことかわからなかったな、と思い出に浸る。平家物語の

場面が万遍なく描かれながら、「安徳天皇の縁起」と称されるのはなぜか、などとくだ

くだ話しながら、国道を徒歩で壇ノ浦古戦場跡へ。すると、二人して「あっ」と立ち

止まり、同じ方向へカメラを向けていた。

 それが、冒頭の写真。壇ノ浦町なんですね、ここは。

 こんなもん撮るのはわれわれくらいだろうと苦笑しながら、車の往来激しい海岸沿い

の国道を行くと、突然、私が地図を見ていたNEXUS7の画面が、

 はた・・・

と消えた。石の多い海岸からは、思ったより速い潮が望まれる。ざざざ、ざっぱーん、

と寄せる波の音も荒く、いかにも、ぐっしょり濡れた甲冑をまとった平家の残党が

上がってきそうな雰囲気で、夜暗くなってからは歩きたくない道だった。

 なぜNEXUS7くんが沈黙したのかは、不明である。宿に帰ったときは、息を吹き返

していた。

 ぞわ、とした背中の冷気を振り払うように、Mと私はそのあと古い居酒屋「三枡」

でふくと鯨とちいちいいかなどを食べ、かつ飲み、生きている者の特権を味わった

のだった。

 「波の下にも都はござろうが」

 「波の上にはふぐがござる、と」

 あー、食べた、飲んだ。気分は太田和彦である(この店は、太田氏が紹介してもいる)

 なお、ちいちいいかとは、水揚げしたとき「ちいちい」と鳴くからそう

呼ばれるみみいかの類で、ホタルイカのように酢味噌で食べるのだが、私は、お正月

に見た「宇宙人王さんとの遭遇」というイタリア映画の「イカ型宇宙人の王さん」を

食べているような気がしたことを付け加えておこう。

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