久しぶりに眼鏡を作った。
もちろん、老眼鏡である。老眼鏡としては二つ目で、ほとんど度は進んでいないのだが、今度は「近・近両用」というレンズを入れたのだ。これは、デスクトップPCの画面と手元の文字とを違和感なく見られるものである。今までは、ずっと使っている乱視用と手元用の老眼鏡とを併用していたのだ。老眼鏡だと、かけたまま歩くのが辛く、やや離れたPC画面が見づらいことがあったし、乱視用だと手元の大蔵経なんかの漢字がすこぶる見にくかったのである。
ふだんはメタルフレームにしているが、今度は淡いピンクのセルフレームにしてみた。鏡を見ると、ちょっと変わったようでなんだか嬉しい。
「眼鏡美人」ということばがある。今ではほめことばになった(眼鏡が似合う、という意味である)が、かつては「眼鏡なんかかけて生意気な女」といった揶揄的な意味だった。私は、この前者の方の「眼鏡美人」である。
眼鏡をかけていると、似合うといわれることばかりなのだ。
他にも、「帽子美人」であるともよくいわれる。帽子が似合うらしい。背が高い方なので、帽子にトレンチコート、そしてサングラスなどという格好をしていると八割増しで「美人」に見られる(ほとんど顔が見えないからだろう)。寝癖がついているときや、時間がなくてすっぴんのときなど、結構役に立つのは事実である。
私の免許証には、しっかり「眼鏡等」の但し書きがある。近視より乱視が強いので、ちょっと離れた標識の文字が読めないのである。乱視用眼鏡はほぼ運転用に使っており(映画の字幕や、美術館の説明書きも読みづらくなったので、そういうときにも使う)、いつもは裸眼でいる。私の鼻の骨の形状のせいで、長時間の眼鏡着用は鼻の根もとが痛くなって跡がつくから避けているのだ。
乱視になった理由は、バスや電車で本を読んでいたせいだといわれるのだが、よくわからない。乱視の方は実感できると思うが、夜に三日月を見上げるとたいてい三つくらいにだぶって見える。これを見るたびに私は思う。
「長寛勘文(熊野縁起のもっとも古いもの)を書いた人は、きっと乱視だ」
「長寛勘文」には、熊野にやってきた権現さんが三つの月として出現したというのだが、その様を現代においてリアルに感じられるのは、乱視の人であろう。ホントに三つに見えるのだ。案外、「奇蹟」とかいったものはこうしたことが原因で語られるようになったのではないだろうか、などと思う。
疲れがこうじると乱視もひどくなり、特に夜、外出すると、イルミネーションやら何やらがにじんで適度に美しく見える。すれ違う人もなんだかきれいだ。
今宵あふ人 みな美しき
というのはこういうことだろうか(晶子も乱視だったのか?)。ひととき、俗塵界を忘れる。
さて、眼鏡を作るときは新しく度を測ってもらうのだが、今回おもしろいことがあった。
私は、凝ったフレームがほしいときは京都市中京区麩屋町三条の「ロジータ」であつらえるのだが(ここは、おしゃれ用にはとってもいいのがあります。おすすめします)、老眼鏡はとくに凝らないので、近所の眼鏡屋に行った。
機材で測定が終わり、調整されたレンズを試しにかけてみて、字を読んでみる。最初に時刻表を渡されたのだが、私はほとんど横書きの数字は読まないので、縦書きの文字が書いてあるのはないか、と聞くと、とっても古そうな薄い本を出してきてくれた。
○○博士考案、などとある視力検査用の本である。奥付には初版発行昭和33年とある。
「この本、いつから使ってられますか?」
と店員に聞くと、この店が出来てからずっとあると思う、との答え。
で、本を開いてみたところ、すぐさま飛び込んできたのが和歌の列。
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
と大きく書いてある。これは読めるな、と思いつつ、ずっと細かな文字へ移ってゆくと、なんと、いくら矯正視力であってもおそらく読めないだろう細かな文字まで読めちゃうんである。
考えてみると、この和歌の列はすべて百人一首などにある有名(すぎる)ものばかりであったので、最初の文字がわかると、文字自体は読めなくても、覚えているから「読めて」しまうのであった。「は」とあると、後はなんとなく、小野小町のあの歌だとわかるのですらっと読める。どんどん文字は小さくなってゆくが、「も」なら「ももしきや」だし、「あ」なら「あきのたの」だし、なんとか全部読んで(読めて)しまった。これでは視力検査にはならない。記憶力検査である。
「これ、代えてくれませんか。知ってる歌ばかりだから、見えなくても読めてし まうので」
私が言うと、私の職業を知っている店員さんは「そういえば、そうですよね」といって、新聞を渡してくれた。
実によく読めたので、私はこのレンズで発注をし、満足して帰宅したのである。
視力検査に、あまり古い本を使ってはいけない場合が、あるんですねえ・・・。
*くりきな通信*
ようやく年内の仕事が終わり、冬休みになった。くりこときなこの動向を引き続きお知らせする。
くりこはまだきなこに慣れない。きなこの丸い顔が、しきりとなっている磨りガラスの扉に映ると、
「北○○からテポドンが来た、来た、来た!」
といったように騒いで走り回る。
そうか、このドアは北緯38度線なんだな。
ママ(私)は、板門店をまたいで「北」と「南」を行き来する毎日。
きなこはうちに来て20日になるが、みるみる大きくなった。天真爛漫で単純な男子として、のびのび元気にすごしている。ただ、いろいろなおもちゃで遊んでいても、すぐに飽きるのが困りものだ。もっともシンプルな「パタパタ」(いわゆる猫じゃらし)がいちばん飽きないようである。この男子、私の机の上でねそべるのが好きで、シンポジウム用のパワーポイントのスライドを作っていたら、いちいち手を出してキーや私の指を触る。ふっと眠気が襲ってきて、一瞬寝ていたらしい後、PC画面を見ると、25枚しか作っていないはずのスライドが250枚目になっております。何で? 見ると、きなこがマウスを「たんたん、たんたん」とクリックしていた。「ファイルの複製」が10回行われたらしい。
猫の手も借りたい、ときなのに・・・。
三人の生活は、まだまだ始まったばっかりだ。
もちろん、老眼鏡である。老眼鏡としては二つ目で、ほとんど度は進んでいないのだが、今度は「近・近両用」というレンズを入れたのだ。これは、デスクトップPCの画面と手元の文字とを違和感なく見られるものである。今までは、ずっと使っている乱視用と手元用の老眼鏡とを併用していたのだ。老眼鏡だと、かけたまま歩くのが辛く、やや離れたPC画面が見づらいことがあったし、乱視用だと手元の大蔵経なんかの漢字がすこぶる見にくかったのである。
ふだんはメタルフレームにしているが、今度は淡いピンクのセルフレームにしてみた。鏡を見ると、ちょっと変わったようでなんだか嬉しい。
「眼鏡美人」ということばがある。今ではほめことばになった(眼鏡が似合う、という意味である)が、かつては「眼鏡なんかかけて生意気な女」といった揶揄的な意味だった。私は、この前者の方の「眼鏡美人」である。
眼鏡をかけていると、似合うといわれることばかりなのだ。
他にも、「帽子美人」であるともよくいわれる。帽子が似合うらしい。背が高い方なので、帽子にトレンチコート、そしてサングラスなどという格好をしていると八割増しで「美人」に見られる(ほとんど顔が見えないからだろう)。寝癖がついているときや、時間がなくてすっぴんのときなど、結構役に立つのは事実である。
私の免許証には、しっかり「眼鏡等」の但し書きがある。近視より乱視が強いので、ちょっと離れた標識の文字が読めないのである。乱視用眼鏡はほぼ運転用に使っており(映画の字幕や、美術館の説明書きも読みづらくなったので、そういうときにも使う)、いつもは裸眼でいる。私の鼻の骨の形状のせいで、長時間の眼鏡着用は鼻の根もとが痛くなって跡がつくから避けているのだ。
乱視になった理由は、バスや電車で本を読んでいたせいだといわれるのだが、よくわからない。乱視の方は実感できると思うが、夜に三日月を見上げるとたいてい三つくらいにだぶって見える。これを見るたびに私は思う。
「長寛勘文(熊野縁起のもっとも古いもの)を書いた人は、きっと乱視だ」
「長寛勘文」には、熊野にやってきた権現さんが三つの月として出現したというのだが、その様を現代においてリアルに感じられるのは、乱視の人であろう。ホントに三つに見えるのだ。案外、「奇蹟」とかいったものはこうしたことが原因で語られるようになったのではないだろうか、などと思う。
疲れがこうじると乱視もひどくなり、特に夜、外出すると、イルミネーションやら何やらがにじんで適度に美しく見える。すれ違う人もなんだかきれいだ。
今宵あふ人 みな美しき
というのはこういうことだろうか(晶子も乱視だったのか?)。ひととき、俗塵界を忘れる。
さて、眼鏡を作るときは新しく度を測ってもらうのだが、今回おもしろいことがあった。
私は、凝ったフレームがほしいときは京都市中京区麩屋町三条の「ロジータ」であつらえるのだが(ここは、おしゃれ用にはとってもいいのがあります。おすすめします)、老眼鏡はとくに凝らないので、近所の眼鏡屋に行った。
機材で測定が終わり、調整されたレンズを試しにかけてみて、字を読んでみる。最初に時刻表を渡されたのだが、私はほとんど横書きの数字は読まないので、縦書きの文字が書いてあるのはないか、と聞くと、とっても古そうな薄い本を出してきてくれた。
○○博士考案、などとある視力検査用の本である。奥付には初版発行昭和33年とある。
「この本、いつから使ってられますか?」
と店員に聞くと、この店が出来てからずっとあると思う、との答え。
で、本を開いてみたところ、すぐさま飛び込んできたのが和歌の列。
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる
と大きく書いてある。これは読めるな、と思いつつ、ずっと細かな文字へ移ってゆくと、なんと、いくら矯正視力であってもおそらく読めないだろう細かな文字まで読めちゃうんである。
考えてみると、この和歌の列はすべて百人一首などにある有名(すぎる)ものばかりであったので、最初の文字がわかると、文字自体は読めなくても、覚えているから「読めて」しまうのであった。「は」とあると、後はなんとなく、小野小町のあの歌だとわかるのですらっと読める。どんどん文字は小さくなってゆくが、「も」なら「ももしきや」だし、「あ」なら「あきのたの」だし、なんとか全部読んで(読めて)しまった。これでは視力検査にはならない。記憶力検査である。
「これ、代えてくれませんか。知ってる歌ばかりだから、見えなくても読めてし まうので」
私が言うと、私の職業を知っている店員さんは「そういえば、そうですよね」といって、新聞を渡してくれた。
実によく読めたので、私はこのレンズで発注をし、満足して帰宅したのである。
視力検査に、あまり古い本を使ってはいけない場合が、あるんですねえ・・・。
*くりきな通信*
ようやく年内の仕事が終わり、冬休みになった。くりこときなこの動向を引き続きお知らせする。
くりこはまだきなこに慣れない。きなこの丸い顔が、しきりとなっている磨りガラスの扉に映ると、
「北○○からテポドンが来た、来た、来た!」
といったように騒いで走り回る。
そうか、このドアは北緯38度線なんだな。
ママ(私)は、板門店をまたいで「北」と「南」を行き来する毎日。
きなこはうちに来て20日になるが、みるみる大きくなった。天真爛漫で単純な男子として、のびのび元気にすごしている。ただ、いろいろなおもちゃで遊んでいても、すぐに飽きるのが困りものだ。もっともシンプルな「パタパタ」(いわゆる猫じゃらし)がいちばん飽きないようである。この男子、私の机の上でねそべるのが好きで、シンポジウム用のパワーポイントのスライドを作っていたら、いちいち手を出してキーや私の指を触る。ふっと眠気が襲ってきて、一瞬寝ていたらしい後、PC画面を見ると、25枚しか作っていないはずのスライドが250枚目になっております。何で? 見ると、きなこがマウスを「たんたん、たんたん」とクリックしていた。「ファイルの複製」が10回行われたらしい。
猫の手も借りたい、ときなのに・・・。
三人の生活は、まだまだ始まったばっかりだ。